毀剣終生伝   作:ジエンドオブザラストファイナル

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2.毀剣

11月4日

 寝たら落ち着いた。

 

 私は夢を叶えた。仇討という夢を。

 

 すべてを奪ったあの男を殺すために生き、そして殺した、んだけど。

 

 まさかあの、略奪と凌辱の化身みたいな男に娘がいるとは思わなかった。死に際に呟いていた「クロネ」って、どっかの娼婦の名前かと思ったら、娘だったんだ。

 

 あのクソ山賊野郎。私のお父さんとお母さんと妹を目の前で殺した上に村を焼いておいて、自分は木こりになって娘と仲良く隠居しようなんて、ふざけたやつだ。

 

 しかもあの魔剣、うちの村を襲った時は使ってなかった。あれだけひどいことをした後で、またどっかで略奪でもしていたんだろう。殺してよかった。あと百回は殺したい。

 

 で、問題はこれからだ。

 

 あの男が生きているなら、クロネを目の前で殺している。私が味わった絶望を味わわせてやるんだ。

 

 でも死人は生き返らない。現実的に考えよう。クロネとどう向き合うのか。

 

 難しい悩みは文字にしてみなさい。お父さんの言った通り、紙に書き起こしながら考えて、答えは出た。

 

 ちゃんと仇をやりきるってことだ。

 

 私は、私の仇討を恥じない。後悔はない。だからクロネへの負い目は一切ない。

 

 でもクロネの気持ちも分かる。家族を奪った仇を生かしておけない。十三年間、私が抱え続けた気持ちだ。真実を隠し通すなんて野暮はしないし、しちゃいけない。

 

 だけど今魔剣を片手に「仇はここだ」と言ったって、私がクロネを殺して終わりだ。どうあがいてもクロネに勝ち目はない。

 

 だから数年後。

 

 クロネと私が対等に渡り合えるだけの実力をつけてから、真実を教えよう。そうして彼女の仇討を正面から受けて立ち、決着をつける。これが因縁を終わらせる一番の方法だ。

 

 そのときが来るまでは暇つぶしだ。

 

 クロネ、パナピア、ヒミカのやる気三人組を鍛えたり、孤児院で遊んだり。

 

 何にせよ、私はもう終わっている。気負わずにやっていこう。

 

 

 

11月5日

 孤児院でかくれんぼした。

 

 すぐ見つかってつまんなかった。

 

 

 

11月20日

 やる気組三人の鍛錬を始めた。

 

 手取り足取りやるより、やっぱり実戦形式が一番早い。私が強くなったやり方を再現すればいいだけだもの。

 

 三人がぶっ倒れるまでしごきまくった。

 

 

 

12月1日

 メルがいつの間にか魔術を覚えてた。

 

 すごい。なんか難しい紋章とか数式みたいのが空中に浮かんで、そこから火とか水とか出た。

 

 剣術の才能がない代わりに、魔術含む学問全般が得意みたい。他にも勉強ができる子はいるけど魔術を使えるほどなのはメルだけだから、その才能は相当なものだ。

 

 なんで何もないところから急に火や水が出せるんだろう。理屈を聞いてもさっぱり分かんなかった。

 

 

 

12月12日

 町中で剣王様と遭遇。なんか人生相談みたいな話になって、仕事を紹介されたから、断った。

 

 仕事なんかやってられるか。

 

 

 

12月30日

 人さらいの下っ端が脱獄した、と衛兵さんが謝りにきた。

 

 まあ下っ端の百人二百人逃がしたところで何もできやしない、気にするな。

 

 そう言ってやったら「そんなにたくさんは逃がしてませんっ!」と怒られた。からかいがいのあるやつ。

 

 

 

1月14日

 メルとクロネが言い争いをしていたので仲裁に入った。メルは復讐に反対らしい。

 

 傍から見ればアホらしく見えるんだろうな。仇を殺したって何か取り返せるわけでもないし。

 

 分かっててもやりたくなるんだから厄介なもんだ。

 

 

 

1月31日

 子供たちの勉強は順調。雇った学院の生徒が舌を巻いていた。このペースなら半年程度で初等教育を終えられるらしい。

 

 その後はどうしよう。もう仕事を探すのかな。私は闘技場でしか働いてないから全然分からん。

 

 明日衛兵さんに聞いてみよう。

 

 

 

2月1日

 衛兵さんによると、進学か就職らしい。うちにいる子たちの年頃だと、ほとんどは剣王立学院中等部への進学とか。

 

 じゃあそうしよう。学校行きたいやつ手ェ上げてって言ったら、やる気三人娘以外全員だったので、全員入れることにする。半年後の入試に向けて引き続き勉強と遊びをやってればいいだろう。入った後は知らない。

 

 やる気組の方も順調だ。パナピアとヒミカは大王流初段。クロネは二大流派のどっちも二段なんだけど、伸び悩みを感じているらしい。私の毀剣を教えられれば早いんだけど、あれは教えられるものじゃないし。

 

 このままじゃとても仇を討てないので、なんとか教え導いてやらなきゃ。

 

 

 

3月4日

 クロネとメルが人さらいに誘拐された。

 

 成長のきっかけにちょうどいい。助けるついでに人さらいさんには当て馬になってもらった。実戦を通してクロネは壁を一つ越えたようだ。衛兵さんには土下座されたけど、むしろありがとうと言いたい。

 

 仇討を果たすまで、まだまだ先は長い。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 孤児院の裏手。

 

 日当たりのいい表の庭と比べ、建物の陰になったそこは薄暗く、誰も近づかない。やってくるとするれば好奇心旺盛な一部の子供たちだろうが、彼女らは表で剣術の稽古に熱中している。内密な話をするには最適な場所とタイミングだ。

 

「それでメル、話って?」

 

 そこで顔を合わせているのは、メルとクロネだった。

 

 二人で話がしたいらしいメルに、クロネが乗った形だ。

 

 稽古を抜け出してまで何を、と首を傾げるクロネに、メルが言った。

 

「復讐なんてやめましょう?」

 

 だしぬけにそういわれ、クロネは言葉を失う。

 

「パナちゃんとヒミカちゃんに聞きました。クロネが仇討をしたがってるって。それが本当ならやめるべきです」

 

 クロネは復讐のために生きている。そのために人一倍剣術の稽古に打ち込んでいる。同じだけ熱意を持っているパナピアとヒミカに仇討のことは打ち明けており、メルが聞き及んだことは不思議ではない。

 

 が、ここまではっきりと反対されるとは思わなかった。

 

「……どうして、そう思うの?」

「亡くなった親御さんが、復讐を望むと思いますか? クロネが誰かを殺すため生きることに賛成すると?」

 

 答えは否だ。心優しい父親は、どんな事情があろうと娘が人殺しになることにいい顔はしない、むしろ猛反対するだろう。

 

 そんなことは百も承知だ。それでも復讐がしたいと心底から願い、その衝動は体の内側から心を焼いている。

 

「でも……」

 

 しかしクロネは口下手だった。殺された父の遺志を無視してでもやり遂げたい思いを、うまく口にできない。

 

 言いよどんでいる間にメルが畳みかける。

 

「殺すよりも生きることを考えましょう。このまま剣術を学んで、クロネならいつか道場を開くこともできるでしょう。たくさんの門下生に囲まれて大成できる。どこにいるかも分からない仇のために剣を振り続けるよりずっといい。父君だってその方が浮かばれます。そうでしょう?」

「そうかもだけど」

「別に、恨みを忘れて全部水に流そうとは言いません。ただ、恨みを抱えたまま生きていく道だってある。そのことを知ってほしい」

「うう……」

 

 メルは口がうまい。年下の子供たちの心理を敏感に察し、相手に寄り添いながら悩みを解決しようと力を尽くしてくれる。だから知らずのうちにリーダー格になったのだ。

 

 が、今回はこのメルの長所がクロネには恨めしかった。

 

 メルの言い分はもっともだ。がむしゃらに仇討を願うクロネよりも筋が通っていて、正しく聞こえる。

 

 なのに納得できない。仇討は絶対に成し遂げねばならないと感情が叫んでいる。

 

 正しい理屈を説かれているはずなのにまったく納得できない。

 

「仇討はやめにしましょう。その方がクロネのためだし、ご両親も喜びます。いいですね?」

 

 相反する気持ちに板挟みされ、ついに丸め込まれそうになっていたそのとき。

 

「喜ぶもクソもねーーーよ」

 

 ふてぶてしい横やりが割って入った。

 

「どこに行ったかと探してみれば……まったく呆れたいい子だぜ。正論しか言わねーんだもんな」

「先生」

 

 姿を現したのは先生だ。姿の見えない二人を探していたらしい。クロネとメルの間に立ち、呆れた目をメルに向けている。

 

 メルはこれ幸いとばかり、先生に対し身を乗り出す。

 

「先生も反対してください! 復讐のために生きるなんて間違ってます」

「そうじゃねえよ。間違ってるとか、正しい正しくないの話じゃねえの」

 

 いきりたつメルをどうどうとなだめすかす先生。

 

「いいか? 死んだ人間は終わりだ。喜ぶも何もない。浮かばれるなんて生きてるやつの自己満足だ。だったら同じ自己満足の復讐が悪く言われる道理はねえだろ」

「……! そう! その通り!」

 

 渡りに舟とばかり、クロネがぶんぶん首を縦に振る。

 

「それと、恨みを抱えて生きる、だったか? 抱えて生きられるような恨みは恨みとは言わねえんだよ」

「そうそう! さすが先生!」

「大切な人はもう二度と戻ってこない。笑ってくれない。頭を撫でてくれない。なのに大切な人を奪ったクソ野郎はのうのうと幸せになってやがる。考えただけで夜も眠れねえ。これが恨みってもんだ」

「そ、そうそう……」

 

 胸が締め付けられる想いがした。

 

 先生の言葉には恐ろしいほどの説得力と含みがある。淡々と語っているようで、一言一言の裏に痛切な感情が乗っていた。

 

「復讐のために生きるなんて、とか言ってたな。違う。奪われ、遺され、一人にされた。大切な人はもう取り戻せない。そうして心に抉られた虚無を憎悪で埋めて、やっと一人で生きていける。分かるか? 復讐のために生きるんじゃない、生きるために復讐をするんだ」

 

 すとん、と腑に落ちるような感覚があった。

 

 メルの正論に反論できない、クロネの中の不満。そういった感情をすべて言葉にしてくれたような快感と共感が、クロネの心を打った。メルも思うところがあるのか、伏し目がちに考え込んでいる。

 

 孤児院の裏手を沈黙が支配する。表の庭で木剣を打ち合う乾いた音が遠く聞こえる。

 

 再び口火を切ったのは、先生だ。

 

「まあただの一般論だけどな。クロネがどう考えてんのかは知らん。でも頭ごなしに正論をぶつけるのは気の毒だろうよ」

「……そう、ですね。うん。ごめんなさい、クロネ」

「う、ううん」

 

 戸惑いはしたものの、メルが親切心から復讐を止めようとしてくれたのはクロネにも分かっている。謝られるようなことではない。

 

「私には、まだちょっと難しいけど……たぶん先生の言う通り。この恨みは晴らさないと前に進めない。だから、復讐は絶対にやり遂げるよ」

 

 改めて決意を口にすると、メルは諦めたようにため息をついて、「分かりました」とつぶやく。

 

「先生と、クロネの気持ちを尊重します。でも現実的にどうするのです? 仇の居場所も分からないんでしょう?」

 

 う、とクロネが声を漏らす。

 

 クロネの父を殺した何者かは、父の魔剣を奪っていった。情報はそれだけだ。魔剣をすでに所持していない可能性もあり、探し出すのは並大抵のことではない。父を超える剣術の腕を得たとして、仇が一生見つからなければ復讐はご破算だ。

 

 悩むクロネに代わり、答えたのは先生だった。

 

「居場所なら分かってるぞ」

「えっ」

 

 思考が止まった。クロネとメルの目が点になる。

 

 構わず先生は続けた。

 

「なんなら顔も名前も割れてる」

「どっ、どこの誰──いたっ」

 

 掴みかかる勢いで詰め寄る。

 

 そんなクロネの額を指で弾き、先生は腕を組む。

 

「教えたらお前は今すぐ返り討ちにされに行くだろ。言わんぞ」

「でっ、でもでも」

「お前がヤツより強くなったと、私が判断したら教えてやる」

「……っ!」

 

 仇を庇うような態度にクロネの表情が憤怒で歪み、しかし力なくうなだれる。

 

 程なく顔を上げたクロネの瞳には、決意が燃えていた。

 

「絶対強くなってみせる。絶対っ!」

 

 そう言って孤児院の表に駆け出していくクロネ。

 

 残されたメルは、先生に信じがたいものを見る目を向けた。

 

「ウソじゃないんですよね?」

「あんなつまらんウソつかんわ」

「ですよね……あの、先生って何者なんですか? 強くて、お金持ちで、優しくて、しかも人探しまで出来るなんて……」

「別に」

 

 先生は鼻を鳴らし、クロネが走り去った孤児院の表に目を向ける。

 

「剣術しか能のない、終わってる女だよ」

 

 そうして表の日だまりに目を細めながら、自嘲の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 先生が焚きつけてからというもの、クロネの上達はめざましかった。

 

 他の子どもたちが初段、パナピアとヒミカが二段なのに対し、クロネは剣王流三段。学力の方は並みだが、段位だけなら講師として雇っている学院の生徒たちの二段を超えた。子供たちはクロネの躍進をすごいすごいとはやし立てる一方、メルは複雑な表情だった。

 

「うーん……」

 

 当人のクロネは苦い顔だ。

 

 昼下がりの中庭。クロネは唸るのをやめ、木剣を中段に構える。

 

 鋭く踏み込み、突く。空気がひゅ、と悲鳴のように鳴る。

 

 突いた剣を横に薙ぐ。その勢いを利用し体を回転させ、逆手に持ち替えた木剣で抉るように突き上げた。

 

 剣王流の基本、喉突き、脈断ち、腎穿ちの型稽古だ。

 

 残心の後、構えを解く。すると、感嘆したような声がかけられる。

 

「さすが三段ですね。私にはもう、最初の突きすら見えません」

 

 声の主はメルだった。彼女も剣王流は初段まで修め、今の型も教わっているが、クロネの練度には遠く及ばない。

 

 が、クロネは不満げだ。口を尖らせ、未熟な技を責めるように手元へ視線を落としている。

 

「全然ダメ。これじゃ先生を納得させられない。もう一か月も経つのに……」

「三段になるには本来、数年はかかると学生さんが言っていました。一か月は早すぎるくらいです。焦ることはありませんよ」

 

 励ましの言葉がクロネの頭を上滑りしていく。他がどうであれ、足踏みしている事実は変わらない。上達を阻む壁をひしひしと実感し、激しい焦燥に駆られている。

 

 とにかく素振りを再開しようとしたとき、「待って」とメルが割って入る。

 

「今から買い物なんです。付き合ってください」

「えー……」

「気分転換だと思って、ね?」

 

 孤児院の食料と水は、メルが定期的に買い出しで調達している。定期配達も可能らしいが、「たまには外に出ろ」との先生の意向だ。

 

 少しでも早く強くなりたいクロネには億劫だったが、メルの言う通り、壁はすぐに超えられそうにない。木剣を腰にさして頷くと、メルは嬉しそうな笑顔を咲かせるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 剣王国、商業区。孤児院のある郊外から徒歩三十分程度のそこは、あらゆる物品が売り買いされる商いの中心だ。多くの店が軒を連ねる通りを抜けると、広場に無数の露天商がひしめいている。

 

 クロネはメルに手を引かれ、複数の店と露店を回る。野菜、肉、パン、調味料、それぞれの品目で安い店を把握しているようだ。食べ盛りの子供たちを養える大量を注文し、馬車による配達の手はずを整えている。

 

「先生によろしくな!」

毀剣(きけん)にうちの店を売り込んどいてくれ!」

「毀剣の嬢ちゃんは元気にやってるか?」

 

 店主たちは大口の注文に気を良くし、先生のことを気にかけていた。そのとき、毀剣、と何度も聞きなれない呼び名を彼らが口にする。

 

 最後の取引を終えて店を出たところで、クロネが尋ねた。

 

「メル。毀剣って何?」

「先生の昔の異名ですよ。ほら、闘技場で戦ってた頃の」

「闘技場って?」

 

 メルが目を丸くした。

 

「闘技場は闘技場ですけど……クロネって剣王国出身ですよね?」

「そうだけど、田舎の出だから」

 

 どうやら国の常識らしいが、故郷から出てきてすぐに捕まったクロネはこの町の知識には疎い。メルは納得し、道すがら説明してくれた。

 

「名前の通り、強い人たちが闘って技を競い合う場所です。観戦したり、勝敗にお金を賭けたりして楽しみます。先生はそこで毀剣って呼ばれる実力者だったそうですよ」

「へー。一番強かったのかな、先生だし」

「あはは、そしたら今の剣王様が先生になっちゃいますね」

 

 冗談めかして笑うメル。この国はもっとも強い剣士が、剣王として国を治める伝統がある。とはいえ平民が玉座を簒奪した前例はなく、あくまでも建前だ。

 

「ですが異名があるということは上位の闘士だったのでしょう。潤沢な資産の出どころもそこかもしれません。今日の買い物代も全部先生のお金なんですよ? 闘士だったなら納得できます」

 

 剣王国最大の娯楽である闘技場の闘士は、下位であれば一般的な肉体労働者程度の稼ぎだが、上位になれば莫大な収入と地位と手に入るという。武力を重んじる剣王国を象徴する職業である。先生の異常な強さと財力の出どころがそこだとすれば、頷ける話だ。

 

 メルは不意にはっとして、人差し指を口の前で立てた。

 

「本人のいないところで、勝手に詮索するような物言いはよくありません。今度直接聞いてみましょう」

「うん」

 

 性根のまっすぐなメルにクロネは破顔して、二人は帰路についた。

 

 昼の商業区は活気にあふれ、商人と市民、物資を運ぶ荷馬車がところ狭しと行き交う。雑踏の中、小さなクロネの手をメルが引いて、はぐれないよう孤児院へ向かう。

 

「きゃっ」

 

 すると、悲鳴と共にメルの体が揺れた。すれ違いざまに人とぶつかったようだ。

 

 この混雑ではやむなしとはいえ、つないだ手を通して衝撃が伝わってきた。クロネが非難の目を向けると──背筋に悪寒が走る。

 

「動くな」

 

 ぶつかった男がメルの肩をつかみ、低い声を発する。旅装のマントの下にきらめくものが見えた。

 

 刃物だ。隠し持った短剣を、メルに突きつけている。

 

「ゆっくり歩け。反抗すれば刺す」

 

 とっさに腰の木剣へ伸ばした手が止まった。混じりっ気のない殺意が叩きつけられる。脅しではないと本能的に分かった。

 

 クロネたちはなすすべもなく、男に肩を引かれ歩を進める。

 

 数時間にも感じられる数分を経て連れて来られたのは、大通りから外れた路地だ。

 

「クロネ、離れないで」

 

 ようやく解放され、メルとクロネが身を寄せ合う。

 

 路地には目の据わった男たちが十数名待ち構えており、二人を囲んでいた。全員が直剣と短剣で武装している。

 

 それだけならまだいい。ただのならず者であればクロネとメルの敵ではない。

 

 問題はそのうちの一人──集団のボスと思われる男の存在だった。

 

「そう睨むな。別に下卑たことをしようってんじゃない」

 

 ボスが勝ち誇ったように言う。軽薄な態度とは裏腹に、その足運び、目線、呼吸、あらゆる挙動に隙がない。二人よりも格上の有段者であることは明らかだ。

 

 抵抗の意志を見せれば斬られる。そうでなくともこの人数差。逃げられる状況ではない。

 

「お前らは人質だ。あのクソ毀剣女をぶち殺すためのな。おい、攫え」

 

 ボスの一声で男たちが動く。

 

 クロネたちを縛りあげ、猿ぐつわを噛ませて抱えると、路地の暗がりに消えていった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 剣王国西方、工業区。

 

 製鉄工場の立ち並ぶ一画にひっそりと佇む廃倉庫が、男たちの根城だった。

 

 縛られたメルとクロネはだだっ広い空間の中央に座らされ、男たちが包囲している。屋根の穴から差し込む光に照らされる男たちの目は、寒気がするほどぎらついていた。

 

「苦労したんだぞ。剣王国の上層部に取り入るのは。なにせこの国は上も下も武力バカしかいねえからな」

 

 ひときわ恐ろしい眼光を有するボスが、訥々と語る。

 

「それでもなあ、あの手この手でようやく話の分かるやつを見つけて、大儲けの基盤が整ってよう、末永く甘い汁を吸わせてもらおうってときに──あの女が全部ぶち壊しやがった」

 

 男の語る内容は、クロネにも分かった。同時のこの誘拐の目的も。

 

「得意先の王子が斬り殺されたんだ。イカレてんだろ? 自国の王族を殺すバカがいるか? 手勢の有段者も全員、あのワケの分からねえイカサマ剣法でやられちまった……本国の組織とは連絡がつかねえ……もう俺たちは終わりだ。だからよう」

 

 これは、復讐だ。

 

 彼らのすべてを奪った先生への報復だ。

 

「最後にせめて、てめえをぶち殺さなきゃ死んでも死にきれねえ」

「むぐっ!?」

 

 ボスがメルの腕を乱暴に掴んで立たせ、廃倉庫の入り口に向かって声を荒げる。

 

 いつしか、そこには少女が立っていた。

 

 くすんだ白のワンピースをまとい、腰には直剣。癖のあるもふもふとした灰髪を腰まで伸ばした、眠たげな目の少女──先生だ。

 

「わざわざお手紙どうも」

 

 先生はひらひらと紙きれを揺らす。ガキは預かった、工業区○○番地まで来い、というような文面が綴られている。

 

 手首をしならせ手紙を弾き飛ばす。ボスはその紙を煩わし気に払いのけ、強く睨み返した。

 

「よう、正義のヒーロー。ここに来たならやることは分かってんな」

「分からん。一から説明して」

 

 ボスの額に青筋が浮かんだ。周囲の男たちが剣に手をかけ、歯をむき出しにする。

 

「剣を捨てて跪け! 命乞いをしろ!」

「はいよ」

 

 先生は従順に剣を捨て、その場に膝をつく。捨てられた剣は周囲の男が回収した。

 

「ええと、命乞い? お助けー。これでいい?」

 

 ひどい棒読みだった。

 

 ボスは激情のあまり小刻みに震え、冷淡に言い放つ。

 

「おい、そのクソ野郎の手を切り落とせ。そいつの剣を使ってな」

 

 剣を回収した男が唇を歪めて笑う。縛られたクロネとメルは声を上げようとするも、くぐもった悲鳴にしかならない。

 

 先生とボスとの間には十数メートルもの距離があり、先生の間合いではない。どれほど鋭く踏み込もうとも、ボスの腕なら間合いに捕えられるより速く人質を害することができる。つまり、今の先生は無抵抗だ。

 

 男が下卑た笑みを浮かべ、先生の剣を抜く──

 

「は?」

 

 その場の全員が、その剣に釘付けになった。

 

 鞘から姿を現した剣は、欠けていた。刀身が半ばでへし折れ、残った刃も激しく(こぼ)れている。鈍器としても刃物としても使いようがない。

 

「こ、こいつっ!」

 

 男は感情的に、ガラクタの剣を先生に投げつけた。

 

 先生は難なく掴み取るものの、その剣に意味はない。刃のない剣に使い道はないのだ。

 

「人の愛剣をゴミみたいに、失礼しちゃうよ」

「存外に小賢しいな。この局面を読んでいたのか?」

「深読みしすぎだろ普段からこれ使ってるっての」

 

 どこまでも人を食ったような態度を崩さない先生に、ボスがぶるぶると怒りで震える。

 

「あのさ、ちょっと考えてみたんだ」

 

 射殺さんばかりの眼光にも構わず、先生は悠然と告げる。

 

「あんたたちにも事情があると思う。家族が人質に取られてるとか、病気の妹を養うため仕方なくとか。どうしようもないワケがあって、こんなしょうもない人さらいで稼いでるんだよね」

「ああ?」

 

 素っ頓狂な声が上がった。場にそぐわない牧歌的な先生の語り口に、ボスたちが呆気にとられる。

 

「でも関係ないんだ」

 

 一転、一段低い声がボスたちを射抜く。

 

「被害者からすれば、加害者の事情なんざ関係ない。奪われたものは取り返せない。傷つけられた痛みは取り返しがつかない。だから──報いを受けなきゃいけないよね」

 

 空気が軋む。眠たげな瞳の奥に淀む、水底に淀む汚泥のような眼光が場を支配した。男たちだけでなくメルとクロネすら、得体のしれない悪寒に鳥肌が立つ。

 

 ボスは震えを隠し、あくまでも健気に虚勢を張る。

 

「……てめえ、なめ腐りやがって。何様のつもりだ?」

 

 人質を掴む手に力が入り、囚われのメルがくぐもった悲鳴を漏らした。

 

 先生はその悲鳴に目を瞬き、気まずげに頬をかく。異様な空気が霧散した。

 

「ごめんメル、ふざけすぎた。さっさと終わらせようか」

「黙れクソ野郎。次に舐めた口聞けばこのガキの指を──」

毀剣(きけん)・一の型」

 

 ボスの声を遮り、先生が剣を構える。

 

 欠け、毀れた剣を、地面と水平にして、振るう。

 

「『無刃(むじん)』」

 

 鉄の匂いが充満した。

 

 薄暗い倉庫内に、十数体の血の噴水が現れる。ぼとぼと、と男たちの頭部が落ち、遅れて体も倒れ伏す。

 

「……あ?」

 

 呆けたボスの声が響いた。

 

 手勢の男たちが一瞬で全滅した。刀身の折れたガラクタによって。何一つ理解が及ばない。

 

 さらに理解できないことが、ボスの身を襲う。

 

「ぐ、ああああっ!?」

「ひゃあ!?」

「え、えっ?」

 

 人質を掴むボスの手が、手首から両断されている。

 

 解放されたメルを縛る縄と猿ぐつわも斬られ、これはクロネも同様だった。

 

 ガラクタの剣を一振りするのみで、先生は状況のすべてを破壊してみせたのだ。

 

「二人とも、こっち」

 

 呼ばれてようやく我に返り、クロネとメルは先生の元へ駆け寄る。

 

 ボスは死体の転がる中、出血する手を抑えてたたらを踏み、血走った目で先生を睨んだ。

 

「てめえっ、この、イカサマ剣法野郎がぁ!」

 

 剣を捨て、ボスが懐から何かを取り出す。

 

 帝国自慢の飛び道具、銃砲だ。閃光と乾いた音が弾け、音より速い弾丸が先生に飛来する。

 

 先生は歯牙にもかけなかった。折れた剣を数度振るい、弾丸を切り払う。

 

 計六発が発射されると、銃はかちりと音を立て沈黙した。

 

「弾切れ? それ使われると練習になんないから、剣を取ってよ」

「くそ、クソォっ!」

 

 ボスが悪態をつきながら、残された片手で剣を取って突進してくる。

 

 そうして、状況に追いついていないクロネを前に押し出した。

 

「はいクロネ、どうにかして」

「え、ちょ、ええっ!?」

「今のお前に足んないのは経験だから。ほら来るよ、絶好の死線だ」

 

 無茶苦茶だった。

 

 とはいえ、文句を言っている暇はない。クロネは腰の木剣を抜いて構える。侮られ、武器を没収されなかったのは幸いだった。

 

 片腕で重傷とはいえ、格上の有段者である男の決死の一撃である。乱れた剣筋の中に必殺の理合があり、それが肌を刺すほどの殺意となって迫りくる。

 

 わずかでも間違えば死ぬ。緊張がクロネの感覚を研ぎ澄まし、世界の流れを鈍くする。

 

 ボスの剣が迫る。視線と足運び、手首の動きで幾重ものフェイント。すべてを看破し、狙われる急所を首筋と断定。

 

 振るわれる刃に沿わせるように、木剣を振り抜いた。

 

 片腕で保持されていた剣が弾かれ、ボスはもんどりうって倒れ込む。

 

 しばらく起き上がろうともがいていたものの、失血によるものか、力なく倒れ伏した。

 

「初めての実戦、よくできました」

 

 弾かれたように振り返る。先生は悪びれもせず微笑み、満足そうに頷いていた。メルは「この人はもう……」と顔をしかめている。

 

 クロネはばくばく拍動する心臓を感じながら、大股で先生に歩み寄り、その手を伸ばした。

 

「いひゃいいひゃい!? あに!? なんでぇ!?」

「あっ、ごめん」

 

 伸ばした先は先生のほっぺた。柔らかな頬肉をつねっていじくり、すぐに離した。

 

 なぜと言われると、ちょっと荒療治が過ぎるというか、スパルタにも程があるというか、無神経というか。そういった不満や文句が勝手に行動になったのだ。

 

「ったくもー、これだから子供は……お、きたきた」

 

 先生が涙目で頬をさすっていると、廃倉庫の外が騒がしくなる。

 

 目を向けると、見慣れた剣と盾を携えた集団がなだれ込んできた。

 

「衛兵隊だ、そこを動くな! 脱獄および婦女誘拐の罪で──あれっ?」

 

 やってきたのは衛兵隊だった。

 

 この町の治安を守る正義の象徴でもある彼ら彼女らの登場でやっと気が抜けて、クロネとメルはその場にへたり込んだのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ほんっとうに申し訳ございませんでした!」

「ごめんで済むかよ、おーん? うちのもんにもしものことがあったらどうしてくれんだ税金泥棒がああん?」

 

 誘拐事件の翌日。

 

 孤児院に来るなり土下座しだした衛兵隊長に、先生がすごんでいる。

 

「ああん?」

「おーん?」

「こらっ、先生のダメなところ真似しない! 先生も、教育に悪いからそのへんで!」

「はーい」

「へいへい」

 

 年少の子供たちが悪ノリするのをメルが止めに入った。先生もしぶしぶ矛を収め、衛兵隊長に頭を上げさせる。

 

「まあ結果オーライってことで。あんたらには事後処理で世話になってるしね」

「そう言っていただけると……」

「あーあー、せっかくのデコが」

 

 衛兵隊長のチャームポイント、きれいなおでこに擦り傷ができていた。すぐに清潔な布と絆創膏を持ってこさせ、先生が手早く手当してやる。隊長は恐縮しきりで平身低頭しながら、事の顛末を語った。

 

 誘拐の主犯は、先生が壊滅させた人さらい組織の最後の残党。帝国出身ながら剣王流五段の腕前を有し、油断した見張りを殺害して脱獄、犯行に及んだらしい。クロネが倒したボスはそれまでの罪に衛兵殺しが追加され、すでに処刑済み。人さらいが関わる騒動は完全に断たれたそうだ。

 

「後で隠れ残党が出てきたらそのデコ叩き割るから」

「き、肝に銘じますぅ……」

 

 隊長が震えている。体格たくましい、いかにも女傑といった外見の隊長が、その半分もない小柄な先生に小動物のごとく震えている様は、孤児院の子供たちの注目を集めている。

 

 クロネもその一人だった。応接室を覗き込む子供たちの群れに紛れ、じっと先生に視線を送っている。

 

「ちょっとクロネ、昨日の今日でもう立ち歩いて大丈夫なの?」

「む、無理せず休んでもいいと思うの……メルも」

 

 パナピアとヒミカが見かねて声をかけるが、子供たち相手に注意して回るメルはもちろん、クロネもぴんぴんしている。苦笑して首を振った。

 

「大丈夫。それより、気になることがある」

「気になること?」

「うん」

 

 何も好奇心だけで覗きをしているわけではなかった。

 

 クロネが気がかりなのは、先生の言葉だ。

 

『被害者には加害者の事情なんて関係ない』

『報いを受けなきゃいけない』

 

 男たちを威圧するための一般論だったのかもしれない。ただ、あのときの先生の表情──この世の憎悪と怨恨を煮詰めて凝縮したような暗い瞳を思い返すと、上っ面の言葉とは思えない。その意図するところを尋ねるために、隊長との話が終わるのを待っている。

 

「お、やる気三人娘そろってんな。ちょうどいい」

 

 三人で話に耽っていると、いつの間にか隊長は帰っていたようだ。先生が応接室から出てくるなりクロネたちを目にとめる。

 

「先生、あの──」

「クロネ、感覚を忘れないうちにおさらいするぞ。表に出ろ」

「いや、その前に──」

「パナピアとヒミカも見ていけ。こいつ、昨日剣王流四段になったから」

「マジで!」

「見る見る、見るの!」

 

 きらきらと、称賛と羨望のこもった眼差しを向けられて、クロネの顔が紅潮する。

 

 その拍子に先生が小さな手で頭を撫でると、クロネは先ほどまで気になっていたことを失念してしまった。

 

「見せてあげよう! 剣王流四段の実力をっ!」

 

 クロネは調子に乗りやすいのだ。木剣片手に意気揚々と、先生の背中を追っかけ表に出た。修羅場をくぐり抜け、壁を越えた若き天才剣士の実力を見せつけるときだ。今なら先生にも実戦稽古で一本取れるのではなかろうか。

 

 なお、先生は容赦なく稽古のレベルを一段階引き上げ、あわれクロネの鼻っ柱はへし折られることになるのだった。

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