アルトリアside
「…まずは謝罪を、すみませんでした。
あなたに気付かぬうちに疑念を抱かせていたことも私の中途半端さのせいであなたを傷つけてしまったことも併せて私に責があります。」
そう言い切り私は彼に向けて頭を下げた。
少しでも彼に誠意が伝わるように、彼の溜飲を下げるように。
あれから何分だっただろうか。
突然私の頭上から息を呑む音が聞こえたと思ったら数秒後には彼のため息が聞こえた。
「君の謝意は確かに伝わった、だからいい加減頭を上げてくれないか。
何せ未来のブリテン王に頭を下げさせたなんて周りに知られたら処刑確定だ。」
私は確かにこれではいつまでも本題に入らないと思い頭を上げて彼に感謝を送る。
「ありがとうございます。」
彼はさっきまでの動揺が夢だったかのように平然とした顔をしていた。
「そもそもだけどあの一件は何も君だけが原因じゃない、俺もまた急に質問を投げかけたことや君に急速な答えを求めてしまったことなどの要因があるからね。
だからこそ本来時間を置いて解決するべきことを怠った俺に原因の天秤は傾いているだろう。
……すまなかった。」
そう言って今度は彼が頭を下げた。
一瞬眼前の事実に思考が飛んでしまったが、すぐさま意識を呼び戻した私は慌てて彼に頭を上げさせる。
「確かにあなたにも原因はあったでしょう…ですがそれは私も同じです。
故にこの場を持って解決したことにしませんか?」
頭を上げたラグネルは思案顔をしたと思えば自身の中で納得がいったのか私の提案に頷きで返した。
「君の言う通りだ、この話はどこかで着地点を見つけなければ永遠に平行線を辿っていたからね。……さて、場は整った事だし…改めて聞かせてくれないかい?」
彼の顔は私が知らないかつてないほどの真剣味が帯びた一個人としての『ラグネル』が現れていました。
私は彼が私に対して真摯に向き合ってくれている事に深く感謝しながらも、私のこれまでの苦悩や苦痛、歓喜や独占欲など…私の全てを振り返り、そして見出した答えを彼に伝えるべく口を開く。
「まず、なぜこの回答にたどり着けたのかそれまでの過程から話させて欲しい。」
私はこれまでの過去を一つ一つ、今でも鮮明に思い出せるそれらに愛しさを覚えながら、なぞるように言の葉を紡ぐ。
「幼い頃、私はあなたがとてもいじわるな子供だと思っていました。
何せ貴方は私が理想を語る度にあれやこれやと反論していつも言い合いに発展していたのですから……ですが今にして思えば貴方は私の意見に反論してくることはあれど一度として頭ごなしに否定したことはなかった。
寧ろ貴方は私の理想に一定の理解を示していた…だからこそ貴方は私が自身の中で完結しないように常に反論してくれていたのではと考えてしまいます。けれど幼い頃の私は無意識にですが貴方をどこか心の拠り所にしていた気がします。」
彼は依然として沈黙を貫きながらも彼女の話を一言一句逃さまいと真剣に聞いている。
「当時の私は、まだどこにでもいる普通の夢見がちな少女でした。
…ですがマーリンとの出会いを転機に普段なら絶対に勝てないであろうケイ兄さんに勝利し、大人顔負けの能力を得てしまったせいで私が見ていた世界は……酷く色褪せてしまった。何せ誰もが私をただの少女としての『アルトリア』としてではなく将来有望な騎士になるであろう『誰か』としか見てくれない……確かに能力がついたことで今までの夢物語のような理想が地に足がついたような、手を伸ばせば届くかもしれない期待感が生まれたことは事実です。
しかし私は『本当の自分』と言うものがわからなくなってしまった。どれだけ高尚な目標を掲げようと…私の精神が追いついていないのではたちまち理想は自身に牙を向いてしまうというのに。」
ラグネルは沈黙を保っている。
「……ですが、私は今思ってもこのブリテンにおいて最も幸福な人間だと確信を持って答えれます。」
ラグネルは穏やかな声で質問した。
「それはどうしてだい?」
「……だって、貴方がいたのですから。
当時の私の周りは皆が『私』を見てはくれなかった。
しかし貴方は……貴方だけは私を『私』として見ていた。
周りが現実を強制して理想を頭ごなしに否定してくる中貴方だけは私の理想に理解を示した上で反論と言う共感を超えた『対話』をぶつけてくれた。
私はそれがたまらなく嬉しかった。
どれだけ理不尽で捻くれていてもその根底には確かに私への理解があることを感じ取れたのですから。
それに、覚えていますか?あの日の夕食を賭けて剣で模擬戦をしたことを、あの一戦は貴方の勝ちで終わりましたが、私は負けてもなお充足感が満ちていました。
まだ私は誰かと昔のように剣で競うことができると思うとその日の晩はなかなか寝つくことができませんでした。
他にも貴方はいつも彼方此方の森で迷子になる私を見つけては運んでくれましたよね。
不思議にも貴方の体温は心地よく安心できる温もりを感じました。
…他にも鮮明に思い出せる思い出は数え切れないほどあります、ですが確かにこれだけは言える。
私は貴方がいたことで孤独を忘れる程に幸せでした。」
ラグネルは顔が赤くなるのを必死に我慢しつつ平然とした顔を維持していた。
「それは現在でも同じです。
私はマーリンやケイ兄さんなど様々な同士を得ることはできました。
ですが、貴方は一貫して私の意見に対して反論を返してくれる、それに私は酷く『私』を感じることができるのです。周りが私を理想化しようと貴方は私を等身大としての『私』として見てくれる…私は今も貴方に救われているのです。
それに貴方は私が見失っていた理想を再び拾う機会をくれたどころか私の理想をより強固なものにしてくれた。
だからこそ私は貴方がそばにいるのならこの我欲に濡れた理想も果たせるのではと思っていました。
……ですが、これは私の慢心だったと嫌でも認識しました。」
ラグネルは静かに聞いている。
「あの日私は貴方とマーリンが仲睦まじそうに過ごしている所を見てしまいました。
…その瞬間頭が真っ白になり意識が戻った頃には強烈な危機感を感じました。『貴方が別の誰かの側に行くのでは?』この言葉がひたすらに私の脳を占めました。そして貴方とマーリンの距離の近さに激しい嫉妬心に駆られてしまった。……私は貴方がマーリンとあんなにも関係を深めていることなんて知りませんでした。
確かに私は周りの女性と比べて少し貧相な部分があると思います…しかし私と貴方の関係性は決して簡単に裂けるものではなくこの選定の剣を持ってしても切れないものだと自負しています。
……しかし不安と焦燥と嫉妬が私にもしかしたらを想像させてきます。
『彼が私に見せていた顔は全て演技だったのでは?』
『もしかしたら彼は私に嫌悪を抱いているのでは?』
など取り止めのない考えばかりが浮かんでは沈むを繰り返すばかり、ですが疑念の渦に沈んだ中でふと思い出したのです。
あの日の貴方からの疑問が、私は直感的にわかりました。
私は彼の全てを側に置きたいのだと、この思考に辿り着いた瞬間脳が透き通るような、ある種の真理に辿り着いたような感覚を感じとりました。」
ラグネルは何も言わずに彼女の顔を見る。
「だからこそあの日の回答を言います。
私は貴方の特異なる人間性も貴方の捻くれていてもどこか優しさが隠せない『貴方自身』も全てひっくるめて『私』は『貴方』を頂きます。」
彼女は決意を込めて言い切る。
ラグネルは顔から滲み出す赤みを逃すように答える。
「……よくもまぁ、そんな歯の浮くようなことをスラスラと言えるね君。」
黎明は未だ揺り籠で揺蕩う