ブリテン解釈譚(完結)   作:ミルトントン

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若干鬱要素があります


3ー9 人の世

神……母なら君にして父なる其。彼ないし彼女あるいは彼等ないし彼女達は自然・植物・動物。果てには人類さえも作り上げ、土壌を整え、大河を流し、世界を産み落とす。故に、我々は神を信仰する。創造への恩を返すように、慈愛への謝辞を表すように、希望への対価のように。だが、そんなものは幻想だ。『神』は見ない。『神』は聞かない。『神』は無為だ。

なればこそ、信仰も……祈りも……神すらも……全ては壮大な祈りなのだ。

 

sideラグネル

 

「さて、随分な遠回りをしてしまったが、これでようやく本題に入れる。」

俺は側に置いたティーカップを手に取って喉を潤す。

「まずはモルガン嬢、貴方の要件から聞かせてもらってもいいかい?」

彼女の瞳を見る、しかして彼女の様子は平常そのものだ。

「いえ、要件はその『遠回り』で済みました。」

ふむ。

「おや、そうなのかい?」

「ええ。貴方はあの旅路を経て私の『過去』を抱えてくれた。それはつまり、貴方は私の半身であるという事です。」

(それは……飛躍し過ぎなのではないか?)

俺は少しの疑問を抱くが彼女はそんな事すら見透かしたように言葉を続ける。

「確かに貴方は私の『過去』を知りました。しかし私は貴方の『過去』を知らないのです。」

俺は一理あるなと頷いてしまう。

「それはそうだ。少女の過去を覗き見た癖に当人は過去を暴かないというのは酷く不平等だ、その者が自身の命を預ける者であるならなおさらね。……しかし、それは今じゃあない。」

彼女は秘密にされた事が刺激されたのか少し拗ねた様子になった。

「……ふーーん。貴方はそうやって、いつもいつも隠し事をするのですね。心外です。私はこんなにも貴方に壮大な信頼を、堅固な信用を、預けているにも関わらず、当の貴方はのらりくらりと蜃気楼のように誤魔化すのですね。……ぷい。」

拗ねた。……はぁ、乙女心についてマーリンから聞いておけばよかったと今になって後悔してるよ。

……けど、彼女の言ってる事もまた至極真っ当な論理だ。彼女は俺の『悲願』になくてはならない存在であり、唯一無二の理解者たりえる女傑……それに……いい加減俺も『過去』の精算をしなくてはならないのかもしれない……『過去』とは『抱擁』であり『対話』なのだから。…たがその前にまずは……

「なら次は俺の番だ。貴方に頼みたいことがある。俺の亡き後、彼女の………アーサー王の支えになって欲しい。それさえ受けて貰えたなら俺は貴方に壮大な信頼を預け、堅固な信用を注ぎ、その証左として『過去』を赤裸々に曝け出すと我が心に誓う。」

俺は彼女に深く頭を下げる。

数秒、あるいは数分だろうか、いや数時間かもしれない。それほどまでにこの時間は長く、深く、厚く、流れていた。

「……まず、結論として、ええ。貴方のその頼みを受けましょう。

しかし、そんな事はどうでもいい。亡き後とはどういう事ですか?

……貴方は誰かに命を狙われているのですか?」

俺は彼女の疑問を、耳に入れながらも脳は歓喜の喝采で満ちていた。

『勝った』そう脳裏によぎる。……ああ。ようやくだ。ようやくこの擦り切れた『悲願』を成就できる。

俺は緊張から解けた事でソファに深く体を沈ませる。

彼女の言葉が雨のように俺の脳に降り注ぐ。流石はオークニーの女王だ。彼女の言の葉は俺の脳をゆっくりと、静かに冷やしてくれる。

……さて、大詰めだ。ここからは彼女を如何に利用できるかだ。

くっくっくっ。柄にもなく興奮してる自分がいる。…けど仕方がないだろう。何せあの『神』を滅ぼせるのだから。

「すまない。嬉しさのあまり少し耳が遠くなっていた。

さて、まずはこの頼みを受けてくれた事に多大な感謝を貴方に。」

俺は感謝を示すように頭を下げる。

「……感謝は受け取りましょう。それで………貴方は死ぬのですか?」

「ああ。死ぬね。少なくとも短い内にね。まぁ。こればかりは仕方ない。

何せ『悲願』の成就に『死』はつきものだからね。」

彼女は絶望したような顔をしながらもしっかり聞いてからいるようだ。

「……『悲願』?貴方が死を賭してまで果たしたい『悲願』とは……私を置いて、またひとりぼっちにしてまで叶えたい『悲願』ってのは何なのですか!?」

彼女の慟哭が俺の脳をこだまする。

すまない。そう月並みな事しか言えない自分が少し嫌いだ。しかしそれ以上に…僕は……俺はこの『悲願』が愛しい。

俺は深く深呼吸する。初めてだ。この話はケイにも、マーリンにも、アルトリアにだって語ったことは無い、何せこんな思想はこの国では異端なのだから。

「俺の『悲願』は……『神』を排斥し、『人の世』を敷く事だ。」

彼女は意味が分からないと言った顔をしている。無理もない。こんな世迷言を一体誰が信じるものか。……だが信じてもらわなければいけないがな。

「だが、正しくは『神』ではなく『宗教・信仰』の排斥と禁忌だがな。

ご立腹だが俺は『神』を屠れる程の力は無い。だが力は無くとも、あれらを殺せる手段はある。直接あれらを殺さないのなら、『間接的にあれらを殺せばいいのだから。」

「……貴方は一体自分が何を言っているのか理解しているのですか?

それは、ブリテン中の信仰者を、宗教を、『神』すらも敵に回す禁忌だ!

もしそれを行って仕舞えば……貴方の死後は残酷で残忍なものになってしまう!」

彼女はどこか恐れを抱いて激昂する。

「ふっ。だからなんだ?

とうに結論は出ている。『神』にはこの時代に神秘と共に退場してもらう。この神秘が極めて薄れつつある時代において信仰とは高濃度の『神秘』であり、存在維持に必要不可欠な要素。故にそこを突けば、例え『神』であろうと只ではすまないだろうさ。」

そうだとも。かつて神代を終わらせ人の世を開いた王がいた。幼き俺にはそれが短絡的かつ尚早だと思っていた。……だが今なら理解できる。人に『神』は不要だと、『信仰』は無為だと。

「なぜ?何故、貴方はそこまで『神』の排斥にこだわるのですか?」

彼女は心底分からないと嘆く。

「単純だ。アルトリアの治世に『神』も『宗教・信仰』も全て不必要であり、今後の王位性の保持かつ国内における統制の補強のためにも『神』ないし『宗教・信仰』は切除すべき『要素』だからだ。」

だが。所詮はこんなものは建前に過ぎん。

「……それは私怨ですか?それとも彼女の為に?」

やはり、彼女は聡いな。

「当たらずとも遠からずだな。先も言ったがアルトリアの統治に『神』が不要なのは事実だ。彼女の統治は正しく人が『人』として生きれる輝きを宿している。そこに幻想に依存するしか生きれない『神』なんぞ不要であり、この『悲願』は彼女の為でもある……しかしだ……ああ………ああ。認めよう、認めるとも。この『悲願』の大元は確かに『私怨』から来るものだった……だが、年を重ねた今なら分かる。この『悲願』は『私怨』であり『祈り』なのだ。人が『人』としての強さを持って生きて欲しいという、細やかな、けれど確かな想いが乗った、遥かな先への期待なんだ。」

だからこそ『神』も、『宗教』も『信仰』も、『神秘』すらもこれから先の人の世には『不要』であり、そんなものがなくとも『人』は『知性』と『意思』で明日を迎えれるのだから。

「……私には、まだ貴方の全ては分かりません。けれど私は知りたい。知らなくてはならないのです。貴方の『過去』を、『意思』を、『祈り』をだから、今、教えてください。もう逃がしません。貴方の協力者として……貴方の半身として……私には知る権利があります。」

彼女は……モルガン嬢は、分かろうと俺に歩み寄ってくれた。……丁度良いのかもしれない。俺の思想を理解してもらうには俺の過去を曝け出すことが最もなのだから。

 

「……俺には、かつて臆病ながらも胆力がある父と、温厚ながらも意外と図太い母がいた。

父はこの国にしては珍しく臆病だった。その臆病さは蜘蛛一匹にすら震え固まる程に臆病で、けれど彼は徴兵されるたびに生きて帰ってきてくれた。父はよく「家族のためなら不思議と恐怖が薄れるんだ。」と俺を膝に乗せて語ってくれた。父は時折俺に語る。「人は守れるものがあれば誰よりも強いんだ。けどな強さは相手に勝つことじゃ無い、強さってのはどんな戦場にいようと家族がいる家に生きて帰るってことな事なんだ。だからな、ーーーー、どれたけ怯えたっていい。泣いたっていい。けどな唯一守りたいものを見つけれた時は死力を尽くして生きて帰るんだ。」父はそう言いながら俺の頭を不器用に撫でてくれた。」

彼は喉を潤す為にティーカップに触れた。

コクッコクッ。

「……だが。そんな父も俺が父の顔を覚えれた頃に、戦場に墓標を立てた。俺は泣いた。泣いて、泣いて、途轍もない焦燥と恐怖に駆られた。

なにせ俺も、母も、父が戦場から稼いだ金銭をやりくりして生きてきたのだから。俺は怖くなった。金銭の稼ぎ方なんてまだ幼かった俺には分からなかった。けれど盗みを働くには俺の理性はあまりにも強固すぎた。俺は家の隅で吐いた。吐いて吐いて、吐き捨てた。これは夢なのだ。明日がやってきたら父は家に帰ってきて俺の頭を不器用にも撫でてくれると。しかし帰ってきたのは首の無い骸だった。今考えても驚きさ、なにせ騎士道を謳うこのブリテンで首を切り落とすなんて侮辱を犯す者の方が珍しい。だが、当時の俺にはその骸が父に見えて仕方なかった。もしかしたら俺を驚かせようと父が人形を用意したのだと。そしてその骸の掌を頭に乗せて、理解した。これは死体だと。今でも思い出せる、あの血管の通ってない肉の塊のような掌を、かつての父が持つ慈愛の温もりを微塵も感じない冷え切った掌を。俺はまた、吐いた。母の俺の背をさする温もりが余計に俺に父の死を実感させた。俺は昔から割り切る事が得意だった。何せ、後悔を引き摺った所で得られる物など、あの当時には一つもなかったのだから。

だからかもしれない。俺が次の日から父の代わりに母を守ろうと剣を振った事を。」

彼は深く深呼吸した。

「俺はそんな『俺』が嫌いだった。かつて俺を心の底から愛してくれた父を割り切ってしまう。そんな『俺』の薄情さが、堪らなく、嫌いだった。

……けど、それ以上に、ありがたかった。だって、あそこで割り切れなかったら俺は多分ここにいなかった。だからこそ、今なら言える。俺は『俺』を愛している。ああ、この世界の誰よりも。だってこの世界にで俺達は二人ぼっちなんだから。」

そう言いながら、彼は軽く「すまない。少し、脱線してしまったね」と謝罪した。

「けれど、母は俺の決意とは裏腹に、母は兵士に娼婦の真似事を始めた。

母は兵士の間で相当に人気だったらしい。何せ母はこの国にしては珍しく一途だった。母はよく俺に父との思い出を語ってくれた。俺はそれを聞く事が楽しかった。それは俺の知らない俺の父と母の空白を埋めてくれたから。その話をしている時の母はまるで恋をしている乙女のように、儚くも、力強く、幸せを噛み締めている少女だった。だからこそ信じられなかった。あんなに毎日を幸せそうに生きて、父との思い出を笑顔で語る母が、兵士に体を売っているなんて、そんなわけがないと、俺は母を話題に下衆で、醜悪な話をする兵士を感情的に殺して一目散に母がいる家に向かった。ただ、ひたすらに確かめたかった。こんなものは悪い夢だと、あんなにも一途な母がそんな事をするわけがないと。

だが、現実は非常だった。いつもならいるべきはずの我が家に母の姿はなかった。俺は手当たり次第に探し回った。いつも通っていた商店を、よくお花を取りに行っていた花畑を、回った。ひたすらに回り、そこで漸くまだ行っていない場所を思い出した。父の骸を埋めた墓標だ。

俺は無我夢中で駆けた。いる。確固たる証拠なんてなかった。けれど漠然とした感覚だけが俺のこの直感を確かなものに感じさせた。

そこには、哀れにも、無惨に使い倒された一人の女がいた。顔、口、耳、体、股。全てから白濁とした液体を垂れ流した、一人の娼婦がいた。

俺は吐いた。一体俺の人生は吐くために生まれたのかと考えたかなるほどに吐いた。吐いて吐いて、母を担いだ。我が家に連れ帰って少しでも綺麗な頃の彼女に戻すために。

そこから意識は途切れ、気づいた頃には俺は我が家の布団で眠っていた。

両隣には父と母がいた。俺は安堵の息を吐いた。あれらは全て夢だったんだ。父はいつものように帰ってきたし、母も我が家で俺に思い出を語ってくれる。そうだ。そうなんだ。さっきまでの事は全て悪い夢でこれが現実なんだと。

けれど夢は夢だ。父と母に目線向けた。父と母はいつのまにか起きていたのか、無機質な瞳で俺を見つめながら冷え切った声色で

「これは夢なのだ。お前の父も、母も、とうに死んだだろう。」

気づけば俺の意識は落ちていた。

ギシ、ギシ、ギシ、ギシ………。

床が軋んでいる。俺は床が軋む音に意識を起こす。

敵襲か、辺りを警戒するも敵はおらず、ならこの軋みは何かと思うも、ここで母を担いでいた事をに思い出し、周囲に目線を向けるも暗闇で周りが見えず、いっそ音のなる方へ向かおうと思い立ち手探りで向かう。

思いの外呆気なくドアの取手を掴む事ができ、ドアの先を警戒しながら一先ずゆっくりと開けて覗き込む。

吐いた。

気づけば俺はまた意識を落としていたらしい、再び意識を、戻した頃には既に俺は母の亡骸を抱いて、ただ静かに泣いていた。辺り一面が赤で染まった世界で俺はただ、母を抱きしめる事しかできなかった。」

私は何も言えなかった。何か……何か、彼の心の傷を癒せる何かを、言うべきなのに。私の口は開いてはくれなかった。

「俺は母を父と同じ場所に埋めた。せめて亡骸だけは一緒にしてあげたかったからね。埋めた後、俺は家を掃除した。意味なんてないかもしれない。人が見ればそれは徒労だと思うだろう。だが、それ以上にもしかしたら明日には父や母が土から這い上がり俺の頭を撫でてくれるとどうしてもそう思えて仕方がなかったのだから。」

そうして彼は深く深呼吸した。

「それから俺は、ただあてもなく、無意味に歩いた。金銭は野盗から、食事は思い出から、幸運だったは俺が睡眠なしでも平常を貫けた事だった。

まぁ、今にして思えば「眠る必要がなかった」というより「眠る余裕がなかった」と言う方が正しいね。」

そうして彼は懐かしむように語る。

「そうして、俺は放浪旅をしている中で一人の少女にであった。

『ラグネル』と言う少女に」

確信を持って言える。その発言は私の人生で最も衝撃的なものだった。

何せ『ラグネル』とは彼の名前と瓜二つなのだから。

 

 

 




ーーーー0歳:誕生→5歳:父の死→7歳:母の死→?→9歳:アルトリア(運命)との出会い
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