ブリテン解釈譚(完結)   作:ミルトントン

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最終話 訣別

『くくくくくく!!ははははははは!!!!』

ヴォーティガーンは高らかに笑った。

『愉快だ!ああ…真に愉快でならん!!

小僧め、訣別するか!このブリテンと!神秘と!!』

ヴォーティガーンは嘲笑する様に、畏怖する様に、ただ笑った。』

アルトリア率いるブリテン軍勢はヴォーティガーンの気の触れた高笑いが嫌に気味が悪くて仕方がなかった。

『……くくくっ、小娘………いや、我の前に立ったのだ。貴様はさりとて勇者なのだろうさ。さて勇者よ、貴様の小僧は随分と破天荒なのだな。』

アルトリアはヴォーティガーンが言う【小僧】に心当たりがあった。

「……ラグネルが、どうしたと言うのですか?」

 

『ラグネル?………………くくっ、そうか、そうなのか。

これは愉快だ、ああ、実に愉快でならない。

お前達のすれ違いは酒を煽って仕方がないぞ。』

ヴォーティガーンは喜悦を感じながら私を嘲る。

『だが、小僧には王の資質も、資格も、慈悲深さすらもない。あれでは王ではなく、ただの圧政者だ。くくくっ、小娘、貴様は見誤ったのだ。

あれはお前が思うより遥かに残酷で、残忍で、悪逆で、まさに貴様が今討ち取ろうとしているこの我のような者だと言う事に。』

ヴォーティガーンが静かに喉を鳴らす。

私を嘲る事はまだ我慢できた、それは私一人が我慢すればいいだけの話なのだから。だが、彼を嘲る事だけは何においても耐え難かった……彼は私の家族であり、友人であり、『ココロ』なのだから。

「亡骸が口を開くな。貴様はもう明日の朝日を浴びれないと知れ。」

私は聖剣を両手で強く握り大きく掲げた。

「束ねるは星の息吹……」

聖剣に輝きが宿る…それは星の営みを連綿と紡ぐように

「輝ける命の本流……」

担い手の意思が宿る…それは蕾が芽吹く様を描くように

「受けるがいい!!エクス…カリバーぁぁぁ!!!!」

星の激流がかの邪竜へと爆発的に注がれる。

『ぬるいな、我は寒がりなんだ。限界まで熱を込めてくれねば我の心の臓まで熱がこぬではないか。』

ヴォーティガーンは光の斬撃をものともせず、あろう事か吸収してしまう。

「なっ!そんなバカな!」

『くっくっくっ、闘争はまだ始まったばかりだろう?

こんなに観衆が揃っているんだ、終わらせるにはあまりにも早すぎるだろう!もっとだ!もっとやり合おうじゃないか!』

死闘の火蓋はついに切られた。

 

だが、永遠普遍の闘争はなく、不朽不滅の生命体はいないのだ。

 

『はぁ、はぁ……はぁぁ。』

 

「はぁ、はぁ……はぁ、もう、終わりです。」

彼女はその手に持ったロンゴミニアドにて、かの邪竜の心臓を穿つ。

それは死闘だった。かつてこれほどまでにブリテン軍の死者数を出した事だろうか、その死者数だけで一つの村が埋もれてしまうほどに、かの邪竜は恐ろしくも、強大だった。

 

『ぐぅっ……く、く、く、我を、滅ぼそうと、ブリテンの、破滅は、、免れない。』

 

かの邪竜は小さく嘲る。

 

『だが、ただで死んでやる程、我は慈悲深くは、ない!

呪ってやろう…小娘、貴様の最も愛してやまないあの小僧を!』

 

邪竜は大きく高笑いながらも、その眼に正気は次第に薄れつつあった。

 

「貴様!!呪うなら私にしろ!!彼はこの闘いに関係ないはずだ!!」

 

邪竜は糸が切れたように音を立てて倒れる。

 

『だ、が、断る。』

 

こうして、ヴォーティガーンの討伐はなされた。

ただ一人の代価を払って。

 

アルトリアは休憩すらも取らずにその足にてブリテンへと帰還する。

周りの兵士、騎士達はこの決断に思う事はあれど、彼らもまた自身の妻や子供に会いたい気持ちが強く、その決断に異議を唱える者はいなかった。

(無事でいてください!ラグネル!今向かいますから!!)

 

だが、彼女の思いとは裏腹に、かつてのブリテンは彼女の過ごしてきた暖かみのある国ではなく、仄暗く、されど生きる活力に満ちた、灰色の現実だった。

 

(…なんだと言うのだ、これは?民の目に生気がない、まるで生きる為だけに生きているような、まるで自我の無い人形のようだ。

だが、全員がそうでは無いようだ。まるで正気のない彼等だけ何かを簒奪されたように……一体、何が起きているのですか?)

 

頭を抱えるアルトリアに一人の男が近づく。

 

『あ、あ、貴方さま、もしやアーサー王ですか。いやきっとそうだ!

アーサー王が帰ってきた!!お願いします!かの悪逆非道にして邪智暴虐の限りを尽くすあの王を討ち取ってください!!』

 

一人の男はそう訴えた。その訴えが聞こえたのか、ノロノロと人がよってきた、彼等は一様に訴えた。

 

『あの王は我々の命より大切なものを!『信仰』を!奪い取ったのです!!お願いします王よ!!どうか、どうか、あの王を討ち取ってください!!』

 

アルトリアは何も言えなかった、否、言えるはずがなかった。

未だ若かりし王でもわかる事だ。如何に信仰が人々の生きる糧になっているのかを、その信仰が果てには政治と太く結びついている事にすら、彼女は理解できていた。

 

『おい!貴様達、何をしている!!』

 

一人の騎士が駆け寄ってきた。

 

『貴様達!さては信仰者だな!!信仰する者は身元関係なく死罪に値する!!』

 

そう言って騎士は彼等に向かって剣を振り翳す。

 

『やめろ!ここにはアーサー王がいるんだそ!!』

 

間一髪にてもう一人の騎士が剣を受け止めた。

その騎士の顔はアルトリアもよく知る顔だった。

 

「ケイ卿か!」

 

剣を振り翳した騎士はアーサー王の存在に漸く気づいたのか、即座に剣をしまい、片膝をつき、胸を手に当てて頭を垂れた。

 

『アーサー王とは知らずに申し訳ありません!』

 

 

「貴殿はただ、仕事に注力していただけだ、気にするな。」

アルトリアはそう言って騎士を下げた。

 

「それでケイ卿、これはどういう事だ?」

アルトリアはケイを疑うように見る。

 

『ああ、それはキャメロットへの道すがら話そう。

ついてきてくれ。』

 

アルトリアはケイから事の経緯を聞き、深く絶望していた。

彼女にとって『ラグネル』とは第一に自身を慮る良き友であり、第二に自身の道程を照らす道標であり、第三に自身の逡巡を諭す離せぬ理解者であった。

そんな彼が、この様な非道の果てに、地獄を積み重ねている事実を彼女は理解し難かった。それでも彼女の時は止まらない。

気づけば彼女は城前に立っていた。

 

彼女を迎え入れたのは大勢の騎士と一人の青年、一人の女性だった。

(これは?)

『おや?アーサー王じゃないか?久しぶりだね。』

アーサー王の忠臣にして宮廷魔術師であるマーリンが姿を現す。

「話はケイ卿から聞きました。安心してください、貴方達の投降はこのアーサー王が認めます。もう安心してください、貴殿達が傷つく事はありません。」

アルトリアは微笑みながら、安心させる様に語りかける。

そんな中、一人の騎士がアーサー王に駆け寄る。

『彼はいい王だった!!ただ不器用なだけで!あんな地獄を作りたくて作ったわけじゃないんだ!!だからお願いします!どうか、どうか!彼の拘束は免れなくても、どうか死罪だけはしないで欲しい!!彼はこんな所で死んでいい人間じゃないんだ!!』

彼は頭を地につくほどに下げる。そんな彼の姿に他の騎士たちも一斉に頭を下げた。

だが、彼女もまた王なのだ。王が自身の国にて、暴虐の限りを尽くされたのだ。それを不器用という言葉だけで簡単に納得して許せる程、彼女は無知蒙昧ではなかった。

「彼の死罪は免れない。だが、約束しましょう、彼の死体までは辱める事はしません。……それは、、私の本望でもないですから。」

彼女はケイ卿に彼等の保護を頼み、一人単身で彼が待つ玉座の間へと駆ける。

マーリンはその姿を目で追いながらも、拳は強く震えたままだった。

 

〜玉座の間にて〜

「そろそろか…」

一人の王は過去の情景を懐かしむ様に、一枚一枚、記憶の書籍を読み進める。だが、そんな時間も終わりを迎える。入り口の扉が勢いよく開かれる。

 

「来たか。久方ぶりだなアーサー王……いやアルトリアよ。

存外早かったではないか。俺の予測では後もう二日程は帰還しないと思っていたが。」

 

「ラグネル!!!どういう事ですか!?なぜ!?なぜ貴方はあの様な非道な事を!!」

 

ーーーーは以前と高みからアルトリアを見下ろす。

 

「その名はとうに過去の名だ。俺の名は『ルシウス』。お前の友であり、お前の家族であり、お前が討ち滅ぼすべき悪性だ。」

 

「質問に答えなさい!!貴方は、貴方は優しい男だったはずだ!!私が迷った時はいつも側にいて諭してくれた!私が泣いている時はただ一緒にいてくれた!貴方は私の理想を!願いを!唯一理解してくれた!なのに、なのに、なぜ!そんな貴方があんな事ができる!!?」

 

「くっくっくっ、お前は上部だけで全てを知った気になっていたに過ぎない。お前に見せた顔が全て、俺の本心だと、なぜ信じ切れた?

ふっ。滑稽だな、小娘。お前なんぞ、俺がこの玉座への踏み台に過ぎん。

だが、冥土の土産だ。俺はな、お前が大っ嫌いだった!!お前がお人好しにも大勢の人を救う度に、俺は心の中でお前の事を何度殺したか!

あれも!これも!全てはお前のブリテンを台無しにする為の茶番さ!

くくくくく、失望したか?憤怒に駆られたか?信用していた者の裏切りに嘆きたくなったか?

だが、その心配も不要だ。そんなもの、今日死ぬ者には要らぬからな。」

 

彼は私を嘲る。……ああ、ああ、もう…昔の彼はいないのですね。

 

「ならば……貴様に引導を渡してやるぞ愚王ルシウス!」

 

私は力強く聖剣を握る。遥かな玉座に座る彼は、とうに悪魔に魂を売った、卑劣な男に過ぎない。だから、だから……どうか、この震えよ、今だけは止まってくれないだろうか。

 

愚王ルシウスが玉座を蹴ってこちらに駆ける。

 

私は剣を構え、迎撃体制に入る。

 

こうして、私と彼の在りし日の試合を彷彿させる、最後の試合が始まった。

 

 

彼は私の想像より遥かに弱っていた。

彼は私との戦いの最中、頻繁に咳き込んでは吐血していた。酷い時は蹲りながらその身を蝕む呪詛に抗っていた。

だが、私はそんな彼を気にも止めず、ひたすらに剣を眼前の愚王に向かって打ち振るう。

彼は私の一撃一撃を泥臭く避けながらも隙を見つけては小賢しく振るう。

それが、私が作った罠と知ったか知らずか、彼の一撃を難なく避けた私はその返しに彼の心臓目掛けて撃ち貫いた。

 

「うっ……くぅっ」

 

私は勢いよく聖剣を引き抜く。

 

「はぁっ……はぁっ、うぐっ…はぁっ、はあっ」

 

彼はゆったりと、ゆっくりと、私を目掛けて鈍足に歩く。

 

私はそんな彼を、今度こそ、眠らせそうと聖剣を握りしめようとした。

…しかし、そんな私の意思に反して、体はとうに限界を迎えていた。

私の膝は勢いよく落ち、その反動に、聖剣を落としてしまう。

私は自身に近づく彼に恐れてしまい、体を引きずる様に後ずさる。

 

「こ、来ないでください!!……来るな!!」

 

私の静止を無視しているのか、はたまた、もう聞こえていないのか。

遂に彼は私の眼前へとやってきた。

 

彼との距離が縮まる。

私は勢いよく目を瞑る……せめてもの抵抗か、あるいは恐怖から逃げるためか。

 

だが、彼女の予想とは裏腹に、痛みはやってこなかった。

彼女は目を開く。

 

彼はただ、私の頭を撫でるように乗せて眠っていた。

 

 

彼女が後ずさる。

俺はその姿を見ながら、どうしようもない寂寥感に駆られていた。

(ああ、俺のいないブリテンを君は生きていく事が、俺は酷く寂しい。

別に、後悔はない。だって、あれは俺の願いであり、祈りなのだから。

………だけど……うん、やっぱり……寂しいや。

きっと、君にはこれから、たくさんの、不運や、苦難、嘆きが、襲いかかってくる。その側で、傷つく君を、慰める事も、導く事も、抱える事も、出来ない事が……凄く、悔しい。けど………いいさ、寂しがりの彼女の側には、マーリンも、モルガンも、円卓の騎士達だっているんだ。

なら、大丈夫さ。きっと、みんなが、君を支えてくれる。

けど、かのじょは寂しがりなんだ……さいごぐらいなでてあげないと、ふてくされちゃうんだ。)

さいごのよりょくを振り絞りおれはかのじょのあたまに手を乗せた。

(ふふっ、かわらないな、きみのなでごこちは。

……ああ……父さん、母さん、ラグネル……今、そっちにいくからね。

そしたら一杯、あたまを撫でて欲しいなぁ。)

 

 

なぜですか。なぜ、なぜ、貴方は、いつも、そうなのですか。

ちっとも本心なんて言わないで、勝手に知った様な顔で進めちゃう。

ねぇ、ルシウス、私、まだ、貴方に伝えていない事があったのですよ。

だから、ねぇ、めをさましてよ。いつもみたいにほめてください。

いつものように、わたしのそばにいてくださいよ。

なんで、なんで、あなたはいつも、わたしをおいていくのですか。

うっ、ううう、うっっっ、

「うわわわわわ!、あああっぅ!!うわぁっ!」

 

彼女の慟哭がこだまする。彼女にとっての大切にして、ブリテン唯一の、未来を走り抜けた男はこの日、この時を持って、長い眠りについた。

 

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