ブリテン解釈譚(完結)   作:ミルトントン

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3ー13 変革

彼の統治は異端だった。

彼はブリテンの神秘を一時的に補う様に、数多の幻想を撃ち殺し……その生き血を土壌に散布した。だが、そんなものは所詮、現状維持に過ぎない。彼は考えた、ブリテンには対症療法ではなく、原因療法が必要だと。

神秘を補充するのではなく、『神秘』を枯れさせた上で、『神秘に依存しない土壌』を作り、神秘から脱却しなければ、我々はいつまでも袋小路の囚人に過ぎないのだと。

そこで彼は、古き知り合いであるルキウスが統治する【ローマ】へと向かい、彼に取り引きを求めた。

『果し状だ。俺と貴殿で一騎討ちし、俺が勝ったら貴殿の土を数坪譲って欲しい。もし、万が一にも俺が負ける事があれば……その時は俺が差し出せる全てを、貴殿に差し出そう。』

彼は喉笛を鳴らしながら勢いよく立ち上がる。

『俺を前にして一騎打ちだと?お前は正気か?』

男は淡々と語る。

『お前達ローマ人は決闘をこよなく愛する人種だろう?

ならばこそ、お前達との取引において、言葉でどれだけ飾り立てようと無意味だと判断した。……それに、もうコロッセオの予約は済ませている。後は貴殿がこの取り引きに応じるか否かだ。』

男はただ、眼前の王を見つめる。

その姿には緊張がなく、まるでこの取り引きすら男にとっては一つの事項に過ぎないと言わんばかりに、依然、その余裕そうな態度を崩さない。

『…………ふっ、ふふふ、ははははは!!』

彼は笑う。それは歓喜からか、はたまた、嘲笑からか……だが、その姿を見た男は踵を返して歩き出す。

『先に待っている。』

そう言い残して。

『……ああ、待っていろ、俺もすぐに向かう。『ラグネル』………いや、『ルシウス』!』

その声音は確かな喜色に満ちていた。対等な者との勝負に心が躍っているのか、はたまた、不敬にもローマの王に一騎討ちを求めた愚かな王を粛清できる事に体が疼いているのか、それは彼にしかわからない。

だが、そんな彼の顔は何処か、切なく、恋焦がれたあの子との再会に喜ぶ一人の少年だった。

時は過ぎ、決戦の火蓋が切って落とされた。

『おらぁぁぁぁ!!』

ルキウスは目にも止まらぬ速さにて眼前の王を屠ろうと剣を振り下ろす。

『短絡的だな。』

彼は悠々と自身の得物にて彼の一撃を防ぐ。

『なんだ、それは?』

それは、固く、熱く、重く、精悍にして、至高たる、逸品だった。

鎌の様なそれは鋭利にして、冷たく、だが、持ち主の激情を深く理解している様に、それは確かな熱も持っていた。

『そら、何をほおけている。』

先程まで鎌だったそれは、瞬きの間に剣に変わった。

『……随分と、珍妙な物を用意したなルシウス。』

 

『くくく、うちの魔術師達は規格外だからな。ふっ、再会ついでに教えてやろう。この武器は対人対神秘迎撃用可変式重厚型武装。

名をルーメン・エクリプス【光蝕】。

お前を相手する為に急造させた逸品だ。余す事なく味わってくれ。』

 

『……ああ…ああ!……ああ!!お前はやはり俺のものになれ!!

宝具も!女も!ブリテンも!そんなものよりも!俺はお前が欲しい!!

この勝負俺が勝ったらお前は俺の部下だ!!』

 

『今はまだ昼時だ。夢を見るには少しばかり早急だな。』

男は彼との間合いを詰め武器を振る、だが、彼はそんな一撃を難なく避ける。

『終いにはいささかまだ早い。もっとだ!もっと俺との逢瀬を味わおう!!』

 

『断る。俺には早急に解決しなければいけない事柄が幾つも残っている。

お前の幻想に付き合う時間は生憎ない。』

彼等の戦闘はより白熱し、勢いをつけ、世人の域を超えたものにはと発展していった。だが、永遠に終わらぬ勝負は無く、どんな決闘、どうな復讐も、どんな戦争も、いつかは終わる。

 

『…はぁ…はぁ…はぁ』

 

『……ふぅぅぅ……うっ……くぅぅ』

 

両者共に拳を血に濡らしながらも浅く呼吸を繰り返す。

男は既に、自身が敗北した場合のブリテン諸島の未来について算出していた。

彼は既に、自身が敗北したローマ国においての統治を危惧していた。

だが、勝敗はまさかの結果を迎えた。

両者共に拳を入れる寸前にて倒れたのだ。

審判はこの結果を正当に判断した。否、しなければいけなかった。彼もまた生粋のローマ人であり、ローマ人としてかの戦いはまさに『ローマ』であると…『ローマ』の血が訴えていたのだから。

『勝者は無し!両者共に気絶!結果、引き分け!!』

観衆は一斉に歓声を上げた。

あるものは彼等の健闘を讃える様に労り。

またあるものはブリテンの男を称賛する様に身振り手振りで感動を表し。

またまたあるものは自国の王を揶揄いながらも確かな喝采を鳴らす。

審判は的確な判断を下す。

『今すぐ彼等を病棟へ運べ!!』

後日、回復した彼と男は引き分けという結果に少し頭を抱えたが、結果的にどちらの品位を貶める事無く解決した事で、両者は納得し、取り引きとしてローマの土壌数坪にたいしてに対し、男は、盟友の契りとして自身の体を構成する血液の20%を瓶に詰めて差し出した。

こうしてローマの…異国の土を手に入れた彼は早足でマーリンとモルガンに放り投げ、自身は血の抜き過ぎによる意識の朦朧により数日倒れてしまう。

だが、異国の土にはそれほどの価値があったのだ。

解析により、ローマの土に含まれる神秘の含有量はブリテン諸島末期に至る土壌に含まれる神秘の含有量より目に見えて少なかったのだ。

これにより、ブリテンの土にローマ産の土を段階的に混ぜ込む事により、未だ予測段階だか、それでも数年、数十年後には、ブリテンの神秘は完全に抜けきり、無神秘の土壌を作成できる段階までに着手できたのだ。

彼はその事実に大変喜びながらも、内心は安堵していた。

何せ、これが実らなければ最終的に、『一度ブリテンそのものを滅ぼす必要が生まれていたからだ。』

 

彼の統治はあまりにも慈悲がなかった。

彼は神を信仰する団体を、その信仰者すらも悉く、灰すら残さずに撲滅、果てには信仰すらも禁忌とした。彼は信仰を断つべく見せしめとして何人もの信仰者を惨たらしく、尊厳を踏み滲む様に、殺した。彼は神に縋る事をよしとしなかった。だからこそ、彼は民が神を信仰する暇すら与えない様に、莫大な仕事とそれに見合った賃金を出した。

 

彼の統治はあまりにも平等だった。

彼は男と女で仕事の効率も出来ることも違う事を理解していた。

だからこそ彼は彼等が適正な仕事を見つけられる様に彼等との『対話』を繰り返した。

あるものが『自分は気弱なんだ、だから人に怒れない。』と嘆いた。

彼はそのものの自己肯定感を上げれるように、ひたすらに彼の『一』を作れる様に根気強く付き合った。彼は経験則から、人は何かしらの『得意』があれば自ずとそれを自身の軸にできると。嘆く民はきっと自己を守れる程の『武器』がないのだと彼は判断し、結果、民は『誰よりも字を綺麗に描ける特技』を身につけた。民は未だに気弱な面を持ってはいるが、それでも、怒るべき時には怒れるそんな胆力を身につけた。

 

またあるものが『自分は男より力が強い!だから私も土を耕したい!』と訴えた。彼はその娘の親が娘に自身の女性観を押し付けている事を知った。だからこそ彼はその娘を連れて親の元へと向かい、己と力相撲をさせた。彼女の両親は一度も彼に勝てなかった。だが、彼等の娘である彼女は彼に勝ったのだ。彼は言った。

『今のブリテンは混沌の渦中だ。お前達が子を思う意思を、子を持たぬ俺は真に共感できない。だが、俺にもかつて誰よりも、俺を愛してくれた親がいた。だからこそ、お前達の願いもまた、理解できる。……いい加減受け止めろ。お前達の愛娘はとうにお前達の幻想を生きる人形ではなく、現実という荊棘を駆ける一人の女なのだと。…………お前達も人の親ならばそんな娘の背を押すべきではないのか?彼女を真に助けられるのはお前達だけなのだから。』

そう言い残して彼は去った。

後日その女は誰よりも遅く仕事を終えながらも、その顔はどこか達成感とやる気に満ち溢れていた。

 

彼の統治は……永遠には続かなかった。

ある日のキャメロットの屋根にて、彼は珍しく黄昏ていた。

彼は今日までの月日を追憶する様に、ただ、今も健気に働く民を眺める。

彼の統治は彼が思うよりも順調に進んでいた。唯一の想定外として、ルキウスとの盟約を除いてだが。

彼は自身がこのブリテンに何か残せたのかとふと、疑問に思った。

土壌改革でもなく、仕事の斡旋でもなく、ローマとの盟約でもなく、ただ、何か民の心に残るものを、残せたのかと考えてしまう。

けれど、彼の心はとうの昔に定まっていた。

例え全てが、徒労にして、無意味にして、自分本位な期待だったとしても、それを為さなければ……全てが始まらないのだと、彼は過去から学んだのだ。

彼は珍しく自身が感傷的な事に思わず乾いた笑いを溢した。

そんな彼の背後に一人の男が現れる。

 

「こんなところでサボりかい?」

 

「ふっ、お前と一緒にするな。これは市場調査だ。」

 

「こんなところからじゃあ、民の顔なんて豆粒じゃないか。

それよりも、下で騒ぎになってたよ。キミィ、外出するならせめて一報くれないと、みんな君が誘拐された!なんて騒いでたよ。」

 

「くくく、そうか、なら安心させてやらないとな」

 

そう言って彼は立ち上がる。

 

ドクン。

 

「つっ!!!!」

 

彼は胸を抑えて蹲る。

 

「ルシウス!!」

 

からの剣が血相を変えて彼に近づく。

 

「………はぁ………はぁ…………はぁぁぁ。」

 

彼はマーリンに支えられながらゆっくりと立ち上がる。

 

「一体、どうしたというんだ!!君に何が!!」

 

彼は静かに喉を鳴らす。

 

「彼女が………倒したのさ…………邪竜…………ヴォーティガーンを

………くくく、あの…邪竜め、ふざけた事を。」

 

彼はマーリンを支えにしながらも歩き出す。

 

「行くぞ、終わりは近い。」

 

彼は痛みに慣れたのか一人で歩き出す。

 

マーリンはそんな彼の姿を見て、只管に泣きそうになりながらも、彼の後を追う様に歩き出す。

 

王は宮殿にいる全ての部下を集める。

 

「……これまで、よく俺について来てくれた。

お前達の信頼に多大な感謝を送らせて欲しい。

さて…本題に入ろう。俺は近いうちに死ぬ。それもアーサー王の手によってだ。俺が世間からどう評価されているかは知っている事だろう。

『悪逆非道』『邪智暴虐』『人道無比』『神を辱めた男』

だが、お前達はそんな俺によく尽くしてくれた。

俺はその事実があるだけで死ぬ事すら怖くはない。

これから数日も経たぬ内にアーサー王は帰還するだろう。

アーサー王は慈悲深い。お前達の降伏を無碍にはしない、それはかの王に最も信頼されていた俺が保証する。

俺から伝える事はもうない。」

 

そう言って彼は玉座に深く腰を下ろした。

 

彼の統治は終わった。

 

アーサー王が帰還した。彼女は自身の不在の間、数多の人を殺し、人々の自由を奪い、地獄の嘆きを生んだ彼をアーサー王は許すわけにはいかなかった。だが、彼女が率いているブリテン勢力の多くは、邪竜【ヴォーティガーン】との死闘の末に激しく疲労していた。そのため、唯一戦える彼女だけが単身にてキャメロットへ乗り込んだ。

キャメロットに乗り込んだ彼女は衝撃的な言葉を聞く。

『彼は良い王だった、ただ不器用なだけだったんだ!お願いだアーサー王!彼の死罪だけは、よして欲しい!!彼は死んでいい人間じゃないんだ!!』

 

彼の部下だった者達が一様に訴える。

彼女はわからなくなった。彼が悪なのか、善なのか。

だからこそ彼女はそんな訴えを退けて彼がいる玉座へと駆ける。

 

彼女は彼との『対話』の後、彼を斬殺した。

 

こうして、彼の統治は『過去』になった。

 

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