宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話 作:Xn
宇宙世紀0088年1月下旬。
ゼダンの門の攻防、そしてジャミトフ・ハイマンが表舞台から去ったことは、ティターンズという巨大組織に深刻な亀裂を生じさせた。
最高指導者を失ったティターンズは、事実上、三つの勢力に分裂しつつあった。
強硬路線を強く押し進め、依然として勢力を保持するバスク・オム率いる派閥。
ゼダンの門を取り巻く混乱の中で巧みに実権を掌握しつつある、ジュピトリスを背景に持つパプテマス・シロッコの新興派閥。
そして、ティターンズの現状に疑問を抱き、リリア・アストレアという異質な存在に惹かれる者たちが水面下で繋がりを深めつつある、リリア派とでも呼べる集団。
(この権力の真空状態は、我々にとって好機。今こそが、バスクを討つ絶好の機会となります。
……だが、この状況を最も楽しんでいるのは、あるいはハマーン・カーンなのかもしれない。
彼女の先遣隊が早期に地球圏で活動していたことは、ティターンズの内部対立という火種に、確実に油を注いだはずだ)
リリアは、この三つ巴の権力闘争の渦中で、慎重かつ大胆に立ち回って、自勢力を確固たるものにしようとしていた。
彼女の目的は、ティターンズを内側から浄化し、再編すること。
そのためには、まずバスクのような過激派を排除し、そして最終的にはシロッコの野心にも打ち勝つ必要があった。
(バスクの力は未だ健在。彼を排除しなければ、ティターンズの腐敗は止まらない。
シロッコ大尉は、バスクを排除するために私を利用するだろう。そして私もまた、彼を利用する。
問題は、私自身の勢力を、どこまで拡大できるか……。
ティターンズの指揮系統は乱れ、シロッコが優勢なものの権力基盤はまだ盤石ではない。
今を逃せば、内紛が手を付けられなくなる状態に悪化する可能性がある)
リリアは、シロッコの拠点である木星輸送艦ジュピトリスにて与えられている自室で、今後の戦略を練っていた。
一方、バスク・オムは、力による組織の再統一を試み、自らに反対する者を容赦なく粛清し始めていた。
それと同時に離反者も出るが、彼は気にしない
そして。
「アストレア中尉。
バスクが、ドゴス・ギアを完全に掌握し、貴様を反逆の疑いで拘束するよう、配下のティターンズ艦隊に通達を出したようだ。
君は性急に動きすぎたな。どうやら、本気で君を排除するつもりらしい。そして、これが終われば、ターゲットは私に移るのだろう。
ああ、君が気にかけていたオーガスタの強化人間と、あのサイコ・ガンダムMK-IIという巨大な玩具もバスクは手に入れたようだ。なかなか用意周到なことだ」
シロッコは、ジュピトリスのブリッジで、リリアにその情報を淡々と告げた。
彼の表情からは、リリアを助ける気があるのか、それともこの状況すら利用するつもりなのか、読み取ることは難しい。
ただ、リリアの感覚は、バスクへの明確な敵意と、リリアの行動を見定めようとする冷徹な意志を捉えた。
(バスクがロザミアとサイコ・ガンダムMk-IIまで……!ドゴス・ギアの戦力も絶大だ。
これで、ティターンズは完全に内紛状態と化す。
だが、これは好機でもある。彼を排除する絶好の機会)
リリアは、シロッコの言葉に動じることなく、冷静に答えた。
「情報、感謝いたします、大尉。
ですが、私は逃げるつもりはありません。バスクのような男に、ティターンズの未来を委ねるわけにはいきませんから」
「ほう。では、君はどうするつもりだ?
ドゴス・ギアを中心としたバスクの艦隊は、並の戦力では歯が立たんぞ?」
シロッコの瞳が、興味深そうにリリアを見つめる。
その奥には、リリアの能力を試すような、そして彼女の行動が自らの計画にどう影響するかを計算するような、複雑な色が浮かんでいた。
「私には、アストライアーがあります。そして……私に同調してくれる者たちもおります。
彼らと共に、バスクの暴走を止めます。いえ、終わらせます。
ティターンズの汚点である彼の存在と、その象徴となりつつあるドゴス・ギアの脅威を、宇宙の塵にしてみせます」
リリアの言葉には、確固たる決意が込められていた。
彼女は、この機会にバスクを完全に排除し、ティターンズ内部の権力バランスを大きく変えることを狙っていた。
シロッコは、リリアのその言葉に、不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。君のその覚悟、見届けさせてもらおう。
私も、バスクがティターンズを破滅に導くことは望んでいない。君が事を起こすのであれば、私はそれを黙認しよう。
ただし、ジュピトリスと私の部隊は、この戦闘には直接介入しない。
君自身の力で、どこまでやれるか見せてもらおうか。そして、もし君が成功した暁には……ティターンズの新たな秩序について、改めて話し合う必要があるだろうな。
その時、君が私にとって『頼もしい存在』であり続けることを期待する」
シロッコの言葉は、リリアへの暗黙の支援であり、リリアの能力への信頼であり、同時に彼女の能力を試す冷酷な査定でもあった。
そして、その言葉の端々には、リリアを駒としてしか見ていないという、彼の傲慢さが透けて見えるような気がした。
リリアは、シロッコの言葉の裏にある意図を理解しつつも、彼の「黙認」という言質を得たことで、行動計画を最終段階へと移した。
彼女は、密かに連絡を取り合っていた、ティターンズ内部の良識派の士官や、彼女に複雑な感情を抱く者たちに蜂起を促したのだ。
彼らがリリア・アストレアという少女に抱く感情は、決して「心酔」や「敬愛」といった単純なものではなかった。
ある者は、彼女が振るう「碧き死神」としての戦闘力を知っており、この混沌とした戦場で生き残るためには、彼女の勝利に賭けるしかないと判断した。
だが、それ以上に多くの者たちの心を捉えたのは、その冷徹さの奥に時折垣間見える、『甘さ』だった。バスクの命令に背いてでも民間人の犠牲を避けようとする意志。敵兵の命すら無駄に奪うことを良しとしない行動。
多くの兵士がティターンズの狂気に染まるか、あるいは諦念の中に沈んでいく中で、彼女だけが、その身を危険に晒してまで、失われかけた『人間としての良心』に抗おうとしているように見えたのだ。
その危うい姿に、リリアの活動によって残っていた良識派はティターンズが本来持つべきだったはずの「正義」の幻影と、組織浄化という難事業への最後の「希望」を見出した。
バスク・オムの狂気でも、パプテマス・シロッコの底知れぬ野心でもない、リリア・アストレアという歪で、しかし光を放つ存在に、彼らは自らの命運を賭けることを決意したのだった。
そして数日後、バスク・オムが掌握したドゴス・ギアが、サイド2宙域への威力偵察と称して、ティターンズの主力艦隊の一部を率いて出撃したその時。
リリアのアストライアーと、彼女に呼応した数隻のサラミス改級巡洋艦、そしてそれらに搭載された十数機のハイザックやマラサイが、突如としてバスクの艦隊に牙を剥いた。
「全機に通達!我々は、バスク・オムの暴虐に終止符を打つ!
ティターンズは、断じて彼の私物ではない!
我に続く者は、ティターンズの真の未来をその手で掴み取れ!」
リリアの声は、限定的な指向性通信を通じて、彼女に同調する者たちへと届けられた。
それは、決起した仲間たちへの檄だった。アストライアーを中心としたリリア派が、ドゴス・ギアへと突貫する。
「なんだと!リリアが来た!?
あの小娘、やはり反乱を起こしおったか!
全艦、全MS、反乱分子を撃滅しろ! あの女を生かしておくな!
あの碧いMSと、それに与する者共を血祭りにあげろ!」
ドゴス・ギアのブリッジで、バスクは激昂し、全戦力による迎撃を命じる。
彼の顔は怒りで歪んでいた。
ロザミアは、サイコ・ガンダムMk-IIのコックピットで、バスクの命令と、リリアへの想いの間で激しく葛藤し、巨大な機体を不安定に揺らしていた。
「リリア・アストレアを、討つ……」
そう苦しそうに呟くその声は、当然リリアの通信機には届かない。
一方、ジェリドはバイアランのコックピットで、冷静さを装いながらも、その瞳にはリリアへの強い対抗心が燃えていた。
「リリア・アストレア……!
確かに厄介だが、乗り慣れたバイアランと、この俺の技量があれば、決して負けはしない!」
ジェリドは、ダカールでの戦闘において、アムロやカミーユの力に加え、アストライアーが示す規格外の性能と、そのパイロットであるリリアの存在に脅威、そしてある種の焦りを感じていた。
だからこそ、彼はこの戦いでティターンズのエースとしての自らの価値を証明しようと闘志を燃やす。
一方、リリアに呼応したMS部隊は、数では劣るものの、ティターンズの現状に不満を抱く精鋭たちだった。
彼らは、リリアの指揮の下、巧みな連携でバスク派のMS部隊に切り込んでいく。
リリア派のハイザックの狙撃が、敵のマラサイのセンサーを貫く。
戦場は一瞬にして、ティターンズ内部の同士討ちという泥沼の様相を呈した。
「臆するな! 我々には大義がある! バスクの独裁を許すな!」
リリアは、アストライアーを駆り、単機でドゴス・ギアへと迫る。
その進路上には、バスク直属の親衛隊が駆るマラサイや、どこから来たのかガブスレイも含む、MS群が幾重にも壁となって立ちはだかる。
ドゴス・ギアからは、雨あられとメガ粒子砲や実体弾が放たれ、宇宙空間は瞬く間に灼熱の戦場と化した。
「碧き死神め! ここまでだ!」
マラサイの編隊が、巧みなフォーメーションでアストライアーを包囲し、一斉にビーム・ライフルを掃射する。その弾幕は、アストライアーの回避コースを完全に塞いでいるかに見えた。
「甘い!」
リリアはアストライアーのバイオセンサーとMSI制御コアを活用し、敵機の僅かな動きの予兆、パイロットの殺気の流れを読む。アストライアーは、まるで糸で吊られた人形のように、予測不能な三次元機動で弾幕の隙間を縫っていく。
機体各所のスラスターが駆使され、碧い残像が戦場に幾筋も描かれる。
回避と同時に、アストライアーのバインダーに搭載されたビーム砲が火を噴き、マラサイの1機の脚部を破壊。
バランスを崩した機体に、すかさず大型ビーム・ランサーを腕に突き立て、戦闘力を奪う。
――敵の数が多すぎる!
「くそっ、化け物か!?」
ガブスレイがMA形態に変形し、フェダーイン・ライフルの長距離射撃でアストライアーを狙う。
しかし、リリアはアストライアーの指向性ジャマーを起動。ガブスレイのセンサーは一瞬ホワイトアウトし、照準が大きく狂う。
その隙に、アストライアーは音もなくガブスレイの側面に後に回り込み、ビーム・ランサーで胴体を貫く。
ドゴス・ギアの対空砲火はさらに激しさを増す。
メガ粒子砲の極太のビームが、アストライアーの至近を掠め、機体表面の塗料が気化し、コックピット内にも高熱が伝わってくる感覚がする。
警告音がコックピットに鳴り響き、リリアの額には脂汗が滲む。
(この弾幕……!さすがはドゴス・ギア……!
だが、怯むな!仲間たちが道を開いてくれている!)
リリアに同調したMS部隊は、数で劣りながらも決死の覚悟でバスク派のMSに食らいつき、アストライアーの進路を切り開こうとしていた。
彼らのハイザックが敵のマラサイのビームに焼かれる。
そうした度に、仲間の断末魔や悲鳴が、リリアの強化された感覚に突き刺さる。
「アストレア大尉! 我々のことは構わず、前へ! バスクを討ってください!」
彼らの悲痛な叫びが、リリアの心をさらに燃え上がらせる。
その時、リリアのバイオセンサーが、急速に接近してくる強大なプレッシャーを二つ捉えた。
一つは、巨大な影――ロザミアのサイコ・ガンダムMk-II。
そしてもう一つは、鋭く尖った敵意を放つジェリドのバイアランだった。
「リリア……!私は……貴方を……!」
サイコ・ガンダムMk-IIのコックピットで、ロザミアは操縦桿を握りしめていた。
彼女の精神はバスクの命令と洗脳措置、その背後に残るリリアへの想いの間で引き裂かれ、巨大な機体は不安定に周囲にメガ粒子砲を撒き散らす。
そのビームは、敵味方の区別すら曖昧に戦場を薙ぎ払う。
「ロザミア!しっかりして! あなたは私の敵じゃない!」
リリアは必死に呼びかけるが、混乱したロザミアには届かない。
そこにジェリドが介入する。
「俺がティターンズのエースだと証明する!」
ジェリドのバイアランは、咆哮を上げるスラスターと共にアストライアーに襲い掛かる。
その操縦は荒々しく、被弾を恐れない捨て身の突撃を繰り返す。
接近するリリア派のMSをメガ粒子砲で的確に撃ち落とし、その爆炎を背にアストライアーへと肉薄する。
そして、その高機動性を活かしてアストライアーへ接近。
バイアランのビームサーベルが、まるで踊るようにアストライアーのビーム・ランサーと火花を散らす。
ジェリドは巧みに間合いをコントロールし、リリアに反撃の隙を与えない。
一瞬の交錯の後、バイアランはバックステップで距離を取ると同時に、腕部のメガ粒子砲をアストライアーの予測回避地点へと精密に撃ち込む。
その射撃は的確で、アストライアーはギリギリの回避を強いられる。
回避した先には、急接近したバイアランのビームサーベルが待ち構えているという、息をもつかせぬ連続攻撃だった。
その動きは冷静沈着でありながら、リリアへの強い対抗心と、勝利への執念に満ちていた。
「ジェリド中尉! あなたもバスクに利用されているだけです! 当初の理念を思い出してください!」
「黙れ! ティターンズの秩序を乱す反逆者が、俺の正義を語るな!」
バイアランの高機動スラスターが唸りを上げ、アストライアーに高速で肉薄する。
ビームサーベルがアストライアーのビーム・ランサーとまたも激しく火花を散らし、メガ粒子砲は的確にその進路を塞ぐ。
そして、ついにアストライアーの左腕シールドがメガ粒子砲の直撃を受け、吹き飛んだ。
(これが、ティターンズのエリートの意地……!)
強化人間としての彼女の能力をもってしても、ジェリドのバイアランの動きを完全には捉えきれない。
「どうした、リリア・アストレア! その程度の力で、ティターンズを浄化するなどと嘯いていたのか?
お前のような奴に、真の秩序など作れるものか!
俺こそがティターンズの理想を背負っている!
お前のような、どこから来たかも分からん得体の知れない存在に、ティターンズの未来を好き勝手にさせるわけにはいかんのだ!」
ジェリドの言葉は、彼のプライドと、彼なりに背負ってきたものの重さを物語っていた。
バイアランのメガ粒子砲がアストライアーの左肩部を掠め、表面装甲を溶解させる。
リリアは、ジェリドという男の、これまで見過ごしてきたかもしれない「強さ」を認識する。
それは、ニュータイプや強化人間とは少し異なる、努力とプライドが生み出す力だった。
ジェリドは、的確な攻撃を繰り返す。
アストライアーは、サイコ・ガンダムMk-IIのメガ粒子砲と、バイアランの猛攻という、二つの脅威に同時に晒されている。
サイコ・ガンダムMk-IIの巨腕から放たれたビームが遠く飛び、リリア派のサラミス改級巡洋艦のブリッジを破壊し、轟沈させる。
(くっ……! このままでは……!
サイコ・ガンダムの動きが不規則すぎる! ジェリドの攻撃に集中できない!)
リリアは、サイコ・ガンダムMk-IIの攻撃を避けながら、バイアランとの激しいドッグファイトを繰り広げる。アストライアーの機動性はバイアランに負けるものではないはずだが、サイコ・ガンダムMk-IIの存在と、ジェリドの経験に裏付けられた操縦技術は、リリアを確実に消耗させていた。
そして、悲劇は最悪の形で訪れた。
ジェリドのバイアランが、アストライアーの回避行動を読み切り、メガ粒子砲を放った。
そのビームは、アストライアーの胴体を狙っていた。リリアは銃口の動きを読み、咄嗟に機体を右に捻り、直撃を避けようとする。
その瞬間、ロザミアのサイコ・ガンダムMk-IIが、まるでリリアを庇うかのように、アストライアーとバイアランの間に割り込んできたのだ。
それは、強化人間としての自分と、軍人としての自分と、リリアを慕う心が綯い交ぜになった末の、衝動的な動きだった
「お姉さま……!!」
ロザミアの声。彼女は、思わず、リリアを守ろうとした。
しかし、巨大なサイコ・ガンダムMk-IIの機体は、ジェリドの放ったメガ粒子砲のビームを、その頭部、まさにコックピットのある場所に真正面から受けてしまう。
一瞬の閃光の後、サイコ・ガンダムMk-IIは動きを止め、そして、その頭部から大爆発を起こした。
「リリア……お姉……さま……どうか……」
途切れ途切れの、ロザミアの最期の声が、リリアの脳内に直接響いた。それは、悲しみと、後悔と、そしてリリアへの純粋な想いが込められた、痛々しい響きだった。
「ロザミアアアアアアアアアアッ!!!!」
リリアの絶叫が、戦場に木霊した。目の前で、大切だった存在が、自らを庇って散っていく光景。
それは、リリアの心を深く、そして残酷に抉る。
怒り、悲しみ、絶望、そして激しい自己嫌悪。あらゆる感情が奔流となって彼女を襲い、強化人間としての精神制御が限界を超えようとしていた。
視界が赤く染まり、呼吸が荒くなる。胸の奥底から、獣のような咆哮が込み上げてくる。
(私が、私がもっと強ければ、私が、あなたを、守れたのに……!
ロザミア、あなたの笑顔も、温もりも、もう二度と……。
ジェリド……! あなたのせいでロザミアは。
そして、その元凶であるバスク!! 許さない……!!)
涙が溢れ、モニターの表示を歪ませる。
ロザミアの死はジェリドが悪いわけではないとは分かっていても、怒りは湧き、そしてバスクを討つためには強力なパイロットであるジェリドを排除する必要があるのも事実であった。
まるで、残酷な神々の戯れを見せられているかのようだった。英雄になれたかもしれぬ男が、道化を演じさせられる。
「ジェリドッ! 覚悟!!」
リリアは、アストライアーの全スラスターを最大戦速で噴射させ、バイアランへと突貫する。
その瞬間、アストライアーのコックピットが、まるでリリアの怒りに呼応するかのように、微かな赤い光を発し始めた。
計器類の数値が跳ね上がり、リミッターが解除され、機体から不気味な唸り音が聞こえる。
そして、その中心となるMSI制御コアが唸りを上げる。
ジェリドは、リリアの常軌を逸した気迫と、アストライアーの恐るべき速度に一瞬戦慄した。
「な、なんだこのプレッシャーは!? 化け物め! だが、俺は退かん!」
ジェリドは恐怖を怒りに変え、バイアランの全スラスターを噴射し距離を取りつつ、アストライアーの突撃を正面から迎え撃とうとする。
メガ粒子砲を乱射し、ビーム・サーベルを構え、抵抗を試みる。
しかし、リリアの怒りと、MSI制御コアによって増幅されたアストライアーの力は、ジェリドの想像を遥かに超えていた。
アストライアーは、バイアランの放つメガ粒子砲の弾幕を、まるで幻影のようにすり抜け、ビーム・サーベルは空を切る。
そして燐光を纏ったビーム・ランサーの穂先が、吸い込まれるようにバイアランの胴体部へと迫る。
ジェリドは、死を覚悟した瞬間、バイアランの腕部で必死にランサーを受け止めようとするが、その抵抗も虚しく、ランサーは装甲を貫き、コックピットを正確に捉えた。
「この俺が……こんな……小娘に……! 」
ジェリドは、信じられないものを見るように、自らの機体が爆散していくのを感じながら、最後の悪態をついた。
この劣勢の大混戦のなか、手加減は不可能であった。
ジェリドを討った後、リリアの怒りの矛先は、全ての元凶であるバスク・オムへと向けられた。
「バスクウウウウウウッ!!!!」
リリアは、アストライアーの全スラスターを再び最大戦速で噴射させ、ドゴス・ギアの艦橋へと最後の突撃を敢行する。
無数の対空砲火を紙一重でかわし続ける。機銃に起因する多少の被弾は気にしない。
ドゴス・ギア付近のマラサイが、アストライアーの進路を塞ごうと壁のように立ちはだかる。
彼らは、リリアの鬼神の如き勢いに怯みながらも、バスクへの忠誠心、あるいは恐怖心から、必死にビーム・ライフルを乱射し、ビーム・サーベルを構えて突撃してくる。
しかし、怒るリリアのアストライアーにとって、彼らはもはや障害ですらなかった。
アストライアーは大型ビーム・ランサーを、まるで巨大な薙刀のように振るう。その一閃で、マラサイの胴体は両断される。
回避しようとするMSがいれば、バインダーに内蔵されたビーム砲が正確にその動きを捉え、撃墜していく。
ジャマーが敵機のセンサーを狂わせ、その混乱の隙を突いて、アストライアーは敵編隊の最も手薄な一点を突破する。
リリアの瞳には、ただバスクへの燃えるような憎悪だけが映し出されていた。
「バスク! 覚悟おおおおおおっ!」
艦艇は、こうも近づかれてしまうと抵抗が難しい。
アストライアーの大型ビーム・ランサーが、最大出力でドゴス・ギアの艦橋を直撃。
艦橋は一瞬にして閃光に包まれ、巨大な爆発が宇宙空間に広がった。
バスク・オムは、自らが掌握したはずの巨艦と共に、その野望を一瞬で宇宙の塵と散らした。
艦を沈めるということは、多くの乗員の命を奪うことである。中には、バスクに好意的ではない者も居ただろう。
戦争とはかくも残酷なのか、と改めてリリアは痛感した。
……このバスク・オムの死と、ドゴス・ギアの轟沈は、ティターンズ内部に計り知れない衝撃を与えた。
ティターンズの象徴とも言える最新鋭戦艦と、その指揮官であるバスク・オムの最期は、組織の分裂を決定づける出来事となる。
彼の率いていた過激な派閥は指導者を失い、完全にその力を失っていく。
そして、この「粛清」を主導したリリア・アストレアと、それを黙認し、結果的に漁夫の利を得たパプテマス・シロッコの存在感が、ティターンズ内部で急速に増していくことになった。
(バスクは死んだ。散っていった名も知らぬ兵士たちの犠牲の上に。
そして、ロザミア……あなたの犠牲の上に。
この痛みは決して忘れない。
だが、これで、ティターンズの腐敗の一端は取り除かれた。
……かつての私は、敵兵の命を奪うことにすら躊躇いを覚えていた。それが、平凡な日本人としての、あるいは強化される前の私の、最後の良心だったのかもしれない。
だが、ロザミア、あなたを失った今、私は悟った。
この狂った世界で凡愚が「善」を成すためには、時に悪魔にすらならなければならないのだと。
「犠牲は最小限に」という理念、それを忘れるつもりはない。
だが、犠牲を恐れていては、何も変えられない。何も守れない。
私は、この手で全ての元凶を断ち切り、新たな秩序を築く。そのためならば、血を流すことも……!)
リリアは、この悲劇を通じて歩みを止めぬという決意を、さらに強固に固めつつあった。そう強くあろうとした。
(そう、まだシロッコがいる。もちろん、エゥーゴとアクシズも。
本当の戦いは、これからだ。このティターンズを私の手で、真の地球圏の守護者へと変えてみせる!
皆の死を、決して無駄にはしない)
リリアはコックピットで涙を流す。
彼女の碧き翼は、ティターンズという組織の血塗られた歴史を清算し、新たな未来を切り開くために、さらに激しく羽ばたく。
その先には、シロッコとの避けられない対決が待ち受けていることを知りながら。
当作の説明文にて警告していたシーンのうち、最初のものが、ついに来ました。
今後も、迷いつつ書いていきます。
私に分かるのは、バイアランは格好いいMSであるということだけです。