「……ならば、やはり貴方のその『悲願』は『私怨』から来るものではないのですか?……少女を殺した『神』に対しての『怒り』が『憎悪』が貴方を突き動かしているのではないのですか?」
彼は無機質な眼で私の瞳を覗き込む。
「俺は俺の自由意志を譲らん。始まりは確かに『彼女』を失った事による『怒り』、『憎悪』、『失望』だっただろう。
だが、この『悲願』だけは俺が、俺の『意思』で成就せねばならない。
なさねばならないのだ。それが、それだけが……唯一、人だけが与えられた『自由』なのだから。故にこれから俺が生み出す『死』も、『嘆き』も、『地獄』すらも……あまねく全てを俺が抱えよう。
……さて、俺は明かせる過去を明かした。なら次はお前だ。」
彼は私に向かってそのか細くもどこか力強さを感じさせる指先を私の首に向かって指す。
(………確かに、彼は『不器用ですね』)
素直に『俺を助けてくれ!俺を支えてくれ!……俺にはお前しかいないんだ!』と縋ってくれれば、潔く脳髄の全てを溶かし切って、私しか受け入れれない可愛い半身【人形】にしてあげれたものを。
(……けれど……それは、彼であって彼じゃない。)
彼は言った。『意思』こそが人の『自由』であり、『祈り』なのだと。
だが…だか、しかして人はそうも……
「人は……貴方が思うより遥かに弱いですよ。」
あの少女のようにとは言わなかった。
彼は、それが既知であると言う態度で、淡々と返す。
「人に『自由』は過ぎたものだ。だが、それでも、『意思』ある『選択』をする『自由』は往々にして存在し、それはいついかなる時でも行使されて然るべきなのだ。だからこそ、俺はその『意思』すら掠め取る『神』を滅ぼす。俺達の……俺の『意思』も『選択』も『過去』も全てが『神』の賽の目でしかないなど……はだばだ不愉快だ。」
ああ…彼は、本当に、不器用で、未練がましくて、けれど優しい、そんな、まるで輝ける『星』のような『熱』がある。
「二度は言わん、俺の杖になれ、モルガン。
今の俺にはお前と言う杖が必要だ。」
彼は自身の手の甲を突き出す。
……ふふっ、ふふふ、ふふ、ははははっ!
私に!このモルガンに!騎士の真似事をさせるなんて!ああ!なんて不敬で、なんて蛮勇で、そしてなんていじらしいのでしょう!
「ええ……いいでしょう。貴方のその悲願、私が支えましょう。
『私の星【マイ・ロード】』」
私は彼の手の甲に優しく、丁寧に、花を慈しむように、そっと触れ、熱の籠った口付けを刻む。
「ふふっ、しっかり手入れしてくださいね。何せ、オークニーの杖はすぐに錆びてしまいますので。」
彼は当然だと言う顔をする。
「俺は部下には優しい。」
だが彼は小さく「だが、杖の手入れには何が必要なんだろうか……あとでマーリンに聞いてみるか」と溢す。
やめろ。あの夢魔に聞いてみろ、ある事ない事吹き込んでは、私と彼の距離を縮めてくるのは目に見えている。
(……いっそ、私てずから彼に教え込みましょうか。)
そう私が悶々としている中。彼は何もないある一点を見つめる。
「……………見ているのだろう。覗き魔め。」
彼は呆れているのか、それとも、あの夢魔が見ている事すら織り込み済みだったのか。……いや、あの夢魔の事だ、どうせいつものように覗き見ては『ルシウス』に見つかってを繰り返していたのでしょう。
私達の部屋に一人の男が現れる。
「おやおや。バレちゃったね。」
なんて事ないように彼は笑いながら彼は『ルシウス』の隣に座る。
軽薄な男め。
「ふん。散々見ていたんだ。二回目は必要ないだろう。
さて、単刀直入だ。お前が『敵』か『傍観』か、ここではっきりさせろ。役のない駒なんぞ、邪魔だ。」
「おや、今日はいつになく辛辣だ。だけど……うんうん、君の感情がはっきりとわかる。…そうか、今の君が本当の『君』なんだね。」
「余計な詮索は不要だ。お前はただ答えればいい。だが、優柔不断なお前に第三の選択を与えてやろう。……一時でいい、俺が王として立っている間、俺の剣となって………側に居て欲しい」
「………………………………………………へ?」
「近い将来、アルトリアはかの災厄にして、破滅、『死』と『呪い』を宿した怪物……邪竜【ヴォーティガーン】と争う事は確実であり、必然であり……因果の範疇であり、回避できない生存競争が訪れる。
その間、俺はアルトリアから代理の王として立つことが、既に決まっている。だが、かの邪竜の脅威はお前もよく知っているだろう、彼女は必ず我がブリテン国の最大戦略を持って邪竜【ヴォーティガーン】とそれら率いる蛮族【ピクト人】諸共を血も、肉も、灰すらも余すことなく殲滅して、帰還するだろう。」
「……………………………………まってくれ……すこし、せいりするじかんをくれ。」
マーリンが頭を抱えている。
(……………あの夢魔が…マーリンが頭を抱えている姿なんて、初めて見ましたね。)
「そうか、なら早く整理しろ。そして、決断しろ。
俺は、お前がどの『選択』を下そうと尊重すると誓おう。
………だから、『後悔』なき『選択』をしろ。」
そう言って彼はカップを手に取って退席する。
私はマーリンを見る。実際、私も気になって仕方がなかった。
水鏡からでもわかるが、マーリンは彼に対してアルトリアに向けるものとはまた別の『熱情』を向けている。
(ふっ、あの人でなしの夢魔にも、『熱』はあるのですね。)
彼が小さくポツポツと溢す。
「あ……あ…あ、あ、あれって『そういうこと』…だよね?
『側にいて欲しい』ってもう、『好き』ってことでしょ。ええ……絶対僕の事、好きでしょ、いや、好きだ。あんな言葉、好きじゃなかったら出てくるわけがない。……けど、どうせだったらロマンチックな雰囲気で言って欲しかったなーー。うーー。……けど、いつも飄々と、感情すら読めなかった彼が、本心剥き出しで僕に上目遣いで言い寄ってくる様は………なんとも度し難い。度し難過ぎる。………正直言って………アリだけど。
うーーあーーうーー、どうしようか、どうしようか、うーー」
ころす。
私は魔術で杖を呼び彼の頭部に向かって思い切り振り落とす。
彼は当たる寸前になって、ようやく理性が戻ったのか、間一髪でよける。
「あぶな!!…何するんだい!!危うく死ぬとこだったぞぅ!!」
彼は自身の頭を何度も軽く触る。
「チッ!あそこで死んでおけばいいものを。
ー珍しく頭を抱えているようだから何かしら助言でもくれてやろうと思えば貴様、何を生娘みたいに照れている!」
夢魔の癖に、人みたいな初心さを持つとは。
「だって!!………だって、仕方ないじゃないか。あんな……あんな…
しかして、魔が悪い事に『彼』か戻ってくる。
「なんだ?、この有様は……敵襲か?」
彼が二つのカップを持って入ってくる。
「あんな、暖かい『熱』、知らなかったのだから!」
「熱?」
彼はカップをテーブルに置いて、彼の額と自身の額をくっつける。
「熱なんてないぞ。」
彼はそう言って額を離す。
「…………ひゅっ」
私は自身の隣を軽く叩く。
彼は私の意図を察したのかそこに向かおうと歩き出す。
それに目敏く気づいたマーリンは即座に理性を引き戻し私と同じく隣を叩く。
「ふっ!今更純情振りますかマーリン、貴方が聖都で数々の女性を取っ替え引っ替えしていることなんぞ周知の事実、潔く認めなさい……貴方は彼ではなくただ、彼の『未知』の味が好きなだけなのです。」
「……違う!……確かに、最初は彼の『未知』が好きだった。僕が見通せない君……僕の人生において初めて、唯一、感情も熱さえも読み取れなかった君……僕はそんな『未知』が、『空白』がひたすらに気になってしまって仕方がなかった。あぁ、認めるとも、きっと僕はそんな君の『未知』が好きだったんだと思う。だけど、そう、だけど、そんな君が僕を変えてしまった。あぁ、変えさせられたんだ。
………君だけなんだ、僕と対等に立ってくれた人は、
………君だけだったんだ、僕に真っ直ぐに向き合ってくれたのは、
………君しかいないんだ、僕へこんなにも『熱く』、『厚く』、『暖かい』信用を注いでくれたのは。
君と談笑が好きなんだ、僕の話を聞いては笑って、考えて、それを僕に嬉々として話してくれるそんな姿がどこまでも可愛くて仕方がなかった。
君に魔術を教える事が好きなんだ、僕の教えを君はすぐに吸収するどころか、得意な魔術として、僕の幻術を選んでくれた君のいじらしい性格が僕は堪らなく愛しかった。
………君は、君が思う以上に僕をめちゃくちゃにしたんだ。
責任ぐらい取ってもらわないと困る。」
………マーリンめ、随分と人間臭くなったではないですか。
彼は微笑を溢して動き出す。
「………きゃ!」
彼は私の体を軽々と抱き寄せ、所謂『お姫様抱っこ』と言う状態にした。
それから彼は私をマーリンとは反対の端に下ろし、彼はその間に座る。
「これで、平等だ。」
異論は認めないという雰囲気を出して、彼はカップの紅茶を飲む。
(……役得です。)
「俺にとって、王とは孤高であり、孤独な存在だ。王は国の辛苦を飲み干し、民の嘆きを選別し、自身の苦悩を締め殺す。
故に、俺は誰とも懇ろになるつもりは無い。」
「そもそもの話だ。俺達の中に今更、『好きだ』の『愛している』だのは不必要だ。俺達の関係はそんな曖昧なもので測れるほど軽くはないし、そんな軽薄な言葉で定義できるほど安くはない。
俺はお前を信用し、お前は俺を信頼する。それ以上でもそれ以下でもない。…それともなんだ?指輪でも欲しいのか?」
「……ははっ、そうだ。そうだった。君はそういう人間だったよ。
そうさ、僕達の関係はそんな曖昧なものに委ねるほど、陳腐なものじゃあない。僕達の関係はもっと甘く、粘性があり、瑞々しい、純粋な果実だとも。うんうん、なんだか、すっかりできたし。」
「だけど、まぁ……うん、君が死んでしまうのは本当に、胸が締め付けられる思いだ。こんなにも僕は君を想っているのにも関わらず、君は勝手に僕の手から砂のようにすり抜けていく。
…………本当に、その『悲願』は君がしなくてはいけない事なのかい?」
「………本来、こんな夢物語は夢で終わるものだった。
だが、夢を現実にするように、俺の前に彼女が現れた。
………彼女は、先の人の世にて、『人』を導くに足る王道がある。
『人』を慈しむ優しさがある。『人』を知る覚悟がある。
俺はその土壌を整えてるに過ぎない。少しでも彼女の築くブリテンが、民が、『人』として生きるためにも。」
「………その先は地獄だよ。君はこれから先、数々の罵声を浴び、数々の排斥を受け、数々の呪詛をその身に一身に受ける事だろう。
僕はそれが、堪らなく悲しい。誰も君の苦悩も、辛苦、嘆きすらも理解しないしできない。君の人への期待は君への憎悪となって君に降りかかる。
各国の宗教国だって黙ってはいないだろう。
数多の信仰者が君を殺しに刃を研ぎ、弓を引いて、今にも君の首元を討ち取ろうと躍起になって襲いにかかるだろう。
……それでも、それでも君は、『神』という曖昧な存在のためにその身を賭してでも終わらせるというのかい?」
彼はただ、優しく微笑む。
「そんなものはとうに、了承済みだ。
代価なくして、ヤハウェの首元を抉り取れるなんぞ子供でも思わん。
それにだ、お前の懸念もよくわかる。各国の、特に宗教と混在している国なんぞは俺を親の仇のように殺しにかかるだろう。だが、それより先に俺がアルトリアに殺される方が早い。かの国々が気づいた頃には全てのかたがついている。アルトリアは悪逆にして、暴虐の、非道なる王を打ち取りし王として、より円滑に統治を行える。今現在もブリテンに巣食う信仰者どもの悉くは俺が屠る事で、残るは理性的な『人間』ばかりになる。
そこから彼等をどうするかはアルトリア次第だが、側にはお前たちがいるんだ。少なくとも悪い方向にはならないだろう。」
「だから……アルトリアの事、頼んだぞ。」
彼はそう言って私達の頭を抱き寄せ、優しく撫でた。
時は過ぎた。
今日はアルトリア率いるブリテン勢力が邪竜【ヴォーティガーン】率いるピクト人との決戦の日である。
キャメロットにて一人の『人間』が立つ。
その周りには数多の人が餌に群がる魚のように立ち並んでいた。
彼は静かに深呼吸をする。
周りの住民達はその空気から、彼がこれから重要な事を話すのだと察する。
彼は整った場にて、ただ静かに目を開く。
「神は死んだ。」
場がどよめく。
「神はお前たちの祈りを見ない。神はお前たちの嘆きを聞かない。神はお前たちの微笑みを守らない。
神に縋るな!神に謙るな!神なんぞに己の『意思』を捧げるな!お前たちは神の奴隷か!お前たちは神の犬か!お前たちは神の畜生か!
お前たちの意思も、願いも、祈りも、全て!一切合切森羅万象有象無象
何もかもを神には届かない!何せその神が人に対して関心がないからだ!
聖書が言っているからそれは事実なのか?教祖が言っているからそれは正しいのか?ふざけるな!!そんなまさかしを俺は許さない!!許してやるものか!!そこのお前も!お前も!お前も!お前も!!
疑え!!例え神の言葉だろうと!!例え教祖の言葉だろうと!!
怖いだろう。辛いだろう。苦しいだろう。分かるさ。俺にも家族が居た。守りたかった物達が居た。……だが、全員死んだ。分かるか?現実は無常だ。どれだけお前達が神に泣いて縋ろうと、どれだけ聖書を読み漁ろうと……現実は否が応でもお前たちに無常を降り注ぐ。
泣くなとは言わない。泣いていいんだ。嘆いてもいいんだ。だが諦める事だけは許さない。神に縋る事は『死』と同じだ。それに縋ったが最後、お前たちは『人間』じゃない!ただの神の『奴隷』だ!!だが、…お前達は決して神の奴隷なんかではない。お前たちの両の手はなのためにある。神へ祈るためか?違うだろう。親を、子を、自分を、守るべき者を守る為に剣をふり、今日を生き延びる為に鍬をふり、傷ついた心を癒す為に抱擁し、明日を生きる為の糧として食す為に、そうやって、『生きる』為にお前たちの両の手はあるのだろう?なら……なぜ……なぜ、その両の手を神へ差し出す?……違うだろう?……違うだろう!?お前たちには守るべきものがいるはずだ!!それは自身の命以上に守りたいものはずだ!
なのに!なぜお前たちはその責務すら放棄して神へ祈れるのだ!?
目を覚ませ!!お前たちの現実は止まらないぞ!!現実は!無常にもお前達の足元で躍起になっているのだぞ!!良いのか!?何も出来ずに奪われて良いのか!?自分達がやらなくても祈れば神がしてくれると本気で思っているのか!?甘えるな!!神は何もしない!!神は何も変えない!!神は何も思わない!!例えお前達の命が失おうと、神にとっては些事に過ぎない!!神はお前達の親でもなければ!お前達の配偶者でもない!
神なんぞ所詮は人の孤独を埋めるための道具に過ぎん!神なんぞ人間の空想を満たすための幻想に過ぎん!お前達の祈りも!信仰も!所詮は自慰行為以下の虚しい慰めに過ぎん!!
夢は目覚める儚さがあるから『夢』なんだ。お前達はいつまで眠りかけている?大切な者達が無惨に殺される中でもお前達は、まだ、『夢』を見るのか?
夢から覚めるのが怖いのか?なら、俺が起こしてやる、二度と眠りたくないぐらい盛大にな。
現実が怖いのか?なら、俺の背中に寄りかかっていろ、多少の揺れ如きで俺がお前を落とす事はない。
生きる事が怖いのか?なら、俺が保証しよう、俺が王になったからにはお前達は毎日ご飯にありつける事を。
俺が作ろう!俺がお前達を『人』として生きられる明日を!!
だが!それにはお前達の力も必要だ!俺にお前達の力を!意思を!祈り!を実らせてくれ!」
彼は軽く頭を下げて、退席する。
彼が去ったブリテンの観衆は、賛否の嵐が吹き荒れた。
明日に微かな希望を見出す者もいれば。
所詮は嘘つきだと勘繰る者もいれば。
神への不敬だ、死罪だと罵る者もいた。
だが、だがそれでも、彼の演説は人々にどのような形であれ、意思を植え付けたのだ。