黎明は過ぎ、逢魔時が訪れる。
ラグネルはマーリンの自室の前に立っていた。
ラグネルは泰然とした態度でドアをノックする。
「ラグネルだけど、来たよ。」
「ああ、来てもらって感謝する…ラグネル。丁度こっちも紅茶の用意が済んだところなんだ」
そう言いながらマーリンはドアを開けてこちらの入室を促した。
(こいつ…ただティーパーティーをするために俺を誘ったわけじゃないよな…いやありえないな。)
そんな取り止めないことを思案しつつ彼は席についた。
マーリンは紅茶をテーブルに置いてラグネルと対面に位置する席についた
マーリンは紅茶に手をつけて自身が淹れた紅茶を楽しむ。
「う〜ん、やっぱりこの紅茶の葉はいいねこの香りと喉越しに後味のスッキリさ…やっぱり飲んでてストレスのない紅茶ほど素晴らしいものはないだろうさ。」
ラグネルもマーリンが絶賛する紅茶が気になるのか一口飲んでみようとカップに手を伸ばした。
一口入れた瞬間ラグネルは驚愕した。
(……なんだ、この紅茶は今までこんな不可思議な紅茶、飲んだことも聞いたこともないぞ。…まさかブリテンではなく異国の茶葉なのか?だが原産地なんて後からこいつに聞き出せばいい、それよりもこの紅茶の香りと喉越しは何だ…やっぱり高価な茶葉故にもつ特越した力が俺の五感を振るわせるのか?それに何と言ってもこの後味の良さのなんたることか、この後味を味わうだけで大抵の人間は己の全財産を叩いてでも買ってしまうだろう。さながらこの紅茶はブリテンにとってアヘンになるであろう劇物だ。……しばらくは他の紅茶と比べてしまうだろうな)
「随分と気に入ってもらえたようだね、用意した甲斐があるよ。」
マーリンは人当たりの良さそうな顔で言う
ラグネルは先程までの痴態を恥じ襟を正すように本題に写ろうと提案する。
「こほん。…それでマーリン、お前はこんなティーパーティーをするために俺を誘ったのかい?だとしたら随分と寂しがり屋なのかい、花の魔術師様はさ」
マーリンは苦笑しつつ答える。
「それもアリだけど、今日は違う。
単刀直入に聞こう、最近のアルトリアの変化、私への悩みの相談それらは主に君が原因じゃないのかい?だからこそ私は君に問いたい…君の真意を。」
ラグネルは目を細めていつもの飄々とした態度を下げて真剣な顔をする。
「ふ〜ん、やっぱりアルトリアはお前にも悩みを打ち明けたんだね。…まぁいいさ、確かに…彼女が悩みを患ってしまう『疑念』を植え付けてしまったのは俺だろう。」
「植え付けてしまった?『植え付けた』の間違いだろう。」
「いいや、『植え付けてしまった』と言う表現の方が正しいだろう。何せ彼女の本質は王だからね、俺がどれだけ反論しようとこじつけじみた言いがかりをしようと…所詮それらはタネのまま芽吹く可能性なんぞ欠片もなかっただろう。
…けどさマーリン、知ってるかい下手な肯定ってさ逆に疑念を増やしてしまうんだぜ、だからこそお前はあの日相談された時に半端な慰めではなく強烈な現実をぶつけるか思考停止寸前まで肯定するかのどちらかをやるべきだったんだ。
だけどお前は自身の欲に流れて中途半端な慰めをしてしまった。つまりだこの一連の事象には俺だけではなくお前にも一因はあるってことだよ。」
マーリンは心底驚いた顔をしながらラグネルの話を処理しようと脳を急速に働かせる。
「……確かに、私にも一因があることは認めよう。だが……それでも…アルトリアの疑念は本来芽吹くことのないタネだろう、なのになぜ…それが芽吹いてしまったんだい?」
「そんなの単純に『彼女のエゴ』だろうさ。そう…きっとそうだ彼女の精神は本来王として完成されている、それを崩すことなんて並大抵のことでは不可能だろう…それは俺たちにも当てはまる、なんせ俺たちでも『疑念』と言うタネを蒔くだけで芽吹かせることはきっと不可能だろう…だけどさマーリン、お前は人でなしだから理解しにくいだろうけどさ、人ってどれだけ誘導されてこうあるべきだと型にはめられようとさ…『エゴ』だけは…『自由意志』だけは抑えることなんて不可能なんだ、だからこそ『彼女のエゴ』はその疑念を消していけないと抑制していけないと無意識のうちに『思考』という恵みの雨を降らせていたんだろうね。…つまりだマーリン、アルトリアはもうお前が考える理想パペットじゃなく苦悩して明日を求めるただの……ただの…『人』なんだ」
マーリンは愕然とした表情で肘をテーブルに置き額を拭うように添えた。
「……そんな…なら……ならば!!私求める理想の王は…」
そんなマーリンの慟哭を遮るようにラグネルはテーブル越しにマーリンの胸ぐらを掴んだ。
「だいたいさぁ!、お前と初対面の時から感じてることだけど……お前、いつまで観客席でふんぞり帰ってるんだい?」
マーリンは唖然とした顔でただただラグネルの顔を見つめることしかできない。
「もう、君が思い描く『アーサー王伝説』は既定の路線から外れて未知の航海に赴こうとしているんだ、それにも関わらずにお前は子供が駄々をこねるみたいに必死にしがみつくように理想の『アーサー王伝説』に執着してさ……いつまで夢想に浸るつもりだい?夢魔ともあろう君が、夢を操作するものがその夢に囚われているようじゃあまりにも皮肉が効き過ぎているだろ。……だからさ…」
そう言って彼は深呼吸を数回して口を開く。
「だからさ…いい加減『現実』に戻ってきなよ。このブリテンは『本の中の世界』なんかじゃない…今を生きている人・植物・空・世界が織りなしているただただ俺たちが大地を踏みしめる世界の延長線上の『現実』なんだ。お前だってそうだろ……夢魔の特性は書籍をひたすら漁って調べたさ、お前が自身の感情を認識することが困難なことも人間の感情を摂取することでその感情を自身に投影して感情を演出することだって、だけどそれを行うにはただ『見る』だけじゃ不可能だその感情が発生した原因と経緯を理解して初め摂取することができる。つまりはさマーリン…お前は自分のことをよく人でなしっていうけどさ、お前の方がよっぽど人間性が溢れてるよ……なんせ本当の人でなしは人の感情を理解するなんてことをしないからね。……すまないつい取り止めのない話になってしまったが結局はさ千里眼を持ってようとどれだけ深く広く客観視できてようがさ、お前は今を生きる人なんだよ。」
マーリンは絶句していた、彼にそんな温かくも背を押してくれるような言葉を授けてくれた人なんていなかったからだ。だからこそマーリンはただただ彼の言葉を受け止めるだけで精一杯なのだ。
そんなマーリンの様子にラグネルは、少なくとも流されてるわけではないと思いもう少しぶつけてやろうと思い口を開く。
「そもそもの話さ君って『理想のアーサー王』を書きたいんだろう、ならさそれを書くためにアーサー王だけに視点を向けるのは少しおかしな話だろう、何せアーサー王を書くってことは即ちブリテン国を書くことと同義だろう?ならさ、アーサー王だけではなくケイや仲間たち…そしてお前もさ、みんなを『解釈』して書き連ねることで初めて『アーサー王物語』が生まれるのさ。……ちなみに俺を『解釈』しようなんて思わない方がいい、なんせ俺ほど複雑難解な人間はそうそういないだろうからね。…長ったらしくなったけどつまりはお前も入ってようやく執筆ができるのさこの『アーサー王物語』はさ、それにお前はあくまで作家であり、そしてこの物語を評価するのは後世の人々であるべきなんだ…でないと所詮は自己満足で終了さ…そんなオチ嫌だろ。」
マーリンはやっと彼の話を飲み干せたのか苦笑しながら答える。
「確かにそんな三文芝居で終わらせるのは大変遺憾だ。だけどね真の『アーサー王伝説』を書き切るためには一番『解釈』しなければいけない人がいるだろう」
そう言って彼はラグネルの目を見て話す
「そう……君だ、ラグネル…君こそがこの物語の鍵なんだ。私の目を持ってしても解剖できなかった君……あの頃は理解できなかったが今ならわかる。君は人間性の化身だ、君を理解することは人間の不条理さを理解するということだ…そんなもの並大抵の人ができるわけがない。……だからこそ私はこのウチから湧き出る好奇心を抑えずにはいられない、君という人間性の化身を……いや君そのものを『解釈』したい、いや必ずして見せようどれだけ時間がかかってもね。」
マーリンはそう言い切った。
ラグネルはマーリンの急変した態度にため息を吐きつつ応えた。
「ハァァー…別にこっちだってお前を『解釈』したんだそっちが『解釈』してこようと文句は言えない。だけどせめてある程度常識に沿ってくれよ、たとえば食事に誘うとかね。」
「しっかり言質はとったよ!!いや〜なんだか柄にもなくワクワクしてる自分がいるぞう〜」
ラグネルはマーリンの態度に再度ため息を吐きながらも
(今の方が前よりも遥かに人間味があるな)
と考えつつ黎明が訪れるまで彼らの会談は終わりを迎えなかった。
後日ラグネルはガチガチに緊張したさながら初恋を患ったような生娘のような態度のマーリンから食事の誘いを受けたのであった。
ちなみにマーリンは普段なら誰とでも食事をしますし平気な顔で誘えます。けれどラグネルとの食事はいわばプライベート中のプライベートであり『花の魔術師マーリン』としてではなく『素のマーリン』として誘ってるからこそ今まで『花の魔術師マーリン』として培ってきた対人能力を引き出せず本来の『素のマーリン』という対人能力小学生止まりのスペックで断られる恐怖や不安を噛み殺しながら勇気と度胸を振り絞って意中の『彼』誘うことに成功したわけです。