宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話   作:Xn

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プロローグ:死と再生

突如、目が、覚める。

 

焼けるような熱さと、鼓膜を劈く爆音。そして、鉄と血の匂い。それらに混じって、オゾンが焦げたような異様な刺激臭と、空間そのものが細かく振動しているかのような奇妙な圧迫感があった。まるで、巨大な機械がすぐ側で暴走し、周囲の空気を震わせているかのようだ。

 

「……ここは?」

 

掠れた声は、自分のものとは思えないほど幼く、か細い。熱さで喉がひり付き、言葉を発するのすら苦痛だった。

 

よろめきながらも立ち上がり、そして見開いた視界に映ったのは、赤黒い炎に包まれた何かの施設と、パニックに陥り逃げ惑う人々だった。空気が薄く、呼吸をするたびに肺が悲鳴を上げる。

 

(なんだ、これ、夢か?)

(……いや、この痛みは、現実、なのか?)

 

頬を伝う生々しい痛みと、肺を満たす煙の臭いが、悪夢のような現実を突きつけてくる。

 

混乱する頭で記憶を手繰り寄せようとするが、最後に覚えているのは、大型トラックのヘッドライトが迫ってくる光景と、全身を砕くような衝撃。そして、意識が闇に沈む感覚。――そうだ、俺は、死んだはずだ。あの冷たいアスファルトの上で。

 

ならば、今この状況は何だ? 地獄の業火に焼かれているのか?

 

……いや、この光景には、どこか既視感がある。嫌というほど、何度も夢想し、そして恐れもした光景。

 

破壊された建物の壁に描かれた、ジオン公国軍のマークに酷似したエンブレム。そして、付近の瓦礫を乗り越えていく、2連装の主砲を持った独特な戦車。

 

遠くで聞こえる、ビーム兵器特有の甲高い発射音と、それに応酬するような実体弾の炸裂音。上空から、人型の巨大な影が遠くへ降下してゆくのが辛うじて見えた。その一つは、紛れもなくジオン公国軍のモビルスーツ――赤色のモノアイを不気味に光らせるザクだった。そして、そのザクの周囲の空間が、陽炎のように僅かに揺らいで見えた。

 

(あの戦車は61式?そして、あれはザク……!? まさか、そんな……ありえない……!)

 

震える手で自分の身体に触れる。小さい。柔らかい。骨ばった男の手とは似ても似つかない、華奢な子供の感触。

 

近くにあった割れた窓ガラスの破片が、鏡のようにゆらりとこちらを映した。

 

そこにいたのは、煤と埃にまみれながらも、人形のように整った顔立ちをした銀髪の少女。歳は……10歳くらいだろうか。怯えと混乱に見開かれた大きな碧眼が、信じられないものを見るように、こちらを見返していた。

 

その瞳は、「私」の瞳だった。

 

(あれはザクIIだ。見間違えるはずもない。ここは、ガンダムの世界……そして、時代は一年戦争のあった宇宙世紀0079年。間違いない。私は、この少女に……転生したとでもいうのか……?)

 

理解が追いついた瞬間、絶望が冷たい刃のように心を貫いた。

 

ここは、私が生前愛してやまなかった「機動戦士ガンダム」の、血と硝煙に塗れた残酷な世界。どうやら自分は、そこで、名も知らぬ美少女にTS転生してしまったらしい。

 

状況から察するに、一年戦争の戦火が地球上のどこかの都市を襲っているのだろう。こんなところに倒れていたということは、爆風で吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きになりかけていたところを、誰かに助け出されたのかもしれない。しかし、周囲に保護者らしき姿は見当たらない。孤独。無力。

 

(最悪だ……最悪すぎる……! なぜ、こんなところに……こんな身体で……!)

 

原作知識はある。この後、どれだけの悲劇が宇宙世紀を覆うことになるか、嫌というほど知っている。デラーズ紛争、ティターンズの台頭、グリプス戦役、ネオ・ジオン抗争……。終わりの見えない戦乱の連鎖。無数の死。流される血と涙。

 

普通の人間として生きていて、この地獄を無事に生き残れる確率など、限りなくゼロに近い。ましてや、こんな幼い少女の身体で、身寄りもなく、おそらくは戸籍すら持たない不法難民のような状態で。

 

この知識がなければ、ただ怯え、誰かに助けを求めるだけの無力な子供でいられたかもしれない。だが、知ってしまった以上、この世界の残酷な未来から目を背けることはできない。それは呪いにも似た絶望だった。

 

(どうすれば……どうすれば、この絶望的な未来を変えられる? いや、変えるなんておこがましい。せめて、自分自身が理不尽に踏み潰されないためには……生き残るためには、どうすればいいんだ……!?)

 

前の人生では、何者にもなれずに死んだ。平凡という言葉では表せないほど庸劣で、無力で、ただ流されるだけの人生だった。後悔ばかりの、空っぽな人生。誰かの期待に応えることもできず、自らの才能を見出すこともできず、ただ漫然と日々を浪費し、そしてあっけなく終わった。あの時、大型トラックのライトが迫る中で脳裏をよぎったのは、恐怖よりも、このままでは終われない、という強烈な渇望だったのかもしれない。

 

だが、今度は違う。この知識がある。この絶望的な状況がある。空っぽには望んだってなれそうにない。

 

そして、この世界には「力」が存在する。モビルスーツという巨人の力。ニュータイプという超常の力。

 

(ニュータイプ……か)

 

その言葉が、乾いた心に微かな希望の火を灯す。もし、自分にその素養があるのなら、道は開けるかもしれない。アムロやカミーユのように、世界を変える力を持てるかもしれない。

 

だが、そんな都合の良い話があるだろうか。自分はただの転生者だ。特別な血筋でもなければ、天啓を受けたわけでもない。ガンダムという物語を消費してきただけの、ただの傍観者だった。

 

(所詮、私は「偽物」だ。本物のニュータイプになれるはずがない。彼らのような輝きも、純粋な怒りも、私にはない……)

 

胸の奥底で、冷たいコンプレックスが鎌首をもたげる。自分は選ばれた人間ではないのだ、と。

 

それでも、諦めるわけにはいかない。このままでは、また無力なまま、しかも苦しんで死ぬだけだ。それだけは絶対に嫌だ。二度も同じ過ちを繰り返してたまるか。

 

しかし。ならば、どうする?

 

普通の人間として、この地獄を生き抜く術など、今の私には見つけられない。かといって、ニュータイプという奇跡に縋ることもできない。

 

袋小路だ。絶望が再び心を覆い尽くそうとした、その時。

 

ふと、脳裏に禁断の言葉がよぎった。

 

「強化人間」

 

人の道を踏み外し、心身を改造して力を得る、歪んだ技術。薬物投与、精神操作、肉体改造。その代償は大きく、多くは精神を病み、悲惨な末路を辿る。人としての尊厳を捨て、感情を失い、ただ戦うためだけの兵器となる道。

フォウやロザミア、プルシリーズ……彼女たちの悲劇的な運命が、鮮明に思い出される。

 

(狂ってる……そんなものになるなんて……自ら人間じゃなくなるってことじゃないか……!)

 

普通の倫理観なら、絶対に選ばない選択肢だ。忌むべき存在。悲劇の象徴。本来のこの肉体の持ち主も、前世の自分も、絶対に唾棄していただろう。

 

だが、このような状況に置かれてしまった今の自分に「普通」などという甘えが許されるのか?

 

この世界で生き残りたいのならば、そして、このどうしようもなく歪んだ世界を少しでもマシな方向に変えたいと願うなら……常軌を逸した力が必要だ。

 

それは、綺麗事だけでは手に入らない。血と硝煙に塗れ、他者を蹴落としてでも掴み取らなければならない力。

 

強化人間になることは、そのための最短距離かもしれない。たとえそれが、地獄への片道切符だとしても。

 

前世で何も成し遂げられなかった無力な俺が、このガンダム世界で何かを成すためには、常軌を逸した手段を選ぶしかないのではないか? 人間性を保ったままでは、この絶望的な未来を変えることなどできはしない。

 

(偽物のニュータイプにもなれない私が、それでも足掻くためには……これしかないのかもしれない。たとえ人としての何かを失っても、手に入れた力で生き残り、やがては「善」を成せると信じるなら……その先に、私が望む未来があるのなら……!)

 

それは、途方もなく傲慢で、独善的な考えかもしれない。正気ではない。狂気の沙汰だ。

 

だが、一度その考えに囚われると、もう他の道は見えなかった。

 

まるで、悪魔が甘美な囁きで誘惑するように。

 

この発想は幻聴のようなものだったのか。戦場の空気にあてられたのか。それとも、自分自身の心の奥底の歪みの発露だったのか。

 

この小さな、か弱い少女の身体では、何もできない。だが、もし「強化人間」という仮面を被り、人ならざる力を得られるのなら……。

 

少女――いや、「私」は、煙の向こうに揺らめく空を見据えた。その碧い瞳の奥に、年齢不相応な冷徹さと、燃えるような、そしてどこか影の差した決意の光が宿る。

 

その決意は、死への恐怖を超えた、何かを成し遂げたいという異常なまでの渇望。そして、そのために全てを賭けるという、狂気にも似た覚悟。

 

涙は、もう涸れ果てていた。

 

「やってやる……絶対に。この世界で、私の望む未来を掴んでみせる……! そのために、私は……この魂を、悪魔にだって売り渡してやる!」

 

私の、二度目の人生。

血と絶望に彩られた、世界を変えるための戦いが。そして、狂気を孕んだ成り上がりの物語が。今、悪魔との契約と共に、始まろうとしていた。




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