プロローグ
私にはすべてが見える。
あの皆が輝いていた美しい日常を、皆で机を囲んで朝まで議論をした楽しさを、酒の強さを競って全員が二日酔いで仕事が進まないと嘆いたことを、私たちが全力で信念をかけたあらゆる戦いの行方を、本懐を遂げることが叶わず死んでしまった王の死に場所を、私たちのドロドロでありながらも確かに抱いていた宝物のような恋の終わりと皆で誓った明日への願いの崩壊。
騎士たちが剣を抜く瞬間も、彼が僕たちを置いていなくなった喪失も、ブリテンが燃える日も、すべて、すべて。
……はずだった。
私には千里眼がある。現在のありとあらゆるものを見透かすことができるし、誰もが尊敬するほどの魔術の腕を持っている、それを基に人を解釈して脚本を書くこともできる。
私は凄い魔術師であり、物語の観測者であり、設計者であり、そう──本来であれば誰よりも「知っている」はずの存在だった。
けれど、彼だけは違った。
ラグネル──彼は私の視界の外にいた。
存在しているのに、解釈できない。
解釈しようとすればするほど、言葉は指の隙間から零れ落ちる。
そのくせ彼は、私の興味を惹きつけ、王を動かし、魔女の心を捉え、ブリテンの未来を変えてしまった。
彼のような人間を私は他に知らない。
初めは不快だった。
私の掌の上にない存在など、誤差かノイズにすぎないはずなのに、私にとって人間とは解釈できて然るでき存在でしかなのに、
なぜか彼の一挙手一投足は、物語の核心に迫ってきた。
私は観測し続けた。執拗に。いや、愚かにも、か。
その終わりが「見えない」ことに気づいた時には、もう遅かった。
彼の死によって世界は狂った。
ヴォーディガーン──滅ぼされる間際の邪竜が吐いた呪いは、
もともと定められていた「人は生まれたらいつか死ぬ」という因果を、
「人は生まれたら三日で死ぬ」という無惨な短縮に変えてしまった。
世界が終わるというのは、何かが大きく壊れるのではない。
「未来を語るに値する人々が消える」ことだ。
ブリテンはそこから崩れていった。
王は死に、魔女は道半ばで力尽きる。
私は──アヴァロンに封じられた。
何もかも見ていたのに、何も変えられなかった罰なのだ。
それでも…愚かにも、愚直にも、この目から見える人々を解釈し、
私は脚本を書き続けている。
人のいない楽園から、もう届かない物語を。
……あぁ、それにしても。
こんなにも感傷的になってしまうとは…
「ラグネルの顔をもっとしっかり、見ておけばよかったなぁ。」