毀剣終生伝   作:ジエンドオブザラストファイナル

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7.反乱

7月24日

 前のページの内容がひどい。これじゃ私がついカッとなって侵略しに行くみたいだ。

 

 事情を端的に示すと、砂糖とバターのためだ。ケーキを焼きたくなって市場に行ったら一粒の砂糖すらなかった。中央街道の閉鎖が長引いて流通網が死にかけらしい。

 

 シルディを捕まえて閉鎖の訳を尋問してみたら、要約すれば帝国がバカやってるせいだと言うから、バカやってるやつを直接ぶっ殺しに行く。だってお母さんのレシピでケーキ焼きたいんだもの。

 

 あとついでに、黙って帝国へ里帰りしたパナピアの顔を見に行こう。知らない仲じゃないし。あくまでもついでに、道すがら。

 

 

 

7月25日

 馬車を転がして帝国に向かっている。

 

 馴染みの商会経由で買った馬車と馬はいい具合だ。揺れが少なく、馬は手綱を片手間にして日記を書けるくらいには従順で賢い。

 

 ただ、ヒマだ。クロネとヒミカのどっちかを持ってくるべきだったかな。

 

 夏の空がきれい。

 

 

 

7月26日

 道中でパナピアを拾った。私は親切なので薄情猫でも馬車に乗せてやる。

 

 暇つぶしに面白い話でもしてくれたらいいのに、パナピアは暗い顔で黙り込んでいる。役に立たない。

 

 よそ見運転するな? 馬が賢いから大丈夫だ。

 

 

 

同日追記

 無賃乗車を一人見つけた。荷物の積み込みでばたついてたときに紛れ込んでいたらしい。

 

 放り出してやろうと思ったけど、妹に似た顔に免じて許してやった。

 

 

 

8月20日

 中央街道に入った。あと少しで帝国に通じる関所だ。

 

 そこが封鎖されてるわけだけど、別ルートは死ぬほど険しいか時間がかかるかの二択しかない。まだるっこしてくやってられない。

 

 なので穏便に押し通る。

 

 

 

9月1日

 目的地に着いた。

 

 パナピアの故郷の村だ。獣耳と尻尾の生えた人たちがたくさんいる。両親と再会して抱き合っていたパナピアを見ると、ちょっとうらやましかった。

 

 長旅の疲れでもう眠い。紛争を終わらせるのは明日からにしよう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ところで毀剣(きけん)、あなた背ぇ縮みました?」

「はっ倒すぞ」

 

 パナピアがその話を耳にしたのは偶然だった。

 

 夕刻のこと。その日は炊事の当番だったパナピアは一足早く稽古を切り上げ、食堂の炊事場に向かう道中、聖堂の中から話し声が聞こえてきたのだ。

 

「冗談ですよ。いやはや子供の成長は早いもんですね。あの小さかったヒミカちゃんさえあんなに大きくなって。その点あなたと来たら」

「来たら、なんだよ」

「いつまでもかわいいまんまですね」

「生暖かい目してんじゃねえぞ万年薄給の税金泥棒野郎」

 

 話し相手は衛兵隊長、シルディのようだ。彼女と先生は年が近く、闘技場での一件以来親し気に話しているのをよく見かける。聞こえてきた先生の声には、子供に対するそれとは違う気安さがあり、気心知れた友人同士の談笑といった雰囲気だ。

 

「神妙な顔で話があるっつーから何かと思えば……これならいつもの愚痴の方がマシだぜ」

「ただの挨拶じゃないですか。ちゃんと本題はありますって。お望みとあらばいくらでも愚痴らせてもらいますが」

「ほざけ」

 

 パナピアは先生にはもちろんのこと、孤児院に来る前の生活でシルディにも恩がある。珍しい先生の声音をもっと聞いていたい気持ちに蓋をして、歩み去ろうとすると、

 

「例の件について、原因が分かりました。獣人族の武装蜂起です」

 

 とても看過できない内容が聞こえ、その場に縫い付けられたように動けなくなった。

 

 獣人族の大きな耳を立て、壁一枚隔てた会話に全神経を集中させる。

 

「確かか? 今の女帝に変わって以来、帝国は外国とも植民地とも仲良しこよしのはずだろ」

「帝国も一枚岩じゃないんですよ。融和姿勢に反発する勢力だって当然います。獣人族領の総督はその筆頭ですね」

 

 総督の響きを聞くと同時、忌々しい記憶がよみがえる。下卑た笑みを浮かべ、教育と称して自分や家族を足蹴にする帝国兵たち。反抗した同胞は射殺され、パナピアは殺意を込めて睨み返すしかできなかった。

 

 首を振って過去の光景を振り払い、聞き耳に集中する。総督と獣人族がどうなったのだったか。

 

「かなりの圧政と重税を強いていたようで、獣人族が反乱を起こしました。もちろん多勢に無勢ですから、内乱鎮圧の名目で徹底的な弾圧が行われています。街道の封鎖は、積み荷に紛れての逃亡を防ぐためでしょう」

 

 殴られるような衝撃を覚え、思考が止まった。

 

 武装蜂起、反乱、内乱鎮圧、弾圧? 一つずつ理解していくとともに、心臓が拍動を増し、嫌な汗が背筋を伝う。

 

「そういえば、獣人族の領土は街道のすぐ近くだったか。女帝は何か言ってねーの?」

「現女帝と総督軍の派閥は、継承権争いで散々やり合った仲ですからね。やんわり諫めてはいますが総督が無視してます。獣人族の隷属を功績にする腹積もりでしょう」

「内ゲバかよ。っとに帝国はよー、大人しく砂糖とバターだけ作ってろってんだよ、なぁ?」

 

 忌々し気に先生が言うのを聞き、パナピアは話の流れを察した。

 

 先生は以前から、食料品の値上げと流通量の減少に不満を漏らしていた。主要な流通路である中央街道の閉鎖の影響というのは一般にも知られていたが、なぜ封鎖されたのかは不明だった。おそらく封鎖の理由を探るようシルディに頼んでおり、その結果報告が本題だったのだろう。

 

「本当ですよ。物価だけ上がって給料は変わんないし……私、隊長ですよ? もっともらってもいいはずですよね?」

「闘技場に専念しろよ。シルディならアホ程稼げるせ」

「やですよあんなバケモンしかいない魔境。あなたみたいに毎日試合してたら頭おかしくなります。月一回でも結構憂鬱なのに」

「やりたくない仕事を毎日やる方が、ずっと憂鬱だと思うけどなぁ」

 

 無関係な雑談が意識を上滑りし、ぐるぐると同じ単語だけが頭の中を回っている。

 

 内乱、反乱、弾圧。

 

「この国は静観だよな?」

 

 いくらかの脱線をして話題が戻ってきたようだ。無意識に耳をそばだてる。

 

「むろんです。友好国とはいえ、よそ様のごたごたに首を突っ込む義理はありませんから」

 

 強い落胆と失望に、パナピアは拳を握りしめた。

 

 この剣王国の武力は身をもって知っている。闘技場にひしめく猛者、道場に日々訪れる様々な流派の強者たち。故郷では考えられない高い戦力を、当然のように個人が持ちうる文化と慣習が根付いている。国を挙げて故郷の味方になってくれれば、この上なく心強い。

 

 が、その義理がないのは事実だった。むしろ剣王国が帝国の側につかないことを幸運に思うべきだろう。

 

「貴女はどうするんですか? 毀剣」

「ん?」

「バターと砂糖がほしいんでしょう? そのイカレた力で内乱鎮圧に行かないんですか?」

 

 はっと息を呑み、聖堂の壁に耳を貼り付けた。

 

 そうだ。この壁の向こうにいる先生こそ、個人戦力の最高峰。故郷の味方をしてくれるのではないか。

 

 淡い期待は、あっけなく砕かされる。

 

「行くわけねーだろめんどくさい。ここから帝国までどんだけかかると思ってんだ」

「ですよね。あなたはそういう人です」

 

 崖から突き落とされたような、浮遊感に似た絶望が心を占める。

 

 先生は優しく、慈悲深い。しかしそれと同じくらいがさつでものぐさだ。たとえ力があっても、遠いというだけで、腰を上げない理由になるくらいには。

 

 八つ当たりに近い失望を覚えていると、続けて先生の声が聞こえてくる。

 

「反乱のこと、パナピアには言うなよ」

「はい? むしろ言ってあげるべきでは? 当事者じゃないですか」

 

 シルディと同感だった。ことはパナピアの故郷の存亡に関わっている。なぜ秘密にする必要があるのか、先生への疑念と非難がふつふつと湧いてくる。

 

 先生はため息を挟んで、悩まし気に言った。

 

「あいつ、まだ弱いんだよ。今教えたら弱いまま帝国にケンカ売りに行って、返り討ちにされる。それが本望ってあいつは言うだろうけど、私はなんかヤダ」

 

 じんわりと、胸が熱くなった。

 

 先生はパナピアの気持ちを分かった上で、身の安全を案じている。不意な優しさに気持ちが乱される。

 

「呆れた人ですね」

 

 シルディは心底呆れ返って言い返す。

 

「なんかヤダとか言ってるせいで、あの子は知らない間に故郷を失うんですよ?」

「私を恨むだろうなぁ。でも知ってる? 誰かを恨む気持ちって、人をめちゃくちゃに強くするんだぜ」

「はぁ……」

 

 かける言葉もない、と言いたげなため息。

 

 それを最後に、パナピアはその場を離れた。

 

 炊事当番をぶっちぎり、自室へ駈け込む。勉強用のノートの切れ端に文字を書きなぐると、訓練用の木剣を放り捨て、ベッドの下から取り出した直剣をベルトで腰に帯びる。貯めたお小遣いで買っておいたものだ。

 

 これだけで準備の九割が済んだ心地だった。これからもっとも必要になるのは力、すなわち剣だから。

 

 一応なけなしの理性が働いて、ベッドのシーツをマントのように羽織り、駆け足で炊事場へ。保存の効くパンや干し肉、飲み水をカバンに詰め込むと、孤児院を飛び出した。

 

 向かうは南へ。彼方の山脈を超え、故郷へと向かう。

 

(ごめん、先生)

 

 鍛えた脚力で町を駆け抜けながら、パナピアは背後に残してきた者たちを思う。

 

(たとえ力が足りなくても……私は、じっとなんてしてられない)

 

 そうして彼女は町を飛び出し、衝動的な里帰りの旅に出るのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 死すら覚悟したパナピアの孤独な里帰りは、翌日の昼にはもう終わりを告げた。

 

 王都南方の平原を早足で進んでいると、後方から恐ろしい速度で迫ってきた暴走馬車に轢かれかけたと思ったら、馬車から先生が下りてきて、首根っこを掴まれ荷台へ放り込まれたからである。

 

 水と食料が満載された荷台の中から、パナピアは窓外に流れる景色を見やる。

 

「……」

 

 馬車は進路を南に向けている。パナピアの進んでいた方向だ。速度は徒歩の倍はあるだろうか。御者席の先生は何も言わず、手元に視線を落としている。

 

 突然の先生の登場で混乱していたパナピアは、落ち着いて状況を考えてみる。

 

 意味不明だった。追いかけてくるだけならまだしも、無言で帝国へ進んでくれているのはなぜなのか。

 

「あの、先生」

 

 意を決して先生の後ろに寄って、顔を覗き込む。

 

「よそ見運転!」

「うるせーな」

 

 一見手綱を握っているようだった先生は、分厚い手帳に文字を綴っている最中だった。手綱は腕に絡めているだけだ。それでも道を逸れずにいるあたり、馬車を引く馬は相当な賢馬らしい。

 

 先生は手帳を閉じて懐にしまうと、前を向いて口を開く。

 

「なんか用か、盗み聞き猫」

「だから虎、って、え? 気づいてたの?」

 

 先生は鼻で笑った。

 

「このタイミングでお前が衝動的に出て行く心当たりが、あれを聞かれたくらいしかねえんだよ。マジでそんな行儀の悪いことしてたとは驚きだ」

「ご、ごめんなさい。でもっ!」

 

 耳を伏せて謝罪し、すぐに食ってかかる。

 

「先生だってひどいわ! 私に黙っておくつもりだったなんて!」

「死にに行くのを見過ごす方がひどくね?」

「そうかもだけど、だけどぉ!」

「まあこうなった以上もう止めはしねーよ。好きにやれ」

「え?」

 

 意外な言葉に目を丸くする。

 

 先生はパナピアが力不足だから反乱を秘密にしようとした。こうして追いかけて来たのはパナピアを説得して止めるためかと思われた。

 

 しかしパナピアの予想に反し、先生は投げやりに言ってのける。

 

「故郷に手を貸したいんなら好きにしろ。そんで勝手に死ね」

「……っ!」

 

 言われなくとも勝手にする。

 

 そんな強がりを言おうとして、できなかった。不遜で不敵でぶっきらぼうな先生だけれど、見放すようなことはしない。口では文句を垂れながら助けてくれると、そう思い込んでいた。

 

 なのに先生は、パナピアを突き放した。死を覚悟していたパナピアの心は、見放される切なさでひどく締め付けられる。

 

「その代わり私も好きにさせてもらう。バターと砂糖のためにな」

 

 視界がにじみ、鼻先がツンと痛むパナピアに構わず、先生は続ける。

 

「内乱をぶっつぶして中央街道を開放する。帰ったら帝国産のバターと砂糖で死ぬほどケーキ焼きまくる」

「せ、先生……!」

 

 思わずキラキラした目で見つめると、先生は舌打ちした。

 

「んだよその目は。いいか、私はお母さんのケーキが食いたくてたまらなくなっただけ。お前の故郷なんか知らないぞ」

「うんうん、分かってるわ。先生のことはとってもよく分かってる」

 

 ジト目でパナピアを睨みつけてから、そっぽを向く先生。

 

「ったく、腹立つどら猫め。飛ばすぞ、後ろに引っ込んでろ」

 

 手綱を繰ると、馬車は速度を上げ、引き続き西へ。

 

 こうして、砂糖とバターが欲しいだけの先生と、故郷を救いたいパナピアの、二人旅が始まる──

 

「いった!? 頭痛い! もう、頭打ったじゃん、先生の慌てんぼ!」

 

 かに思われたが、突如荷台に第三者の声が響き、馬車が止まった。

 

 先生とパナピアは顔を見合わせ、声のした荷台に視線を巡らせる。長旅に備えた水、食料、着替え、毛布などの荷物が雑多に山積みされている。

 

 そうした荷物の陰から、ひょっこりと少女が顔を出した。顔をしかめ、痛そうに頭をさすっている。

 

「たんこぶ出来た……あ、パナピア! 一人で突っ走っちゃダメだよ。気持ちは分かるけど──」

「クロネ!?」

「お前、いつ潜り込んだ」

 

 クロネだった。パナピアは驚愕し、先生は諦念の滲む表情で問う。

 

「パナピアが昨日の晩にいなくなって、そしたら珍しく先生が大慌てで遠出の準備をしてたから、こっそり忍び込んだの。暗くてさっきまで寝てたけど、二人の話を聞いて大体分かったよ」

 

 クロネは神妙な顔つきで、胸の前で拳を握る。

 

「故郷を救いに行くんでしょ。私にも手伝わせて」

「バカ! 全然分かってないわ! いつもの立ち合いじゃない。戦争をしに行くのよ!」

 

 敵意すら滲む剣幕で拒絶するパナピア。思い付きでついてきただけにしか見えないクロネへの怒り半分、自分の都合に友人を巻き込む罪悪感がもう半分だ。

 

 パナピアも戦争の何たるかを知っているわけではない。かといって、種族を挙げての反乱が穏便に終わると思えるほどバカではないのだ。ともすれば友だちに凄惨な闘争を強いることを思うと、語調は荒れる。

 

「余計なお世話よ! あなたにはあなたのやりたいことがあるんでしょ! そっちに集中してなさい! それとも何? いい練習になるからって人の戦場を利用するつもり? だとしたら許さないわ!」

「お父さんが言ってたんだ」

 

 まくしたてるパナピアとは対照的に、クロネは淡々と言い返す。

 

「誰かが困っていたら手を貸してやれ。お節介でも空回りでもいい。それが友だちならなおさら、って。正直意図はよく分かってないけど、でも、パナピアを助けたい気持ちは確かだよ。だからついてく。ついてって勝手に助ける。許されなくても別にいいよ」

「……っ」

 

 クロネのまっすぐな眼差しに、パナピアは言葉を失った。

 

 クロネは頑固だ。こうして意思を決すると断じて自分を曲げない。どれほど強く拒絶したところで、クロネは文字通り好き勝手についてきてパナピアの助けになるだろう。

 

 止められないと分かると、怒ったふりをするのが途端に馬鹿らしくなった。大きく息をついて、顔を逸らす。

 

「まったく、あなたといい、先生といい……分かったわ。勝手にすればいいじゃない」

「そうする!」

「話はまとまったか?」

 

 先生が思い出したように声を発した。ふと外を見ると、ゆっくりと景色が流れている。パナピアたちが言い合っている間に馬車を進めていたようだ。

 

 先生にジト目を送るパナピア。

 

「先生は反対じゃないの? 危ない場所にクロネを連れて行くこと」

「私はお前らの保護者じゃねえんだ。マジでやりたいことに反対する筋合いはない。てなわけで各自、好き放題やるように」

「はーい!」

 

 頭が痛くなるような言い分だった。剣王国の人間はみんなこうなのか。

 

 まさかヒミカもどこかに隠れているのではと、耳を立てて気配を探ってみるが、他に無賃乗車の気配はない。パナピアはほっと胸をなでおろした。

 

 こうして先生とパナピアの二人旅に、友だちにお節介を焼きたいクロネが加わったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 帝国への道中は穏やかなものだった。流通が滞っている影響なのか行商人や旅人とすれ違うこともなく、静かな街道を淡々と進む。見晴らしの悪い森では、獲物がいなくなり力を持て余していた山賊に出くわしたが、結果は見えていた。

 

「へっへっへ、命が惜しけりゃ荷物と女を置いて──」

「邪魔ァ! 大王流『山断ち』!」

「ちょ、ま」

 

 急ぎの旅を阻まれたパナピアが怒りを露わに大王流の技をぶっ放し、山賊たちは森の一画もろとも消し飛んだ。

 

 山賊の襲撃は数度繰り返され、そのたび相手が脅し文句を言いきる前にパナピアとクロネが一刀のもとに吹き飛ばしていたが、四度目の襲撃の後でふと、クロネがあることに気が付いた。

 

「みんな銃を使ってるね」

「それがどうしたのよ」

「変じゃない? ここってまだ剣王国なのに」

 

 山賊たちの装備は一貫して銃火器だった。剣を帯びた者もいるにはいるが、近接戦に備えた短剣だけで、二大流派の使い手は一人もいない。まだ剣王国領内にもかかわらず、山賊たちは帝国の様式に則っている。

 

 言われてみれば首をかしげるパナピアに、御者席の先生が答える。

 

「帝国の脱走兵と傭兵崩れがここらへんで山賊になるんだよ。中には下級貴族に支援されてるやつもいる。旧式の武器を横流しされる代わりに儲けの何割かを上納するとかの契約でな」

「へー、そうなんだ。先生って物知りだね」

「いや、詳しすぎじゃない? どこからそんな知識仕入れてくるの?」

 

 素直に感心するクロネとは違い、パナピアは先生の博識ぶりに目を白黒させている。王都に住みながら辺境や帝国の事情にも精通しているのは一体どういうことなのか。

 

 先生は「うーん」と少し考えて、

 

「前に帝国と事を構えたことがあってな。そのとき勉強したんだよ」

「帝国と……? あ、もしかして前に言ってた帝国とのイザコザ?」

 

 クロネがピンと来たように手を打った。以前、闘技場に出かけた折、先生は何気ない風に帝国と何かがあったようなことを口にしていた。

 

 その通りだったようで、先生は「それそれ」と頷いている。

 

「十年前の帝国で何があったの?」

 

 まだまだ帝国までは遠く、時間はある。憎き帝国で先生は何を経験したのだろう。

 

 パナピアとクロネに背後から好奇の視線を注がれて、先生は、

 

「大乱闘」

 

 と結論から語り出した。

 

 十年前当時、先生は力に飢えていた。独学での剣術修行と道場破りである程度の腕前にはなったものの、実戦経験が少ない。そうして闘技場に足を向ける直前、耳にしたのが帝国の評判だった。

 

「外国に片っ端から戦争仕掛けるせいで兵士が足んないって聞いてさ。実戦にちょうどいいと思って志願しに行ったんだけど」

 

 帝国と剣王国は言語を異にする。上官の命令をまともに聞き取れないなど論外として門前払いを食らった。

 

 先生は凹んだ。わざわざ片道二か月かけて志願しに行ったのに何の成果も得られなかったのだ。しょんぼりうつむいて、帝国の広い町中をとぼとぼ歩いた。

 

「そしたら子供が殺されそうになってて」

「急展開!?」

 

 発展した国であっても治安の悪い地域はあるもので、人気の少ない路地裏で一人の少女が今にも殺されそうな場面に出くわした。

 

「大の大人が数十人で女の子一人囲んで銃口突きつけてるんだぜ? ドン引きだよな」

「それで、先生は……?」

「もちろん割って入ったよ。いい経験になると思って」

 

 強い方の敵になった方がより良い実戦になる。そう考えた先生は、少女を囲む大人たちをことごとく斬り伏せた。

 

 そこから始まったのが一連の「イザコザ」だという。

 

「なんかその女の子がしつこく私についてきてさ。分かんない言葉でずっとまくしたててんの。意味分かんねーつってたら次から次へと剣とか銃とか持ってるおっさんたちがつっかかって来て、たまに闇討ちとか毒を盛られるとかして。そういうの全部ぶっ倒してたら、いつの間にか女の子はどっか行ってた。そんで私はいい経験を積んで帰ってきたわけ」

「……」

 

 メルたちは顔を見合わせ、そろってドン引きした。

 

 その女の子は何者だったのか。襲ってきた大人たちの素性は。

 

 気になる点は無数にあるが、それらすべてをひっくるめて「いい経験」とまとめる先生の図太さに、呆れて何も言えない。

 

「帰ってから色々調べて、言葉とかさっきの山賊とかの事情も知れた。でも結局あのイザコザは分かんねーままだ。何だったんだろうな?」

「たぶん、誰かを助けて──」

「悪い連中を成敗したんじゃないかしら?」

 

 確かなことは分からずとも、クロネとパナピアには予感があった。

 

 自分たちを助けてくれたときのように、通りすがりに弱きものを救い、巨悪を討ったのではないか。言葉の通じない少女が何かを言っていたのは感謝の言葉だったのでは。

 

 その予想を聞くと先生は「だといいなぁ」と興味なさげだ。先生の中ではとうに終わった話なのだろう。

 

 雑談の合間に山賊を消し飛ばしつつ、一同は更に南へ向かう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 中央山脈は大陸を二分する霊峰の連なりだ。人を寄せ付けない峻険な山容が帝国と剣王国を隔て、山脈の稜線に沿って国境が引かれている。

 

 そんな霊峰に穿たれた谷底の道が、中央街道だった。左右を断崖絶壁に挟まれた道は大型馬車が数台はすれ違えるほど広く、石畳と側溝が整備されている。剣王国と帝国を直線でつなぐこの道はおよそ自然に作られたようには見えず、実際、ある人物の力で強引に拓かれたものだ。

 

 その人物は大王と呼ばれている。かつて軍を率いていた折、無理な山越えで兵を損耗させるのを嫌い、人並外れた膂力でもって剣を振り、山を断ち割った。その剣は大王流の技、山断ちとして受け継がれている。

 

「って、グリンドが言ってた」

「大王の逸話って結構頭おかしいわよね」

 

 中央街道を進む道中、聞きかじった歴史をクロネが語ると、荒唐無稽な逸話にパナピアは疑わし気に目を細めた。

 

「山断ちなら私もできるけど、それでどうやってこんな道作れるのよ」

「大王流を鍛えればできるようになるのかな。先生はどう思う?」

 

 御者席の先生は前を向いたまま答える。

 

「術理を極めればいけるだろ」

「術理って、剣を振るときのコツとか心構えのこと?」

「理屈でどうこうできるレベルかしら……?」

 

 首を傾げるクロネとパナピアに、先生はなおも続ける。

 

「剣を振ることの意味。斬ることの本質。斬断切絶、人刃同一の真理。そういった極みを技に乗せれば、物理法則は無視できる」

 

 きょとんとして顔を見合わせるクロネたち。

 

「クロネ、分かった?」

「分かんないことが分かった」

 

 先生は剣術について質問すると、大抵は実演を交えて分かりやすく答えてくれるが、稀にとても理解できない理屈を語ることがある。今回のはその中でも殊更にひどく、欠片も意図が伝わってこない。

 

 先生は気にした風もなく馬車を進め、後ろではクロネとパナピアが大王の技について歓談する。天裂き、鬼貫きなど、大王流は技ごとに元となる逸話があるため、話題には事欠かない。広い街道には馬車どころか一人の姿もなく、蹄と車輪のきしむ音だけが虚しく響いている。

 

 そうしてしばらく進むと、馬車が止まった。

 

「さて、超えるか」

 

 言いながら先生が見上げるのは、重厚な関所だった。絶壁の間に衝立を置くように建てられたそれは、頑強な石材と黒光りする鉄の門で構成され、門の上に走る銃眼付きの胸壁には、帝国の旗が掲げられている。

 

 普段は開かれている鉄扉は固く閉ざされ、左右に銃剣を装備した帝国兵が立つ。それだけでなく、胸壁の銃眼からも兵士の目が覗いている。

 

 聞いていた通り、関所が封鎖されていた。

 

「超えるの? これを?」

 

 クロネとパナピアが関所を見上げる。まだかなり距離があるが、体を反らさないと全容が収まらない。それほど巨大な石壁はなめらかで、よじ登るのは難しいだろう。もちろん左右の絶壁のどこにも抜け道はない。

 

 ここを抜けなければ、帝国に通じるのは山脈を大きく迂回するルートしかない。先生はそれを「めんどくさい」と切って捨て、最短ルートの関所越えを選んだ。

 

 が、どう考えても越えられるとは思えない。これ以上近づけば兵士に見咎められ、追い返されてしまうだろう。

 

 顔を曇らせるパナピア。

 

 一方、クロネははっとして剣を抜いた。

 

「強行突破だよね、先生!」

「ちょっ、やめなさい、撃たれるわよ!」

 

 飛び出そうとするクロネを必死で抑える。

 

 とはいえ、パナピアにもそれくらいしか思いつかない。先生に妙案がなければ、故郷に着く前に一戦交えるのもやむなしか。徐々に戦闘へと思考をシフトさせていく。

 

 そんな二人に構わず、先生は御者席から街道へ降り、剣を抜いた。

 

 半ばから折れ、錆びつき、毀れた刃の残骸を水平に構える。それから俯きがちに瞑目し、ぴたりと静止する。

 

 尋常ではない集中力の高まりが見て取れた。一呼吸ごとに不可視の圧力がクロネたちの肌を刺す。

 

「毀剣・三の型」

 

 数十秒後。

 

 先生は静かに呟き、薙ぐ。

 

 ゆっくりと、空間を撫でるように。

 

「『世断(よだち)』」

 

 瞬間、世界が歪んだ。

 

 空が下に、地面が上に。全身が浮遊感に包まれる。極彩色の閃光が弾け、視界が明滅する。

 

 奇妙な感覚は、瞬きの間の出来事だった。

 

 ほどなく、湿った暖かい空気が頬を撫でる。

 

「よーし、帝国に入ったぞ」

「えっ?」

 

 先生の声で我に返ると、クロネとパナピアはそろって絶句し、馬車の外へ飛び出した。

 

 そこは草原の間に走る石畳の上だった。一見すれば剣王国の平原のようだが、湿気のある温暖な空気は、間違いなく帝国のそれだ。先ほどまで居たはずの山脈ははるか後方にそびえている。

 

 つまり、一瞬で関所を飛び越え、帝国領へ移動したのだ。

 

 理解が追いつかない。混乱しているのは二人だけではなく二頭の馬も同じで、鼻息荒く足をばたつかせている。

 

「どうどう、落ち着け。どうどう」

「あの、先生? 説明は……?」

 

 問いかけると、先生は馬をなだめながら、

 

「術理の応用だ。断てば分かたれる。分かたれた事物には元に戻ろうとする力が働く。この力に乗れば別の座標に飛べるわけだ。クソ疲れるけど。分からねえだろ?」

「うん、全っ然」

 

 鷹揚に頷く先生。

 

「これが術理を極めるってことだ。お前らもいずれ……パナピアはともかく、クロネにも分かる時が来る」

 

 クロネは引きつった苦笑いを浮かべた。折れた剣を振るだけでこんな芸当を可能にする原理を分かるようになると言われても、まるでピンとこない。

 

 先生は一、二分ほどかけて馬を落ち着かせると、御者席に舞い戻って二人を促す。

 

「よっしゃ行くぞ。目指すはパナピアの実家だ。すべてはバターと砂糖を好きなだけ食える生活のために! パナピア、案内!」

「え、ええ」

 

 先生の人外ぶりにドン引きしていたパナピアはぎこちなく頷いて、御者席の隣に座る。

 

 クロネも荷台に戻り、余計な思考を払うようにぶんぶん首を振った。先生が剣術の化け物なのは分かっていたことだ。ちょっと瞬間移動したからって大したことじゃない。

 

「いや大したことだよ!?」

「一人で何言ってんだ?」

 

 そうして穏便に関所を押し通った一同は、パナピアの故郷へ向かう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 いくつかの丘陵を乗り越え、沈む夕日を追いかけるようにして小一時間ほどすると石畳が途切れ、むき出しの路面に変わった。緩やかな上り道をさらに数分進むと、何かの畑なのか、背丈の高い植物の群生地が道の左右に現れる。

 

「何の畑かな? 米にしては大きすぎるし」

「トウモロコシかもな。どうなんだ現地民?」

 

 見慣れない作物に剣王国出身の二人が色めき立つ。

 

 話を振られたパナピアはしかし、二人に答える余裕がなかった。

 

「……この匂い」

 

 血と煤の混ざった焦げた匂い。馬車の進む方向から漂ってくるのを、獣人の優れた嗅覚が先んじて感じ取った。

 

 言われて先生も気が付き、手綱を繰って速度を上げる。荒れた路面に馬車が跳ね、畑の作物がおそろしい勢いで後ろへ流れていく。

 

 やがて小高い丘の頂に、丸太杭の柵が見えてきた。周囲に堀を巡らせ、高い櫓をいくつも立てた防塁だ。

 

「妙だな」

 

 しかし様子がおかしい。堅牢な印象に反し、櫓には見張りが一人も立たず、正面の扉は開放されている。

 

 さらに近づくと、そのあべこべさの事情が分かった。防塁の入り口周辺は煤と残り火で焼け焦げている。堅牢な入り口は、力業で吹き飛ばされたのだ。

 

 破壊された門を潜って程なく、小さな民家が身を寄せ合う市街地に入った。大通りの先には開けた空間が見え、先生はそこへ馬車を滑り込ませる。

 

「なんだ!?」

「クソ、帝国め……!」

 

 住人らしい獣耳を備えた者たちが慌てて飛びのく。御者席に見える先生を、警戒のこもった目で睨みつける。

 

 構わず先生が速度を緩めて馬車を脇に停めると、荷台からパナピアが転がり出るように下車した。

 

「ひどい……」

 

 パナピアは息を呑んだ。生まれ故郷の町は惨憺たる有様だった。

 

 入り口だけではない。馬車を止めた中央広場から見える民家のほとんどが焼け落ち、黒々とした残骸に成り果てている。路傍には筵のかけられた遺体が並べられ、道行く村民たちの多くも血のにじむ包帯を体のどこかに巻き付けていた。路面のあちこちに散らばる黒いシミは乾いた血痕だろう。

 

「あなた、パナピアちゃん!?」

 

 立ち尽くすパナピアに、道行く女性が声を上げる。

 

 静まり返った町に高い声はよく響き、住民たちが振り返る。パナピアの姿を認めるやいなや、互いに声をかけあい、傷ついた民家のあちこちから現れ、たちまちパナピアを取り囲んだ。

 

「よく帰ってきたなぁ! ひどいことはされなかったかい?」

「みんな心配してたんだ……! 君が連れ去られてからの二年間、いいことは一つもなかった……」

「大きくなったわねえ。毛並みもこんなに立派になって」

「今夜はお祝いだ。俺たちの姫がやっと帰ってきたんだからな」

 

 撫でる、抱き上げる、髪をくしゃくしゃと撫でまわす。

 

 好き放題されるパナピアは懐かしさと面映ゆさで胸を熱くしながら、なんとか聞くべきことを聞く。

 

「う、うん。ありがとみんな、久しぶり。お祝いは嬉しいけど、それより、村に何があったの? お父さんとお母さんは──」

「パナピアっ!」

 

 ひと際激しい大音声が轟いて、パナピアも住民も耳を塞いだ。

 

 見ると、人だかりをかき分けて一組の男女が突進してくる。二人はほぼ同時にパナピアにたどり着き、住人たち全員分を合わせたものより数倍激しい抱擁とキスの雨を食らわせた。

 

「よく、帰ってきてくれた! 本当に、本当に……!」

「この日をどれだけ夢見たことか……! おかえりなさい、パナピア……っ!」

「お父さん、お母さん……うん、ただいま。ただいま、みんな」

 

 苦しいくらいに強く抱かれ、両親のぬくもりに包まれて、パナピアは不意に視界が滲んだ。関所を超えてからずっと抑えていた感情があふれ出し、止まらない。

 

 住人たちが微笑ましく見守る中、親子はとっぷりと日が暮れるまで再会を喜ぶのだった。

 

 そうしてやっとパナピア親子が口を聞ける程度に落ちついた頃、

 

「なっっっげーよ。メソメソしやがってこの野郎」

「ぐすっ、良かったねえパナピア……!」

 

 珍しく空気を読んで黙っていた先生がついに割って入った。

 

 途端、住人たちのまとう雰囲気がひりつく。獰猛な敵意を孕んだ視線が、御者席で膝に肘をつく先生と、ついでにその隣でもらい泣き中のクロネに集中した。

 

「で、ここの長はどこ? こっちの用件に付き合って……もらいたいんですが」

「族長は私だ。誰だお前は。牙無しがここへ何をしにきた」

 

 応じたのはクロネの父だった。先生がとっさに丁寧な口調に改めたのに対し、獣人以外を指す蔑称を吐き捨てる。パナピアを背中に庇いながら一歩を踏み出すと、頭髪が逆立ち、鋭利な爪が伸び、筋肉が隆起して一回りも体格が膨らんだ。

 

 猛烈な敵意を毛ほども気にせず、先生は不遜に言い放つ。

 

「私は砂糖とバターが好きな剣王国民です。帝国と戦争やってんですよね? それ止めてくれません? 流通が滞ってクソ迷惑なんで」

「ふざけるなっ! 帝国の横暴に我々がどれだけ苦しめられたと思っている! 力ばかりで慈悲の欠片もない剣王国民が、知った風な口を聞くなァっ!」

「口を聞くなと。へー上等。それじゃあ──」

「待って!」

 

 牙を剥きだしにする族長と、折れた剣を抜こうとする先生。

 

 両者を止めたのはパナピアだ。双方の間で腕を広げ、先生を庇う形で立ちはだかる。

 

「パナピア、どきなさい!」

「先生は私を助けてくれたの! それだけじゃない、みんなを助けるためにここに来たのよ!」

「はぁ?」

 

 先生がぽかんと口を開けた。クロネも先生とパナピアの間で視線を行ったり来たりさせている。

 

 混乱する二人をよそに、パナピアは畳みかける。

 

「先生は牙無しなんかじゃない。他の剣王国人とは全然違う。だから父さん、先生の話を聞いて。お願い!」

「……」

 

 今にも飛び掛かる寸前だった族長は、しばし娘とにらみ合う。父親の恐ろしい形相にもパナピアは一歩も引かず、強い意志を込めた目で見つめ返す。

 

 折れたのは族長だった。両手の爪を仕舞い、体がしぼむ。獰猛な顔つきから一転、穏やかな壮年のそれに変わった。

 

「分かった。場所を変えよう。お客人、こちらへ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 話し合いがもたれたのは族長宅だった。町の中で最も高い丘の上に建てられた屋敷の中で、ざっくばらんに言葉を交わす。

 

 最初の話題はパナピアだ。パナピアは帝国の横暴に反抗的だった。その態度を特別教育で改めるという体裁で村を連れ去られ、今まで戻ってこなかったのだ。村に駐在していた占領軍に聞いても戻ってくる時期は不明なまま。それが突如戻ってきたのだから、ひとしおの喜びの裏に疑念を覚える。

 

「人さらいだと……!? 帝国め、どこまで腐っている!」

 

 実態は単純だった。帝国は特別教育の名目でパナピアの身柄を攫い、剣王国で活動する組織に売り飛ばしていた。その経緯にどんな損得が発生したかは定かではないが、最初から返す気はなかったのは確かだ。

 

 組織は先生の手により壊滅し、多くの子供が救われたと話すと、父と母は額を地面にこすりつけた。

 

「娘の恩人になんて失礼な態度を……! 本当に申し訳ないっ!」

「娘を助けるだけでなく、わざわざ送り届けてくれるなんて……! 感謝してもしきれません!」

「いえ、その……」

 

 先生はバツが悪そうに指先をもじもじさせて、

 

「こっちこそ、さっきはごめんなさい。無神経な言い方でした」

 

 頭を下げた。見たことのない殊勝な物腰にクロネたちが目をむく。

 

 こうして互いに隔意がなくなり、すっかり態度を改めた両親は、先生の問いに過不足なく答えてくれた。

 

 質問は二点。反乱の経緯と現状だ。

 

「きっかけはパナピアでした」

 

 パナピアは町一番の人気者だった。器量が良く、気さくで誰とでも仲良くなれる、族長自慢の一人娘。

 

 そんな彼女が帝国の理不尽によって連れ去られ、姿を消した。これにはいくら支配に慣れた村人たちと言えど、無力感よりも怒りと憎しみを覚えざるを得なかった。

 

 一度芽生えた憎しみは止まらない。日常的な重税と強制労働で憎悪に拍車がかかり、村に駐在する占領軍と小競り合いが頻発するようになる。当初は帝国の暴力に対し強く睨み返すだけだったが、やがて拳で、ついには牙と爪で反撃しはじめ、双方に死人が発生。なし崩し的に反乱が幕を開けた。

 

「わ、私のせいで……」

「それは違う!」

「違うわパアピア」

「違うよ!」

「ちげーだろ」

 

 顔を青くするパナピアのつぶやきは、パナピア以外の四人から同時に否定された。

 

「きっかけにはなったろうよ。だがその後の流れは帝国の積み重ねが生んだ必然だ。いつかはこうなってたさ」

「先生の言う通りだ。気に病むな、パナピア」

 

 涙ぐんで頷いて、パナピアは母親の胸に抱かれた。

 

 続いて反乱の現状はというと、案の定獣人たちの圧倒的不利だった。

 

 獣人は牙と爪による接近戦を得意とする。しかし帝国は、近づかれる前に銃で敵を撃ち殺す。さらには獣人の戦力はこの村にいる精々数百人がすべてであり、総督が率いる占領軍よりも大きく数で劣る。戦術的にも戦略的にも勝てる見込みがないのだ。

 

 にもかかわらず反乱が長引いているのは、見せしめだ。いつでも決着できる戦いを獣人に強いることで、なぶり殺しにする。反抗的な戦力と心の両面を削る魂胆だろう、と族長は苦い顔で語った。

 

「総督は村の女子供を残して他は皆殺しにするつもりだろう。我々の心を折り、占領をより盤石にする。事実として、我々は消耗するばかりだ……」

 

 話をそう結んで、屋敷の応接間が静まり返った。かなかなかな、と響く虫の声がどこか虚しい。

 

 場当たり的に始まった反乱は、順当に終わりへ向かっている。帝国の勝利、そして獣人族の隷属という暗い結末へと。

 

 重苦しい空気の中、先生が立ち上がる。

 

「疲れた」

 

 一同の注目を意にも介さず、先生は大きく伸びをした。

 

「お風呂入りたい。剣王国と同じ言葉しゃべってんだし、お風呂ありますよね?」

「え、ええ、もちろん」

「入らせて。あとごはんとベッドも。私は疲れた」

「はあ……分かりました、すぐに手配します。お前、お風呂へご案内さしあげろ」

 

 族長は戸惑いながらも、娘の恩人を無下にはできないと判断したのだろう。使用人はすでに戦死したため、手ずから歓待の用意を整えていく。

 

「せ、先生、私も一緒に入る!」

「あ、そう」

 

 先生は何を考えているのか分からない眠たげな顔つきで、クロネを伴って浴室へ向かったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「私、何もしなくてよくね?」

 

 お風呂上がりの先生は、与えられた客間で椅子にふんぞり返ってそう言った。

 ベッドに転がるクロネが跳ね起き、目を丸くする。

 

「えっ」

「反乱終わるじゃん。したら砂糖とバターまた入ってくるじゃん。問題解決じゃん?」

 

 先生は正義感からパナピアについてきたのではない。ただ、なんとなく砂糖とバターを使ったおいしいケーキが食べたくなって、その材料をせき止める反乱を終わらせにやってきたのだ。

 

 しかし反乱は獣人の敗北で幕を閉じようとしている。わざわざ先生が行動を起こす理由がない。

 

「今更その建前いる!?」

 

 この期に及んで天邪鬼を気取る先生に、クロネは困惑した。剣王国を出立する直前の混乱が脳裏にまざまざと蘇る。

 

 パナピアの置手紙を見つけたのはクロネだった。訳も分からずとにかく先生へ相談しに行くと、先生は血相を変えて言ったのだ。

 

『ちょっと帝国行って砂糖とバター買ってくるわ』

 

 そこからは怒涛だった。馬と馬車の購入、長旅に必要な物資の積み込み、孤児院と道場の運営の差配。わずか数時間で長旅の支度を終え、深夜に出発した。その慌ただしさたるや、不穏を感じてひそかに荷台へ忍びこんだクロネに気付かないほどだ。

 

 先生があれほど焦るのは生半可な事情ではない。クロネがそう予想した通り、パナピアは故郷のため一人勝ち目のない戦いに赴いて、先生はその後を追ったという。

 

 そうした事情を知るクロネからすると、先生がわざわざ帝国まで同行した今になっても手助けの理由が云々とのたまうのは、もどかしくて仕方がない。

 

「先生、素直になろう? パナピアを助けたくてここまで来たんでしょ?」

「私がそんないいやつな訳ないだろ。ただ砂糖とバターがだな……」

 

 先生はなおも言い訳を重ねようとして、歯切れ悪く言葉尻を濁した。処置に困ったクロネが頭を抱える。

 

 先生は大した見返りもなく弱者に手を差し伸べるが、そのたびに建前を必要とする難儀な性格だ。今回はここまで手間暇かけて遠出してきた以上「暇つぶし」と言い張るのは厳しいから、パナピアを助けたくても踏ん切りがつかないらしい。

 

「先生ってめんどくさいね」

「……!」

 

 先生の肩がびくりと、怒鳴られた子供みたいに震えた。うすうす自覚があったのかもしれない。

 

 先生がどうするにせよ、クロネは友だちとしてパナピアを手伝うつもりだ。戦争がどんなものかは知らずとも、人さらいたちが振るっていた暴力とはまた違う怖さがあることはなんとなく分かる。その渦中にある友だちに手を貸さないわけにはいかない。

 

 人知れずクロネが覚悟を決めていると、扉がノックされた。

 

「食事をお持ちしました」

「ありがとうございます」

「ありがとう、おばちゃん!」

 

 入ってきたのはパナピアの母だった。小じわを刻んだ顔に柔和な顔を浮かべ、テーブルにお盆を置く。焼けた砂糖の香ばしい匂いが部屋を満たした。

 

「卵と砂糖のケーキよ。見ての通り砂糖はたくさんあるからね。いくらでもお代わりしてって」

「おお、ケーキですか。見ての通りと言われても全然分かりませんが」

 

 先生がテーブルに着きながら尋ねると、母は不思議そうに言い返す。

 

「あら、来るときにさとうきび畑は見たでしょう。砂糖はうちの伝統なのよ。おかげで今みたいな状況でも、いくらでも蓄えがあるの」

「えっ」

 

 先生の目が点になった。

 

 話についていけず、クロネが口を挟む。

 

「さとうきびって?」

「砂糖の元になる植物よ。村の周りに背の高い穂がたくさん揺れていたでしょう」

「ああ……え、あれ全部砂糖!?」

 

 クロネも先生と同じ表情で、顔を見合わせる。剣王国の田舎では見かけない、稲とも小麦とも違うあの植物は、砂糖だったらしい。

 

 驚く二人をよそに、母は顔を曇らせた。

 

「たくさん食べてね。もしかすると、しばらくは食べられなくなるかもしれないから」

「……働き手が減るから、ですか」

 

 寂しそうに頷く婦人。先生はむっつりと黙り込む。クロネも遅れてその意味を理解した。

 

 あの植物が砂糖になるといっても、その手間を払うのは人だ。このまま反乱が続いて働き手が減れば、砂糖は目減りしていく。たとえ流通路の封鎖が解かれても、剣王国に流れてくる分はないかもしれない、と彼女は言っているのだ。

 

 目の前のケーキを口に運ぶ。甘い生地がほろほろと口の中で崩れ、砂糖の純粋な甘みが口いっぱいに広がった。

 

 先生もケーキを一口齧り、ぽつりとつぶやく。

 

「ちなみにバターは作ってます?」

「いいえ。ここで作ってもすぐに痛んじゃうもの。いつもは帝国からの行商人から仕入れるのだけど、切らしちゃって。少しパサついてるかしら?」

「ちょっとだけ」

「あらあら」

 

 母は悪びれずに笑うと、「ゆっくりくつろいでね」と言い置いて、部屋を去った。

 

 残された先生とクロネは、無言でケーキを貪る。じゃり、と音を立てるほどの量の砂糖が生地に練り込まれていた。

 

 手のひら大のケーキを二人同時に食べ終え、コップの水を煽る。

 

 一息ついて、先生が言った。

 

「全自動砂糖生産機と、全自動バター生産機」

「え?」

「両方だ。両方生き残ってくれねえと、今食ったパサパサジャリジャリか、べたべたスカスカのケーキを食う羽目になる」

 

 数秒かけて、先生の意図を推し量るクロネ。

 

 ようやく理解が至るとともに、先生が天井を見上げて投げやりに言ってのける。

 

「反乱、終わらせっか。バターと砂糖のために」

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