アルトリアは先程の彼が起こした一連の動作に激しい激情を抱かずにはいられなかった。
何せ彼女にとって頬にされたとはいえ基本キスなんてされることもましてやする度胸すらない、15歳の彼女にとって彼の親愛と決意が籠った口付けはとてつもなく刺激が強すぎたのだ。
ここで一つ明言していこう未来のブリテンを統べる若き王アルトリアは処女だ。
彼女が処女であることに特段不都合があるわけではないが……王位継承権は度外視するとしてだが……だが彼女は処女であり同時にピュアピュアの生娘だ。
いくら精神的に王として完成していようと彼女は処女だ、だからこそ身近な異性が自身を慮って行動しあまつさえ自身に全てを預けると宣言してとどめには頬に口付けを送るなんて……こんなことされて自身に気がないと思える女性が果たして何人いようか、いやいない全員が勘違いしてしまうのは自明の理だ。
ここで少し補足するとだが彼…ラグネルを一言で表すとするならば『理性の淫靡』だ。
理性の淫靡…これは傾国と似て非なる概念である、傾国は人々にとって国を傾けてしまうほどの妖艶な美女を思い描くだろう……しかし理性の淫靡は『国』ではなく『人』を堕とす、そんな退廃的で煽情的な……けれど不思議と周りを誘惑する…さながら創世記に記されるような『蛇』であり『知恵の果実』のような禁忌的な存在感を宿している、それが彼の本質だ。
だからか、彼はたびたび周りからいやらしい視線を受けている、これはマーリンやアルトリアも例に漏れない。
しかし彼は男だ。
男性器だって生えている。
しかし彼の容姿は仄かな筋肉を宿していながらも周りと比べて圧倒的に華奢な体であり彼の容貌は妖艶さを隠そうともせずその知性に溢れる眼はひたすらに現実という世界に目を向けているという。
こんな属性もりもりの青年に未だ年端もいかないアルトリアの思い描く男性像はそれはもう完膚なきまでに粉々に砕け散った。
現代風にいうと性癖が捻じ曲がってしまったのだ。
だからこそアルトリアは決意する、必ずやかの妖艶満ちる果実のような青年をわからせなければと。
(……彼は、わざとやっているのでしょうか……いえ彼は真剣でしょう、真剣に私と対等でいようとあの行為を行った。
…………誘っているのでしょうか?確かに私は未だ殿方と…そ、そっそそ、そういうことはしていませんが、ですが実戦は知らなくて知識としては大人たちと引けを取らないほどにあると自負しています。
……今は彼と私の二人きりやるには絶好の機会ですよね、大丈夫ですラグネル私は甲斐性はある方ですのであなたの全てを抱くなんて造作もないことです)
アルトリアが内心とんでもない計画を練っている中ラグネルは彼女が発している危険な気配を感じ取り早急に話題を出すべきだと判断して口を開く
「さて、随分と長く話し合ったけど……締めの言葉としてこれを送らせて欲しい。
アルトリア、君はこれからより深い不条理を……人間性という国すら滅ぼしかねない存在と否が応でも対面することになる、、だからこそ、もし本当に辛いと感じることがあったらならその時は……『逃げ』ても構わない。
けれど残酷なことに君はどれだけ『今』から逃げようと『時間』は君を離さない、けれど幾許かは君を『王』から『少女』に戻れるようにすることだって不可能ではない。
だから……だから本当にしんどくなったら教えてくれ」
彼は沈痛な面持ちでアルトリアに眼を見る。
アルトリアは先程まで抱いていた邪念が吹き飛んだと同時に深い忸怩たる思いが湧いて仕方なかった。
アルトリアは深い深呼吸をして心を落ち着かせてから応える。
「ありがとうございますラグネル、あなたのその優しさは私を救ってくれた。
……だからこそ私は逃げるわけにはいかない、私のためにも民のためにも『逃げる』わけにはいかないのです。」
アルトリアは確かな決意を込めて応える。
ラグネルもまた数度深い深呼吸をして心のうちに湧いてきたものを飲み干して応える。
「……君のその生真面目さは今に始まったことじゃないが…いいさ今回は俺が折れよう、けど勝手に壊れることだけはやめてくれよ」
アルトリアは少しクスッと笑ってから穏やかな顔で答える。
「その心配には及びません、何せあなたが側にいるのですから」
ラグネルは面食らった顔をしてからフッっと笑ってから席を立つ
「その図々しさがあればやっていけるさ。
それじゃ、もうこんな時間だし俺はそろそろ退席するとしよう。」
そう言いながら彼は玄関に向けて歩みを進める。
アルトリアは反射的に声を掛ける。
「あっ、あああの!!」
ラグネルは少しビクッとした
「おやすみなさいです!!ラグネル!!」
彼は穏やかな顔で応える
「ああ、おやすみなさいアルトリア」
そう言い残して彼は自室へと戻ったいった。
アルトリアは彼が去っていく背中を見ながら小さくガッツポーズを決め込む。
黎明は揺り籠の中から天へと縋る