毀剣終生伝   作:ジエンドオブザラストファイナル

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9.友人

1月25日

 道場が城になってた、というのは間違いだった。

 

 孤児院の敷地内に建てた道場はそのまま。敷地の外にもう一区画土地を買い取って、そこに新設した道場の方が城だ。三階建てで色々な施設が充実してる。門下生は現在百五十名、流派は二大流派両方で、師範代はクロネ、パナピア、ヒミカ。私はオーナー兼名誉顧問らしい。

 

 発案はヒミカだ。一人だけ置いて行かれた恨みから「帰ってきたらびっくりさせてやるの」と張り切り、そこにシルディやグリンドが入れ知恵したそうな。

 

 実際びっくりしたし誰も損してないからいいんだけど。

 

 おもちゃとして持っておくには、ちょっとデカすぎな気がしないでもない。

 

 

 

2月5日

 道場運営は順調。

 

 才能があったりなかったりする門下生を指導するのが刺激になっているのか、クロネはじわじわ成長している。ヒミカも相変わらず楽しそうだけど、パナピアがいないから少し寂しそうだ。

 

 メルは私が帝国行ってる間に飛び級で学院を卒業して、なんとかというところに就職したらしい。仕事内容は新しい魔術を作ったり改良したりすること。頭のいいやつだ。

 

 今日は孤児院のガキどもと遊んでから、道場に顔を出した。ぱっと見た感じ、誰かを殺すために剣を振るってるやつはクロネ以外にいなかった。殺す相手もいないのにあんなに必死に鍛えるなんて、感心な人たちだ。

 

 

 

3月25日

 町をぶらついた。何かの祭りが近いみたいで、どこか騒がしい。

 

 バターと砂糖が普通の値段になってた。ようやく流通が元通りになったらしい。たくさん買ってケーキを焼いたら、子供たちと門下生が我先に群がって秒でなくなった。おいしいのは分かるけど私なら一切れで胸焼けするのに、さすが若い。

 

 

 

4月15日

 毎日同じことの繰り返しで書くことがあんまりない。クロネの実力が急激に伸びるなんてこともないし。

 

 いきなり魔王が復活して町を襲うとかしてくれないかな。どのくらい強いのか分からんけど、ライバルが一人いなくなったクロネにはちょうどいい当て馬になるはずだ。

 

 決めた。

 

 ヒマだし、明日魔王の封印を壊しに行こう。

 

 

 

4月16日

 壊すまでもなく、もうすぐ封印は解けるらしい。シルディが色々教えてくれた。

 

 大王が倒して魔法使いが封印した魔王は、百年に一度復活する。それを迎え撃つ一大行事が今度の大王祭だ。この日だけは闘技場も休場して、腕自慢たちが魔王の軍勢に立ち向かう。屋台がたくさん並んでその日だけのおいしい食べ物を販売したりする。

 

 何しろ百年に一度のお祭りだから経験者が誰もいない。最近町が浮足立ってるのはそのせいらしい。

 

 ちょっと楽しそう。その場にいたクロネとヒミカも目を輝かせて参加すると言ってた。

 

 私はやっても意味ないし、後ろで死闘を見物しながら屋台の食べ物を楽しもう。

 

 ああ楽しみ。

 

 

 

4月25日

 めんどくせえ。

 

 なぜか大王祭の運営を仕切るハメになってしまった。

 

 さすがに暇つぶしのレベルじゃない大仕事なんで断りたかったんだけど、あんな頼み方をされたら引き受けるしかなかった。因果応報だ。

 

 百年に一度の祭典なだけあって、やることが多い。各地区の屋台の許認可、当日の警備体制の打ち合わせ、参戦する剣士たちの割り振り、衛兵隊始め各部署との折衝、調整。後釜が見つからないのは当然な仕事量だ。面倒くさいので、出来そうな人たちを何人か見繕って仕事を振り分けた。問題が起きれば私と、私を推した衛兵隊長シルディが責任を取る。クビでも降格でも減給でも好きにするがいい。

 

 さて、当日までシルディは隊長でいられるかな?

 

 

 

5月10日

 ああいう男をツンデレと呼ぶのだろう。道場の若い子たちがそう言ってた。

 

 グリンドのやつ、やっぱりおもしれー男だ。

 

 

 

5月31日

 明日から大王祭。一日目と二日目は日記を書く時間もないだろうから、今日の分だけでも。

 

 シルディと話をした。色々なことを。

 

 あいつは泣いたり怒ったりして、最後は受け入れてくれた。

 

 本当に、いいやつ。

 

 

 

6月2日

 明日が大王祭三日目。日中は式典を色々やって、魔王とやり合うのは宵の口からだ。

 

 撤収の仕事がめんどくさいし、魔王が国を滅ぼしてくれるならそれもいい。程ほどの踏み台としてクロネの役に立ってくれてもいい。私にはどっちでも都合がいい。

 

 どうにでもなれ。

 

 

 

6月10日

 なんでこうなった

 

 

6月20日

 やらかした。

 

 あいつは妹じゃない。妹はもういないって、分かってたはずなのに。

 

 近いうち、クロネを殺そう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 剣王国市街区、九番街は老朽化した家屋が軒を連ねる寂れた地域だ。立ち並ぶ建造物は大王時代の遺物と言われ、壁も屋根も黒ずんで亀裂が入っている。厨房や水回りに魔術の補助はなく、生活用水を手に入れるには共用井戸まで足を運ぶ必要がある。路面のあちこちが割れ、馬車が走れば体が浮かぶほどの上下動に見舞われる。栄えていく他の地域とは正反対の、忘れられた校外だった。

 

 しかしそれはほんの数年前までの話。

 

 今の九番街は、他の地域と違わず人気の多い繁華街と化していた。

 

 亀裂一つなく整備された通りを、帯剣した剣士たちが闊歩していく。倒壊寸前だった古い建造物は取り壊され、真新しい飲食店が左右に並んでいる。店から漂う香ばしい料理の匂いにつられ、剣士たちの幾人かが思い思いの店へ入っていく。

 

 通りの突き当りに見えるのは、古い教会だった。開け放たれた門扉を通り抜け、剣士たちは勝手知ったる風に裏庭の道場へ向かう。

 

 そこが発展の中心地だった。

 

 名前はなく、九番街孤児院と通称されているその施設は、ある女剣士によって運営される慈善施設だ。裏庭の道場はそこに住まう孤児たちのために建てられた。

 

 しかしその剣士の知名度が剣王国の腕自慢たちを呼び寄せ、道場破りが急増。女剣士の教え子たちがそれを迎え撃つたび評判が広まり、商機をかぎつけた商人たちが集まって、みるみるうちに栄えていった。

 

 極めつけは孤児院に隣接して建てられた道場だ。敗れた道場破りたちが入門を望むケースが増え、女剣士の教え子が勝手に新設した。門下生は百を超え、噂の女剣士といつか立ち合うことを夢見て日々稽古に励んでいる。

 

「そんなこんなでめっちゃ大きくしたの! ほめてなの!」

「えらいえらい」

「えへへ」

 

 新道場の片隅にて。門下生たちが気炎を上げて稽古するのを眺めつつ、先生は教え子──ヒミカの頭をくしゃくしゃと撫でる。ヒミカはふにゃふにゃと蕩けた笑顔を浮かべた。

 

 寂れた市街地をたった半年で繁華街に変えた行動力に、先生は素直に感心していた。しかも孤児院の金には手を出さず、入門希望の有志達から資金を募って実行したという。両親を殺され、「私には何もない」と自嘲していた少女とは思えない手腕と行動力だった。

 

「立派になったよほんと。一人だけ置いてったのは悪かったな」

「気にしてないの! 寂しかったけど、こうやって先生を驚かせて、ほめてもらえてるから、チャラでいいの!」

「そうかよ……ん?」

 

 後ろから抱きしめて更にわしゃわしゃ撫でまわしていると、門下生の男が一人、先生の前に立った。

 

 全身に闘気をまとわせて、鋭い目で先生を睥睨している。

 

「当道場の源流、毀剣殿とお見受けする」

「源流……? うん、たぶんそう」

「手合わせ願おう」

 

 同じ用件なのだろう、男の両隣に獰猛な目つきの門下生たちが十数人並び、先生を囲んでいた。

 

 先生には戦う理由はないが、断る理由もない。時間つぶしにはなるかと、先生が腰を上げようとすると、

 

「許せぬ」

 

 低く重い声が響く。莫大な気迫が道場の空気を軋ませる。

 

 その源は先生の手元。愛玩動物のごとく撫でまわされていたヒミカだ。

 

 ヒミカはするりと先生の抱擁から抜け出し、ゆっくりとした動作で壁にかけてあった木剣を手にする。その間、門下生たちは冷や汗を流すばかりでぴくりとも動けない。

 

「腕試しの気構えであれば良し」

 

 ヒミカは木剣を構えず、だらりと体の横に垂らし、門下生たちを睨みつける。

 

「が、貴様らの意図するところは疑惑と侮辱である。わが師を前に、斯様な婦女が真に当代の剣王を下したのか、当道場の名誉顧問として仰ぐにふさわしいものかと勘繰っている。許せぬ。断じて許しておけぬ」

「ひ、ヒミカ師範代……」

 

 ヒミカは小さく首肯した。

 

「左様。師範代の名を負う者として、門下生の不敬、無礼は捨て置けぬ。参れ。叩き直してくれよう」

 

 腰が引けた様子で硬直する門下生たち。

 

 しびれを切らしたヒミカが「喝っ!」と威圧を重ねると、たまりかねたように一人が突っ込んでいき、一対多の乱取り稽古が始まった。推移と結果は言うまでもなく、一方的にヒミカが叩きのめすだけだった。

 

 ヒミカ師範代の教育的指導をぼさっと眺めていると、先生の隣にすとん、とクロネが腰を下ろす。今までは門下生たちの中に混ざって稽古していたようで、色白の肌が少し湿っている。

 

「ヒミカ、強くなったねえ」

「そうだなぁ」

 

 殺したい相手もいないのに、と口の中だけでつぶやいた。

 

 先生もクロネも、ここにはいないパナピアも、人を殺すために剣術を学んできた。剣術は目的のための手段でしかなかった。

 

 なのにヒミカには殺意がなく、ただ強くなるために強くなろうとしている。その純真さが、先生には少し眩しい。

 

「こっちにいましたか、毀剣」

 

 しみじみ感傷に浸っていると、聞きなれた声。見ると、ややくたびれた顔の衛兵隊長シルディが、道場の入り口から手招きしている。

 

「少し話があります。付き合ってもらえます?」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 正式な他流試合の申し入れを想定し、新道場には簡素な応接室が設けられている。

 

 先生とシルディはそこのソファに腰を下ろし、テーブルを挟んで向かい合った。

 

 開口一番、シルディが切り出す。

 

「今度、お祭りがあるのはご存じです?」

「ああ……大王祭だっけ?」

 

 世相に疎い先生でも、門下生や子供たちと付き合っていれば多少は耳に入ってくるもので、その祭りについても無知ではなかった。

 

 大王祭。大王が国を興した百年の節目を祝う祭事であり、同時に、百年に一度復活する魔王を迎え撃つ戦でもある。三日間にわたって国の発展を大いに祝い、最終日には復活した魔王を相手に国で随一の剣士たちが戦いを繰り広げるという、実に剣王国らしい催しだ。

 

 シルディは首肯すると、良く分からないことを言いだした。

 

「このたび、その大王祭の運営責任者を務めることになりました」

「へー、おめでとう」

「いえ、あなたが、ですよ」

「は?」

「こちら、剣王様の正式な御綸旨です」

 

 シルディは懐から革張りの筒を取り出すと、中から書状を一枚取り出して、テーブルに広げた。そこにはたしかに、今年度の大王祭運営責任者の任を先生に任せる旨が、王室の印を添えて記されている。

 

 いわゆる勅命だった。あくまでも庶民である先生が断れば反逆罪になってしまう。

 

 しかし先生は罪を恐れる気性をしていない。一方的に上から命令を押し付けられれば、嬉々として逆らうのが先生だ。

 

「ああああ待って待って、最後まで聞いてください剣を置いて落ち着いて」

「なんだよ、王室にケンカ売られたのかと思ったのに」

 

 折れた剣を手に王城へ乗り込もうとする先生を、シルディが腰を浮かせてなだめる。

 

 先生がしぶしぶ座り直すと、シルディはほっと胸をなでおろして続けた。

 

「元々はブレイディア第一王子が仕切る予定だったんですよ。狡猾で外道なクズ野郎でしたけど、家柄と実務能力は確かだったので。でもどっかの誰かさんのせいで帰らぬ人になってしまって、代役が必要になりました」

「ふうん、王子様を殺すなんて不届きなやつもいたもんだな。そいつを捕まえてやらせればいいじゃんか」

「ええ、今そうしてるでしょう」

「え?」

「え?」

 

 両者沈黙した。

 

 先に立ち直ったのは先生だった。胸の前で手を打ち合わせ、「ああ!」と声を上げる。

 

「あの汚職王子か! 名前なんてすっかり忘れてた!」

「マジですか……」

 

 シルディはドン引きし、頬が引きつっている。

 

 大王祭の本来の責任者、ブレイディア王子は先生の手によって殺されている。王都にはびこる人さらい組織の元締めであり、帝国とも裏でつながっていた彼は、先生をその罪に抱きこもうとして、返り討ちにあったのだ。彼の汚職と売国に関わりのある者は残らず処刑され、禍根は完全に断たれた。

 

 しかし困ったことに、王子は有能だった。抜けた穴を埋める人材が見つからないほどに、彼は実務能力に長けていた。

 

 シルディは咳ばらいを挟んで、言葉を重ねる。

 

「我が国は伝統的に、文官の質が低いんです。簡単に言えば庶民から上層部まで剣術バカだらけ。地味な裏方仕事の多い運営責任者をやれるのは、ブレイディア王子だけでした」

「だから、やっちまった私に後始末しろってか。剣王様とか大臣とか宰相とか、他にできるやついないの?」

「剣王様は魔王との戦いで陣頭指揮をとられます。宰相はその補佐。各省の職員はそれぞれの仕事でかかりきりですね」

「人材不足にも程があんだろ」

 

 先生はため息をついて、テーブルの上をじっと見つめた。そこに広げられた剣王様直々の書状を破り捨て、王城に乗り込んで反逆するか、自分の過去の責任を取るか。

 

 自分一人の問題ならまだしも、先生にはまだやるべきことが残っている。そのためには下手な波風を立てない方がいい。

 

「分かった、引き受ける」

 

 こうして先生は、百年に一度の大祭を取り仕切る勅任官になったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 運営責任者の仕事は激務だった。

 

 まずは王城の大書庫から過去の大王祭の記録を引っ張り出し、前例を調査。それから王子の残した今年度大王祭運営に関する各種資料を読み込んで、剣王と各省大臣を交えた御前会議、もとい打ち合わせを行った。

 

「以上が準備、当日、撤収までの流れになります。質問は?」

「お、おぉ……」

「まあ、いいのではないか?」

「問題はなさそうだが……」

 

 現実的な運営計画を理路整然と説明され、大臣たちは圧倒されるばかりだった。家柄と個人の武力で地位を手にしている彼らに、計画の良しあしはあまり分からない。彼らの困惑した様子は、武力一辺倒を国是とする剣王国の欠点そのものだった。

 

 とはいえ先生にはさしたる問題ではない。現場で動くのは大臣たちではなく彼らの部下だ。剣術バカの上司を普段から支えている連中が動いてくれるならどうとでもなる。

 

 その読みは正しかった。

 

「会長! 西の屋台通りで店を出す場所を巡って乱闘が発生しています!」

「衛兵隊第四小隊第二分隊を向かわせて鎮圧しろ、話し合いで解決しないなら決闘させとけ。死人が出ないようにだけ気をつけて」

「会長! 工業区への鉄鉱搬入が大きく遅れています! このままでは開会しても武器が足りません!」

「衛兵隊第三小隊を搬送の応援に当たらせろ。武器の増産が間に合わなければ貴族共の武器庫から供出させる。私の名前で要請書を作っておけ」

「会長! 帝国と獣人国が当日祝辞のため使節団を送りたいとの旨を伝えてきました!」

「ただの社交辞令を真に受けんでいい、あとそれは外交省の仕事だからそっちに回せ」

「会長! 戦没者補償金の予算について財務省が見直しを求めています! すっごく怒ってます!」

「剣王に詔勅出させてどうにかしろ。ウチに逆らうイコール剣王への反逆だっつって脅せ」

「会長! 魔王と戦うのが待ちきれないと言って、闘技場の下位ランカーが徒党を組んで封印を壊しに向かったようです!」

「捨て置け。封印は物理的干渉でどうにかなる代物じゃない」

 

 運営委員会仮詰所と化した、ブレイディア王子の旧邸宅執務室にひっきりなしに伝令がやってくる。先生は会長の役職名で呼ばれながら、現場から上がってくる報告に逐一指示を飛ばしつつ、部下がまとめた報告書、稟議書の類に目を走らせていく。

 

 部下たちは普段から各大臣の下で働く官僚たちだ。勅命を盾にして能力のある人材を先生が直接引き抜いた。先生の期待通り彼らは優秀で、報告連絡相談を欠かすことなく、先生の指示を忠実にこなし、ときには指示を受けずとも現場の判断で動いてくれる。

 

 先生たちが働くのに比例して、剣王国王都は祝祭の色を強めていった。大通りには様々な屋台が並び、街角には大王の大剣を模したモニュメントが建ち、建物の屋根から屋根に装飾が吊り下げられ、吟遊詩人が大王の伝説を高らかに歌う声がそこら中に響く。最終日に復活する魔王に挑む予定の剣士たちが称賛の声と視線を浴び、いつもより身を入れて稽古に励む。工業区には昼夜の別なく鉄鉱が運び込まれ、魔王との戦いに備え武器を増産していく。物見高い帝国や獣人国の観光客が増え、異国の言葉がそこここで聞かれる。人々の財布のヒモが緩むのに乗じ、商業区に出入りする荷馬車はいつにもまして増え、そこから溢れた活気が地区を超えて伝播していく。

 

 仕事は日増しに膨れ上がるが大きな支障はなく、このまま何事もなく開会を迎えるかと思われたある日。

 

 問題が発生した。部下たちでは手に負えず、責任者の先生自らが対処しなければならない問題が。

 

「……もう一度申し上げますが、魔王戦に参加していただくためには、規定の書式に従って申請を出してもらわなければいけません。というのも──」

「黙れ! 汚らわしい売女めが剣王様の名を盾にしおって、恥を知れ!」

「はあ……」

 

 とある貴族の応接間にて、まるで話の通じない貴族の男を前に、先生は頭を抱えた。

 

 呆れて物も言えない先生の様子を臆したと見たのか、男は更にまくしたてる。

 

「我が○○家は大王時代から続く剣術の大家! 二大流派の普及に多大なる貢献を齎し、初代剣王様とも交流があったのだ。たとえ剣王様の詔勅があろうと、どこの馬の骨とも分からん小娘の指示に従ってやる道理はない!」

「だから実力不足の息子さんを死にに行かせるんですか? 無駄な死人を出さないための申請と参加規程なんですが」

「貴様の用意した規定など信用できんと言っているのだ!」

「私ではなく前例──」

「これ以上口答えすれば叩き斬るぞ!」

 

 先生は乾いた笑いを漏らした。言葉は同じなのに会話ができない。優秀な部下が泣きついてくるはずである。

 

 争点は魔王との戦いに参加する手続きについてだ。文献によると、第一回の大王祭では実力不足の若い剣士たちが魔王戦に参加し、多くの死者を出した。それ以降、一定以上の実力──二大流派あるいは認可された諸流派の三段以上の認定がなければ、魔王戦に参加できない決まりになっている。

 

 実際、この制度を導入してから魔王戦での死者数が激減した実績があり、先生はその前例に倣っているだけなのだが、目前の男は聞いていなかった。由緒ある貴族である自分たちが、ぽっと出の小娘の基準で下に見られている、と決めつけているのだ。

 

「貴様はただ息子の参戦に目をつむれば良い! 大王祭の栄誉を見過ごすなど家の恥だ!」

 

 と主張するが、彼の息子は剣王流二段。魔王戦には参加できない。

 

 同じような要求をしてくる他の貴族たちは、剣王の後ろ盾を使えば黙らせることができた。しかしこの男はとりわけ自尊心が高いのか、それとも先生の少女然とした外見を侮っているのか、一歩も引かずに口角泡を飛ばしている。

 

 すでに前例通りの基準で運営している以上、男の要求を通すことは不可能。かといってこのまま決裂すれば、当日になって明らかに未熟な剣士が戦場に立つことになり、運営委員会が糾弾される。

 

 つまり、この場で可能な先生の最適解はというと。

 

「潰すか」

「……おい、何のつもりだ」

 

 立ち上がり、剣の柄に手を添えた。

 

 男が血相を変えているが、知ったことではない。言葉が通じないなら仕事の邪魔は排除すればいい。

 

  一応の情けとして殺しはしない。大王祭が終わる日まで意識を断つだけだ。剣の本質たる斬断切絶の概念を極めた毀剣の技は、実体のない人の意識だけを断つことを可能とする。

 

 もちろん相応に消耗するし、後始末の手間を考えると避けたいところだが、他に方法がなければ仕方がない。こうして無駄な話し合いをしている間にも、他の仕事が山積しているのだから。

 

「ま、待て、何をする気だ、やめろ!」

「毀剣・二の型──」

 

 慌てて後ずさる男を無視し、先生は折れた剣を抜き放ち──

 

「待て」

 

 その柄頭に、大きな手が添えられた。

 

 先生が舌打ちして振り返る。いつの間にか背後に鋭い目つきの男が立ち、抜刀を阻んでいた。

 

「そ、ソルダート卿!? なぜここに!?」

「誰だよそれ。こいつはグリンドだろ」

 

 貴族の男がとたんにへりくだった態度で目を瞠るが、先生には関係ない。背後の男──グリンドを睨みつけると、剣の柄から手を離し、椅子に座り直す。

 

 グリンドはひとまず脅威が去ったと見てか、貴族の男に冷たい視線を送った。

 

「貴君の態度は目に余る。運営委員会は剣王の勅命の下で動く組織だ。それに盾突くということは、○○家は現王家に刃を向けるとの意思表明に他ならない。であればソルダート家当主として、貴家との付き合いを考え直さねばならん」

「め、滅相もございません! わ、我々はただ……」

「ただ、何か?」

 

 貴族の男は黙り込み、顔を真っ赤にして先生を睨みつけてから、がくりとうなだれた。

 

「ただ、情けなかったのでございます。我が国の節目となる大祭に参加できぬことが」

「ならば精進しろ。童のように駄々をこねている間にな」

 

 打ちひしがれた様子で俯く男。嫌悪感を露わに眉間の皺を寄せて見下すグリンド。

 

 グリンドがいい家の出身であることは先生も聞き及んでいた。おそらく貴族間のパワーバランスによって相手を従わせたのだろう。面倒な後始末の必要がなくなり、先生は安堵の息を漏らした。

 

「じゃあそういうことなんで、もうウチに馬鹿げた苦情入れないでくださいね。失礼します」

 

 そう言い置いて屋敷を出る。すると、グリンドも無言でついてきた。

 

 詰所へ帰る道すがら、もの言いたげな渋面のグリンドに、先生は臆面もなく笑顔を向ける。

 

「ありがとね。おかげで簡単に説得できたわ」

「貴様、私が来なければ何をしていた?」

「そりゃもちろん」

 

 先生は腰の剣を指さした。苦虫をかみつぶした顔で眉間を抑えるグリンド。

 

「……正気か。曲りなりにも、奴は国政の一角を担う要人だぞ」

「そんなに偉いやつだったの? あぶねー、潰すと超めんどいやつじゃん」

 

 はあー、と、肺の空気をすべて吐き出すようなため息をついて、グリンドは先生を睨む。

 

「獣人の娘よりもよほど獣だな。貴様の立場も体も命も、貴様一人の問題ではないのだぞ。少しは後先を考えろ」

「ご忠告どうも。だけど立場はともかく体と命は私のもんだろ」

「本気で言っているのか?」

 

 グリンドの目に失望の色が浮かんだ。

 

 敵意と嘲笑はこの男の十八番だが、失望はあまりない。先生は改めて忠告の意味を考えてみる。

 

 たとえば自分がケガや病気で苦しんだり、死んだりしたところで、誰も悲しまない。一番に悲しんでくれる大切な家族はもう失ってしまった。だから体と命は結局一人だけの問題で──

 

『先生!』

 

 声が聞こえた。

 

 色々な声だ。少年少女、老若男女入り混じった声で、自分を先生と慕う人々の声。

 

 はっとした。これ以上失うものはない、大切な人も場所も取り返せない。それが当たり前だった。けれど気づけば多くのものを得ていた。また失うのが怖くなるほどの、たくさんのものを。

 

 思いがけない発見に、先生はグリンドを見上げる。

 

「グリンド」

「なんだ」

「めちゃくちゃいい人じゃんお前。好き」

「ぶっふぉ」

 

 グリンドは変な声を出してその場にうずくまり、動かなくなった。ありがとうを繰り返すのはくどいと考え、直球で気持ちを言葉にしてみたのだが、何か琴線に触れたようだ。

 

 仕事があるので、悶えるグリンドは放置して、先生は詰所に帰ったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 そうこうするうちに時は過ぎ、開会前日。

 

「まあまあの暇つぶしだったな」

 

 執務室の窓枠に肘をつき、先生はほっと息をついた。部下はそれぞれの持ち場に散っており、先生一人だけだ。

 

 窓から見下ろす王都の夜景は、魔術灯の光で照らされ、昼間のように明るい。明日の開会式を終えればもっと眩く、騒がしくなるだろう。その間の治安維持、対応についてはすべて手はずを整え、部下に任せてある。先生のやることは、何かあったときに責任をとることだけだ。

 

 といっても地位も領地も持たない先生に責任を取る方法はなく、困るのは先生を取り立てた剣王ないしはシルディになるのだが──まあいいや、と開き直った。出来ることはした。後はどうとでもなれだ。

 

「失礼します。あれ、おひとりですか」

「ふぁ……ん、おつかれ」

 

 あくびをかみ殺していると、ノックもせずシルディが部屋に入ってきた。ひっそりした執務室を見回して、先生の隣に肘をつく。

 

「文句でも言いに来た? 人使い荒すぎー、って」

「自覚あったなら自重してくださいよ」

 

 顔も能力も知っているために、先生はシルディをひどくこき使った。

 

 その抗議をしに来たのかと思ったが、違うようだ。シルディはむすっと口をとがらせてから、言った。

 

「クロネちゃんとヒミカちゃん、魔王戦に参加するそうですよ。いいんですか」

「いいんじゃね」

 

 たぶん、と付け加える先生。魔王の脅威については文献によってばらつきがあり、今のクロネとヒミカの力が通用するのかはっきりしない。

 

 が、百年ごとに復活しては倒されてを繰り返している存在だ。絶対に敵わない理不尽な敵などではないだろう。仮に倒せずとも、あの二人なら逃げる判断くらいは自分で下せる。

 

 シルディは「そうですか」と言って、口を閉ざした。窓枠に二人並び、きらびやかな夜景を静かに眺める。

 

 しばらくして、先生がぽつりとつぶやく。

 

「いろいろと世話になったな」

 

 先生の横顔に視線だけを向けるシルディ。

 

 先生は遠い目をして、

 

「今回のこと、この前留守にしてたときのこと。人さらい狩りの後処理。ありがとね、色々」

「殊勝ですね、らしくもない」

「うるせー」

 

 先生がらしくないのに釣られ、シルディもらしくなく一歩を踏み込む。

 

「毀剣。あなたは何がしたいんですか?」

 

 漠然とした問いに、先生が胡乱な目を向ける。

 

「やることなすこと全部うまくいって、多くの人に愛され慕われている。なのにすべてが行き当たりばったりで、何をしたいのかまるで見えてこない。あなたはおそろしく空っぽで、薄っぺらに見えます」

「よく分かってんじゃん」

 

 先生は感心した。シルディの言う通りだった。

 

 先生がもっとも強く望んだこと──復讐はもう終わっている。やりたいことなど何もない。生きていることに意味はなく、興味もない。すべてがどうでもいいのだ。

 

 それほど空虚な余生の中で、たった一つだけ望みがあるとするならば。

 

 先生は自問し、答えを紡ぐ。

 

「許せないことがある。絶対に譲れないこと、認めたくないことが。それを否定するために、薄っぺらな人生を生きてるんだ」

 

 それきり先生は黙った。

 

 先生の横顔をじっと見つめ、続きを待っていたシルディは、やがて諦めたように首を振る。

 

「そーですか。ま、気が向いたら教えてください。お手伝いしてあげますよ」

「手伝い? なんで?」

 

 いつになく親切な申し出に、先生が首を傾げる。

 

 シルディは少しだけ頬を赤くして、

 

「友だちですから」

 

 と言った。

 

 先生は、あ、そう、とだけ呟いて、視線を前に戻す。耳と頬がやけに熱い。シルディも遅れて同じ気持ちになったのか俯いて、二人はむず痒い空気の中黙り込んだ。

 

 面と向かって友だちと言われたのはいつぶりだろう、と先生は懐古する。少なくともすべてを失ったあの日よりも前のことだ。

 

 家族ほど近しくはなく知り合いほど遠くもない。互いの力や立場を気にせず対等に接し合える緩やかで気安い関係性。

 

 そんな相手に恵まれる幸運は、きっとこれが最後だ。

 

「気が向いた」

「は?」

 

 確信に近い予感が、先生の口を軽くした。

 

「話したいことがある。私の家族と、クロネの仇のこと」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 大王祭当日を迎えると、王都のにぎわいは一層増した。魔王に負ければ国が滅びるというのに、危機感のない地方の民や帝国からの観光客がなだれこみ、人混みでごった返した。少しでも金を搾り取ろうと必死の商人、あわよくば楽に得をしたい盗人、祝祭に浮かれた観光客が入り乱れ、大小様々なトラブルが頻発した。

 

 すべて想定済みだった。運営委員会と現地の衛兵隊を中心に、あらかじめ作成していた対応マニュアルに沿って粛々と騒ぎを処理して治安を維持し、深刻な被害は阻止された。もちろんマニュアルにない想定外も相当数発生したものの、「責任はすべて私が取るので現場の判断を優先せよ」との責任者の言葉に背を押され、現場が大胆かつ最善の対応を繰り返したために、初日と二日目は極めて平和裏に終わった。

 

 そうして迎えた三日目。

 

 最終日のこの日もやはり朝から騒がしかったが、それまでとはどこか質が違った。道行く人々の浮かべる笑顔はどこか緊張し、声を潜めて囁き合っている。内容は間もなく復活する魔王についてだ。

 

 百年に一度復活しては、その時代の剣王と剣士たちに討たれ、再度封印される魔王。剣王が不覚を取るとは思えないとはいえ、おとぎ話に語られる魔王を実際に見られる機会が迫り、厳粛な緊張感が国中を覆っている。

 

「さて、何人死ぬかな」

 

 先生はそんな雰囲気とは無縁だった。屋台で買ってきたバターケーキを頬張りながら、執務室の窓枠に肘をつき、不謹慎極まりないこと独り言ち手いる。

 

 仮詰所である旧邸宅は丘の上にあり、執務室からは王都南方の平原がよく見える。

 

 そこが主戦場予定地だった。封印する施設は平原のさらに南に位置し、定刻が来れば封印を破った魔王が現れる。それを迎え撃つ軍勢が平原に展開し、今か今かと敵の襲来を待っていた。

 

 見物を決め込んでいるのは先生だけではない。王都に突き刺さる針のような、急場の物見やぐらがそこかしこにそびえており、観客たちが世紀の戦いの始まりを待ちわびている。祭りとはいえ負ければ滅亡なのだが、そんなことを心配する者は誰もいない。

 

 催しの責任者である先生さえも、民衆と同様に呑気だった。戦いの陣頭指揮は剣王が取り、自分の役割である兵站、後方支援の手配は完了済み。大王祭が終わり撤収する段まではやることがないのだ。

 

 そうして能天気にバターケーキを貪っていると、ようやく始まった。

 

 南方平原の地平線が黒く染まる。細い線を引いたような黒は太い帯状になり、打ち寄せる波のように剣王国へ向かってくる。空にもぽつぽつと黒い点が現れ、黒い波と歩調を合わせて迫る。

 

 その正体は魔王の眷属──魔物と呼ばれる存在だった。魔王の体から無尽蔵に湧き出る、知性のない怪物たち。種別は飛竜、大鬼、悪魔、凶獣、粘塊の五種類。一体一体が人の数倍から数十倍の巨躯を誇り、常人ではどうあがいても勝ち目はない。

 

 が、迎え撃つ剣王国の剣士たちは、とても常人と呼べる生物ではなかった。

 

「おー、すごい。やれやれー」

 

 地上から巨大な斬撃が一度、二度と空を割る。二大流派の一角、大王流の『天裂き』だ。黒雲のように空を覆いつつあった飛竜たちの大半が斬り裂かれ、撃墜された。

 

 地上の剣士たちも負けてはいない。あちこちで平原の地面がめくれ上がり、迫りくる魔物たちを数百体ごとに消し飛ばしている。こちらは大王流『山断ち』だろう。

 

 陸と空の軍勢をひとしきり削ると、剣士たちが突撃を始めた。馬は技に耐えられないため全員徒歩だが、一人だけが突出して黒の魔物たちに突っ込んでいく。その一人が動くたび犇めく黒の津波に大穴が開き、後続の剣士たちも魔物たちと衝突するや、勢いを殺さず押し返していく。

 

「あの爺さんほんと元気だな」

 

 最初に突撃したのは剣王だろう。仮借ない剣戟の嵐で魔物たちの軍勢を割り裂いている。軍勢の最奥にたどり着き、魔王を倒すのにそうかからないだろう。

 

 黒い津波と黒雲を押し返す剣士たちの群れ。遠目にはこのように見える戦いがしばし続いた。趨勢はやはり剣王国側有利であり、戦線は剣王国から徐々に遠のいている。時折大王流の大技が炸裂して黒の軍勢がはじけ飛ぶと、観客たちの歓声が上がった。

 

 と、そこで先生を不運が襲った。

 

「なんてこった……」

 

 バターケーキがなくなったのだ。

 

 とたんに退屈になった。手ぶらで勝つのが分かっている戦いを眺めているだけなどつまらないにも程がある。かといって新しい食べ物を買いに行っても、小食な先生はもうお腹いっぱいで食べられそうにない。

 

 こうした事情から、先生はためらいなく折れた剣を抜いた。

 

「冷やかしに行くか。毀剣・三の型──『世断(よだち)』」

 

 断たれた空間に弾かれて、視界が極彩色に染まる。

 

 次の瞬間には戦場の最前線にいた。右を見ても左を見ても、魔物たちと切り結ぶ一流の剣士たちがいる。

 

 間近に見る魔物の迫力は圧巻だった。

 

 まずは大鬼。人の三倍はある筋骨隆々の巨躯に、黒いこん棒を携えた化け物だ。殴りかかってきたので、振り下ろされるこん棒を横に避け、体を駆け上がり空に跳んだ。

 

 次に対面したのは飛竜だ。空を覆う雄大な翼を広げ、こちらを丸のみにせんと大口を開けて突っ込んでくる。避けようがなく、正面から真っ二つに斬り裂いた。

 

 着地すると、横合いから殺気が迫る。前に転がって向き直れば、そこにいたのは黒い狼だった。体高だけで二メートルは下らない巨獣が、牙を剥きだしにして恐ろしい唸り声をあげている。

 

 おそらく凶獣だろうとあたりをつけると、その凶獣の後ろから不定形のヘドロが湧き出し、凶獣を呑み込んだ。粘塊だ。

 

 粘塊に取り込まれた凶獣は、四肢をあらぬ方向に折り曲げたかと思うと、ぐしゃりと一抱え程の球体に圧縮され、消失した。不定形の体内に獲物を取り込み、圧力で押しつぶすのが粘塊の武器のようだ。

 

「毀剣・一の型──『無刃』。へえ、そうなるんだ」

 

 試しに斬ってみると、粘塊は真っ二つになったものの、水のように形を崩してすぐに元の形を取り戻した。斬撃を無効化するらしい。

 

「とう」

 

 これはどうか、と無造作に大王流・鬼貫きを放つ。超音速の突きによる衝撃波が粘塊を吹き飛ばし、後ろの鬼もまとめて消し飛ばした。無効化できるのは斬撃だけのようだ。

 

「なんだこいつ! 技が通じないぞ!」

「大王流の技を使え! 跡形もなく消し飛ばすんだ!」

「出来るわけねーだろ!?」

 

 が、周囲を見てみるとこの粘塊に苦戦している剣士は多かった。愚直に剣王流の技で斬り裂くが効果がなく、舌打ちして大鬼や凶獣の相手に回っている。剣王国では二大流派のうち剣王流だけを修めている者がほとんどで、どちらも習得している先生やクロネ、剣王の方が少数派なのだ。

 

 先生も手を貸そうとして、やめた。

 

 あくまでも冷やかしに来たのだ。祭りの空気は十分に堪能した。剣士たちの仕事をこれ以上奪うべきではないだろう。

 

 先生は、再び空間を裂くため折れた剣を構え──見つけてしまった。

 

 妹によく似た少女の顔を。

 

「大王流・砦砕きっ! 今のうちに下がって!」

「悪い、助かる!」

 

 クロネだ。

 

 粘塊の相手に手間取る剣士たちを庇い、大王流の技を放つ。粘塊が消し飛び、逃れた剣士たちは、各自の流派が通用する大鬼や凶獣の対処に散っていった。

 

「ぐにゃぐにゃは私に任せて! 全部やっつけちゃうから!」

 

 豪語しながらクロネは戦場を駆け回り、粘塊に苦戦する剣士たちを次々と助け、無視した大鬼たちは他の剣士たちが屠っていく。クロネの動きに感化されたのか、他の大王流の使い手たちも粘塊の相手を優先し始め、誰が指示するでもなく役割分担が成立していた。

 

 が、即席の連携は完璧とはいかない。大王流の打ち漏らした粘塊が他の剣士たちを襲い、隙を晒した相手に大鬼や凶獣、邪竜たちが殺到する。そうしたほころびが各所で発生し、負傷者が出始めた。

 

「ふむ」

 

 その惨状を前にしても先生は何もしない。下手な手出しは危険を承知で戦場に出てきた剣士たちへの侮辱だ。ただ、参加を認めた結果として眼前の光景を冷静に受け止めている。

 

 絶対的な力を持つ故の余裕。戦場にいながら居心地のいい居室でくつろいでいるような油断と慢心。

 

 そうしてどこか対岸の火事を眺めるような心持だったからだろう。

 

 クロネに迫る危機を見て取った時にはもう、すべてが手遅れだった。  

 

「大王流・山断ちっ!」

 

 クロネがまたぞろ大王流を振るう。地面がめくれ上がり、粘塊が消し飛び、もうもうと土煙が立ち込める。

 

 悪くなった視界の中を、黒い影が走る。

 

 死角に回り込んだ黒い影、凶獣にクロネは気づいていない。巨大な顎がクロネの意識外から迫る。

 

 先生の思考が加速した。妹が死ぬ。また死んでしまう。助けなければ。間に合う? いや、あれは妹ではない。

 

 距離がある、毀剣なら──ダメだ、距離は無視できるが発生が遅い。

 

 大王流なら──ダメだ、発生は速いが巻き込んで殺してしまう。

 

 剣王流なら──威力、速さは申し分ないが距離を詰めなければ当たらない。

 

 考えている間にも時間は流れる。ようやく気付いたクロネが凶獣に振り向くか、すでに牙は目と鼻の先だ。避けるも迎え撃つも叶わない。

 

 先生は考えるのを辞めた。

 

 全力。久しく縁のなかった、後先考えない全力で踏み込み、加速する。剣王流奥義の歩法、朧だ。

 

 緩急による目の錯覚で実際よりも速く見せる技だが、先生の本気によるそれは、音を置き去りにする。風よりも速く戦場を駆け、クロネと凶獣の間に割って入った。

 

 ただ、それまでだ。今しも閉じようとする顎を防ぐ手段はない。

 

 かろうじて出来たのは、呆けるクロネの肩を突き飛ばすことだけだった。

 

 顎が閉じる。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 大王祭最終日の魔王戦は、例年通り剣王が魔王を討ち滅ぼし、魔王は再び百年の眠りについた。戦いの終盤、剣王が見せた史上初の剣王流九段の技に剣王国は大いに盛り上がり、大盛況のうちに大王祭は幕を下ろしたのだった。

 

 もちろん魔王戦の被害はゼロではない。戦いに参加した腕利きの剣士たち約九百名のうち、八九五名が負傷、二三名が死亡した。しかし覚悟の上だったことに加え、それぞれのケガの程度や遺族の意向に応じて運営委員会から補償がおりるため、傷を負った者たちは悲壮どころかむしろ誇らしげに胸を張っていた。

 

 そんなこんなで祭りを終えた数日後。

 

 孤児院に顔を出した先生を前に、クロネたちは騒然とした。

 

「先生久しぶりなの……えっ!? 先生、それどうしたの!?」

「イメチェン」

「髪みたいに!?」

 

 先生は右腕を喪失していた。二の腕から下がばっさり無くなっている。

 

 クロネを突き飛ばした後、どうにか身を捻って致命傷は回避したものの、利き腕を食いちぎられる深手を負った。

 

「先生、やっぱりあの時……?」

「何の話だ? ちょっと落っことしただけだっての」

 

 青い顔で震えるクロネに対し、すっとぼけてみせる先生。クロネは疑惑と罪悪感半々の面持ちで、先生の顔と腕を見比べている。

 

 深手を負いながらも凶獣を瞬殺し、来た時と同じように毀剣で戦場を離脱したので、クロネには「危ない所を先生に助けてもらった」という白昼夢のような印象だ。

 

 しかしそんな都合のいい夢を見るものだろうか、いやいやあの場にたまたま先生が駆け付けてくれることこそ現実味がないのではないか。でも実際夢で見たように先生は腕をなくしている──クロネは混乱した。

 

「ちょっと待ってくださいよ」

 

 同じくらい困惑しているのは、その場に居合わせた衛兵シルディだ。

 

 わなわなと震え、先生に詰め寄る。

 

「あなたの腕を切り落とす化け物がこの町にいるってことですか? 低く見積もっても剣王様クラス……冗談きついですって勘弁してくださいよ」

「ああそうだよすっごく強いぞ。あと「この町滅ぼしてやるぜグヘヘ」とか言ってた」

「えーやだー!」

「先生はお祭りの裏でそんな悪者と戦っていたの! ヒミカたちが絶対やっつけるから、先生は休んでてほしいの!」

「おう、ありがとう」

 

 不意に先生がふらついた。

 

 処置は完璧だったが、腕を失ったことで血の量が減り、重心も変わった。立っているだけで負担を感じる。

 

 ヒミカ、クロネ、シルディに付き添われ、孤児院の医務室に運ばれる先生。ベッドに横たわり、息を整える。

 

 しばらく三人が心配げに寄り添っていたが、シルディは衛兵隊の仕事で、ヒミカは師範代の仕事で後ろ髪引かれる様子で部屋を後にし、クロネだけが残った。

 

 無くなった右腕をじっと見つめ、あのお祭りの日を思い返す。やはりどう考えても、あれは夢では──

 

「クロネ」

 

 名を呼ばれ、顔を上げる。

 

 湖面のような青い瞳が、じっとクロネを見上げている。

 

「もうすぐ教えるよ」

 

 だしぬけな言葉に、首を傾げた。

 

 教えるというなら、もうたくさんのことを教わっている。剣術、勉強、人付き合い、家族のような友だちのこと。たくさん教わり、貰っている。これ以上何を教わるのだろう。

 

「お前の、親の仇のこと。お前に殺されるべき人間のこと」

 

 頭の中が白く染まり、心が急速に冷えていった。

 

 親の仇。唯一の肉親を殺した許せない相手のこと。教えても返り討ちにされるから、強くなるまでは教えないと言われていた。

 

「そうだな、一週間後。日の出前がいい。誰にも見られず、裏庭にこい。知りたいことを全部教えてやる」

 

 唐突だが、覚悟はできていた。深く、強く頷いて部屋を出る。ケガをした先生に、煮えたぎる殺意を間違っても向けないように。 

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