ブリテン解釈譚(完結)   作:ミルトントン

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3ー8 抱擁

過去……それは生きる上で必要不可欠な要素であり、絶対普遍のアイデンティティである、それ即ち自己意識の破片であり集合体なのだ。……しかし、果たしてその過去が『偽物』ではないと、『造物』ではないと、誰が保障できようか。 

その実、過去の保障なんてのは個人では不可能なのだ。だからこそ不完全で不出来で未完結な我々生命体は他者を用いて、過去を『過去』たらしめるのだ。

……『過去』とは未練だ。『過去』とは歯車だ。『過去』とは抱擁だ。

我々生命体は真なら意味で、過去を捨て切れず、割り切れないどうしようもない不完全的生命体なのだ。

……だからこそ彼女には気づいてもらわなければいけない。

自己との……過去との対話とは『訣別』ではなく『需要』だということを。

「しかしだ、彼女は不器用だからね。それが叶う事を只管祈るばかりだよ。」

そう溢しながら横たわっている彼女の目にかかった髪をそっとはらうのであった。

 

 

sideモルガン

 

打つ打つ打つ打つ回避打つ設置回避打つ打つ打つ打つ回避回避回避

疲労は魔術で癒し、五感は魔術で調整、身体は魔術で底上げする。

過去とは言えさすがは『私』だ。

けれどもだ、

「チッ!しぶとい!」

5回、私は『私』を5回殺した。

一度は斬殺 二度は衰弱死 三度は圧殺 四度は溶解死 五度は老衰死

それでも眼前の『私』は死なずにいる。

理解できない、奴は不死身なのか?否だ。

奴は私であり『私』なのだ、だからこそ私が知らない魔術を使うこともなければ奴が独自に魔術を編み出すなんてことも無い。

詰まるところあれは『過去』でしかないのだ。

けれども私は未だに……奴に恐怖を抱いている。

確かに私達は『過去』を巡った、正しく『過去』を理解したと自負できる。

それでも……それでも恐ろしいのだ。

あれを過去と認めてしまえば全てが偽りだったと、あの時の激情も、妹への憎悪も何もかも全てが……全てが、あの地《ブリテン》によって吐き出された不出来な造物だったと思えて仕方がないのだ。私の生が私以外によって干渉され、彩られ、額縁に納められ、最後に焼却される。

我思う、故に我あり。

しかしもしその前提そのものが崩れていたら。

私とは一体何のために生まれ何ために生きているのか……わからなくなってしまうのだ。

「くっ!……しまっ」

『私』の蹴りが綺麗に入った。

私は数枚の壁を越え満身創痍の受け身を果たす。

(ごほっ!……はぁ、はぁ…以外と…はぁっ……でき…る…ものですね)

咄嗟に背中に魔術を、施していなければ致命傷だった。

想定以上の一撃に意識が霞むもそこは意地の踏ん張りである。

失神しかけてる精神を魔術にて補強し、足腰を震わせ、唇を噛み締めながらかろうじて魔杖を杖代わりに気力を振り絞る。

(…はぁ……はぁ……はぁ………)

立った。彼女はその両脚を持って死力を振り絞って立つ。

だが、『過去』は止まらない。否『止まれない』のだ。 

(………もう…つかれました……)

五度の死闘は彼女の精神を限界まで追い詰めには充分だった。

(もう……終わってもいい……ですよ…ね?)

力が抜けてしまった彼女は自然に流れて倒れ落ちようとする。

(……いたいのは……いやだなぁ)

しかし彼女の幸運は気まぐれにも彼女の一命を取り留める。

(……あ…れ?……いたく…ない?)

「……あぶな!。」

えっ?

「ああ……そうだった、そら!」

突然現れた存在は瀕死の彼女を抱えながらも『それ』に向かって魔術を放つ。

「やっぱマーリン魔術は便利だね。利便性が別格すぎて普通魔術に戻れないや。」

そう溢しながらも彼は早急に応急措置を彼女に施す。

「いいかい、時間がないから簡潔に言う。俺は君の『過去』だ。」

『過去』?

「ああ、そうだ『過去』だ、だがこの空間の主はあいつで俺はあくまで『過去』の一部に過ぎない故ここには長く居れないんだ。」

そう言いながらも手を止めずにパタパタと治療を施す彼を私は上の空で眺める。

「さて、応急措置は終わった。…あとは君次第だ」

そう言って彼は私を支えるようにゆっくりと立たせてくれた。

……無理だ。

「……無理です。……できません……できないのです」

彼は支える動きを止めて私に顔を向ける。

「……怖いのです。あの『目』があの『動き』があまりにも『私』で、まるで『過去』が私を飲み込もうと暗闇となって襲ってくるように……ブリテンが私の意思すら消そうと大海となって飲み干すように………私は『過去』が……過去を受け入れることが堪らなく恐ろしい。」

そこに以前までの気丈な女傑はなくただただ『過去』を拒絶する一人の少女しかいなかった。

彼女は無意識に彼の服を弱々しく握る。

「……過去はね海なの……私はそんな海を渡る船……船は海があって初めて存在が確立されるの。……けれどねもし…その海自体が偽物だったとしたら?

もしその海が誰かの手によって造られたものだったとしたならば?

私という船には一体……私はいるのかしら?全てが偽物で造物の世界で一体誰が『私こそが本物』だと証明できるのか?一体誰が『貴方こそが本物』だと保障してくれるのか?……できないの。……誰もできないのよ。……ねぇ……『私』は本当に私なのかしら?」

巡礼の同行者は数秒、あるいは数分、もしかしたら数時間かもしれない、しかし彼女には彼の眼差しはそれほどの時間を感じさせるものだった。

幾重の時を越えて彼の重く閉ざしていた口を開く。

「過去とは『未練』だ。人の生に後悔は永遠普遍に付き纏う呪いだからだ。

過去とは『歯車』だ。己の意思を回す機関であり、人の生において生きる上での下地なのだ。

過去とは『抱擁』だ。経験も挫折も情動も…全ては『己』の『意思』であり、人の生において生きる上での時を超越した慈愛なのだ。」

彼はそう言って、私を優しく抱きしめた。

「君は良く頑張った。俺が保障する君の『意思』は君だけのものだと、俺が証明しよう君の『記憶』は君だけの本物だと……ここまで来たんだ。

俺も君の過去を半分抱えるさ。」

初めてだった、こんなにも私を肯定してくれたのは。

嬉しかった、私の過去を受け止めてもらえたのは。

知らなかった、嬉しくて、心が満たされても……涙が流れてくるなんて。

「いいさ、存分に泣けばいい。泣いて泣いて、そして俺たちはやっと明日を目指せるのだから。」

 

「ごほん、随分恥ずかしい様を見せてしまいましたね。」

「ふふ、君の泣き顔なんてそうそう見れないからね、この幸運に感謝したいぐらいさ。」

「……軽口を」

彼女は拗ねたようにぷぃっとそっぽを向く。

同行者はそんな彼女の幼なげな様子に微笑む。

「さて、君も本調子戻れた事だし、やる事パパッとやって帰ろうじゃないか。」

そういうと彼女は未だに一抹の不安を抱えているのか無意識に彼の服の裾を掴む。

そんな彼女の様子に気づいた彼は、彼女の緊張をほぐすように頬を軽くほぐす。

「にゃ!にゃにをしゅるのでしゅか!」

「くくっ、君の緊張をほぐしてあげようとした俺の粋な計らいさ。」

そう言ってパッと手を離す。

「どうだい?だいぶほぐれただろう?」

「…ええ、おかげさまで」

そう言って彼女は再度自身の手で頬を調整するようにほぐす。

「問題ないさ、君がすべきことはただ一つ、『受容』さ。」

「彼女を……『私』を『過去』として受け止めるということですね。」

……しかし、私にできるのでしょうか。

「それは問題ないさ。…何せ今の君は、誰よりも自分を愛せるのだからさ。」

そう言って同行者は……ラグネルは軽く彼女の背を押す。

「…ええ、行ってきますラグネル……いや我が半身よ」

そう言って彼女は駆けていく。

そんな姿を彼は満足そうに見つめる。

「今度こそ旅の終着点だ。君の帰りを待っているよ。」

そう言い残して『過去』の同行者は光となって溶け消えていく。

 

(……感謝します、我が半身。)

例え、彼が私の『過去』から生まれた存在であったとしても『彼』は彼なのだから、『彼』の献身に応えるためにも!

「さぁ!最後の舞踏を踊りましょう!」

まずは『私』に近づく!

彼が示した『受容』とは『死』ではなく『抱擁』だとそう私に教えてくれた!なら後は!

「実践あるのみ!」

 

それから魔女の戦いは人智を超えた対決を繰り広げた。

一方の魔女が雷を放てばもう一方の魔女は焔を撒き。

また一方の魔女が大海を敷けばもう一方の魔女は颶風を唸らせる。

彼女が天から槍を降らせばかたや『彼女』は地から槍を咲かそう。

双方の膠着は幾重の時を感じさせるほどの厚みがあった。

…….しかしそんな均衡も長くは続かなかった。

 

「そら!おちろ!」

彼女の愛用する魔杖が天から槍に姿を変えて再び降り落ちる。

『過去』の集合体である『彼女』に疲労を蓄積する機構が存在するかは定かではない、だが確かに『彼女』は彼女の一撃によって隙を晒してしまったのだ。

それに気づかぬ彼女ではない、彼女はその隙を見逃さずに一点に極限にまで練り上げた防御魔術を悟られないよう張り一気に駆ける。

『彼女』が気づいた頃には時すでに遅し、『彼女』の間合いには既に彼女がいた。

……だか、『彼女』は彼女だ、彼女の魔術発射速度は魔術師の中でも群を抜いて素早く、ただの簡素な魔術ですら思考すら許さない冷酷無比の一撃へと昇華してしまうのだ。

『彼女』は今最も素早く放てる魔術を、詠唱破棄した上で威力・強度に使う魔力を全て速度へ転換し、命中率高めるため『彼女』は彼女に向かって魔杖を軽く投げた。

彼女はその杖に目線を……向けてしまった。

『彼女』は彼女だ故に隙を見逃す程緩くはない。

『彼女』はありったけの魔力を込めた一撃を彼女の【脳】に向かって放つ。

死。誰もが死を描いただろう。

だが彼女は『彼女』であって『彼女』ではない。

彼女は今を駆ける稀代の魔女なのだから。

「やはり、さすがは『私』ですね。」

彼女は優しく『彼女』を抱きしめた。

何故彼女は生きているのだ?

「貴方は私であり『私』なのですから、追い詰められた『私』がどこを狙うかは手に取るようにわかります。」

彼女の抱きしめる力が強まる。

「貴方を抱きしめてわかりました。私は確かに『私』を恐怖していました。いつか私を無にしてしまうのではないかと。」

『なら、な…ぜ?』

「けれど、それと同じくらいの『私』に感謝しているのです。私は『私』のおかげで明日を走れた。たとえそれが脅迫された願いだったとしても、全てが作られた造物だったとしても、私は今日この日まで生きて来れた。」

そして彼女は深く深呼吸して紡ぐ。

「ありがとうございます。私を生かしてくれて、私を愛してくれて。

……ええ、認めます。『貴方』は私です。」

そう言ってより深く抱きしめた。

『もう……離さ…ないでね。泣き虫……モル……ガン』

そう言って彼女は光となって私の中に入っていきました。

「ええ、離しませんよ。もう……ずっと。」

そうして私は静かに目を瞑る。

 

目を開ければそこには彼がいた。

「おはよう。眠り姫。」

「ええ、おはようございます。王子様。」

そう言われた彼は「柄ではないけどね」と言ってティーカップを手に取って啜っていた。

「ほら、起きたなら早く退いてくれ、君の枕になっていたせいで俺の足はもうボロボロさ。」

そう言われ私は自身の頭に敷かれてるものが彼の膝であることに気づいた。

(異性の膝枕なんて初めてですね)

そう思いながらせっかくの機械なのだからしっかり多用しなくてはと思い彼の膝の上をごろごろする。

「……はぁぁ、随分と元気じゃないか。このじゃじゃ馬2号」

むっ。じゃじゃ馬2号とは失礼ですね。そこは1号でしょう。

「ふっ、そこを指摘するのかい?」

そうして彼は柔和な微笑みを私に向ける

「まぁ、いいさ。君は健闘者なんだ。少しぐらいの休みはあって然るべきだ。」

そう言って彼は私の頭をそっと撫でる。

その手つきが妙に気持ち良くて、やっと帰って来れた事を実感できた。

すると先まで無かった眠気が急にやってくる。

「なんだい?眠たいのかい?」

いやだ、まだねたくない。

「いいさ、いいさ、どうせ今日は何の予定もないからね。

たまには君もだらけるべきさ。それとも手でも繋いで欲しいのかい?」

うん。つないでほしい。

「………おいおい、まじかよ。……仕方がないね、君は。

ほら。」

そう言って彼はモルガンの手を優しく包み込んだ。

あたたかい。……なんでだろう。悲しくないのに、むしろ嬉しくて、心が満たされて、温もりが感じさせてくれるのに、なんでなんで……涙が止まらないのだろう。

「……やっぱり。姉妹だね君たちは。」

そう言って彼は私の涙をそっと攫っていく。

その度に私は涙を流してしまう。

「お疲れ様モルガン。君はよく乗り越えたよ。

辛かっただろう、苦しかっただろう、怖かっただろう。

大丈夫さ、今は俺がいる。悪夢ぐらい打ち消してみせるとも。……だから、今はゆっくり寝ていろ。」

ええ、それなら、あんしんですね。

では

「おやすみなさいラグネル。」

「ああ、おやすみなさいモルガン」

過去とは『未練』『歯車』『抱擁』である。

しかし真の過去とは人との『対話』なのかもしれない。

 

 

 

 

 

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