毀剣終生伝 作:ジエンドオブザラストファイナル
3月1日
クロネが行き詰っている。
剣王流の方は問題ない。このまま成長していけば私と同じ段位にまでは至れるだろう。
困ったのが魔剣の扱いだ。なんか魔力を使って色々と強い技が使えるらしいけど、よく分からん。魔力だの魔術だのを勉強する前に毀剣を身に着けたから、門外漢なんだ。うまく扱えば毀剣に匹敵する技が使えそうな気がするんだけど、糸口が見つかんない。
誰か剣術と魔術両方に詳しいやついねえかな。
3月2日
いた。メルだ。
春と夏は学院が長期休暇になるらしくて、里帰りしてきた。一応剣王流は初段で、魔術は学院でいろいろ学んですごく詳しい。
てなわけでクロネに魔剣を教えるよう頼んだら、驚くほど熱心に教えてくれた。あのクロネがあたふたするほどの熱量で、私もちょっと引いた。
あの調子なら成果を期待できそうだ。
3月20日
魔剣の修行がひと段落。
結果はまずまず。一足飛びで私を殺せるほどにはならなかったけど、足がかりは得たように見える。後はクロネの頑張り次第だ。
ただ、メルが面倒くさい。他に何かできることはありませんかと詰め寄ってくる。特にないと答えると目に見えてしょんぼりするから、掃除とかお使いとかを頼むと、喜び勇んで取り掛かった。
せっかくの休みなんだから休めばいいのに、何を張り切ってるんだか。
3月31日
おつかい、掃除、料理当番、ガキどもの世話、孤児院運営の財政状況見直し。
もう頼めそうなこと思いつかない。いい加減にしろよあの仕事中毒。
4月1日
メルと話をした。
仕事中毒じゃなくて、私に恩を返したかったみたい。義理堅いやつめ。
そういうことならと、都合よく恩に着せて二つ、大切なお願いをしておいた。
せいぜい恩返しを頑張ってほしい。
ーーー
剣王国の学院には春と夏に一か月の長期休暇がある。
その間の過ごし方は寮に留まるか里帰りするかの二通りだ。王都を騒がすとある孤児院出身の生徒たちは極めて学習に貪欲なため、一人を除いた全員が寮に滞在し自学自習に励むことを選んだ。
そんな同期たちを尻目に、一人だけ孤児院へ帰省した生徒──メルはというと。
「先生、お久しぶりです」
「うお」
最愛の恩師と再会し、感涙しながら抱き着いた、
うららかな春の朝、孤児院の門扉でのことだ。豊満な体で圧迫され、声も出せず必死にメルの背を叩く先生。
ようやく解放されたときには息も絶え絶えで、警戒する猫のような目つきでメルを睨みつけた。
「学院は愉快な礼儀を教えてるみたいだな」
「すみません、半年ぶりに先生に会えたのが嬉しくて」
眉を八の字にしながらも、メルの弾んだ声には隠し切れない喜色が滲んでいる。
純真な表情に先生は毒気を抜かれ、苦笑交じりに「おかえり」とつぶやく。メルは満面の笑みで「ただいま戻りました」と応え、春の帰省と相成った。
孤児院の大部分は変わっていない。改修された聖堂と食堂、渡り廊下で繋がった居住部。メルが使っていた部屋は新たに入ってきた子供たちに使われているため、空き部屋に通される。その道中、敷地内を行き来する子供たちや講師役の学生たちとすれ違い、子供たちからは好奇の視線を、顔見知りの学生たちからは驚きをもって歓迎された。
目にする彼ら彼女らの顔は総じて明るく、足取りは軽い。自分がいたときと同じく、充実した不自由のない生活を送っているのだろう。
ただ、その顔ぶれの中にメルがもっともよく知る三人のものはなかった。子供たちの取りまとめ役を担っていた折、もっとも頭を悩ませた三人の少女たちがいないのだ。
部屋に荷物を置いて一息つくと、外へ向かう。帰ったからにはあの子たちの様子も見ておかないといけない。
その意を察したのか、偶然か。部屋を出ると先生が待ち構えていた。
「メルお前、魔術とか得意だったよな?」
首肯した。剣術の才を早々に諦めたメルは、その分を学問と魔術の修練に費やし、学院での研鑽も加わって若き天才魔術士と称されている。
「だったら手伝ってくんない? 実は──」
「分かりました!」
「まだ何も言ってねえだろうが」
元より先生の頼みなら何でも引き受ける。身に着けた能力を頼ってくれるというならなおのことだ。
やたらと前のめりなメルに若干辟易としつつ、先生は訳を話した。
「クロネが魔剣の扱いに難儀しててな。私ら剣術バカにはお手上げ状態なんだ。お前の知恵を貸してくれ」
「喜んで!」
「本当にめちゃくちゃ嬉しそうだな。じゃ、ついてきてくれ」
二度目の快諾を受け、先生は呆れと感心半々の面持ちで歩き出し、クロネの元へ足を向けた。
クロネはかつてメルが手を焼いた三人娘の一人だ。鬼気迫る勢いで剣術を学び、手が血まみれなるまで素振りを続け、夜更けに起き出して昼夜の別なく鍛錬に明け暮れる。先生の説得により無茶をすることはなくなったが、復讐のために力を求める姿勢はいつも気がかりだった。
といっても剣術の才能は本物で、同じ日に学び始めたメルはもちろん、才のあるもう二人すら大きく突き放して同年代では随一の実力をつけている。少し心配なところのある、けれど強い妹分というのが、クロネの印象だ。
そんな妹分を困らせる魔剣とは何なのか。想像を巡らせながら先生についていくと、裏庭に出る。何もない日陰のスペースのはずだったそこに、真新しい瓦ぶきの建物が佇んでいる。
「わあ、これが今噂の道場ですか」
「すげーだろ。大王流の技ぶっぱなしても壊れないんだぜ」
先生が得意げに歯を見せて笑った。
毀剣の孤児院に道場ができたという噂は、学院にまで届いていた。あの剣王に土をつけたといわれる毀剣が、ついに自分の流派を開くかもしれないと、学生たちは湧き立った。
先生の行動はメルにも予測できない。この際なので聞いてみる。
「ご自分の流派を開かれるのですか?」
「んな訳ねーだろ。手近に稽古の場所が欲しかっただけだよ」
拍子抜けするような理由だった。
立派な構えの道場は、目を凝らすと外壁や瓦の一つ一つに魔術的な補強が施されているのが見える。場所が欲しいからと、これだけのものをあっさり建てるあたり、先生の壊れた金銭感覚が表れている。
「ほら、行くぞ」
促され、中へ入る。
靴を脱いで板張りの道場へ足を踏み入れると、板材と汗の混じった独特の匂いが鼻をついた。広い空間のそこここで、子供たちが木剣を手に素振りや手合わせに励んでいる。
彼ら彼女らは先生を見るや手を止め、顔をほころばせた。
「先生、こんにちは!」
「おう、こんにちは」
「大王流のすげー技教えて!」
「基礎が出来たら教えてやるよ」
「先生、隙あり!」
「ねえよ出直せ」
「その人誰? 新しい子?」
「里帰り中の先輩だ。……おいそこ、クレイだったか、手首痛めてるだろ。冷やして医務室行ってこい、今すぐだ」
あいさつしたり、技をせがんだり、不意打ちで斬りかかってきたり。元気な子供たちとのじゃれ合いに対応していく。暗い表情の子供を見つけると異常を見抜いて指示を出し、その子は数人に付き添われて出て行った。
ぶっきらぼうな対応に見えて、その実一人一人をよく見て向き合ってくれる。だから先生は懐かれる。変わらない孤児院の日常に、メルは口元が緩む。
「あれ、メル! 帰ってきてたの!?」
すると、メルの元に三人の少女たちがやってくる。
周囲の幼い子供たちよりも少しだけ長じた三人。彼女たちこそ、メルの同期にして、先生の指南を受けるために学院への入学を断った剣術娘たちだ。
「近いうちに帰ってくるとは聞いてたけど、今日だったかしら?」
猫耳をピコピコと動かしながらメルを見上げるのはパナピア。隣国、帝国に占領された獣人族の娘だ。
「なんなら毎日でも帰って来てほしいの! おかりなさい、メル!」
無邪気な笑顔で歓迎してくれる茶髪の娘は、ヒミカ。純粋に好きだから剣術を学ぶ、無垢を絵に描いたような性格をしている。
「そうだね、ここはメルの家なんだから。おかえり、メル」
そう言って、最初に声をかけてきた少女、クロネがはにかむ。
クロネは親の仇を殺すために剣術を学んでいる。その暗い目的故にメルがもっとも気にかけているのだが、微笑む彼女の表情に陰りはない。学院で目にするなんてことない庶民の子のように、年相応の面持ちだ。
彼女のこの屈託のなさもまた、先生の人徳がなせることだろうか──そんな感慨をよそに、メルは三人に答えた。
「ただいま、クロネ、パナピア、ヒミカ。元気にやってるみたいですね」
「ま、元気じゃなかったらすぐ医務室送りにされるものね」
「先生は心配性なの! 骨が二、三本折れたくらいで人は死なないの!」
「昔のクロネみたいになってません?」
好きが高じたのか、ヒミカは熱意が有り余っているようだった。
引き合いに出されたクロネが唇を尖らせる。
「私、ここまで無茶じゃなかったよ!」
「いやこれよりひどかったでしょ。私たちは授業で寝てたけど、あんた徹夜して授業サボって稽古して、やりたい放題だったじゃない」
「さすがにクロネには敵わないの」
「うぐ……」
痛いところをつかれた、という風に黙り込むクロネ。
孤児院に入ったばかりの三人は力を渇望するあまり、健康を省みない無茶苦茶な鍛錬を積んでいたものの、中でもクロネは別格だった。先生の説得がなければおそらく過労死は避けられなかっただろう。
「あの頃はまだ若かったということで……と、ところでメル!」
バツが悪そうに目を逸らしていたクロネは、メルに向き直り、持っていた剣の柄を差し出した。
「これの使い方、何か分からない? 先生が言うには魔術っぽいらしいんだけど」
「あたしも気になってた」
「メルならきっと分かるの!」
露骨に話題を変えた先は、先ほど先生に頼まれた本題。魔剣の使い方だ。
受け取った剣を掲げ、矯めつ眇めつする。鞘から抜いて柄から切っ先までを観察する。大まかな作りは標準的な直剣と変わらない。
一つだけ特異なのは、柄頭にはめ込まれた瑠璃色の宝石だ。その宝石──魔石こそ、魔剣を魔剣を足らしめている。
「要はこの魔石をどう使うかですね。この剣はどこで?」
「分かんない。お父さんの形見なんだけど、使ってるところは見たことないし。あ、元々は二刀一対なんだ。関係あるかな」
メルの頬に冷や汗が伝った。思ったよりも重い来歴のものを任されているようだ。以前、仇が片割れを持っている一対の魔剣と言っていた、その魔剣なのだろう。
それほど重要な品を手渡された信頼感に、メルの使命感が燃える。魔剣とは何か、魔石とは何か、魔術とは何か。学院で半年間学んできた知識を総動員し、眼前の魔剣と照らし合わせていく。
数分の観察を経て、メルは言った。
「分かりました」
一息つきながら剣を鞘に納め、クロネに返した。
「魔石に魔術式が仕込まれています。役割は媒介と形状変化。使用者の魔力を思いのままに具体化し、留める機能があります」
「ふぅん?」
「つまりどういうことなの?」
パナピアとヒミカを首を傾げている。
可能な限り簡素な説明にしたので、これ以上分かりやすくするなら実演しかない。そう判断し、メルはクロネに目をやり──
「あっ、こういうことかぁ」
「天才すぎでしょ」
呆然と目を見開いた。
クロネの魔剣には青い燐光を放つ靄がまとわりつき、その靄が刃状、鉤状、鋸状へと自在に姿を変えていた。柄頭の魔石は星のごとく光り輝いている。
「私の中のもやもや……魔力だっけ? それを色んな武器の形に変えられるんだ。そのための魔術が込められてたんだね」
クロネが軽く魔剣を振るうと、靄──魔力が鞭のようにしなって伸び縮みする。持ち主の魔力を吸い上げ、伸縮自在、形状変化可能な刃として出力するのが、魔石に込められた魔術の効果だった。
感覚的に実演してみせるクロネに周囲は目を瞠る。
「理解が早すぎて怖いんですけど」
「立ち合いの最中にいきなり間合いが伸びたら厄介ね……」
「すごいの! 早速立ち合いするのー!」
当たり前のように受け入れて戦術を考え出すパナピア、我先にと勝負を仕掛けるヒミカ。
新たな力を得たクロネとヒミカの立ち合いに、道場に居合わせた子供たちが歓声を上げる。見る間に魔剣の扱いに習熟していくクロネにメルは当初驚愕していたが、やがて驚くのに疲れ、子供たちに混じってヤジを飛ばしたのだった。
ーーー
帰省してからのメルは充実していた。
魔剣の使い方について助言したのを皮切りに、先生から様々な仕事を頼まれるようになったからだ。先生の役に立ちたくてたまらないメルは、持てる力をすべて使い如才なく仕事をこなしていった。
が、先生も好き好んでメルをこき使うわけではない。仕事を振るとメルが餌を前にした犬のごとく喜色満面になるので、無下にするのも忍びないからそうしているだけだ。
そうして様々な雑事を与えて一週間もするとやることがなくなり、たまりかねた先生はメルを聖堂に呼び出した。
道場での剣戟の音が遠くに響く中、二人は長椅子に隣がけて座る。
最初に切り出したのは先生だ。
「お前は何かやりたいことないんか」
「先生の」
「私の役に立ちたい、恩を返したい以外に」
即答を遮られ、メルは言葉に詰まる。
当然、いくら考えても他の答えはなく、沈黙するほかない。
「ないのか?」
「すみません……」
「そうかよ。だったらちょうどいい。二つほど頼まれてくれ」
「なんでも言ってくださいっ!」
食い気味で身を乗り出すメル。当初は引いていた先生ももう慣れっこで、鼻先まで迫ったメルの顔をものともせず、軽くおでこをぶつけて押し返した。
「あぅ」
思いがけない接触にメルの頬が紅潮し、弾かれたように身を引く。
先生はにんまりと意地悪そうに笑って、続けた。
「なんでもっつったな。じゃあ言うぞ、一つ目──クロネの味方でいろ」
メルが目を瞬く。
不可解な頼みだった。クロネは大切な妹分で、新しい家族のような存在。今までもこれからも、言われるまでもなく味方でいるつもりだ。
意図を図りかねるうち、先生は思案気に目を伏せて、
「あいつは近い将来、決断を迫られる。そのときどんな選択をしても、お前はクロネの味方をするんだ。できるか?」
先生の瞳には確信がある。ともすれば決断の具体的な内容すら分かっているのかもしれない。
にもかかわらずそれ以上の説明はない。この不足は、それでもメルなら引き受けるとの信頼であり、実際にメルはそうした。
秒に満たない逡巡の末、メルは強く首肯する。
「分かりました。時が来れば、私はクロネの味方をしましょう」
「よし。じゃあ二つ目。お前自身が幸せになれ」
先ほどまでの重苦しい雰囲気から一転、だしぬけに軽薄な口調で先生は告げる。
「私の役に立つだけが人生じゃねえ。お前がやりたいこと、なりたい自分。そういうもんを見つけろ。自分の幸せを他人に依存させんな」
「で、でも先生……」
「口ごたえしない」
ぴしゃりと、メルの反駁を切って捨てる。
「私に恩を返したいんだろうが。だったら言われた通りにしろ」
メルは混乱した。底抜けに優しいのか高圧的なのか分からない。先生の言うことやることはいつも計り知れず、メルの理解が及ばない。
それでも確かなものがあるとすれば。
「先生、好きですぅ~!」
「うおお!?」
目の前の小さな少女への、たまらない愛おしさだろう。衝動のままに先生を豊かな胸に抱きしめて、涙まじりに何度も頬ずりをする。
その気になればいつでも抜け出せるはずの先生は、悪態をつきながらメルの気のすむまで抱擁に付き合うのだった。