アルトリアは静かに瞼を開く。
アルトリアは朝が好きだった。特に黎明がもたらす眠りと目覚めの境界、未だ眠気に陥っている世界を覗く淡い光が風と共にアルトリアに新鮮で心地の良い覚醒を導いてくれる。
アルトリアは朝が憂鬱になった。彼女にとって睡眠は義務になり、目覚めは無価値に堕ちた。朝陽は彼女の薄暗く陰鬱とした気怠さを助長し、世界の吐息は彼女に孤独を囃し立てる。
彼女は目覚めから直様そこが自身の自室でない事に気付く、しかし彼女は未だ脱力感に囚われたまま、再び瞼を閉じようとするーー全てを投げ出すようにーー「不貞寝とは、まるで稚児だな」
アルトリアはモルガンの言葉を無視するように寝床にて体を丸める。
モルガンはそんな姿に呆れたのか簡潔に要件だけを話す。
「朝食を用意した。食べるなら降りてきなさい。」
そう言い残して彼女は去る。
ポツンと一人残された彼女は再度瞼を閉じようと寝床に身を預けようとしーー「くぅ〜」ーー体は正直である。
彼女は逡巡の果てに寝床から離れ、簡易的な身支度を終えて下へ降りる。
「カチャカチャ」「もきゅもきゅもきゅ」「コキュコキュ」
アルトリアは一通り食べ終えたのかおかわりを催促した。
「おかわりください。」
モルガンは食後のコーヒーを飲みつつ、呆れ果てながら答える。
「それで最後だ。……貴様、朝にこれ以上の量を求めるとは……ハッ、豚だな」
「ふん、私は孤高のライオンです。それにいつの世も王とは大食いなのです。」
アルトリアは食事を摂ったこともあり段々と調子を取り戻しつつあった。
アルトリアは水を一飲みする。
「朝食、とても美味しかったです。ありがとうございます。」
そう言ってアルトリアは頭を下げる。
モルガンはそんな彼女の姿を訝しむ。
「ふん、ついでで用意したに過ぎん。それにしてもだが、貴様なぜ一才の疑いも持たずに料理に手を出した?一国の王がそれ程に無防備では貴様の死も時間の問題だな。」
アルトリアはなんでもないように答える
「私にはアヴァロンがありますから、毒や呪詛は効かないのです。
それに、用意してもらった料理に手をつけずに放置するのは私の流儀に反しますから。」
そう言ってアルトリアは穏やかな顔で答える。
モルガンは一才警戒心を出さないアルトリアに苛立ちが募る。
「貴様…死にたいのか?」
アルトリアは飲み終えたグラスを静かにテーブルに置く。
「私の生に意味はありません、私の代わりなんていくらでも用立てできるでしょうから。」
「ハッ、幼稚だな。そうやって不貞腐れていれば愛しの『彼』が慰めてくれると、吐き気がする。」
モルガンは嫌悪感を隠さずに謗る
「貴様のそれは逃避であって、断じて悟りなんかではない。
………あぁ、気持ち悪い、貴様の甘ったれた根性も、そんな貴様に馬鹿正直に語る自分すら気持ち悪くて仕方ない。」
「………言い返す言葉もない」
アルトリアはバツの悪い顔をしながら呟く。
モルガンはそんなアルトリアの姿により激情を燃やす。
「……貴様は王になるべきではなかったのだ。貴様の理想はさぞ周囲の人間を魅了して止まない極光の様な天啓だった事だろう……しかしその理想を抱く当人が自身が生み出した理想に押し潰されるなんぞ笑い話にすらならん。」
「……耳が痛いですね」
アルトリアは困った顔をする。
そんな彼女の様子にモルガンはまるで一人相撲をしている気分になり、そんな感覚に、酷く不快さを覚えて仕方なかった。
「……しかし、私もまた王位継承については一つ疑問を呈したい事がある。何故貴方が真っ先にこの王位継承権を剥奪されたのか。」
モルガンは語らない。
「私と貴方は双方とも同じ父を持つ、それにより血筋という問題は解決します。それどころか、貴方は私よりも早くに幾多の研鑽を積んできた事でしょう。……今にして思えば、ブリテン王の継承は私より貴方の方が適任でしたでしょう。」
モルガンは薄ら笑みを浮かべる。
「なら、私に王位を譲るのか?」
「いえ、それは出来ないーーいや、してはいけないのだろう。」
アルトリアは彼女の問いを切り捨てた。
「貴方は確かに私よりも統治者として優れている事だろう。……しかし貴方には熱が無い。貴方の統治は『現実』を直視し過ぎている。そこに『未来』への狂気は無く、最適化された政策と盤石なる軍部によって与えられる冷たい安穏でしか無い。……それでは『統治』では無く『管理』だ。
貴方は、『管理者』としては極めて優秀だーーだが『王』としては理性が強すぎる……貴方もまた王になるべきでは無い、何せそこには破滅という終わりしかないのだから。」
モルガンは呆気に取られながらも彼女の優れた頭脳は素早く情報を処理する。
「……はっ、はは、はははっ!!」
「貴様、随分と饒舌に語ると思えば私へのダメ出しとは……貴様舐めているのか?」
アルトリアは堂々とした佇まいを貫く。
「確かに、これはあくまで私の所感です。しかし貴方もまたどこかでそう感じる節はあるのではないですか?」
「不快だな、その何もかも見透かした様な言い草は。私こそが選ばれしブリテンの王なのだ。貴様の幼稚な理想と比べるなんぞ烏滸がましい。」
アルトリアは「はぁー」とため息を吐く。
「…これ以上は平行線ですね。……そろそろ私も帰らなければ。」
「ふっ、家出はもうおしまいか?」
「ええ、貴方と話していると否が応でも私がこのブリテンを統べる必要があると義務感がひしひしと湧いてきますよ。
……それに、貴方のおかげで思い出せましたーー私の『納得』を」
モルガンは彼女の未だ疲れを帯びつつもどこか清々しさを感じさせる顔にに少しの逡巡を経て答える。
「……そうか、、それでいつ出発する?」
「今すぐ出ますよ、何せ私は少しの間でしたがブリテンを放置した身、すぐに戻って謝罪をする義務がありますから、それにこれ以上私の『相棒』を放置してしまうと寂しさのあまりに死んでしまいかねないですから。」
モルガンは珍妙な顔つきのまま思考に耽る。
「改めてですが、貴方には感謝していますモルガン。貴方のおかげで私は再び決意の灯火を刻む事ができた、そして今ここに誓います。
私はもう逃げませんーー国からも、民からも、自分からもーーだからこそ、私は貴方に正々堂々と挑みます。このブリテンに灯火をかざすためにも。」
モルガンは彼女の決意に嫌悪感を感じつつ、結論を出す。
「そうですか、それでは行きますよ。時間は有限なのですから。」
アルトリアは彼女の言っている意味が分からず問いかける。
「行く?……まさか、貴方も来るのですか?」
「ええ、何せ今の貴様は行方不明者なのだからな貴様だけが帰って事情を話した所ですぐ解決とはいかないでしよう。故に私が発見者として彼らに事細かに伝える義務があるというもの。……まぁ、そんなものは建前に過ぎませんが。」
アルトリアは訝しむ様にモルガンを睨む
「…なら貴方の目的は何なのですか?」
モルガンは妖艶に微笑む。
「貴様が愛して止まない「彼」を見てみたいだけだ。
そら、行くぞ。」
そう言い終えたと同時に彼女はスタスタと歩き始める。
黎明はとうに地へと降り立った。