メインヒロインより可愛いモブの田中さん   作:3pu

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第24話 私は中山君のことが好き

 

『はぁ〜』

 

 茜色の日が差し込む部屋の中。

 私は手元に残った商品券を眺めながら、大きく息を吐きました。

 

(……中山君好きな人がいるんだ)

 

 身体を壁にもたれ掛けながら考えるのは今日のお昼時のこと。

 中山君が向日葵の花を買っていた。

 言葉にすればたったこれだけのこと。

 それなのに私が好きな人がいると考えてしまうのは、中山君の様子が少し変で向日葵がプロポーズ用の花だから。

 これっぽちの情報だけで決めつけるのは早計だと言う人もいるでしょう。

 でも、私には不思議と腑に落ちて。

 何故なら中山君の交友関係は広い。男友達から女友達、先生まで。

 沢山の人に関わっている人達の中で、中山君の好みに合う相手がいてもなんらおかしくはありませんし、年頃の男の子に好きな人がいるなんて当然です。

 

『……そんなことくらい分かってたんですけどね』

 

 そんな当たり前のことを確認しただけなのに、私の心は乱れてしまっていて。

 中山君と別れてから数時間が経った今も一向に収まる気配はありません。

 チラリと視線を右下に向ければ、私のスマホがメッセージの履歴が何もないチャット欄を表示していて、お相手のところには中山と書かれています。

 また、画面の中央には

 

【いつもお世話になっております。田中純香です。今日は大変お世話になりました。ありがとうございます。ちなみに何ですが向日葵は誰に渡すつもりなのですか?】

 

 という未送信の文章が映っていて、私は思わず右手で目を覆いました。

 

『……何してるんでしょう、私』

 

 何の許可もなくクラスのグループから勝手に友達追加しようとして、挙げ句の果てには初めてのメッセージで好きな人を尋ねるなんて馬鹿なことをしようとしている。

 冷静に考えてあり得ない。

 でも、少し前の私はそれをしようとしていた。

 この事実が酷く嫌で嫌でたまらなく恥ずかしくて。

 私は記憶と左手の感覚だけでスマホを手に取り、メッセージアプリを終了させベッドの上にもう一度落としました。

 

『はぁ』

 

 私も溜息をした後、続くようにベッドへ身を投げ出しボーッと部屋を眺めます。

 どれほどの時間そうしていたでしょう。

 一分でしょうか?

 五分でしょうか?

 十分でしょうか?

 一時間でしょうか?

 もうよく分かりません。

 眠るでもなくただひたすらに私は部屋を眺めていると、不意に勉強机の上に置かれていた黒いハンカチが目に入ったのです。

 その瞬間、私の口から

 

 

『……嫌だなぁ』

 

 

 という呟きが漏れ出ました。

 

『ッ!?』

 

 私は無意識に溢れた自分の言葉に目を見開きすぐに口を塞ぎます。

 けれど、出ていってしまった言葉を飲み込むことなど出来るはずもなく、私の頭の中を先程の言葉が反芻してしまうのでした。

 それにより、自分の中にあったとある気持ちが理性の制止を振り切り段々と膨れ上がっていきます。

 小さなピンポン玉から巨大バルーンにまで、大きく膨らんだ感情によってとうとう私の理性が限界を迎えました。

 

『……中山君。好きです』

 

 ずっと見ないように、気づかないように、ずっと胸の奥に閉じこめていた想いを私はついに口にしました。

 

 ──中山君のことをもっと知りたい。

 ──中山君のことを下の名前で呼んでみたい。

 ──中山君に下の名前で呼んでもらいたい。

 ──中山君にもっと私のことを見て欲しい。

 ──中山君にもっと優しくされたい。

 ──中山君ともっと触れ合いたい。

 ──中山君の匂いをもっと感じたい。

 ──中山君の側にもっと居たい。

 ──中山君の側に私以外の人がいて欲しくない。

 ──中山君の瞳には私だけをずっと映していて欲しい。

 

 

 すると、抑えていた気持ちがとめどなく溢れ出し、それに付随するように何故か瞳から大粒の雫がベッドに落ちていきます。

 

『あぁ……。私とっくに手遅れだったんですね』

 

 滲む視界でベッドの上を広がっていくシミを眺めながら、私は何処か他人事のようにそう呟くのでした。

 

 

 私は中山君のことが好き。

 ずっと気付かないようにしていましたが、もう口に出してしまった以上認めるしかありません。

 

『……でも、どうせ端役()なんて選ばれないよ』

 

 確かに中山君は私のことを見てくれている。優しくしてくれている。

 それは紛れもない事実で、もしかして?と淡い期待を抱いていないと言えば嘘になります。

 でも、この気持ちは報われない。

 だって、中山君の側には魅力的な女の子(お姫様)がいるのですから。

 彼の魅力に彼女達が気付いてしまったら、私なんかでは到底太刀打ち出来るはずがありません。

 だから、この気持ちはずっと抱えたまま過ごさないといけないのです。

 その方がこれ以上傷付かないで済むのですから。

 辛いですけど、告白なんかして振られるよりもずっとずっとマシなんです。

 それでも、胸の奥に灯ってしまったこの熱は簡単に消えてはくれなくて。

 嫌だ嫌だと首を振る幼い私と諦めなさいと諭す大きな私とのやり取りが延々と続けられる。

 枕を両手で抱きしめながらどうしたものかとベッドで横になっていると、ある時コンコンとドアをノックする音が聞こえてきました。

 

『純香。ご飯だよ〜。起きてる〜?』

 

 丁度よく目を向けたところでドアが開き、お姉ちゃんが部屋に入ってきました。

 

『ッ!?どうしたの、純香!何かあったの!?大丈夫!?』

 

 私の顔がよほど酷かったのでしょう。

 お姉ちゃんは血相を変え、物凄い勢いで私の元に駆け寄ってきます。

 

『……お姉ちゃん。大丈夫だよ。でも、今はもうちょっと一人にさせてもらっていいかな?』

『嫌だ!こんな状態の純香を放っておけるわけないでしょ!』

 

 何とか笑みを浮かべ気丈に振舞ってみたのですが、長年一緒にいる家族にはバレバレだったようです。

 お姉ちゃんは私の言葉をきっぱりと切り捨て、後ろに回るやいなや無理矢理身体を起こし抱きしめてきました。

 

『や、止めてよ。もう、私高校生だよ?』

『いいから。大人しく撫でられてなさい」

 

 そして、そのまま私の頭を撫でてきたお姉ちゃんを私は振り解こうとしますが、全身を上手く使って固定されているせいで抜け出せません。

 それでも何とかしようと私は試みましたが、結局上手くいかず。

 二分が経過したあたりで逃げることを諦めました。

 

『『…………』』

『……何があったか聞かないの?』

 

 無言で頭を撫でられ続けることしばらく。

 ついに、無言に耐えきれなくなった私はお姉ちゃんに気にならないのか?と質問しました。

 すると、お姉ちゃんは『聞かない。でも、純香が話してくれるまでずっとこうしてる』と無茶苦茶なことを言ってきて私は頰を引きつらせました。

 どう足掻いてもお姉ちゃんは私の口から話を聞きたいようです。

 

『ぁっ……!?』

 

 仕方なしに私は話を切り出そうとしたところで、声が上手く出ませんでした。

 別に喉が痛いとか、風邪を引いているわけでもないのに。

 言葉を紡ごうとしても何故か掠れた音が溢れるばかり。

 

(……あぁ、そっか。いくら家族でもお姫様(お姉ちゃん)に取られたくないんだ私)

 

 声が出ない原因について考えること数秒。

 思いの外あっさりと判明しました。

 原因は独占欲と恐怖。

 もし、中山君の話をして姉ちゃんが興味を持ってしまったら奪われるかもしれない。

 中山君がお姉ちゃんと出会ったら惚れてしまうかもしれない。

 ほんの僅かでもあり得るかもしれない未来が、私の口を躊躇らわせていたのです。

 

『っぁ……』

『純香?』

 

 二度、三度私が話出そうとしたところで、お姉ちゃんの方も私の異変に気が付いたようです。

 

『ゆっくりでいいから。大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんに話してごらん?』

 

 こちらを気遣うような声色で。

 まるで割れ物を触るような優しい手つきで何度も頭を撫でてくれました。

 ですが、それでも私の不規則に刻む嫌な心音は収まらなくて。

 

『大丈夫。どんなことがあろうと()()()()()()()()()()()()()、ね?』

 

 最後にそう言ってもらえたことで、お姉ちゃんには彼氏がいることを今更ながらに思い出し、ようやく手の震えが治りました。

 

『……実は、好きな人がいるんだ』

 

 ここまでしないとお姉ちゃんを信用できない自分に嫌気が差しつつも、一度大きく深呼吸した後に私は小さな声でそう切り出しました。

 

『そっか。どんな人なの?』

『凄い人。私なんじゃ釣り合わないくらい格好良くて、勉強や運動も出来て、気遣い上手で皆んなに頼られてる凄い人』

『それは凄いね』

『うん、彼はとっても凄いの』

『ちなみに気遣い上手ってどんなところを見てそう思ったの?』

『色々。消しゴムを忘れた人に自分は二個あるからって一個しか持ってないのを貸してあげて、自分はシャーペンに付いている擦り切れた消しゴムをバレないように使ってるところとか。

 体調の悪い子が保健室に行きたいけど授業の妨げになるのを嫌って言えない時に、怪我をしたって嘘をついて先生に申告して保健室に行きやすいようにしてたところとか。本当に色々見てそう思った』

『なるほどね。たしかにそれは気遣いのプロだ。それで勉強も出来るのなら、もしかして純香教えてもらったりしたこともあるの?』

『はい。一度だけ。とても丁寧に教えてくれて、凄く分かりやすかったよ。彼の近くの席に座っているクラスメイトからも好評だった』

 

 お姉ちゃんが中山君のことを知っていく度に胸がムカムカしましたが、すぐにお姉ちゃんには彼氏がいると言い聞かせ話を進めていきます。

 

『そっか。凄い人なのは良く分かった。純香が慕ってるのも納得だ。でも、何で好きになったの?』

 

 そして、十五分程度中山君について話をしたところで、お姉ちゃんがこんなことを聞いてきました。

 

『私のことをちゃんと見てくれること』

 

 私は特に悩む事もなく即答しました。

 中山君は私のことを見てくれている。

 お姫様の付属品でも、端役としてじゃない。

 田中純香という女の子をきちんと見てくれる。

 中山君の瞳の奥にはお姉ちゃんや冷乃ちゃんや春野さんはいない。

 私という存在を彼の瞳は捉えてくれている。

 単純なことだけど、それが何よりも新鮮で嬉しかった。

 

『……』

『でも、今はそこが凄く怖い』

 

 そう。

 彼の瞳の奥には誰もいない。

 だから、彼が誰のことを好きなのか分からなくて怖いのです。

 本当は既に誰か奥深くにいるんじゃないか?

 明日になったら私じゃない誰かがそこにいるんじゃないか?

 と、不安で不安でたまらない。

 

『誰にでも同じように接してくれるから。優しくしてくれるからこそ、彼の気持ちが分からない。私にどんな感情を持っているのか分からない。可愛いって言われたらすごく嬉しいけど、その後に本心から言ってるのかな?私よりも可愛い人にはもっとすごい褒め方をしてるんじゃないか?って不安になっちゃう。

だから、踏み出すのが怖い。でも、踏み出さないと後悔する。

 ……もう頭の中がグチャグチャでよく分からないの』

 

 私が自分の気持ちを吐き出しきるとお姉ちゃんは『そっか〜』とだけ返事をして、ギュッと力強く抱きしめてきました。

 

『……私も似たようなことあったな』

『えっ?』

 

 次いで吐き出されたお姉ちゃんの言葉を聞いた私は思わず戸惑いの声を上げました。

 何故ならお姉ちゃんはお姫様で男の人から向けられるのは好意ばかりで、相手の気持ちが分からないなんてこととは無縁だと思っていたから。

 私はお姉ちゃんの顔を伺おうと、後ろを向こうとしたところで失敗。

 ガンっと頭がぶつかって『『イダッ!』』と姉妹揃って声を上げました。

 

『ご、ごめん。お姉ちゃん』

『大丈夫。わざとじゃないって分かってるから』

 

 すぐに謝ると、お姉ちゃんは気にしてないと明るい声で許してくれました。

 でも、衝撃で前後の記憶が飛んでしまったらしく『あれ?私何を言おうとしたっけ』と首を傾げていて。

 

『一応、私と似たようなことがあったって言ってたけど』

『あー、そっかそっか』

 

 私が何を言おうとしていたのかを言うと、ポンッと手を叩き話し始めました。

 

『まぁ、私も彼氏と付き合う前に同じようなことを考えたことがあるの。

 この人は私のことをどう思っているんだろう?って。

 私の周りには可愛い、美人、好きだって言ってくれる人は一杯いたから。何度も何度も繰り返し言われていくうちに、言葉に特別さが段々と無くなってちっとも嬉しくなくなった。

 心が全く動かなくなったんだ。

 だから、彼氏に初めて告白された時も何も感じなかった。

 あぁ、いつもと同じパターンかって。内心ではすごく冷めてた。

 でも、それを気取られたというか、多分顔に出てたんだろうね。私の方を見ながら彼氏の奴がブチ切れたの。『コッチは真剣に告白してるのにその反応は酷くないですか!?』って。まぁ、当たり前だよね。めっちゃ失礼なことをしてたなって思った。

 だから、謝ったらなんて言ったと思う?

 『絶対本気にさせて見せるんで覚悟して下さい』

 だって。それから、私の好みとかを友達から聞いて格好を変えてきたり、好物で賄賂をしてきたり、友達に協力して遊びに誘ってきたり、とにかく全力で私に向き合ってくれたの。

 普通は皆んなこっぴどく振ったら諦めるのに。

 ナガレだけはそれでもなお全力で迫ってきて、気が付けば側にいるのが当たり前にされてた。

 そこで私が好きって自覚したわけじゃないけど、本気で私のことを好きなんだって分かったから段々と意識するようになって、いつのまにか私の方も好きになってた』

『……』

 

 それから、滔々(とうとう)と彼氏さんとの馴れ初めを葛藤込みでお姉ちゃんは話してくれました。

 ですが、ちょっとだけ話題が逸れてしまったことに気が付いたのでしょう。

 

『と、とりあえず、相手の気持ちが分からないなら、直接聞くしかないんじゃないかなぁ?』

 

 慌てて話を軌道修正して強引に話をまとめるお姉ちゃん。

 確かに、直接聞ければそれが一番だと思います。

 ですが──

 

『好きになってもらった側なら出来るかもだけど、好きになった側は違うから。私のことどう思ってるなんて、怖くて、恥ずかしくて、聞けないよ』

 

 ──私にはそんな勇気はありません。

 なので、この案は残念ながら却下するしかありません。

 

『うっ、うがぁぁぁーーそうだったーー!ごめんねーー純夏ーー!役に立たないお姉ちゃんで!』

『ううん、そんなことないよ。聞いてもらったおかげで少し楽になったから』

『いや、まだ頑張る!可愛い妹のためにもっと良い案を出してみるわ!!……ぐぬぬ、どうすればいいの?やっぱり、相手のことを観察するのはベターだと思うけど、誰に対しても同じような対応をしてるんなら分からないわよね。あーーナガレみたいに怒ってくれたら簡単に気持ちが分かるんだけど。普通あんなこと起きないわよね。う〜〜ん?』

 

 うんうんと呻き出した姉ちゃんを見て、とてつもない申し訳なさを覚えました。

 けれど、それと同時にポカポカと温かい気持ちも湧いてきて。

 

 

(私のために話を聞いて、真剣に悩んでくれてありがとう)

 

 そんな感謝の気持ちを伝えるべく、拘束されている状態ながらも腕をなんとか動かしてお姉ちゃんの頭を私は撫でるのでした。

 

 

 

 

 

 

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