ブリテン解釈譚(完結)   作:ミルトントン

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3−6 涙と問い

モルガンside

 

私にはかつて偉大な父がいました。

 

彼は冷徹で打算的なけれどどこか童心を隠せない理想家。

 

けれど、私は父を知らない。

 

彼はどこまでも愛国者であり、王であったのだ。

 

私にはかつて高貴な母がいました。

 

彼女はお淑やかで優美な麗人。

 

けれど私は愛を知らない。

 

彼女はどこまで行っても一人の女であったのだ。

 

私は幼少の頃、父の勧めもあり修道院へ通っていました。

 

私はそこで魔術と呼称される儀式を知りました。

 

それは私の宵の世界に確かな黎明をもたらしました。

 

私は寝食を忘れ、ひたすらに魔術に傾倒しました。

 

そんな私に、父はささやかな祝福を授けてくれました。

 

父が斡旋してくれた、魔術師マーリンの指導の下、私は自他ともに認める程の技量を身につけました。

 

それから幾星霜の時を経て、幼かった私は死にました。

 

父は私に『ロット王に嫁げ』と命じてきました。

 

そこに私の意思はなく、気づけば私はガウェインを筆頭とした大勢の我が子を孕んでいました。

 

私は伽藍堂に還りました

 

束の間の時が過ぎ、父の訃報が私の元に届きました。

 

当時の私には一欠片の情動の機微もなくただただ「あぁ、死んだのですね」という漠然とした所感しか生まれませんでした。

 

しかし私のこの伽藍堂な心にも確かに宿るものがあったのです。

 

それこそが、かのアーサー王の就任式であり、同時に私の生誕でした。

 

私にはこの身を焦がす程の怨讐と、ブリテンを守護するための漠然とした使命感があります。

 

けれど、ある日を境に私にひとつの疑問が芽生えました。

 

『私は何者なのだろうか?』と

 

私はかのブリテン王の嫡子、モルガン・ル・フェ

 

これは間違いのない事実だ。

 

私は現ブリテン王国アーサー王を滅ぼす者、妖妃モルガン。

 

これもまた正しい、血縁、才能、資格どれを取っても私の方が相応しい。

 

私はこのブリテン王国を守護者、妖精モルガン

 

これも妥当だろう、生来、ブリテンは私の耳元にて囁いてくる、『救え』『殺せ』と

 

そして、空虚でなにも宿していない、生きているだけの生物、モルガン

 

私には意義も、大義も、決意も、情熱も、自己を自己たらしめる何かすらも……全てが外から貼り付けた虚像に過ぎず、私が真に自身の内側から生まれ落ちたものは一欠片も存在しない。

 

畢竟、私は虚無だ。

 

なら私とは何か、なぜ生きて、なぜ生まれて、なぜなにも宿せないのか。

 

そんな漠然とした疑問を抱いている中、いつもの監視用に設置していた水晶に一人の男が映る。

 

彼は澱みなく作業を終え、場の空気を整えるだけでなく、さりげなくアーサーに助言までして去っていったのだ。

 

確かに彼の所作には目を見張るほどのものがあるのは間違いないだろう。

 

だがそれ以上に私は彼の瞳に惹きつけられて仕方なかった、彼のあの眼差しは一才の期待を孕んでおらず、そこに理想、信仰、期待、何もかもが宿っておらずただただ、眼前の現実を直視するのみ。

 

もう鳩尾あたりが震え上がりましたね、私の直感とあの眼差しは間違いなく私の同胞であり、この理解し難い空虚さに共感してくれると。

 

それからは瞬きの間が過ぎ彼との二度目の再会によって現実の彼を見定めて理解しました、『彼は同胞』であるどころか、私の側に立ち私を支えてくれる者に相応しいと。

 

しかし彼の口からは私の予想を超えた発言が出てきました

 

『俺と貴方は同胞ではない』

 

私は我を忘れるほどの怒りに包まれました。

 

(貴方が、貴方が!それを否定するのですか!貴方ならわかるでしょう!共感できるでしょう!すでに知っているはずでしょう!あの孤独を!あの不透明さを!あの虚しさを!なのになぜ一番理解できているはずであろう貴方がそれを否定するのですか!)

 

私の激昂に対し彼は諭すように優しい口調で返してくる。

 

『そうです。貴方は俺と違い未来を見ている。自身がどれだけ空っぽであるか知っていながらも、動機が私怨であろうと、義憤であろうと、使命感であろうと、貴方はただひたすらに未来を、前を向いて走っているではないですか。……』

 

そこから先はうまく聞き取れなかったが、しかし私はなぜか『涙を流していたのです』

 

あぁ、涙を流すなんて、いつぶりでしょう、まだ、私にも涙を流せるだけの余白があったのですね。

 

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彼女はただただ、静かに涙を流す。

それは彼女の打ち付けられた内面を表すかのように。

 

ラグネルは彼女を慰めるように、愛しむように、安心させるように、優しく胸元に包み込む。

 

「な、な、なっ、なに、を、」

 

「別に、ただの抱擁さ」

 

モルガンは彼を突き放すように両腕に力を込めるが、彼女の脳はその信号を拒否するように一切の力を込めない。

 

「……慰めは、結構です。」

 

「……昔、俺も悩んでいたんだ。『なぜ、俺は生まれたのか』『どうしてこんな汚泥に染まった醜い世界に、命を宿したのか』、ひたすらに存在意義を問うだけの無駄な時間を浪費してたよ。結局は徒労に過ぎないことに気づくのに一体どれほどの時を費やしたか。」

 

「貴方は、、見出したのですか、その命題の解を…」

 

気づけばモルガンは抵抗をやめ、身を預けて彼の話に耳を傾ける。

 

ラグネルは夢想するように、何かに思いを馳せるように寿ぐ。

 

「この問いに解は存在せず、ただただ全ては徒労に過ぎないのさ」

 

そう言い切る彼に彼女は絶望しながらも問いを投げる。

 

「…なら、私たちは永劫この問いを抱えて生きていくのでしょうか。」

 

「いいや、それも違うのさ。そもそもが前提を履き違えていたのさ、俺も、貴方も。

赤子の生誕には使命が宿るのか、人の生は価値に左右されるのか、否だ。

俺たちの生誕には意味は無く、また意義もない。畢竟、『俺たちの生誕は無意味で、無作為な、けれど確かな可能性に満ち溢れた、温かな祈り』なのさ。」

 

「それにだ、意味や意義なんてものを生者が見出すことがお門違いなのさ。そんなものは死後に振り返って初めて見出せる『所感』に過ぎない、だからねモルガン嬢ーー君はもう休んでもいいんだーー」

 

彼女はただただ、彼の服を掴みながら静かに慟哭を流す。

 

これまでどれほどの苦悩を飲み干し、苦難を薙ぎ払ってきたのか、それらの重みは彼女にしかわからないだろう。

けれど、似た者として、同類としてわかる事もまた確かに存在する。

あの不安と恐怖で寝付けない宵も、地に足つかない浮遊感も、外付けでしか自身を形成できない空虚さも、全てに共感できてしまった。

 

(ホント、柄じゃないな…こんな方法でしか慰めれないなんて)

 

ある人なら、彼女に確かな道標を提示することができただろう。

またある人なら、彼女の棘を払えるほどの愛を与えれただろう。

 

あぁ、今だけは、自身の無力さを恨めてしまう。

 

だからこそ、今は一途に彼女の止まり木として果たそう。

 

あれから時は過ぎ、彼女は落ち着きを取り戻す。

 

「……随分と、細いですね。それに薄い。」

 

「ははっ、悪かったね細くて。そもそも俺は宮中顧問官でね、言わば畑違いというやつさ」

 

「……ですが、この抱き心地もまた…特別に名誉抱き枕を拝命します。」

 

ラグネルは彼女がいつもの調子に戻ってきていることを感じ取る。

 

「身に余る拝命ありがたく頂戴します…なんてね。」

 

彼は彼女からの返答が返ってこないことに不思議に感じていたが、彼女の姿を見れば誰でも理解できることだろう。

 

ラグネルは彼女の様子に無意識に口角を上げながら、彼女をソファーに横たえる。

 

「…いい夢を、モルガン」

 

そう言って彼は彼女に上着をかける。

 

ふと、彼もまた良い顔で眠るモルガンを眺めているうちに眠気が伝播したのか

 

「ふぅあぁ〜…俺も一眠りしようかな。」

 

そう言って彼は端によって腕を組みながら眠りにつく。

 

彼女の涙がこれで最後になることを祈りながら。

 

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