宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話   作:Xn

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今のうちに更新しておきます。(追記:ジークアクスの最終話の放送数時間前に書かれた前書きです。)

長くはなりますが、激動の渦中、重なる出来事をどうかお見守りください。


第十四話:決意

ダカールでのシャア・アズナブルによる衝撃的な演説がついに行われた。

そこでは、ティターンズの非道な行いにも言及された。

リリアの行動故に報道管制のほか様々なダメージコントロールが行えたので、原作に比べその影響は非常に小さくなったものの、ティターンズ内部には動揺が走っていた。

 

ジャミトフ・ハイマン総帥は事態の収拾と組織の引き締めに躍起になっていたが、その指導力には拭いがたい陰りが見え始めていた。

 

しかし、皮肉なことに、その政治的な権威の低下とは裏腹に、ティターンズの軍事力そのものは、依然として地球圏最強の規模を維持していた。

 

何より大きかったのが、情報戦の成功が、地球連邦軍内部の多くの将兵に「ティターンズはまだ統制が取れており、義があり、優勢である」と信じ込ませることに貢献していたことである。

離脱者も殆ど出なかった。

 

政治的に多少揺らぎながらも、物理的な力と内部の求心力は未だ健在。

この歪な状況こそが、ティターンズの現状であり、エゥーゴやアクシズが容易に手出しできない最大の要因となっていた。

 

 

 

リリア・アストレアは、シャアの演説、そしてアムロ・レイとの遭遇という強烈な体験を経て、宇宙へと帰投していた。

 

アストライアーは軽微な損傷を受けたものの、その性能の高さは実証された。しかし、リリアの心は晴れなかった。

本物のニュータイプたちの圧倒的な力と、シャアの言葉の重みは、彼女の「偽物」としてのコンプレックスを再び刺激し、自身の存在意義を揺るがす。

 

自室に戻ったリリアは、まず強化人間としての調整を行う。

激しい戦闘と精神的負荷は、彼女の身体と心に確実に影響を与えている。

 

鎮静効果のある薬剤のアンプルを手に取り、慣れた手つきで皮下注射器に装填し、自らの首筋に打つ。薬剤が染み渡るにつれ、脳を締め付けていた頭痛と、胸を焼くような焦燥感が薄らいでいく。

 

(……この薬の供給も、いつまで続くか。ムラサメは頼れず、シロッコ大尉の善意も信用できない。自らの手で活路を拓かねば……)

 

彼女の思考の片隅に、他の研究所の名前が浮かぶ。彼らの技術が、突破口になるかもしれない。

 

 

 

その頃、ティターンズは失墜した分の権威を取り戻すべく、さらなる強硬策に打って出ようとしていた。

バスク・オムは、サイド2のコロニーに対しティターンズへの恭順を強要し、抵抗する動きを見せるコロニーには容赦ない弾圧を加える準備を進めていた。

その中には、完成したコロニーレーザー(グリプス2)の使用すらも含まれているという不穏な情報が、シロッコを通じてリリアの耳にも入っていた。

 

(コロニーレーザー……! バスクめ、またしても無差別攻撃を。原作知識によれば、サイド2の18バンチコロニーが標的になるはず。

そして、その数日後には21バンチへの毒ガス攻撃……。

このままでは、ティターンズは取り返しのつかない道を突き進むことになる。

だが、今の私から、かつてのような純粋な怒りや義憤が薄れているのを感じる。強化人間としての人生と、度重なるティターンズの非道な任務は、私の感情を確実に摩耗させている。

知識として「悲劇だ」と理解はできる。しかし、心のどこかで諦めている自分がいる。

……いや、違う、そんなはずはない!

犠牲は最小限に……!!)

 

精神が軋みを上げる中でも、彼女の中に残る倫理観は、この非道を見過ごすことを許さなかった。

ここで動いても駄目だろう、と内心思っていても、動かないことに良心の呵責を感じてしまう。

「犠牲は最小限に」という彼女の信念が、行動を決意させた。

 

 

ティターンズの部隊によって厳重に守られているコロニーレーザーは、情報を流出させたところで、止められない。

 

彼女は、バスクが作戦会議を開いているという情報を掴むと、意を決してその場に乗り込んだ。

まずは駄目でもともと、直談判をするしかない。

 

会議室の扉を勢いよく開けると、そこにはバスクのようなティターンズの強硬派を中心に、士官たちが、コロニーレーザーの使用計画について詳細を詰めている最中だった。

 

「失礼いたします、バスク様!」

 

リリアの突然の登場に、会議室内の空気は一瞬にして凍り付いた。

 

「アストレア中尉……何のようだ。ここは貴様のような小娘が入ってきていい場所ではないぞ」

 

バスクは、不快感を露わにしてリリアを睨みつけた。

 

「バスク大佐、コロニーレーザーの民間人相手の試射計画について、再考をお願いしたく参りました!

そのような無差別攻撃は、ティターンズの正当性を完全に失墜させ、世界中の憎しみを買うだけで、何の益もありません!

それどころか、エゥーゴにさらなる大義名分を与えることになります!」

 

リリアは、毅然とした態度でバスクに直言した。その声は、少女のものとは思えないほど強く、そして悲痛な響きを帯びていた。

 

バスクの顔が、怒りでみるみるうちに赤黒く染まっていく。周囲の士官たちも、リリアのあまりにも大胆な行動に息を飲んでいた。

 

「貴様……!この上官の私に意見するだと!?身の程をわきまえろ、強化人間崩れの小娘が!

ティターンズの作戦に、貴様の甘っちょろい理想など不要だ!」

 

バスクは怒号と共に立ち上がり、リリアの胸ぐらを掴むと、会議室の壁に叩きつけた。

リリアの非常に華奢な身体が、鈍い音を立てて壁に打ち付けられる。衝撃で息が詰まり、視界が一瞬暗転する。

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

「口答えするなよ! ティターンズの規律を乱す者は、容赦せんと言ったはずだ!」

 

バスクの鉄拳が、容赦なくリリアの腹部に叩き込まれた。内臓を直接揺さぶられるような激痛が走り、リリアは床に崩れ落ちる。バスクは今までに相当の怒りを溜め込んでいたようだ。

それでも、彼女はバスクを見つめる。その瞳には、屈辱と怒り、そして決して屈しないという意志が宿っていた。

 

「まだ……分からんようだな。いままで貴様をどれだけ見過ごやったと思っている!調子に乗るなよ、小娘!」

 

バスクは、倒れたリリアの髪を掴んで引きずり起こすと、その美しい顔に何度も拳を打ちつけた。頬が裂け、口の中に鉄の味が広がる。視界が霞み、意識が遠のきそうになる。

それでも、リリアは歯を食いしばり、うめき声一つ上げまいと耐えた。

 

強化人間とはいえ彼女は華奢で、強化に使われたのも最初期のムラサメの技術とあって、とても成人男性の実力行使に敵わない。

何より、抵抗するわけにもいかない事情が彼女にはあった。

 

(これがティターンズの、本気の「修正」……。

ここで下手に抵抗すれば、反逆と見なされ即座に排除されるかもしれない。今は耐えろ。

こんな暴力で、私の意志を……折れるものか……!)

 

周囲の士官たちの多くは、バスクの激しい暴行をただ黙って見ているだけだった。

彼らにとって、リリアは異質な存在であり、バスクの怒りを買うような行動を取った彼女に手を差し伸べることは、自らの立場を危うくすることを意味した。

強硬派の士官に至っては、それを満足気に眺めている。

 

しかし、その中には、リリアの勇気ある行動に内心で共感し唇を噛みしめる若い士官や、彼女と任務を共にしたことのある一部の兵士たちの姿も確かに見られた。

 

彼らは、今のティターンズのやり方に疑問を感じ始めており、リリアの存在が彼らにとって小さな希望の光となりつつあったのだ。

 

どれほどの時間が経っただろうか。リリアの意識が朦朧とし始めた頃、バスクはリリアをとどめとばかりに思いきり蹴り飛ばした。

 

「……少しは頭が冷えたか、アストレア中尉。貴様は、無論今回の作戦からは外す。

二度と私の前でふざけた態度を見せるな。次に逆らえば、その首、胴体から切り離してやるぞ」

 

バスクは、床に転がるリリアを見下ろし、唾棄するように言って会議室を出て行った。残された士官たちも、そそくさと彼の後を追う。

 

一人残されたリリアは、全身の痛みと屈辱に耐えながら、ゆっくりと身体を起こした。顔は腫れ上がり、制服は血と埃で汚れていた。強化人間としての回復力をもってしても、このダメージは深刻だった。

 

(私は、またしても無力だった……。私の言葉は、バスクには届かない……)

 

強化された感覚が、この身体の細胞の一つ一つが受けた衝撃と恐怖を、まるで自分の記憶ではない誰かの痛みのように、鮮明に感じさせていた。

それは、強化人間特有の過敏さなのか、それとも、この少女の身体が、かつて経験したかもしれない別の「恐怖」の残響なのか。

 

ふと、自分がこの身体の「正当な持ち主」ではないという、漠然とした罪悪感にも似た感覚が胸をよぎる。この身体は、もっと穏やかな人生を送るべきだったのではないだろうか。

 

(……いや、感傷に浸っている場合ではない。この身体で戦うと決めたのは、私自身だ。

この痛みを、この怒りを、決して忘れない。そして、いつか必ず!)

 

 

会議室に一人残されたリリアは、床に散らばった自らの血を見つめ、唇を噛み締めた。

今は、全身を襲う痛みよりも、心の奥底で燃え盛る怒りと屈辱、そして自らの無力さへの絶望が、彼女を打ちのめしていた。

 

その時、会議室の扉が静かに開き、一人の若い士官が恐る恐る顔を覗かせた。

彼は、以前リリアが作戦中に命を救ったことのある者の一人で、ティターンズのやり方に疑問を感じていたようだ。

 

「アストレア中尉……大丈夫ですか……? バスク大佐のあの仕打ちは、あまりにも……」

 

彼の後ろには、同じようにリリアを案じる数人の兵士たちの姿も見えた。彼らは、バスクの暴虐を目の当たりにし、ティターンズの現状に改めて絶望していた。

 

彼らの中には、先のダカールでの一件を知っているものも居た。

リリアの部隊が議事堂への無差別攻撃を制止し、暴徒から市民を守ったという(ティターンズによって編集された)報道は、彼らに「ティターンズには正義と統制を重んじる者がいる」という希望を抱かせるには十分だったのだ。

 

だが、その希望の象徴であるはずのリリア本人が、組織の腐敗にも見えるバスクに、「修正」を受けている。その光景に、彼らの間に重い沈黙が流れる。

 

士官の声に、床を見つめていたリリアがゆっくりと顔を上げた。

血と埃に塗れ、痛々しく腫れ上がった顔。だが、その碧い瞳は、やはり意志の光を宿していた。

 

その瞳を見た兵士たちは、息を飲んだ。彼らの間に漂っていた諦念の色が、静かに霧散してゆく。

 

「ありがとう。私は大丈夫です。ですが、このままでは、ティターンズは……いえ、地球圏そのものが破滅に向かうでしょう。

私は、それを止めるために、この流れに抗いつづけたい。この程度の『痛み』は、目的を達成するための必要経費です。

それよりも、あなた。彼の暴力を見て、心を動かしてくれたようですね。

その感情は、覚えておきますよ」

 

リリアは、まるで自らがチェスの駒であるかのように、自らが受けた度を越した暴行を割り切ろうとする。

若い士官は、その人間的な感情をあえて忘れたかのような態度に、この人なら本当にティターンズを変えられるかもしれないという、歪んだ期待を抱くのだった。

 

(やはり、バスク派の強硬な路線に反対する者は必ずいる。それを確認できた直談判には、やはり意味があった。

ジャミトフ総帥直属の部隊の中にも、バスクの残虐行為を快く思わない者もいるでしょう。

あるいは、シロッコ大尉のような新興勢力は、この状況をどう見るだろうか……)

 

リリアは、強化された処理能力で、脳内にティターンズの組織図と知り合った人物のリストを展開する。

そして、これまでに収集した断片的な情報――将校たちの噂話、派閥間の微妙な緊張関係、個々の性格や野心――を瞬時に結びつけて、協力できそうな相手をリストアップしてゆく。

 

リリアの唇の端に、秘めた笑みが浮かんだ。

この「修正」は、彼女にとって屈辱であると同時に、次の一手を打つための貴重な情報収集の機会でもあった。

 

こちらに対し同情的であった者を味方に付けるしかない、とリリアは考えていた。

 

 

 

数日後、リリアの身体は、ある程度回復していた。顔の腫れは引き、打撲の痛みも和らいでいたが、心の傷は刻まれたままだった。

 

そして、彼女のティターンズへの憎しみと、改革への決意は、より一層強固なものとなっていた。

 

この一件は、ティターンズ内部で密かにリリアに注目していた者たちにとっても、大きな出来事となった。

彼女の勇気ある行動と、それに対するバスクの非道な仕打ちは、ティターンズの現状に不満を抱く一部の兵士や士官たちの間で囁かれ、リリアへの同情と支持の声が静かに広がり始めている。

 

彼らは、リリアの周囲に自然と集まり、情報交換を行ったり、時には彼女の作戦行動を陰で支援したりするようになっていた。

 

それはまだ「派閥」と呼べるほど確かなものではなかったが、リリアがティターンズ内部で孤立していないことを示す確かな繋がりであり、また彼女を導く潮流であった。

 

彼女はこれを機に、本格的に自分の仲間とのネットワークを築き出す。

 

 

 

リリアが自室で一人、今後の行動を思考していた、ある時。回線に、シロッコからの着信が入った。

画面には、彼のいつもの、全てを見透かすような不敵な笑みが浮かんでいる。

 

『リリア君、少々手荒い歓迎を受けたようだね。バスクのやり方は、いつもながら芸がない。

だが、君のその「気骨」はなかなか見所があったと、私の周囲でも噂になっているよ』

 

彼の口調は軽いが、その瞳はリリアの反応を注意深く観察していた。

 

「……シロッコ大尉。お見舞いの言葉、痛み入ります。ですが、私はこの程度で屈するほど弱くはありません」

 

リリアは、内心の動揺を悟られぬよう、平静を装って答えた。

 

『だろうね。君は、私が目をつけただけのことはある。

……ところで、バスクが君を今回の作戦から外し、さらに厄介な立場に追い込もうとしている件だが、少しばかり「横槍」を入れておいた。

ジャミトフ総帥には、君の有用性と、バスクの行動がいかにティターンズの規律を乱すかを、それとなく進言しておいたのだよ。

総帥も、君のような使える駒を失うのは惜しいとお考えのようだ』

 

シロッコは、あたかもリリアのために動いたかのように語るが、その真意は彼女を利用価値のある手駒として確保し、バスクへの牽制にも利用するという、彼らしいものだった。

 

「……それは、どうも。大尉の配慮には感謝いたします」

 

リリアは、彼の言葉の裏にある打算を読み取りつつも、表向きは感謝の言葉を述べた。

今は、彼の「保護」がなければ、バスクによって潰される可能性が高い。この状況を利用しない手はない。

 

『礼には及ばんよ。君には、まだ果たしてもらわねばならないことがあるからな。

期待しているよ、リリア・アストレア。』

 

通信が切れ、リリアはシロッコの言葉を反芻した。彼の「介入」は、バスクからの直接的な圧力を一時的に軽減するだろう。

しかし、それは同時に、シロッコという男の掌の上で踊らされているという事実を、改めて彼女に突きつけるものだった。

 

(シロッコ……。あなたの計算高さは、本当に底が知れない。だが、私もいつまでもあなたの駒でいるつもりはない)

 

シロッコとの通信が途絶え、リリアは一人、冷たい自室で唇を噛み締めていた。バスクからの屈辱的な暴力、そしてシロッコの「保護」。

また、アストライアーというシロッコ製の機体は破格の性能だが、その心臓部であるMSI制御コアは、シロッコ自身が「私にも予測できない」と語った、得体の知れない代物だ。

 

あの男が、純粋な善意だけでこれほどの機体を私に与えるはずがない。このコアには、彼の何らかの仕掛けが施されている可能性すらある。

 

かと言ってシルフィード・カスタムの性能も限界に近い。アストライアーに乗り続けるしか無い。

 

もし、リリアがこのアストライアーとMSI制御コアの真の性能を引き出せず、ただその力に振り回されるだけならば、結局はシロッコの意のままに動かされる危険な駒でしかなくなる。

彼の手綱から逃れ、自らの意志でティターンズを、そして世界を変えるためには、この機体を完全に掌握し、彼の予測すら超える力を示さなければならない。

 

だが、ムラサメからの新たな支援は絶望的だ。彼女は肉体的な限界も抱えている。

このままでは、ジリ貧になる。

 

(何か……何か、この状況を打破する手立てはないものか……。

この閉塞感を打ち破る、新たな力が)

 

そのような、幾度となく考えていた悩みに再び苛まれていた。

 

 

 

その数日後、彼女に僥倖が訪れる。

それは偶然ではない。彼女の行動が起こした波紋は、彼女自身が知覚できぬほど広く、そして深く、ティターンズという巨大な組織の奥にまで達していた、ということであった。

 

リリアの私用端末に、ティターンズ内部からの極秘連絡を示す微かなシグナルが灯った。

それは、バスクへの直訴事件以降、彼女に協力する技術士官が密かに設定した暗号化された通信チャネルからのものだった。

警戒しつつ応答すると、ホログラムスクリーンに初老の男性の姿が映し出された。

その顔には深い疲労と、しかし知的な光を宿す瞳があった。

 

「リリア・アストレア大尉、突然の連絡、失礼する。

私はオークランド研究所に所属しているドクター・スターリングだ」

 

男は静かに名乗った。

 

「君のことは、様々なルートから聞き及んでいた。そして……先日のバスク司令の残虐な作戦への反発も、我々の耳にも届いた。

それで、この回線を聞き及び、君に連絡する決心がようやく、ついたわけだ」

 

オークランド研究所。それはニュータイプや強化人間の研究にも深く関与している研究機関の一つである。

リリアは息を飲んだ。

 

「……私に何の御用でしょうか。今の私は、ティターンズのはぐれもので、ムラサメからも疎まれています。

あなた方のような組織が、私に関わるメリットなどないはずですが」

 

リリアの声には、隠しきれない不信感が滲んでいた。

スターリングは、リリアの警戒を察したように、静かに言葉を続けた。

 

「オークランドも、ティターンズの意向に沿った研究を進めているよ。それは否定しない。

だが、その中でも私のような『異端』も存在するのだよ。

今のティターンズのやり方に反発している者がね。そして、強化人間技術を、単なる兵器開発の駒としてではなく、人間の可能性を別の形で開花させる手段と捉え、その苦しみを軽減する道を探るべきだと考える者がね。

君の『犠牲を最小限に』という戦い方、そしてティターンズの現状への憂いは、我々の一部……ほんの一部ではあるが、そういった者たちの間で、強い関心とある種の共感を呼んでいる。

我々は、君のその特異な資質に賭けてみたいのだ」

 

リリアは眉をひそめた。

 

「賭ける……? 私を、またモルモットにするおつもりですか。

これ以上、私の身体も心も、弄ばれるのはごめんです」

 

彼女の脳裏に、ムラサメでの過酷な日々が蘇る。あの冷たい手術台の感触、薬物による意識の混濁、そして自我が削られていく恐怖。

 

「そうではない」

スターリングは静かに首を振った。

 

「我々が提案するのは、君の負担を可能な限り軽減しつつ、君の潜在能力を安全に引き出すための新たな『調整』だ。

君がシロッコ大尉から受領したアストライアー……その機体に搭載されているというバイオセンサー・システムは、君の脳波と機体制御を直結させるものだと伺っているが、我々の独自技術を用いれば、その同調率をさらに高め、より精密な制御と思考のダイレクトリンクを、比較的安全に実現できる可能性がある。

それは、強化人間としての君の精神的な安定にも繋がるかもしれない。

もちろん、検証が十分ではない技術であり、リスクが皆無とは言えない。

それに、今までの強化手術の非人道性も私は理解している。君が訝しむのも無理はない。

だが、今のムラサメに見捨てられた君が抱えているであろう閉塞感と、強化人間としての副作用の苦しみを考えれば……あるいは、試してみる価値はあるのではないかね?」

 

どうやら、MSI制御コアの話は漏れていないようだ。

そして、スターリングの言葉は、リリアの心の奥底にある渇望――より強大な力と、精神的な安定――を的確に突いていた。

しかし、それは同時に、再び自らの身体を他人の手に委ねるという、大きな決断を迫るものでもあった。

強化手術の記憶は、鮮烈な痛みと恐怖を伴って彼女の心に刻まれている。

 

(この男の言葉を、信じてもいいのだろうか。オークランドもティターンズに利用されている機関。彼もまた、私を利用しようとしているだけかもしれない。

だが、このままでは、力が足りない。アストライアーを完全に乗りこなし、ティターンズを変えるという目的を達成するためには……再び、この身を……。

あの冷たいメスと、脳を焼くような感覚を、もう一度……?)

 

リリアの額に、冷たい汗が滲む。呼吸が浅くなり、指先が微かに震えた。

 

だが、ここで立ち止まったとして、どうなると言うんだ?

そんな疑問がリリアの中に浮かぶ。

 

このままでは、力不足のまま夢を語って朽ちる。あるいは、精神が持たぬかもしれない。

 

もう、リリアは強化人間になっている。そんな引き返せない場所まで来てしまったのなら。

 

(覚悟を決めろ。この提案は渡りに船だ。恐怖を飲み干して、もう一歩、前へ……!)

 

数瞬の沈黙の後、リリアはスターリングの目を真っ直ぐに見据えた。

その瞳には、深い葛藤と、それでもなお前へ向かおうとする、悲壮なまでの決意が宿っていた。

 

「……分かりました、ドクター・スターリング。あなたの言葉を……オークランドの『良心』を、今は信じてみましょう。

私に、その『調整』を受けさせてください。このままでは、私はティターンズを変える前に、自分自身にすら負けてしまう」

 

 

 

数日後、情報工作をして自らの行動が公然にならぬよう注意を払いつつ、リリアはオークランド研究所が秘密裏に運用する小型の医療艦の一室にたどり着く。

 

手術台の周囲には、スターリングと数名の研究員、そして物々しい医療機器が並んでいる。

 

身体の自由は奪われているが、意識は薬物によって覚醒状態に近いレベルで保たれていた。

 

スターリングによれば、強化人間特有の脳波パターンをリアルタイムで観測し、ニュータイプ特有の脳波との精密な同調を行うためには、リリア自身の意識が一定レベルで活動している必要があるのだという。

 

手術は、彼女の脊髄と脳幹に近い部分、そして腕と足の一部に、髪の毛よりも細い神経インターフェースを複数埋め込み、アストライアーのバイオセンサーとの情報伝達効率、そして肉体の反応性を物理的に向上させるという、極めて精密かつ侵襲性の高いものだった。

 

「君の苦痛は、君の脳が、その小さな器には収まりきらないほどの膨大な情報を処理しようとすることに原因の一つがある。

ならば、その負荷を全身で受け止め、流してやればいい。

君の身体の神経そのものを、もう一つの演算装置として機能させるのだ」

 

スターリングは、そう述べていた。

それは、リリアの能力の『上限』を引き上げる目的を達成しつつ、『下限』をより安定させるためのアプローチだった。

 

メスが皮膚を切り裂き、微細なドリルが頭蓋に小さな穴を開ける音、そして神経組織に異物が挿入される際の鈍い圧迫感が、覚醒した意識下で、しかし薬物による感覚の変容を伴いながら、断片的に彼女の知覚に刻まれる。

時折、視界が激しく明滅し、実際に神経系が発する悲鳴のようなものを感じ取った。

それは、ムラサメでの記憶を呼び覚ます、耐え難い感覚である。

 

手術は数時間に及び、リリアは悪夢と、薬物によって歪められた現実の狭間を彷徨い続けた。

しかし、スターリングの言葉通り、以前の強化手術のような、魂を削り取られるような絶望感は薄く、むしろ世界との間に、より自然で、温かい繋がりが生まれつつあるような不思議な感覚があった。

 

長い手術が終わり、鎮静剤によってようやく深い眠りに落ちたリリアは覚醒する。

 

その後、アストライアーに乗り込んだ時、バイオセンサーとMSI制御コアを通じて流れ込んでくる情報は、よりクリアに、そしてスムーズに処理できるようになっていた。

 

そして、不思議なことに、強化人間としての副作用である頭痛や幻覚も、無論以前と比較してに過ぎないが、多少はコントロールしやすくなったように感じられた。

 

しかし、同時に、彼女の感覚はさらに鋭敏になり、戦場の気配や他人の感情の機微を、より鮮明に感じ取るようになってもいた。

それは、彼女にとって新たな力であると同時に、新たな苦悩の始まりでもある。

 

このオークランドによる追加強化は、ティターンズに対して極秘に進められた。

スターリングもまた、自らの研究とリリアという存在を守るため、最大限の隠蔽工作を行ってくれていた。

その苦労の程を想像し、リリアは彼に深く感謝をした。

 

 

 

そして。

宇宙世紀0087年12月。バスク・オムは、ついにコロニーレーザー(グリプス2)の使用を強行した。リリアは、先のバスクへの直言の結果、この作戦からは完全に外され、手術からの回復を待っていた。

彼女にできることは、ただ祈ることだけだった。

 

だが、結果はリリアの予想、そしてバスクの目論見とは大きく異なるものとなった。

コロニーレーザーは発射されたものの、照射直前に謎の「システムトラブル」が発生。

照準制御系に深刻なエラーが生じ、レーザーは標的とされたコロニーをかろうじて逸れ、コロニー近傍の無人のデブリ帯を焼き尽くすに留まったのだ。

 

さらに、この「トラブル」により、コロニーレーザーの主要なエネルギー集束装置と照準システムが深刻なダメージを受けた。

そして、再度の精密な照準と発射には大規模な修理と調整が必要となり、当分の間、グリプス2はその戦略的価値を大幅に減じることとなった。

 

この予期せぬ事態に、バスクは司令室で「何故だ! 技術部は何をしていた!」と怒り狂い、責任者を激しく詰問したという。

彼は技術部の怠慢や、あるいはエゥーゴによるサイバー攻撃の可能性まで疑ったが、結局トラブルの明確な原因は特定できなかった。

 

リリアは、この報を聞き、安堵の息を漏らすと同時に、新たな緊張感を覚えた。

 

(コロニーレーザーが外れた……。原作にはない展開だ。偶然か、それとも……?

私がバスクに楯突いた後、ティターンズ内部でも、彼の強硬路線への反発が僅かながらも表面化しつつあった。

私の行動に影響を受けた穏健派の技術士官や、良心の呵責に耐えかねた誰かが、命がけで妨害工作を行ったのかもしれない。あるいは、本当にただの機械の故障だったのか。

どちらにせよ、最悪の虐殺は避けられた。

さて、次は毒ガス攻撃か……)

 

 

 

コロニーレーザーという「奥の手」を一時的に封じられたバスクは、スペースノイドへの恐怖を改めて植え付けるため、より確実で、そして残虐な手段を選んだ。

 

程なくして、ティターンズはサイド2の21バンチコロニーに対し、毒ガスG3による殲滅作戦を秘密裏に準備。

この作戦の実行部隊には、ティターンズに寝返り、シロッコの庇護下に入っていたレコア・ロンドが、その忠誠心を試すために、不本意ながらも組み込まれていた。

 

リリアは、原作知識により、この作戦の概要を事前に察知していた。

彼女は、前回のコロニーレーザーの件で、自らの直接的な抗議がティターンズ内部で大きな波紋を呼んだことを推測しており、今回もより慎重な手段を選ぶ必要があった。

 

それに、警戒が強まっている現在のティターンズ外部への通信のセキュリティレベルは、内部へのものよりも遥かに高いことが想定される。

 

(またしても、このような非道な作戦を。

一つのコロニーの住民を犠牲にするなど、正気の沙汰ではない。

今の私が直接介入することは難しい。だが、見過ごすこともできない。

……カノウ曹長、あなたに、再び危険な橋を渡らせることになる。

だが、これ以上、ティターンズの狂気を放置するわけにはいかないのです)

 

リリアは、再びカノウ曹長に極秘裏に接触することを決意した。

 

情報部の薄暗い端末室で、彼の背後に音もなく現れたリリアの気配に、カノウは息を飲んだ。

 

「アストレア大尉……。また、無茶をなさるおつもりですか」

 

カノウの声には、彼女が背負う危険への深い憂慮が滲んでいた。

 

リリアは、サイド2・21バンチへの毒ガス攻撃計画の概要を、簡潔に、しかしその非人道性を明確に伝えた。

カノウは、その話を聞き、顔を青ざめさせる。

彼はしばらくの間、葛藤するように唇を噛み締めていた。しかし、やがて顔を上げ、静かに、しかし力強く頷く。

 

「……分かりました、大尉。あなたには、やはり、命を救われた恩があります。

それに、正直に言えば、私も、もう限界なんです。ジオン残党狩りの名の下に、反抗するスペースノイドを弾圧する。それは、秩序維持のために必要なことだと自分に言い聞かせてきました。

ですが、30バンチの噂や、先のコロニーレーザーの件……もはや、我々がやっていることは、かつて我々が倒したはずのジオンの虐殺行為と何が違うというのですか。

これ以上、この制服に泥を塗るような真似は、したくない」

 

彼の瞳には、ティターンズという組織への失望と、自らの行いへの深い苦悩が滲んでいた。

 

今回は、以前よりさらに巧妙な手口で、ティターンズの作戦計画の断片的な情報――サイド2宙域での「特殊作戦」の可能性――と、21バンチコロニーの危機を、複数のダミールートを経由させ、追跡が極めて困難な形で、エゥーゴと繋がりのあるコロニー内のレジスタンス組織へとリークすることになる。

 

カノウは、リリアの覚悟と、ティターンズの暴走を止めるという共通の意志を改めて確認し、危険を承知でこの情報漏洩に協力してくれた。

彼の高い技術は、ティターンズの監視網の目を欺く上で不可欠だった。

 

 

結果として、エゥーゴはティターンズの毒ガス攻撃の情報をなんとか掴み、アーガマを中心としたMS部隊を21バンチコロニー宙域へと急派。

ティターンズの毒ガス部隊がG3ガスボンベを設置しようとしたまさにその時、エゥーゴのMSが強襲をかけ、激しい戦闘の末、ガスボンベの多くを破壊、あるいは作動前に無力化することに成功した。

 

21バンチコロニーへの毒ガス攻撃は、原作のようなジェノサイドには至らなかった。一部の区画で負傷者は出たものの、毒ガスの濃度は上がらず、住民は生き残ることが出来た。

 

バスク・オムは、二度にわたる作戦の失敗――コロニーレーザーの照準ミスと、毒ガス攻撃の阻止――に激怒し、ティターンズ内部の問題であることを確信。

裏切り者の徹底的な捜索と粛清をヒステリックに叫び始めた。

 

そして、シロッコはリリアを監視・庇護しつつ、このバスクの失態と暴走を巧妙に利用し、ティターンズ内部のバスク派への不信感を煽り、自らの影響力をさらに強めていく。

 

リリアは、これらの出来事を冷静に分析しながらも、心の奥底では、ティターンズという組織の問題の根深さと、自らの行動がもたらす結果の重さに、静かに打ち震えていた。

 

(ティターンズは、やはり腐りきっている。私の小さな抵抗では、この巨大な悪意の流れを完全に止めることはできないのかもしれない。

だが、それでも、諦めるわけにはいかない。効果は出ているんです!

そして、私を信じてくれる者たちと共に、いつか、本当の意味でティターンズを浄化し、この歪んだ世界に光をもたらすことができれば……)

 

そして、その決意を胸にしながら、彼女はシロッコとの関係を続けてゆく。

 

アストライアーは、血塗られた道を、主の歪んだ理想を乗せて飛翔する。

その先に待ち受けるのが、彼女の破滅か、それとも新たな世界の夜明けか、それはまだ誰にも分からなかった。

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