毀剣終生伝   作:ジエンドオブザラストファイナル

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1.邂逅

5月20日

 生きるのがどうでもいい。

 

 半年前、十三年間ずっとやりたかったことを最後までやり遂げた。いわば夢を叶えて以来、ずっと人生がどうでもいい。日がな一日惰眠して、夜眠れずにこうして日記と向き合い、昼頃に眠くなってやっと寝る。このまま二度と目が覚めないといいのにと願いながら。

 

 文字に起こすと分かる、毎日この調子なのはやばい。せっかく生きてるんだから何かやらなきゃ。

 

 明日から何かやる。何かを。

 

 

 

5月21日

 何もせずに一日が終わった。

 

 やることもやりたいこともなさ過ぎる。私と同じ年ごろの女って何してんだろう。どうせ結婚か就職だろうな。一生無理だ。

 

 夢を追い始める前は暇なときに何をしてた? お父さんの書斎で遊んだり、お母さんとお菓子や料理を作ったり、妹と珍しい花を探しに出かけたり、友だちと遊んだり。二度と出来ないことばっかじゃないか、クソ。

 

 あーあ、人生本当どうでもいい。

 

 

 

5月25日

 いい暇つぶしが見つかった。

 

 人さらい狩りだ。人気のない夜道を歩くと王都名物、人さらいの連中がわんさか出てくる。

 

 こいつらを狩るのがまあまあ楽しい。数が多いだけで弱っちいし、どうせ死罪確定の悪人たちだから殺しても衛兵に文句を言われない。何も考えずサクサクやれて気持ちいい。使い道のなくなった剣術を実践できていい運動にもなる。

 

 明日もたくさん狩ろう。

 

 

 

6月1日

 今日も狩り。

 

 人さらいは帝国の人が多い。得意顔で銃を使うからすぐ分かる。

 

 あんなのただの速い刺突と変わんないのに、なんで銃口こっちに向けて自信満々なんだろう。まさか躱されないと思ってるわけでもなかろうに。帝国人のマナーかな?

 

 なんにせよいいカモだ。

 

 

 

8月10日

 人さらいの拠点をいくつか潰した。用心棒が何人かいたけど、闘技場の剣術ガチ勢と比べると弱い。斬り払った。

 

 帝国へ売り払われる寸前の被害者たちがいて、全員七歳から十五歳までの少女なのはドン引きした。このあたりが売れ筋なんだって。取引先変態ばっかかよ。

 

 衛兵さんに後は任せたから、親元に返されるかなんかして幸せになるだろう。いいことしたみたいで気分がいい。

 

 

 

9月1日

 心臓が止まるかと思った。

 

 人さらいの檻の中に、妹のそっくりさんが捕まってた。似てるのは背格好と髪の色だけで、よく見たら全然別人なんだけど、つい名前を呼んじゃったよ。

 

 ルゼアはもういない。分かってるのに。 

 

 

 

9月3日

 かわいいケモミミ娘を見つけた。

 

 ケモミミは帝国に属領化された獣人族の証だ。そんなところの子供が商品として檻に入れられてるあたり、なんだか闇を感じる。知らんけど。

 

 

 

9月10日

 今日はおかしくて笑っちゃった。

 

 最強の用心棒であるなんとかさんの手にかかれば、私なんてザコ同然。

 

 そんな風に人さらいがタンカを切ったのだけど、そのなんとかさんがよりにもよって二刀流だったんだ。

 

 この十三年間、私は二刀流を殺すためだけに生きてきた。ぽっと出の二刀流なんかに負けるはずもなく、過去一であっさり決着がついた。人さらいさんのぽかんとした顔がおかしかった。

 

 衛兵さんによると、今日潰したのが王都で最大の拠点だったらしい。後の処理は任せろと言ってた。

 

 明日からまたヒマになっちゃうな。

 

 

 

9月20日

 いい暇つぶしができた。

 

 残党でもいないかなとぶらついてたら、高級な馬車がとまってどこかへ招待された。着いた先は貴族様のお屋敷で、そこになんと王子様がいたんだ。

 

 この剣王国を治める、剣王様の第なんとか子のなんとか様。やべえ興味なさ過ぎて名前覚えてねえ。

 

 とにかくそんな偉い人と、帝国の偉そうな人たちが私をお茶の席に招待してくれた。

 

 で、始まった話は手を組まないかと。剣王国と帝国の一部は裏で結託し、剣王国の優れた商品を密輸出して利益を得ている。人さらいはその事業の一部。私がそれを潰したことには目をつむるから、用心棒になれと。そうすれば大もうけできるし、私の家族や友人にも手を出さない、と。

 

 要はおっきな陰謀に抱きこもうって話だった。

 

 全員斬った。王子様だから斬られないと思っていたのかな。それとも人質になるような家族や友人が一人もいないとは考えなかったか。ああいう油断しきった悪者を斬るとすっきりしてとてもいい。

 

 ただ、王子様パワーは伊達じゃないんだろう。私は反逆罪で衛兵さんに捕まり、牢屋でこれを書いてる。さすがに悪いことしてない衛兵さんを斬るのには気乗りしなかった。

 

 外でも牢屋でも、ヒマなのは変わらない。むしろここは三食自動で持ってきてくれる分楽だ。

 

 どうしようかな。飽きたら出て行くか。それよりも早く死刑とかになったらそれもいいな。

 

 そうだ、死刑になったら剣王様にケンカを売ろう。

 

 闘技場で初見殺しして以来、剣王様には負けっぱなしだ。死ぬ前に本気で勝ちに行くのは悪くない。

 

 楽しみだ。

 

 

 

9月29日

 釈放された。

 

 久々に剣王様と会って話をした。バカ息子を咎めてくれてありがとう、と言われた。あの王子は政治が上手だったそうで、剣王様でも手出しができなかったんだって。悪いやつめ。

 

 なんか外で色々あったらしくて、例の陰謀に関わった人たちは軒並み処刑。私は王都の闇を暴き、弱者を救った英雄と言われているそうな。照れるぜ。

 

 でもちょっと残念だ。死刑記念に剣王様とやり合うつもりだったのに。

 

 明日から何をしよう。

 

 帝国の戦争にちょっかい出しに行こうか。いや、今は平和になっちゃったんだっけ。

 

 魔王の封印でも壊しに行くか。おとぎ話に出てくる怪物と戦えば、いい鍛錬になる。

 

 鍛錬しても意味がない。強くなっても、殺したいやつがいないんだから。

 

 やることがない。やりたいことがない。

 

 ヒマ。

 

 

 

10月1日

 衛兵さんにスカウトされた。共に王都の治安維持に貢献しないかと。

 

 定時までの暇つぶし程度のやる気しかないし、週五でサボるか遅刻するけどそれでもいいか。

 

 と言ったら頭を抱えて「やる気さえあれば完璧なのにぃ……!」とのことで、話は流れた。

 

 仕事はイヤだ。めんどくさい。闘技場の闘士とか辞めて正解だった。

 

 でも辞めたところで何もやることはない。やりたいこともない。ていうか生きるのがどうでもいいのに仕事する訳がない。仕事は生きるためにするもんだ。

 

 ああどうでもいい、生きるのどうでもいい。

 

 

 

10月5日

 暇つぶしのネタがやってきた。

 

 人さらいに売られる寸前だった少女たちだ。さらわれるときに親が殺されたり、元々孤児だったりで帰るところがないらしい。前に見かけた妹のそっくりさんとケモミミ娘ちゃんもいる。

 

 今までは衛兵の有志が面倒を見ていたけどずっとは無理で、どうにかならないかと相談された。

 

 ヒマなのでどうにかしてみよう。

 

 

 

10月10日

 どうにかした。

 

 とりあえずデカい建物を一軒買った。老朽化して放置された教会。大工さんと魔術士に頼んで改装してもらい、全員そこにぶち込んだ。

 

 後は衛兵さんの伝手で王立学院の学生を何人か雇って、独り立ちできる程度の学を少女たちに授けてもらう手はずを整えた。王都で暮らすには力と学のどちらかがあればどうにかなる。三年もすればみんな立派に生きていけるようになるんじゃないか。知らんけど。

 

 さて、やることがなくなっちゃったぞ。

 

 

 

10月15日

 なぜかお金が儲かる。

 

 例の孤児院が王都で話題になってるみたいで、寄付金が大量に集まっている。噂の英雄が慈善で建てた孤児院にみんな興味津々らしい。

 

 相当な額が集まり、建物の所有者である私の懐にも分け前が来てるのだけど、いらん。これ以上あっても仕方ないくらいの蓄えはあるのに、もっと増えてどうする。

 

 全額孤児院の運営にあてるよう言って突っ返した。

 

 

 

10月20日

 あまりにも暇だったので孤児院に顔を出す。

 

 ものっそい歓迎された。幼い子がはしゃいで集まってきて、年長の子はそれを諫めながら丁寧に応対してくれた。まるで超要人みたいで気持ち良かった。

 

 剣術を見せてとねだられ、二大流派と我流の動きを軽く見せてやる。すごいすごいと、申し訳ないくらいよいしょされニヤニヤが止まらなかった。

 

 妹も、あんな風に褒めてくれたっけな。

 

 

 

10月21日

 剣術を教えることになった。二大流派のどちらかを習得していると就職に有利になるらしい。

 

 ならちゃんとした段位持ちを雇えばいいだろうに、少女たちは私に教えて欲しいと口を揃えた。

 

 暇つぶしができて都合がいいぜ。

 

 

 

10月22日

 教えるのは案外難しい。

 

 私は殺すための剣術を学んだ。方法は道場破りと人さらい狩り、帝国や闘技場とどれも実戦のみ。誰かに教わった経験がない。

 

 とりあえず全員ばてるまで素振りをしてお茶を濁した。

 

 ちょっと勉強するか。

 

 

 

10月23日

 勉強した。

 

 難しいことはない。やってみせ、言って聞かせてさせてみる。自分ができていることを、相手に分かりやすいよう言葉にするだけ。それが教えるってことだ。

 

 そのかいあって、少女たちの上達がすさまじい。もう少しでみんな初段程度の力はつきそう。さすがに二段以上を目指せる才能と本気度は数人しかいないけど、そこまで強くなる必要はないだろう。

 

 最近はこの子たちの成長が楽しくて、ヒマがあんまりない。楽しい。

 

 

 

10月25日

 どこかで見たような、聞いたような。

 

 前にも書いた、妹に似ている女の子。名前はクロネ。この名前、どこかで聞いた気がする。

 

 それと彼女が持っている剣。父親の形見らしいんだけど、どこかで見た気がする。

 

 かなり珍しい魔剣だし、勘違いではないはず。

 

 でも分かんない、どこだったかな。

 

 

 

11月1日

 困った。

 

 気狂ったみたいに剣術に打ち込む子が三人いる。そいつらは夜中にこっそり孤児院を抜け出して一人稽古に明け暮れ、日中はふらふら。とても心配です、とリーダー格の子、メルに相談された。

 

 やりたいならやらせておけばいいじゃん。と言ったらメルが涙目になるので、仕方なく対応してやる。

 

 心配してくれる子がいていいな。私のときは誰もいなかった。

 

 大人の話術で華麗になだめすかしてやろう。

 

 

 

11月2日

 三人中二人は言いくるめた。

 

 あと一人、妹そっくりのクロネには明日対応する。

 

 まあどんな事情があろうと、私の手にかかればちょろいもんよ。

 

 

 

11月3日

 まさかこんな巡りあわせがあるとは。

 

 あの魔剣はあの男のもので、あの男には娘がいて、それから、それから。

 

 一旦寝よう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 剣王国は大陸の片隅に位置する小国だ。その名の通り貴族から平民まで剣術が振興されており、玉座には当代でもっとも強い王族がつくならわしになっている。伝統的な流派による圧倒的武威と、豊富な鉄資源に下支えされた産業力により、小国ながらも長らく繁栄してきた。

 

 そんな剣王国を近年悩ませるのが、隣国である帝国から流入する犯罪組織だった。

 

 帝国は海の向こうから渡来した侵略国家であり、大陸に散在していた小国を次々と併呑した。そんな小国の中で剣王国は唯一、帝国と武力で渡り合い、対等な和睦に至った。以来、帝国との貿易で進んだ文明や豊富な食料、人材が剣王国に流れ込み、急速に発展することになる。

 

 犯罪組織はその機に紛れ込んだ。剣王国が発展を享受する裏で暗部に根付き、違法な人身売買や密輸入で財を成し、ついには剣王国の上層部とも癒着して誰も手出しできぬ牙城を築いた。

 

 これには治安維持を担う衛兵もお手上げだ。帝国の兵器と剣王国の剣術で武装した組織の武力はおそろしく高い。仮に捕縛したとしても、組織の中枢は剣王国上層部の後ろ盾に守られている。違法な物品が密輸入され、無辜の民が拉致され売り払われるのを、指をくわえて見ている他なかった。

 

 そうした現状はある日、完膚なきまでにぶち壊されることになる。

 

 『毀剣(きけん)』と呼ばれる、人生を持て余した女剣士によって。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 剣王国郊外にひっそりと佇む廃教会。

 

 信者の減少により放置されたそこは、とある剣士によって買い取られ、孤児院として改修されていた。広々とした中庭では年少の子供たちが無邪気に遊び、内部の教室では十代の少女たちが勉学に励む。

 

「邪魔するぞー」

 

 そんな孤児院の教室に、一人の少女が押し入る。

 

 細く薄い体に簡素なワンピースをまとい、癖のある灰色の髪は伸ばしっぱなし。前髪の奥に除く空色の瞳はどんよりと曇り、およそ生気が感じられない。腰にさげた古びた直剣がなければ、剣士ではなく浮浪児にしか見えないだろう。

 

「先生!?」

「先生が来た!」

「院長先生だ、囲め囲め!」

「ええい寄るな騒ぐなクソガキども!」

 

 少女が姿を見せるや否や、授業を受けていた子供たちが色めき立つ。教室にいた生徒だけでなく、中庭で遊んでいた者たちも駆けつけ、少女に群がり出した。

 

「ねー先生、必殺剣教えて! あのちょーかっこいいやつ!」

「いーや、先生はあたしたちと遊ぶんだ!」

「そんなことより先生、さっきの算術の授業でどうしても計算が合わないところが──」

 

 少女はげんなり顔でされるがままになっている。初めてこの施設に顔を出した折、子供たちの歓迎ぶりに気を良くして対応して以来、やけに懐かれてしまった

 

「ビスカ、あのちょーかっこいいやつはまず基本ができてねえと話にならん出直せ。ルッツ、遊ぶのはまた今度な今日はちょっと用事がある。ケミー、その紙の六問目のこと言ってんなら問題文をよく読んで途中式を丁寧に書いてやってみろ──」

 

 面倒くさそうにしながらも一人一人の声にしっかり応えていく。その反応に気を良くした子供たちがさらにはしゃぐ。きりがなかった。

 

 視線で講師に助けを求めるが、金で雇った彼らは頭はいいものの子供のあやし方は心得ていない。激しく首を横に振っている。

 

 ならばと視線を巡らせると、頼みの綱と目が合う。

 

「こーら! 先生が困ってるでしょ。散った散った。それと先生も、いきなり授業中に何ですか? 騒ぎになるの分かってるでしょう!」

 

 腰に手を当ててぷんすこしているのは、長身の少女だ。名前はメル。孤児院内でもっとも背が高い見た目の通り、年も十六と最年長で、誰が決めたわけでもなく子供たちを取りまとめるリーダーの立場に収まっている。

 

 灰髪の少女──先生も注意を受け、バツが悪そうに縮こまる。

 

「ご、ごめん。ほらあの、例の徹夜トリオと話をしたくて」

「あ、そうでしたか」

 

 先生の用件は、困った子供への対応である。

 

 院の子供たちには自立のため勉学と剣術を学ばせているが、過度に熱心な者が三人いる。メルが言っても聞かないため、先生が話を聞くことになったのだ。

 

「わざわざありがとうございます。二人はそこにいますよ。ほら」

 

 そう言ってメルが指し示した先には、机に着いたまま舟を漕ぐ二人の少女。一人は剣王国にありふれた茶髪で、もう一方はふさふさの金髪に猫のような獣の耳が生えている。

 

 先生来訪による騒ぎに気付いた風もなく居眠りしているのは、間違いなく連日の徹夜の影響だろう。

 

「……いつもああなの?」

「大抵は」

「逆に学習が遅れるだろ」

「私もそう言ったんですが」

 

 それでも二人には響かなかったから、先生にお鉢が回ってきたのだろう。

 

 先生は群がる子供たちを押しのけ、ようとしたが子供たちの筋力に力負けし、メルに視線を送る。メルは呆れた顔で子供たちを追い散らした。

 

 ようやく解放された先生は二人の元へずかずか近づいて、首根っこを掴む。

 

「な、何々!?」

「く、苦しい!」

「うるせえクソガキ、説教の時間だ。授業再開!」

 

 そうして二人を引っ立て、教室を後にしたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 二人を廃教会の食堂まで引きずり、椅子に座らせる。

 

 先生はテーブルを挟んだ対面にどかりと腰を下ろし、頬杖をついて睨みつけた。

 

「さて、お尻百叩きの前に弁明を聞こう。話せ」

「な、何のことかしら」

「そうなの。先生はいつも唐突過ぎるの」

「とぼけおるわ」

 

 鼻で笑い、すでに調べはついている旨を告げる。二人は夜を徹して過度に頑張る徹夜トリオのうちの二人であり、それを咎めるために先生はやってきた。彼女らの抱える事情と先生の気分次第では暴力による矯正も辞さない構えだ。

 

 二人は顔を見合わせ、しばし考え込む。

 

 彼女らにとって先生は恩人だ。人さらいに捕えられ、吐き気を催す変態の元へ出荷されるのを待つだけだった二人を助けてくれた。更には寝床と食事、教育、同じ境遇の仲間たちと過ごせる環境まで用意してくれたのだ。そんな先生にここまで強硬に迫られて、だんまりを通せるほど図太くはなかった。

 

「パナピア、ヒミカ」

 

 請うように名前を呼ばれたのが、最後の一押しになった。

 

 視線を交わし合い、先に獣耳の少女──パナピアの方から口を開く。

 

「私は、帝国が許せない」

 

 パナピアは獣人族だ。剣王国の興りよりも古くから大陸に根付き、人と獣の長所を併せ持つ種族として繁栄してきた。剣王国との交流はなかったが、互いに不干渉を定め適切な距離を取っていた。

 

 そこへ割り込んできたのが帝国だ。

 

「あいつらは、ご先祖様の土地も遺跡も全部ぶち壊しにして、私たちを奴隷みたいに扱ってる。未開の文明を導いてやるとか偉そうなこと言って、暴力と略奪と支配を押し付ける。私がこっちに売られてきたのもそのせいなのよ」

 

 帝国は侵略者だった。発達した文明と武力によって獣人族の土地を占領支配し、搾取の限りを尽くす。

 

 抗えば見せしめに殺されるか、更なる重税と強制労働でなぶり殺しにされるかだ。

 

 パナピアはこうした支配に反抗した。徴税官に石を投げ、総督軍の兵士に噛みつき、徹底的に抵抗した。

 

「そしたら捕まって……特別教育を付けるからって連れ去られて、気づいたら檻の中よ」

 

 獣人の国を占領する総督府は、剣王国で暗躍していた組織とつながっていた。パナピアは珍しい商品として捕えられ、売り飛ばされる羽目になった。

 

 屈辱と恐怖が蘇り、パナピアはぎゅっと唇を噛む。

 

「これ以上、帝国に好き勝手させるのは耐えられない。今だって故郷では同胞がひどい扱いを受けてるのよ。だから力が欲しい。頭でも腕っぷしでもいい。一刻も早く強くなって、私たちの故郷を取り戻す」

 

 今この瞬間にも、故郷では帝国に土地を荒らされ、文化を壊され、同胞たちが奴隷扱いをされている。自分の二の舞にあっている者も出ているかもしれない。そう考えると休む気は起きず、体が悲鳴を上げても心は研鑽を求め、無理な鍛錬に繋がった。

 

 ひとしきり身の上を明かすと、沈黙が満ちる。外で遊ぶ子供たちの声が窓から入り込み、どこか他人事のように響いた。

 

 俯いて、先生の沙汰を待つパナピア。

 

 一方、聞き超えた先生は「んー」と少し考えて、

 

「私が鍛えようか?」

「えっ」

 

 思いがけない提案に、パナピアの目が点になる。

 

「とりあえず帝国の軍隊潰せるくらいの力がほしいんでしょ? ガチで鍛えれば、一、二年あればどうにかなるんじゃねーかな」

「そんな気休めを──」

 

 言うな、と怒鳴りかけて思いとどまる。

 

 目の前の先生は、単身で王都にはびこる組織を潰した武人だ。『毀剣』と呼ばれる独自の剣術を修めており、その力の一端は助けられたときに見ている。更には、身寄りのない孤児のために孤児院を建てるような人徳も併せ持つ。それほどの人物がいい加減な気休めを言うとは、とても考えられない。

 

 逡巡するパナピアに先生が言葉を重ねる。

 

「前に帝国でゴタゴタに巻き込まれたことがあってな。あいつらの手口と対策には割と詳しい方だぞ」

「……!」

「どうする? やるなら私の言うことは絶対だけど。三食しっかり食べて夜はぐっすり。体調が悪い日は無理せず休む。あと私のやる気がない日も休み。これでいいなら──」

「やるわ」

 

 迷う余地はなかった。はやる気持ちを抑圧するのは辛いが、知識と経験、実力を兼ね備えた先生が鍛えてくれるというなら、これ以上の好条件はない。

 

「あなたに従う。だから私を強くして」

「うんいいよ。じゃあまず最初の指示」

 

 一拍の間を置く。空気が張り詰め、パナピアはごくりと唾を飲む。

 

「今すぐ寝ろ。ほんで目の下のクマどうにかしてこい」

「はぇ?」

「寝ろっつってんだよこの駄猫!」

「猫じゃなくて虎よっ!」

 

 テーブルに手をついて反論すると、パナピアはため息。

 

 それから頭を下げ「よろしくお願いします」と言い置いて、廃教会二階への階段へ足を向けた。言われた通り自室で睡眠をとるのだ。

 

 そうして食堂に残されたのは、先生と茶髪の少女、ヒミカである。

 

「一人目は片付いたな。で、ヒミカは? お前も力がほしくて張り切ってんの?」

 

 ヒミカはぷるぷると首を振った。

 

「ううん、違うの。ヒミカはただ……あの、その」

「なんだよう」

「笑わない?」

「笑えるようなことなら思いっきり笑う」

 

 ヒミカはがっくりと肩を落とした。そこは嘘でも笑わないと言ってほしかった。

 

 ヒミカが抱える事情は、故郷を思うパナピアのそれとは違い、ひどくちっぽけで個人的だ。もし笑われたらショックで寝込む不安があった。

 

 とはいえ、揺らがずヒミカを見据える先生の空色の瞳を前に、ウソはつけない。

 

 暗闇を歩くように恐る恐る、口を開く。

 

「ヒミカには、何もないの」

 

 ヒミカは剣王国の貧しい家庭の生まれだ。家族にもヒミカ自身にも特別な才能はなく、毎日を生きるので精いっぱい。それでも懸命に生きていた。

 

 その生活を理不尽が襲った。強盗が押し入り、家族は皆殺し。唯一生き残ったヒミカは衛兵よりも先に人さらいに見つかり、先生に助けられるまで檻の中だった。

 

「ヒミカは、パパとママが好きだった。勉強も剣術も魔術も、てんでダメな私を好きって言ってくれる二人が大好きだった。パパとママさえいれば良かったの」

 

 が、二人はもういない。どんなときでも味方をしてくれる家族は永遠に失われ、残ったのは何の取り柄もないヒミカという女の子一人だけ。

 

「だからヒミカは、早く強くならなきゃいけないの。二人がいなくてもちゃんと生きていけるように。勉強も剣術も頑張って、パパとママが心配しなくていいように、一人でも生きていけるように。ヒミカはバカだから、きっと人一倍頑張らなきゃ出来るようにならなくて、だから──」

「分かった分かった」

 

 先生が机を回り込み、ヒミカの隣に寄り添う。ワンピースの袖でヒミカの頬を拭い、そこでやっとヒミカは自分が泣いていることに気が付いた。

 

 赤面し、慌てて涙を拭う。

 

「ち、違うの。別に泣いてなんか」

「はいはい。ったくよー、何が何もない、だよ。めちゃくちゃあるじゃねーかよ」

「え?」

 

 思わず顔を上げると、先生は苦笑してヒミカを指さす。

 

「へこたれない心。それさえありゃ、慌てて強くなろうとする必要ないと思うけど」

「こころ……よく分かんないの」

「そっか」

 

 ぐしゃぐしゃと乱雑にヒミカの頭を撫でる先生。

 

「ともあれ、話は分かった。要はさっさと強くなって理不尽に負けないようになりたいってこったな?」

「えっと、うん、そうなの」

 

 先生の要約を一度反芻し、首肯する。

 

「ならお前も私が鍛えてやる。私がまあまあ強いのは知ってるだろ?」

 

 再び首肯。脳裏に過るのは、自身の数倍の体格はある男たちに囲まれているにも関わらず、剣一本で平然と男たちを打ち倒し、子供たちを救って見せた先生の勇姿だ。まあまあ強いどころか、男たちにとっては先生こそ理不尽の権化そのものだったろう。

 

「条件はさっきパナピアに出したのと同じ。私の言うこと聞け。したらクソ強くなれっから。分かった?」

「わ、分かったの」

「じゃあお前も寝てこい。今すぐ!」

 

 急かされて立ち上がり、ヒミカはパナピアと同様、孤児院の二階へ姿を消す。

 

 かと思うと先ほどのパナピアを思い出したのか、一度戻ってきて「よろしくお願いしますなの!」と頭を下げ、今度こそ二階へ引っ込んだ。

 

 一人残された先生は、おもむろに立ち上がって大きく背伸び。

 

「まあいい暇つぶしにはなったか。さーて最後の一人は……明日にしよ」

 

 徹夜トリオの二人は対処した。それだけで今日一日の頑張りとしては十二分だ。生きる気力に溢れた二人の子供と話をするのは、すべてが終わっている先生には負荷が高かった。

 

 その上、最後の一人と顔を合わせるには心の準備がいる。

 

「似すぎなんだよなマジで」

 

 死別した妹を重ねないようにするための、特別な心構えが。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 深夜、孤児院の裏庭。闇の中に虫の声が満ちる中、ひゅん、と空気を裂く高い音が断続的に響く。

 

「ふぅっ!」

 

 音の主は少女だった。据わった目で暗闇を睨みながら、剣を無心に振るっている。柄頭に小さな宝玉をあしらったその剣は重く、少女の腕を軋ませる。

 

 徹夜トリオ最後の一人、クロネである。もちろんメルには毎晩無理をしないようにと口酸っぱく叱られ、分かった風に頷いているが、皆が寝静まるとこうして毎晩自主的な鍛錬に精を出している。成果は出ており、クロネは孤児院の中でもっとも強い。努力の量だけでなく、クロネには剣術の才があった。

 

「いたっ……」

 

 が、さしもの彼女でも無理がたたっている。両の手に鋭い痛みが走り、剣を取り落とした。

 

 柄が赤黒く染まっている。手は血豆がつぶれた上に更に血豆ができ、また潰れるのを繰り返し、ひどい有様になっていた。集中が途切れ、冷たい夜気が火照った体から熱を奪っていく。

 

 だからどうした。そう言わんばかり、クロネは唇を引き結び、剣を拾い上げる。手だけではなく、疲労のたまった全身が鈍痛を発しているが、歯を食いしばって無視する。

 

 もたもたしている時間はない。一日でも、一秒でも早く強くならなければならない。疲れやケガを恐れている暇はない。

 

 血で滑る剣を全力で握り締め、素振りを再開する。

 

「よう、クロネ。熱心だな」

「ひゃあ!?」

 

 突如真横から声をかけられ、悲鳴を上げる。

 

 後ずさろうとするも足がもつれ、盛大に後ろへひっくり返る、直前。

 

「おっと」

 

 腕を引かれ、ぬくもりに包まれる。誰かに抱き止められたのだ。

 

 ばくばくとうるさい心臓を抑えて目を向けると、濁った空色の瞳と目が合った。くすんだ灰色の長髪に縁取られた幼い顔貌。細くて薄い体にほつれた白いワンピースを纏い、腰のベルトには古びた直剣を下げている。

 

「せ、先生?」

 

 院長先生だから先生、とただ呼ばれている彼女。その呼び名があまりに早く浸透し、誰も彼女の本名を知らない。

 

「びっくりした……いきなりどこからともなく湧いてくるのはやめてよ」

「湧いてねえよ虫か私は」

 

 むっとして言い返す様は、ひどくあどけない。背丈は十三歳のクロネよりも小さく、外見は無垢な少女のようだ。

 

 しかし彼女、先生こそこの孤児院の主であり、巷を騒がす英雄であり、クロネにとってかけがえのない恩人でもある。

 

 先生は剣王国に根付いた犯罪組織を潰した。王国の上層部を後ろ盾とした強固な組織を、個人による武力によって根こそぎにしたのだ。

 

 そうして組織に囚われた子供たちを解放し、帰る場所のない孤児たちをまとめて引き取り孤児院を設立。立場は施設の所有者であり、運営は雇った人間に丸投げしているというが、頻繁に様子を見にくることから院長先生として慕われ、それが呼び名となった。

 

 巨悪を討った英雄にして、孤児を見捨てぬ有徳の人。剣王国に先生を知らない者はいない。

 

「で、お前はこんな時間に──」

 

 先生は前髪の奥から、茫洋としたまなざしを巡らせる。柄に血の滴る剣とクロネの手に目を止め、顔をしかめた。

 

「無駄な努力してたわけか。バカじゃねーの」

「なっ」

 

 かっと顔が熱くなり、先生を突き飛ばして距離を取るクロネ。

 

「無駄って何! 私は強くなりたいの! そのために」

「むしろ弱くなってんぞ」

 

 先生は指を立て、クロネの手と顔を順に指し示す。

 

「その手。直に化膿して熱が出る。その顔。疲れがたまって今にも倒れそう。体をいじめるだけで強くなれたら苦労はねえよ」

「で、でも」

「うるせえクソガキ」

 

 有無を言わさずクロネの腕を掴み、痛いほどの力で引っ立てる先生。

 

 ここにきて疲れが出たのか、抵抗しようにも力が出ず、クロネはされるがまま孤児院の中へ。

 

 やってきたのは食堂だった。長椅子の上に布と包帯、それから水を張った桶が用意されている。

 

「しみるぞ」

「えっ……いっったぁーい!?」

 

 傷口を洗われる痛みにじたばたもがくが、先生にがっしり腕を掴まれ逃げ出せない。

 

 涙目で痛みに耐えていると、いつの間にか手当は終わっていた。両手が包帯でぐるぐる巻きにされていて、先ほどまでの鋭い痛みが和らいでいる。

 

「あ、ありが」

「ありがとうはいらん。代わりに、話せ」

 

 手当の道具を片付けると、先生がずいと身を乗り出してくる。澱んだ瞳が目と鼻の先に迫り、クロネの顔を覗き込んだ。

 

「どうして強くなりたい。強くなって何がしたいんだ」

 

 クロネは腑に落ちる思いだった。これを聞くために先生はわざわざやってきたのだ。メルか他の子供たちに相談されたのかもしれない。

 

 先生には返しきれない恩がある。その上、手当のお礼の代わりとまで言われては、話さないわけにはいかない。

 

「私には、やらなきゃいけないことが、あって」

 

 それでも、口は重い。

 

 身に着けた力で成し遂げたい目的。クロネが生きる理由。万が一先生に反対されれば、クロネは行き場を失ってしまう。

 

 逡巡し、口を閉ざすクロネ。

 

 数分間が沈黙のまま過ぎ去ると、先生がだしぬけに言ってのける。

 

「もしかして、殺したいやつがいる?」

「……!」

 

 図星だった。

 

「な、なんで」

「見覚えがある。復讐を望む手合いは決まってそんな目をしてる」

 

 クロネは息を呑み、俯いた。心臓が痛いほどに激しく脈打っている。

 

 復讐とは私怨による殺人だ。一応は法治国家である剣王国では認められていない。そのための力を求めていると露見してしまった以上、先生が剣術を教えてくれなくなることもあり得る。

 

 必死に言い訳を絞り出そうと頭を捻っていると、小さな手がクロネの頭を撫でる。

 

「落ち着けって。まずは話せ。ちょっとずつでいいから」

「……は、い」

 

 自分のよりも小さい手で、なのに不思議と安心感がある。焦燥に駆られた心が徐々に落ち着いていく。

 

 しばらくして深呼吸を挟み、訥々と身の上を語り出した。

 

「お父さんが、殺されました」

 

 一年前、クロネは父を殺された。

 

 人里離れた山奥の寒村で、木こりをして暮らしていた。貧しかったが、男手一つで優しく、ときに厳しく育ててくれた大切な家族だった。

 

 そんな父親がある日、何者かに惨殺されたという。

 

「私が村に薪を売りに行って、帰ってきたら、もう……」

「一年前……山奥の村……」

 

 先生が噛みしめるように繰り返すのを聞きながら、クロネは声を絞り出す。

 

「私のせいなの」

 

 手当ての間、長椅子に立てかけておいた剣を手に取り、膝の上に乗せる。柄頭に不可思議な光を放つ宝石があしらわれたそれが、父の形見だった。

 

「世界に一組しかないお宝だって言ってた。二刀一対の魔剣だよ」

 

 魔剣とは、剣に魔術的な効果を付与したものを意味する。クロネの父が使っていたそれは、柄頭の魔石が使用者の魔力を吸い上げ、切れ味の向上のほか様々な効果を発揮するものだった。

 

「お父さんは、とっても強い二刀流の剣士だった。誰が相手でも絶対負けない。でもあの日、一人で村に行くのが心細いから、一本貸してっておねだりしたんだ」

「魔剣の二刀流、か。もう一本はどうしたの?」

 

 クロネは首を横に振った。

 

「持ち去られた。だから私は、一人で王都まで来たんだよ。二刀一対の片割れを持ってる仇を探して」

 

 しかし今まで山奥で育ってきた少女が、王都での勝手など分かるわけもない。治安の悪い地域に足を踏み入れ、あえなく人さらいに捕まり、先生に救われて今に至る。

 

 望みが薄いのは分かっている。仇が王都に滞在している保証はないし、魔剣の価値に目を付けてもう売り払っているとも考えられる。それでもクロネは動かないわけにはいかなかった。

 

 大切な人を理不尽に奪った仇を生かしておくなんて、絶対に許せないから。

 

 すべてを聞き終えた先生は腕を組み、虚空を見つめている。

 

「なるほどな。よしんば仇を見つけても、お父さんを倒した相手だ。強くならなきゃ返り討ちってわけか」

「うん。少しでも早く強くなって、探さないと……」

「だったらなおさらちゃんと休めよ」

「え?」

 

 先生がクロネの両頬に手を添え、目を覗き込む。凪いだ湖面のような瞳にじいっと見つめられ、クロネは目が逸らせない。

 

「強くなるには継続が大事だ。毎日の積み重ね。体を壊したらむしろ効率が悪い。稽古を頑張るのは、ちゃんと食べて寝るのが前提だ」

「で、でも……」

「うるせえ口ごたえすんなここ追い出すぞ」

 

 めんどくさくなったのか、ものすごく強権なことを言いだした。

 

 が、クロネは反駁しようとしたのではない。

 

「そうじゃなくて! 反対しないの? 仇討なんてよくない、とか……」

「よくないとかどうとかじゃないだろ」

 

 先生は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと告げる。

 

「大切な人はもう戻ってこない。何をしても、誰を殺しても。それを分かっていて、仇討を望んでる。そうでしょ?」

「うん……」

「だったら言うことはない。私はお前を応援する。だから、お前は自分をもっと大事にしろ。仇討は生きる目的じゃない、手段だってことを忘れるな」

 

 先生の意図はよく分からない。クロネが理解するにはまだ早い、含みのようなものがある。

 

 とはいえ先生が心の底からクロネに寄り添い、親身になってくれているのは痛いほどよく分かった。親を殺された悲しみと苦しみを受け入れ、憎悪を肯定し、共感してくれた。

 

 その安心感から、気が緩んだのだろう。

 

「うぇ……ひっく……」

「な、何!? 今泣くところあった!?」

 

 鼻先が痛い。視界が滲み、熱い雫が目から零れ落ちていく。

 

「その顔で泣くなよ……よしよし」

 

 慌てふためく先生の薄い胸に顔を押し付け、クロネはしばし号泣したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 深夜。

 

 寝泊まりしている借家の一室で、先生は埃に塗れていた。

 

「うぇっほ、けほっ」

 

 そこは倉庫だ。十三年の武者修行で得た戦利品が乱雑に積み上げられている。剣、槍、爪、帝国の銃砲、弾薬、どれもが埃とカビに塗れていた。

 

「お、こんなとこに……」

 

 黒カビの生えた上質な紙を二枚、つまみ上げる。それぞれに達者な毛筆で『大王流五段認定証』『剣王流五段認定証』と綴られていた。修行の道程で取得した二大流派の認定証だった。

 

 目当てのものではない。適当に後ろへ放り投げ、捜索を再開する。

 

 探しているのは一振りの剣だ。倉庫のどこかにあったかもしれないし、なかったかもしれないと、おぼろげな記憶が告げている。できればない方の可能性を信じたい。

 

 しかし先生の願いもむなしく、探し物は見つかった。

 

 鞘に収まった一振りの剣。柄頭に魔力石がはめこまれ、拾い上げた先生の手から魔力を吸い取る。鞘から抜くと、刀身は淡い青色に輝いた。

 

 見間違えるはずもない。

 

 それは、クロネが持っている父の形見と瓜二つ。二刀一対の魔剣の片割れであり、彼女の父の仇であることを証明するものだった。

 

 魔剣の輝きを見つめ、拾った当時の記憶を思い返し、先生は確信する。

 

「親の仇、ここにいるじゃん」







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