……ここ、は?
「……なぜ……なぜなんだ。」
あれ、は?
「貴様に資格がないからだ。」
「そのようなわけがあるか!!私には正当な王位継承権も!国営における知識も!魔術の才だって!‥なのに……どうして!」
「貴様が女だからだ。」
「……………」
……ああ。
理解できてしまった、私の眼前に映るこの景色、これは………記憶だ。
あの哀れにも今は亡き王に縋りつき、得れるはずのない冠を求めてひたすらに媚びる女、今も醜態を晒している事にも気づかずに。
「待て!話はまだ!……待って!……待ってよ!」
「話は終わりだ。余も暇ではない、貴様も貴様の役割を果たせ。」
……いつぶりだろうか、あの冷え切った冷酷な眼差しを見るのは。
嫌なものを思い出してしまった。
過去の私も、あの忌々しい王も……最悪だ。
もしや、これはマーリンの嫌がらせか?ならお前の選択は非常に遺憾だが正確だ。
やはりあの男はろくでなしだ。
ふと、先程までの景色に意識を向ける。
眼前には座り込んでいる私が映る。
焦燥と不安、脅迫と責任、誇りと落差。
全てが無い混ぜに溶け切らずに玉が残った不出来な一品の如く、憐れで、哀れで……無様な私がそこに居た。
…殺そう。
彼女の道程はこれからより激しく、険しく、そして不幸に満ち満ちた旅路になる。
なら、未来を知らないこの娘の為にも、楽にしてあげるべきだ……それが例え夢の私であろうと。
そうして私は握っていた武器を振り下ろす。
「それは早計というやつじゃないかい?」
……この声、それにこの温もりは………何故。
「なぜ貴方が、いるのです、か?」
「稀代の天才魔術師モルガンを驚かせることができたなんて、あいつに感謝しないとね。」
「あいつ?もしやマーリンの手を?」
「いや、どちらかと言えば半々と言ったところかな」
半々?
「僕がマーリンに魔術の師事を受けていることはモルガン嬢もご存知だと思うけど、師匠曰く「夢を渡れるのは本来夢魔にしかできない事なんだ」との事だけど、まあ、それだけで諦めれる程僕は大人じゃなくてね。
マーリン曰く僕の魔術起源は『解釈・定義』らしくてね。早い話、『解釈して現実性を増やせればそれは技法だ』と『定義』することができるんだ。
さて、ではどうやってこの『難題』を解釈したのか?
簡単さ『夢渡りとは魔術ではなく技法である』と『定義』したのさ。」
ふむふむ。
「夢渡りにおける必要条件は三つ。
一つは意識の同調。
二つは精神強度。
三つは安全策。
これらの条件さえ満たせれば理論上は夢渡りは可能になり『特性』は『技』に堕ちるのさ。」
「……なるほど、貴様がここへ来れた訳はわかった。
しかし、何故止めた?訳次第では貴様の心の臓を塵へ変えそう。」
「単純に意味がないからさ。」
意味が、、ない?
「ああ、君も知っての通りここは、記憶であり『過去』だ。
そんな場所で自分殺しだなんて君の心労を重ねるだけの単なる徒労さ。
だからこそ、方法を変えようじゃないか。」
方法?
「…貴様の訳はわかった、納得は出来ないが理解は出来る。
それで貴様が提示する『方法』とは何だ?」
「この手の苦悩に対しての解決策は往々にして『自問自答』と決まっているものさ。」
彼はしたり顔でそう答えた。
なんだそれは。
「なんだそれは。」
「おや?知らなかったかい?」
「貴様殺すぞ。その程度の方法なんざ既に飽きる程こなしている。」
「だけど、これが思いの外馬鹿にできないのが人の苦悩なのさ。それにその時と今じゃ状況が違うだろう?」
……チッ。その様なもの、掃いて捨てるほど繰り返してきた……今更したところで。……だが、彼が本当に『自問自答』なんて方法だけしか用意していないとは考えにくい、彼は何かしらの別の方法も用意していると考えるのが妥当。つまり……は前座か。
「……はぁ、なら貴様にも付き合ってもらうぞ。それで私はどうすればいい?鏡相手に話しかければいいのか?」
「今回は普段より深く行った方がいいかもね。
……よし、それじゃあものは試しだ早速、行ってみようじゃないか。」
「何処へ行くというのだ?」
「モルガン嬢の思い出旅行さ」
それから私は傍に彼を連れてをかつての忌々しくて、憎々しくて仕方がない過去と見つめ合う旅が始まった。
彼はしきりにこの旅の不必要さを訴える私にただただ、
『これは言わば儀式の様なものなんだ。』
『過去とは本来個人を構成する上で然程重要な要素じゃないんだ。』
『しかしこの旅は過去の想起ではなく訣別でもある、そう、明日のためのね。』
と幼子をあやす様に、あるいは迷子の手を引く様に、彼は諭す様に答えてくれた。
彼がここに来てからというもの『私』が私でない様なそんな感覚に陥ってしまうことがある。
『私』の心はやめろ!!と狂おしく叫ぶ。
私の心はもういいんじゃないかなと傍観を唆す。
そんな、あやふやで、ふわふわな、不思議な気持ちを抱いている中、とある思い出に辿り着いた。
それは私がアルトリアを暗殺しようとしていた日だった。
「ふぅん、随分と大胆なことをするね、モルガン嬢。」
なぜだろう、この光景を見ているとかつて抱くはずのなかった思いが胸に鎖の様に縛り付けてくるのは。
なぜだろう、彼女の顔を見ていると胸の内から未知の温もりが染み出してくるのは。
「……君はアルトリアが嫌いなのかい?」
即答できなかった。
かつての『私』なら間髪入れずに答えれていた問いだ、なのに、なのに。わからなかった、自分の本音が。
彼は口淀む私の頭を優しく撫でた。
「今は答えられなくていいさ、けどいつかは答えを出さなきゃいけない。
それはわかるだろう?」
私はコクっと頷く。
「なら問題ないさ、君は、君の想像以上に妹を愛しているのだから。」
彼のその自信の籠った言の葉は私の胸中の不安をはらうには充分過ぎた。
私は心の中で感謝を唱えて私達は次の場へ向かった。
あれから私は数々の思い出を振り返っては過去の自身と相対しては、自身の軌跡を改めて理解することができた。
確かにこの儀式は今まで行ってきたどの『自問自答』とも違い、まるで『分かたれたかつての自分の欠片』を拾っていく様な、不安定な自己が固まっていく感覚を感じつつあった。
そうこうして、私は最後の思い出を終えた。
「調子はどうだい?」
「……特には、」
彼は納得している様に頷く。
「まぁ、だろうね」
え?
「え?ど、どういうことですか?」
「これまでの旅路は言わば下地でね、これまでが『過去の閲覧・送別』ならこの本命は言わば『過去の訣別と受容』さ。」
「…訣別。」
「そう、訣別さ。」
私は深く深呼吸をした。
「……ここまで来たのです、今更試練の一つや二つ越えて見せますよ。」
「その心意気さ。
さて、方法は至って簡単さ、心の中に深く潜り込み過去の……いや、かつての自分を越えるだけさ。」
「…なるほど、要は瞑想の要領ですね。」
彼は同意する様に頷いた。
私は心の臓に手を当てて目を瞑る。
深く……深く……果てしないほどの深さまで……ただ身を投げ出す。
気づけば私は見知った場所に立っていた。
「ここは、キャメロット?」
「そうだ、ここは私の城であり、私達の城でもある。」
私は突然発生した声の主を辺りを見回した。
いた。
玉座からこちらを見下ろす昏い女……過去の私であり、乗り越えるべき試練がそこにいた。