それから幾星霜の時が過ぎーー定められしと運命は、再び動き出す。
ーー式典前夜
アルトリアは静まった個室にて沈黙に沈んでいた。
それは恐れであるーー自身の器を、可能性を推し量るための試練である
それは自棄でありーー既に退路は無く、眼前に広がるは暗雲に染まった欲
それは夢想でありーー尊き祈りが籠った、確かな願い
彼女の足は生まれたての子鹿のように震え
彼女の手は雀の羽根のように震える
彼女は王だ。
王の威光とは不安とは対極に位置する。
不安とは個人で完結せず瞬く間に民に伝播する、だからこそ彼女は一欠片も出してはいけないーーどれだけの血涙を飲もうと。
彼女は王だ。
王とは隣人ではなく常に前を見据える先導者であり、人柱である。
彼女の言の葉は熱を産み、彼女の仕草は脈動を与え、彼女の涙は土壌を潤し、彼女の傷は祈りへと転化するーーその先にあるのが『徒労』であろうと。
彼女は王だ。
王に必要な資質とは何か、それは知性でも潔癖さでも統率力でもない、、『狂えること』だ。
民も騎士も国も何もかもを巻き添えに狂い果てれる者こそが『王』なのだ……だが既に彼女の精神は完成されしまっている。
そこに狂気というシミが滲む余地もなく、ひたすらに彼女は正気のまま国を統べるーーとうにスイレンで彩られた道程を歩んでいることに気付かずに。
彼女は王である……だが彼女は未だ少女でもある。
だからこそこんなにも深く、暗く、途方もないそんな底無しの濃縮された地獄から束の間の安穏を求めて亡者のような足並みで向かうーーそれは遠き空を求めて深淵でもがく只人のように。
気付けば彼女はとある者の私室の前に立っていた。
彼女はノックもせずに部屋に乗り込む。
部屋の住人である彼ーーラグネルはノックも無しに侵入してきた不届者に呆れの籠ったため息をわざとらしく漏らしながら目を向ける。
「こんな夜遅くにどうしたんだい?」
アルトリアは無言で彼が腰を下ろしている寝床の隣に『ドカッ』と腰を下ろしーー彼の胸板に頭を擦り付ける。
(…これは重症だな)
彼女の様子からそう判断するラグネルだったが、この程度で彼女の気が済むのならと思い彼女に身を任せた。
それから時は進みようやく落ち着きを取り戻したのか彼女はポツポツと呟き始めた。
「……不安なんです。
私が王になることで今よりもさらに酷く、暗く、嘆きに染まった国にしてしまうのではと……どれだけ期待を抱こうとそれらすら泡のように変えてしまう、、希望も熱も、、私自身すらも……私は王になれるのでしょうか。」
ラグネルは即席の紅茶を用意しアルトリアに手渡す。
「手の込んだものじゃなくてすまないね」
「……」
アルトリアは無言で「クピッ」「クピッ」と飲む
「さて、まず前提としてだが君はとうに王に『なれる』か『なれない』かの話は既に過ぎていてね、君にはもう王に『なる』という結果しか残っていないんだ。」
アルトリアは悲痛な面持ちで耳を傾ける。
「しかしだ、今の君に全くの選択肢がないわけじゃない。」
「えっ」
アルトリアは反射的に返答する。
「君には二つの選択肢がある。
一つはブリテンからの逃走ーーもう一つは全てを飲み込み王に座す。
両者にはある共通点があってね、それは『後悔』があるってことさ。」
「……それは選択と呼べるのでしょうか。」
「ああ。これも立派な選択さ、、『後悔』には『質』と『方向性』があってね、当人の精神状態や環境に大きく依存する部分があれど、それには大きく二つの性質がある。
それは『自身を溶かす』程の質量なのか、はたまたは『生命すら破滅させる』程の方向性が宿るのか。これらに際限はなく、無尽蔵に湧いてでる一つの呪いと呼ぶべきものさーーだけどね、これの本当に恐ろしい所はね『未来』に内在しているというある種の因果関係がある所さ。」
「…なら駄目じゃないですか」
「これは例え話だが。過程として、もし君がこのブリテンを置いて逃げたとしようーー君は『放棄した後悔』という十字架を背負って無意味な日々を過ごすだろう。
はたまたこれは少し先の話になるが、君が王になりこのブリテンを統べたとしようーー君は『自身の浅慮と裏切りによる後悔』を噛み砕いてひたすらに歩み続けるだろう。
……これは自論だが、後悔というものは必ず訪れるものだーーそれがどれだけ最優最適最善な選択であってもね。
だからこそ人間は『マシな後悔』を選んで進むのさ……例えそれが茨の道であろうと」
「なぜ、貴方はその先に後悔があるとわかっても尚歩き続けられるのですか?」
「それは『納得』があるからさ。
あるいは『妥協』と呼んでいいかもしれないーー個々人にとってどれだけその選択が最優最適最善であろうと、それは世界にとって一つの可能性に過ぎず特異点に足る程の質量には至らないものだ、、だけどねその選択には確かな意思が、『納得』が宿っている。
究極的に人生とは常に選択の連続だーーしかしそれは悲しみで綴られた立て看板じゃない、、『納得』という意思によって彩りを綴る可能性が込められた棒占いなのさ。
ーーさて、長い講釈を垂れてすまなかったね……あとは君の意思だ」
アルトリアは熟考を重ねるーーそれは無窮の回廊を直走る様に、、輝きに魅入られた幼子がそれを求めて天に縋る様に。
彼女は思考が整理できたのか、いつもの凛々しい顔つきに戻っていた。
「……ありがとうございます、ラグネル。」
短く、だが確かな誠意が籠った声音で感謝を伝える。
「ああ、そうだった。明日は宴会があるからね」
ラグネルはそう付け足す。
アルトリアは微笑する。
「ふふっ、なら明日は休めませんね。」
そう言って彼女は「おやすみなさい」と言い残して部屋を後にした。
ラグネルは1人ごちる。
「彼女の道にガーベラが咲き誇る事を願わずにはいられないね。」
それからとんとん拍子に物事は進んでいった。
アルトリアは無事に王に就任し、その地位を引き継いだ。
即位式当日
マーリンは謳うように促すように寿ぐ
「この剣は、大地の沈黙より鍛たれ、
風の祝福を受け、いにしえの誓いと共に汝に託されん。
光あれ、王たる者よ――この剣をもって、汝は民を導く者となる。」
アーサーは剣を両手で受け取り、空へ
「この剣を掲げ、我は誓う。
剣を持ち、我は民の楯たらん――王たる責務、この身に刻む。」
その瞬間、空が鳴った。剣が光を裂いた。
ブリテンは、その日、王を得た。
その日以降、アーサー王率いる円卓の騎士、その他数多の騎士は反乱分子の処理や内政の引き継ぎなどをつつがなく済ませる。
怒涛の日々を乗り越えた彼らはようやっと落ち着きを得られたのか、束の間の平穏を享受していた。
とある日の朝方、ラグネルはいつものように朝食を摂ろうと食堂へと向かう。
しかし珍しい事に警備の騎士だけでなくマーリンや円卓の騎士までもが食堂にて一堂に会していた。
ラグネルはそんな珍しい光景に瞬きを数回繰り返した後々彼等のテーブルへと乗り込む。
「やあ、いい朝だねみんな。それにしてもこれは一体どういう状況なんだい?」
彼に気づいたマーリンが状況を説明する。
「今朝からアーサーの姿が見当たらなくてね。それを不審に思った彼等がアーサーの部屋を確認しに行った際にこんな置き手紙があったのさ。」
『すこしあるいてきます。』
ラグネルは失笑する。
「つまるところ行方不明ってわけね」
アルトリアが家出をした