彼女はその場でただただ茫然自失に立ち尽くすことしかできなかった。
何せ彼女は無意識にだが彼の側に入れるのも、彼のうちに秘められし理不尽のような性質を理解できて受け止めれるのも自分だけだという自負があると感じていた。
此度の彼女が抱いている彼に対しての居心地の悪さの原因は彼女の優柔不断さに一因があるだろう……しかしそれでも……それでも…彼があのような呆れ顔をしつつもマーリンとの会話を楽しんでいる…まるで同年代の親友と談話するように。
彼女はラグネルとの付き合いは誰よりも長く濃密だと自負している……それでも彼のあんな顔は見たことは今の今まで見たことも聞いたこともなかった。
彼女は突如地に足が浮いたような感覚に陥った。
彼との今までの関係はただの私の独りよがりだったのでは
彼は私と話しているときにどんな顔をしていたか
もしかしたら彼は私を嫌悪しているのでは…何せ彼は幼い頃から現在までひたすらに理不尽な意見を言ってくるのだから
彼女は底が見えない深淵のような自己否定を孕んだ疑念のドツボにハマっていった。
しかし彼女が唯一理解していることがある……それは彼との関係を現状維持のまま放置していたら最後マーリンに全て掠め取られ、私が介入する余地がないほどに完成してしまうことだった。
しかしここで足を引っ張ってくるのがあの日の問答だ、彼女はその時の中途半端さが原因で今も彼に対しての居心地の悪さを抱いてしまい、これが彼との関係性を発展させようとする足を竦ませているのだ。
だがふとマーリンとラグネルが座っている席に視線を送ると……彼女は見てしまった。
マーリンがラグネルに寄りかかりそして自身の手をラグネルの手に重ねているところを。
ー彼女は先程までの思考が全て吹き飛んだ。
今の彼女の脳を支配しているのはただ一つの問いだ
(なぜですか…)
彼女の脳は眼前の光景を認識してはいけないと訴えていた。
しかし彼女の生娘みたいなピュアな心は否が応でも認識してしまう彼が……マーリンがラグネルに対して好奇心を超えた並々ならぬ感情を抱いていることに。
彼女は先程まで抱いていたのが可愛く見えるほどのとてつもない恐怖心と喪失感に襲われた。
私に向けていた捻くれながらもどこか楽しそうな、それでいて私のことを……世界で一番気にかけているであろう彼が……私から離れて別の誰かを支える。
そんな考えに思い至ってしまった瞬間。
「かひゅ」
彼女の口から乾いた息が漏れてしまう。
しかし時は無情にも彼女を置いて進んでいく。
どれだけ眼前の現実を拒もうと否が応でも認識してしまう彼女の脳に……新たな爆弾が投下された。
「こっ、こっここ今度さ私が見つけた穴場の本屋に行かないかい?そこには目新しい本がかなりあってね。
君が興味を持ちそうな本だってあるだろうからさ……一緒に行かないかい?」
彼は少し顔を赤くさせて不安を押し込めて勇気を振り絞って誘いを持ちかけた
ラグネルは少しの思案を経て快く承諾した。
「珍しいねお前から事前に約束を取り付けようとするとは、偏見だけどお前っていつも当日に知らせてくる奴だと思っていたからさ。それにしても本屋か、しばらく行ってなかったからね正直かなり楽しみだよ。まぁそれとは別にお前と出かけるなんて多分これが初めてだろうしね、楽しみにしているよお前のお出かけ計画。」
マーリンは彼の言葉を聞いて無意識にだが床に花を咲かせてしまう。
「もちろんだとも!!君に夢のようなひと時を届けることを約束しようじゃないか!」
アルトリアはこの一連の会話を認識した瞬間、思考すらすてひたすらに本能のままにラグネルの眼前まで歩みを進めた。
彼女はマーリンの制止の声やラグネルの動揺すら聞こえず…ただただ伝えることを伝えるために口を開く。
「ラグネル、今夜私の部屋に来てください。
あの日の問いに答えます。」
そう言い去って彼女は自室へと一直線に戻っていった
「おいおい、あれじゃブリテンの王じゃなく魔猪の王だね。」
マーリンは神妙な面持ちを去っていくアルトリアに向けながら独り言を言う
「アルトリア……君も人間なんだね。」