毀剣終生伝   作:ジエンドオブザラストファイナル

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エピローグ

 先生の死から半年。

 

 孤児院裏手の墓の前に衛兵の女が一人、ぽつねんと佇んでいる。しばらくはひっきりなしだった墓参の客はまばらになり、今では日に数人が訪れるだけになった、春の日差しに照らされた庭に人気はなく、物音は道場から漏れ聞こえる木剣の音のみで、静かなものだ。

 

「ウソつき。今日明日の話じゃないって言ってたくせに」

 

 女──衛兵隊長シルディの声に、墓石は答えない。呟きは虚しく、暖かな空気の中に溶けていく。

 

 待ち合わせに指定された墓前に人影はない。待ち人を待つ間の手慰みに、物言わぬ墓石に語りかける。

 

「ま、知っててもどうにもならなかったですけど」

 

 自虐的な笑みを浮かべ、あの日の先生を思い返す。

 

 大王祭の夜、彼女の職場を訪ねた折、シルディは先生から秘密を明かされていた。いわく、長年望んだ復讐をやっと果たした末に、クロネの親の仇になってしまったこと。クロネが十分に成長してから真実を明かし、対等な殺し合いで譲れない復讐の決着をつけること。

 

 馬鹿げている。そんなことをしても二人が何かを取り戻すことはない。勝負がどう転んでも何かが失われるだけだ。取り返しのつかない何かが。

 

 そう反論すると、先生は寂しげに俯いて「分かってる」と言う。

 

「何かを得るためにやるんじゃない。やらなきゃ自分が自分でなくなっちゃう。それは死ぬよりずっと怖い」

 

 シルディには理解できない。それはきっと、命よりも大切なものを奪われ、その恨みだけを頼りに生きてきた先生にしか分からない心境に違いなかった。

 

 幸い、先生とクロネの実力にはまだ大きな差がある。対等な勝負ができるようになるのは当分先になると先生も言うので、その場での説得は諦めた。

 

 先生とクロネは、シルディにとってかけがえのない友人だ。いつか二人が殺し合う前に、なんらかの解決策を考えておけばいい。

 

 そうして先送りにした数日後、先生の訃報が届いた。

 

「呆れた人ですよ、本当に」

 

 片腕を失ったハンデによって対等になったと考えたのだろう。だからといってとても本調子とは言えない状態で命がけの決闘に臨むなど、無謀にも程がある。

 

 そもそも馬鹿正直に真実を告げる必要はない。先生ほど要領が良ければ仇の替え玉を用意するなりすでに死んだとウソをつくなりどうとでもなったはず。そうしなかった先生を誠実と見るか愚直と見るか、シルディは後者寄りである。

 

 墓石の前にしゃがみこみ、ゆっくりと語りかける。

 

「結局、最初から終わってる話だったわけですか」

 

 先生とクロネが出会った時点で、二人の大切なものは失われ、二度と返ってこない。その喪失を埋める方法は復讐以外にないことを誰よりも知っているからこそ、先生はクロネの復讐を受けて立つほかなかった。最初から結末が決まっている話だった。

 

「だからって、誰もが納得できるわけじゃない。ですよね、クロネ」

 

 墓石と向き合ったままのシルディの横に、少女が並び立つ。

 

 クロネだ。シルディを呼び出した待ち人であり、墓の下に眠る先生を討った張本人でもある。

 

 一つ深呼吸を挟んで、クロネが口を開く。

 

「教えて。私のお父さんは、先生の仇だったの?」

 

 先生がなぜ父をあれほど残虐な方法で殺したのか。冷静になって考えてみれば心当たりは一つしかなかった。

 

 先生からすべてを奪い、その報いを受けたという山賊。自分の父親が外道だったと認めるには抵抗があったが、半年もあれば心の整理はつく。先生と親しかったシルディなら何か聞いていると期待して、この待ち合わせを取り付けたのだ。

 

「お父さんは昔の話を全然しなかった。酒場で柄の悪い人たちと会ってることもあった。だから──」

「だから何ですか」

 

 不安を押し隠すようにまくしたてるクロネを、シルディが遮った。

 

「お涙頂戴の事情があれば許せます? お父さんの死は仕方なかったって納得するんですか」

「できないよっ!」

 

 激しく首を振るクロネ。

 

「私にとってはお父さんだった! 優しくて強くて頼りになる、たった一人のお父さんだった! どんな事情があったって──」

「だったらこの話は終わりです」

 

 悲鳴のようなクロネの答えを、再びシルディが断ち切った。

 

「さっきも言いましたが、最初から終わっていた話です。あなたたちは出会った時点で取り返しがつかない。真実なんて知っても意味がない」

「でも……でも……!」

「あーもー、仕方ない子ですね」

 

 高ぶった感情が喉元でつかえている様子のクロネに、シルディは寄り添ってあやすように頭を撫でた。

 

 ほどなく嗚咽を漏らし始めたクロネを慰めつつ、墓石を睨む。

 

「死んだ後も人使いが荒いんだから」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 毀剣と呼ばれる少女がいた。独学で二大流派の両方を習得し、独自の奥義である毀剣に開眼。剣王を一度のみ撃破した他、孤児院と道場の運営、帝国と獣人国の内乱平定、大王祭の運営主導など、多数の功績を残した。

 

 とりわけ九番街孤児院と併設された道場は死後も拡大を続け、二大流派を掲げる道場としては国で一、二を争う規模に拡大。二人の師範代は闘技場の上位十名に食い込み、剣王に次ぐ実力者として名をはせた。

 

 また、魔術産業を大きく発展させた魔術士メルや、獣人国家ビースティアの姫君もこの孤児院で過ごした経験があり、道場の師範代二人と親しくしているところが目撃されている。命日には毎年多くの人々が集まり、中にはかの帝国を統べる女帝本人が墓参に訪れたとも言われる。

 

 以上のように、毀剣は剣術、福祉、外交など幅広い分野で我が国に恩恵をもたらした。しかし輝かしい活躍の記録に反し、彼女自身の情報は少ない。

 

 本名、出生、死因は不明。独自の奥義である毀剣の術理も知られていない。

 

 唯一確かなのは、多くの友人、知人に恵まれたことだろう。孤児院の脇にひっそりとある彼女の墓には時を経た今日でも多くの人々が訪れ、手向けの花が途絶えることはない。

 

 その中の一人に彼女の生前を聞いてみると、こう返ってきた。

 

「やることなすこと全部うまくいき、多くの人に愛され慕われ、アホ程強くて色んなとこから一目置かれてた、史上稀に見るひねくれ者」

 

 

(剣王国偉人伝・毀剣の項より抜粋)

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