宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話   作:Xn

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第十七話:胎動する意志

ドゴス・ギアが巨大な鉄屑の墓標と化してから、しばらくが過ぎた。

 

ティターンズ内部は、ジャミトフに続いて、バスク・オムという恐怖の象徴を失い、かつてないほどの混乱と権力の真空状態に陥っていた。

そして、その隙間を埋めるかのように、パプテマス・シロッコの存在感が急速に増していく。

 

彼はジュピトリスを拠点とし、バスク派の残党を巧みに取り込み、あるいは容赦なく排除することで、ティターンズの新たな実力者としての地位を固めつつあった。

 

そんな中、リリアは涙の痕も乾かぬまま、次の行動へと移っていく。

仲間を、ロザミアを失ったという悲しみを強引に心の奥底に押し込め、冷徹な思考へと切り替える。

 

バスクが消えたことは、彼女にとっては新たな戦いの始まりを告げる合図であった。

シロッコという、より狡猾で底知れない男が、ティターンズの頂点に立とうとしている。

 

そして、その先には、エゥーゴとアクシズとの最終決戦が待ち受けている。

 

また、ドゴス・ギア戦での、あの感覚……アストライアーが、まるで自分の身体そのものになったかのような高揚感と一体感。あれは一体何だったのだろうか。

 

だが、あの力がなければ、バスクを討つことはできなかったかもしれない。

アストライアーは、リリアに何をもたらそうとしているのだろうか。

 

 

 

リリアはこの状況で、まず自らの部隊――ドゴス・ギア戦で生き残り、彼女の実力を信じることにした者たち――の再編と、情報収集、そしてさらなる勢力拡大に努めた。

 

バスクを討った「碧き死神」は、ティターンズ内部で畏怖と、そして一部からは支持をもって語られるようになっていた。

しかし、それは同時に、彼女を危険視する勢力からの警戒を招くことにも繋がる。

 

 

「リリア大尉。バスク・オムを討った功績により、君の昇進がティターンズ暫定統治評議会によって承認された。おめでとう」

 

シロッコは、ジュピトリスの艦橋で、リリアの昇進を告げた。

その口調は淡々としていたが、その内心では、リリアの勝利を称揚する気持ちと、彼女の影響力拡大を強く警戒する気持ちが、複雑に混ざり合っているように見えた。

 

ティターンズ暫定統治評議会とは、シロッコが主導して組織した、ジャミトフ不在のティターンズを運営するための一時的な合議体という名目の組織だ。

だが、その実態は、シロッコによるティターンズ支配の手先にすぎなかった。

 

彼が主導する評議会が昇進を決定したという事実は、彼がリリアをまだコントロール下に置いているという意思を発し牽制をする意味合いも含まれているのだろう。

 

「恐縮です、シロッコ閣下。

ですが、これは私一人の力ではありません。私を信じ、命を賭して戦ってくれた者たちのおかげです」

 

リリアは、あえて「閣下」という呼称を使い、シロッコがティターンズの新たな指導者であることを暗に認めつつ、自らの功績を仲間たちに帰することで、彼らへの配慮を示した。

 

「謙虚だな。だが、その仲間たちも、君という存在に惹かれて集ったのだろう?

君には、人を惹きつける何かがある。それは、指導者にとって重要な資質だ」

 

シロッコの言葉は、リリアを持ち上げて懐柔しようとしているようにも、あるいは彼女の野心を完全に見透かしているようにも聞こえた。

リリアは一瞬、背筋に冷たいものが走るのを感じたが、表情を崩さずにその視線を受け止めた。

 

 

 

リリアは、シロッコとの会話の後、密かに動いた。

彼女は、ドゴス・ギア戦でその忠誠心と能力を証明した腹心の部下数名に、極秘任務を命じたのだ。

それは、先のゼダンの門の戦闘で負傷し、連邦軍、シロッコ派、そしてリリアの手の者という三者の監視下に置かれているジャミトフ・ハイマン元総帥の身柄を、自分の手の中に連れ戻すことだった。

 

これは、シロッコへの完全な依存からの脱却と、自らの手でティターンズ改革の主導権を握ることを達成するための、危険な一手だった。

 

 

数日後、リリアの部下たちは、巧妙な手口で他者の監視網をくぐり抜け、ジャミトフの身柄を確保することに成功した。

彼らは、ジャミトフをリリアが事前に用意していたティターンズの旧施設の一つ、現在はほとんど使われていない辺境の小要塞へと移送した。

 

だが、その動きは、完全に秘密裏に行えはしない。

シロッコの張り巡らせた情報網は、ジャミトフの身柄が移動したことを察知した。

 

しかし、彼はあえてその事実をリリアに問いただすことはしなかった。

 

(あの小娘、やはりジャミトフという古狐を手懐けるつもりだったか。

面白い。私に隠れてコソコソと。まるで子供の火遊びだな。

だが、今のジャミトフにどれほどの価値があるというのか。

むしろ、あの老いぼれの頑迷な理想に付き合うことで、自らの足を引っ張ることになるやもしれん。

何より、あのジャミトフが、小娘ごときにそう簡単に手懐けられるとは到底思えん。

……しばらくは泳がせておこう。

あの人形が、自らの意志でどこまで踊れるのか。その結末を見届けてやるのも一興だ)

 

シロッコは、リリアの行動をある程度予測していた。

 

いずれにせよ、彼はリリアの「反抗」を黙認し、その成り行きを見守るという、余裕とも傲慢ともとれる態度を続けた。

 

彼にとって、リリアはまだコントロール可能な駒であり、彼女の力の源泉であるアストライアーと、その心臓部であるMSI制御コアは、元をただせばこの自分が与えたものだという絶対的な自負があった。

それに、彼女が築き上げようとしている勢力も、最終的には自分の計画に利用できるだろうと考えていた。

 

 

 

リリアは、確保したジャミトフと密会する。

ジャミトフは、ゼダンの門での負傷が元で、以前のような覇気はなく、車椅子での生活を余儀なくされていた。

しかし、その瞳の奥には、未だ消えぬ野心の炎と、リリアという異質な存在に対する鋭い観察眼が光っていた。

 

「……貴様が、リリア・アストレアか。バスクを討ったという、あの。

こう二人で対面するのは初めてだな。

幽閉した挙げ句こんなところに連れてきて、一体、何が目的だ? シロッコの差し金か?」

 

ジャミトフは、掠れた声で、しかし威厳を失わずにリリアに問いかけた。

 

リリアは、その問いに静かに首を横に振った。

 

「シロッコ大尉は、今回の件には関与しておりません。

元総帥をお連れしたのは、私の独断です。

そして、私の目的は……ティターンズを、真の地球圏の守護者として再編すること。

そのために、元総帥のお力をお借りしたいのです」

 

「儂の力を……? この老いぼれに、まだ利用価値があるとでも言うのか?」

 

ジャミトフは、自嘲気味に笑った。

 

「はい、あります。そして私は、あなたにはまだやり残したことがあると確信しています。

……元総帥、あなたがティターンズを創設し、そして導いてこられたその行動。

表向きはジオン残党狩りと地球圏の秩序維持を目的としながらも、その根底には、このままでは人類が自らの手で故郷を滅ぼしかねないという、強い危機感があったのではありませんか?

あなたは、一般的なティターンズ将兵が抱くような、地球連邦という組織への改革欲求にも結びつくエリート意識や、スペースノイドへの短絡的な憎悪とは一線を画しておられた。

むしろ、腐敗した地球連邦こそが、地球を蝕む元凶であると見抜き、彼らこそを粛清すべき対象と考えていたのではないでしょうか。

そして、その究極的な目標の一つとして、地球環境の回復を目論んでいた。

そのためには、地球に巣食う特権階級を排除し、地球人類に宇宙という新たな活路を見出させる必要がある。最終的には、人の手を地球から完全に離れさせ、この星を再生させる。

そのような、壮大かつ、ある意味ではジオン・ズム・ダイクン、そしてギレン・ザビにも通じる過激な理想を、心の奥底で描いておられたのではないかと、私は勝手ながら推察しております。

もちろん、このような思想は、ティターンズの総帥としては、決して公にできるものではなかったでしょう。

スペースノイドに対する蔑視も、ある意味では本音だったのでしょう。

しかし、その結果として、あなたは誰にも真意を理解されず、バスク・オムのような戦術だけの人物を重用せざるを得ない状況に追い込まれ、ティターンズの暴走を招いた……。

元総帥。このままでは、あなたの真の理想は誰にも理解されぬまま、ティターンズはただの弾圧組織として歴史に名を残し、地球は救われることなく汚染され続ける。

その結末を、あなたは静かに受け入れるおつもりですか? あなたの胸の内に秘められた想いは、本当にこうして潰えてしまって構わないのですか?」

 

リリアは、断定的な言い方はあまりしないようにしつつも、ジャミトフの最も深い部分にある思想――エレズム(地球を聖地とする主義)にも似た思想の核心――に、転生者としての知識を交えて言及した。

 

それは、彼にとって不意打ちであり、同時に自らの最も深奥にある動機を理解されたという驚きをもたらす長台詞だった。

 

話を聞きながら、ジャミトフの表情は大きく変わっていった。

驚愕と、そして信じられないものを見るような目が、リリアに向けられる。

 

「な……貴様、どこでそれを。いや、何を根拠にそのようなことを!

そのような思想は、儂は公言した覚えはない。

ティターンズの上層部ですら、その真意を理解していた者は殆ど居なかったはずだ。

そうか、貴様はニュータイプ、いや、強化人間だったか。その能力のおかげか?

いやしかし、人はそこまで便利にはなれまい……。

その飛躍した洞察力、そして、貴様のその瞳の奥に感じる、異質さ。

貴様は、一体何者なのだ?」

 

彼は動揺を隠せなかった。車椅子の肘掛けを握るその手に、思わず力が入る。ゼダンの門で受けた傷が疼いた。

 

その地球を憂う思想は、彼の行動原理の根幹であり、抱いていた理想だった。

それを、目の前の若い、しかも強化人間と噂される少女が、まるで心の中を覗き見たかのように語っているという事実に、彼は戦慄に近い感情を覚えた。

だが、それと同時に、ついに賛同者を得たのではという倒錯した喜びも彼の中によぎる。

 

リリアは続ける。

 

「私は、ただのティターンズのしがない一兵士です。

そして、それでありながら、ティターンズのスペースノイド弾圧は、その地球を大切にする思想の間違った現れであり、決して肯定できるものではない、と考えているはみ出し者でもあります。

私は、元総帥の瞳の奥に、時折、地球が青い輝きを失いつつあることを憂う深い影を見た気がしました。

そして、あなたの政策の端々に、地球への愛と、人類全体へのある種の諦観にも似た絶望が滲み出ていたように感じたのです。

総帥の用いた手段は、私は正直、認めたくありません。

ですが、その思想の根底にある地球への想いだけには、私も深く共感する部分がございます。

地球環境の保護と、人類の宇宙への適応は、避けては通れない課題です。

しかし、その手段として、全人類の宇宙への強制移住はあまりにも過激であり、多くの反発を招くでしょう。戦乱を用いた地球経済の疲弊で地球を捨てさせようなどという夥しい死人の出る『仲間割れ』ももってのほかです。

……私は、スペースノイドとの融和を重視し、一部が地球に住む権利を一時的に見逃しつつも、地球環境への負荷を最小限に抑えるための、ティターンズらしい強権的ながらも、より現実的な政策が必要だと考えています。

そして、そのための思想的支柱として、何より旧体制への牽制力として、元総帥のお力をお借りしたいのです。

あなたの経験と人脈、そしてその思想の根底にある地球への想いは、新たなティターンズを築く上で、必要なものです」

 

リリアは、ジャミトフの思想の核心に触れながら、とつとつと自らの計画を言葉にした。

それは、ジャミトフの理想を完全に根本から否定するものではなく、むしろ彼の思想をより現実的な形で発展させようと藻掻くものであった。

 

ジャミトフは、しばらくの間、リリアの顔をじっと見つめる。

その瞳には、警戒と疑念、そして期待が入り混じっていた。

目の前の銀髪の少女は、ただの強化人間ではない。その瞳には、年齢不相応な知性と、世界を変えようとする強烈な意志が宿っている。

そして、彼女の言葉には、歪んでいるかもしれないが、彼が抱いていた理想の残滓が感じられた。

 

そして何よりも、自らの最も深い部分にある思想を、ここまで正確に理解し、そしてある意味で共感を示してきた人間は、これまでいなかった。

 

「……ふん、面白い小娘だ。

儂の心の奥底まで見透かした上で、儂を利用しようという魂胆か。

その口にする『スペースノイドとの融和』とやら……フン、聞こえこそ良い言葉だが、それが儂の理想――地球環境の汚染を止め、全人類を宇宙へ上げるという大業にとって、いずれ足枷とならぬとどうして言える?

融和などという甘言は、結局のところ、スペースノイドを代わりにつけ上がらせる。

奴らの中とて地球に住まう特権階級に成り代わりたいだけの痴れ者が沢山おる。

そして、その惰弱な姿勢で、地球にしがみつこうとするアースノイドをも増長させる。

結局、改革の速度を鈍らせるだけではないのか?

奴らが死に物狂いで抵抗してきた時、貴様の言う『融和』で真に地球を救えるのか、甚だ疑問だな。」

 

ジャミトフはそう言い切ると、咳き込みつつも、車椅子の肘掛けを指で強く叩いた。

その乾いた音が、静かな室内に響く。

彼の鋭い視線が、再びリリアを射抜いた。

それは、理想の甘さを嘲笑うだけではない、老獪な政治屋が相手の持つ札を見定めようとする、冷徹な光を帯びていた。

 

「小娘。その理想とやらは結構だ。だが、儂は夢想家ではいられない。

貴様の言う理想が、単なる絵空事で終わらないという証を、この儂にどう示して見せる?

シロッコに反旗を翻すからには、その背後に相応の後ろ盾でもあるのか? 貴様が持つ『力』の正体は何だ?」

 

ジャミトフの追及に、リリアはしかし、表情一つ変えなかった。彼女はまず、彼の懸念を静かに受け止めた。

 

「お言葉、ごもっともです。理想だけでは世界は動きません。

しかし、元総帥……力だけでもまた、世界は破滅へ向かう。バスクの、あの味方を統制しきれなかった末路がその証明に他なりません」

 

その言葉に、ジャミトフはわずかに眉を動かした。リリアは構わず続ける。

 

「正直に申せば、私に、シロッコ大尉を超えるような後ろ盾はございません。

ですが、ただの駒として使い潰されるつもりもありません。

私はこの手で、この戦闘力で、バスク大佐を討ちました。シロッコ大尉がそれを望んでいたとしても、あの戦場でそれを成し遂げたのは、他の誰でもない私の『力』です。

そして、私は、彼の筋書き通りに踊る人形ではない」

 

彼女は、自らが成した「戦果」という事実を突きつけた。

そして、さらに踏み込む。ジャミトフが最も気にかけているであろう、この密会の意味について。

 

「今、私は元総帥を、シロッコ大尉の意思に反してこうして『お迎え』いたしました。

この私の動きを、シロッコ大尉が全く察知していないと、本気でお考えですか?」

 

老獪な策略家である彼が、シロッコの情報網の広さを知らないはずがない。

 

「……おそらくは、気づいているでしょう」

 

リリアは、ジャミトフの沈黙を肯定と受け取り、続けた。

 

「だが、彼は動かない。いいえ、今はまだ、動けないのです。

何故なら、バスクという『暴虐の象徴』を討った今、私には『バスクの圧政を終わらせた者』として、ティターンズの一部からの支持が着実に集まりつつある。

彼の非道なやり方に辟易としていた穏健派の士官たちや、左遷されていた歴戦の連邦の勇士たち、迷いながらもプロパガンダを信じティターンズに残っている志の高い者達が、私の元へ参じているのです。

この私に集う『人心』こそが、シロッコにとっての枷なのです」

 

「人心、だと?」

 

「はい。彼はティターンズ掌握のため、その支持を完全には無視できない。今の私を公然と排除して、彼が第二のバスク、新たな圧制者として穏健派から扱われ、離反されることを恐れている。

彼は私の力を利用しようとしながら、同時に私の存在を持て余している。

つまり、この状況、何より私に集まる『支持』こそが、今の私が持つ最大の武器なのです。

彼は私に手を出せない。その政治的な好機を利用し、私は元総帥の元へ参りました」

 

リリアは、改めてジャミトフを見据える。

 

「その好機を確固たるものとし、ティターンズを将来的に真に掌握するために、私に決定的に足りないもの……それこそが、元総帥、あなたという『正統性』なのです。

私の元に集った者たちは、まだティターンズの再生を夢見る者たちの集まりに過ぎません。

ですが、創設者であるあなたという旗を得れば、我々は単なる反バスクの集団から、真にティターンズを継承する組織へと昇華される。

これこそが、自らの野望を独力で追い求めたがるシロッコには決して手に入れられない、私だけが持ちうる、彼を打倒するための切り札となるのです」

 

ジャミトフは、沈黙した。

 

(この儂を「正統性」のための道具として手中に収め、シロッコという巨象に挑もうというのか。)

 

その野心と不遜さに、ジャミトフは不安を覚えた。果たしてこの計画は成功するのだろうか。

 

だが同時に、ここでリリアに与せず、シロッコに飼い殺しにされて朽ち果てるくらいならば。

この小娘の無謀とも思える賭けに、自らの残り火を投じてみる価値はあるかもしれぬと、久しく忘れていた闘争への渇望が、心の奥底で燻り始めるのを感じてもいた。

 

あるいは、この状況に追い込まれ、ジャミトフも弱っていたのかもしれない。

 

 

「……なるほどな」

 

非常に長い沈黙の後、ジャミトフは、絞り出すようにそう呟いた。

その声からは先程までの刺々しさは減り、代わりに、自らの運命をこの少女に賭けるか否かを悩むような響きが含まれていた。

 

「そういうことか。

シロッコめは儂を排除し、このティターンズを乗っ取ろうと画策しておったようだが、貴様はまた別のやり方で、この儂を手玉に取ろうというわけか」

 

その瞳からは、先程までの鋭い光がわずかに失せ、老人のそれに見える瞬間があった。

だが、消えかかっていた野心の炎は、彼女の示した理想とそれを支える「力」によって、再び揺らめき出す。

 

「貴様には、シロッコとは質の違う、底知れぬ何かを感じる。

強化人間の中でも歪な貴様の力と甘い思想が、この地球圏に何をもたらすのか、儂にも測りかねるわ。

だが、この老いぼれには、もはや残された時間は少ない。

バスクのような男は、ジオン残党狩りには有用でも、その短慮と残虐さが過ぎたる故に、この大業を成し遂げるには程遠かった。

奴らのようなやり方では、人心は離れ、ティターンズそのものが瓦解する。

……儂には、人材が、人を見る目が、足らんかったようだ。

かといって、シロッコのような野心家を野放しにしておけば、いずれ地球圏は奴の私欲の道具となろう。

貴様が、その得体の知れぬ力と覚悟で、儂の掲げる大義の、その本質を違えることなく、この腐敗しきった世界に鉄槌を下せるというのなら……。

このジャミトフ・ハイマンの残り火を、貴様の進む道に投じてみるのも……この期に及んでは、最後の賭けとして一興かもしれんな。」

 

ジャミトフはそう述べ、そして強く付け加えた。

 

「ただし、勘違いするな、小娘!

儂は貴様を信用したわけではない。

貴様の行動が、万が一にも儂の思想を穢し、地球そのものを危機に晒すようなことがあれば……その時は、この老いぼれが自ら、貴様の排除に乗り出そう。

それだけの覚悟があるのなら、儂の前に立ってみせろ。」

 

ジャミトフは、リリアの提案を、限定的ながらも受け入れる姿勢を見せた。

彼は、リリアのやり方に、かつての自分にはなかった「柔軟さ」と、それ故の「危うさ」を感じ取っていた。

そして最終的に、彼にとってリリアは、ここまで追い詰められた自らの野望を託すための新たな手段と映った。

 

ここに、リリアとジャミトフの間に、奇妙な共闘が始まる。

それは、互いの利害と野望が複雑に絡み合った、危険な関係だった。

 

 

 

このジャミトフの確保と、彼との密約は、リリアにとって大きな意味を持っている。

彼の持つ思想は、彼女の「ティターンズ浄化・再編」計画に、思想的な裏付けと正当性をついに与える可能性を秘めていた。

そして、彼の持つティターンズ内部の旧主流派や、連邦軍内部の保守派への影響力は、リリアが自らの勢力を拡大する上で、強力な武器となり得る。

 

また、バスク・オムの圧政と、シロッコの台頭に絶望していたティターンズ内部の良識派や穏健派の士官たちは、もともと、リリア・アストレアという新たな星に、組織再生の最後の望みを見出し始めていた。

そして、これまでの彼女の圧倒的な戦果と、劣勢からバスクを討ったという事実は、リリアのダカールでの行動によるプロパガンダを聞いていた彼らにとって、強烈なカリスマ性にも映った。

 

例えば、旧ティターンズで左遷されていた、とある歴戦の艦隊指揮官。

彼はバスクの圧政に反発し、閑職に追いやられていたが、ドゴス・ギア撃沈の報を聞き、独自ルートでこれまでのリリアの戦闘記録を入手した。

そこに映っていたのは、鬼神の如き戦闘を繰り広げながらも、命を奪わない選択も時としてするリリアの姿だった。

「……これが『碧き死神』か。だが、その戦い方は、バスクの狂気ともシロッコの傲慢さとも違う。あれは、戦いの中に『筋』を通そうとしている。なんと甘っちょろい。だが……」

悩んだ後、彼は、旧知の部下たちに声をかけた。「沈みゆく船でただ終わりを待つか、それとも、あの碧い光に最後のベットをするか。俺は、後者を選ぶ」と。

そうして彼らがもたらしたサラミス改級巡洋艦と熟練のクルーは、リリア派艦隊の貴重な戦力となった。

 

加えて、デラーズ紛争やグリプス戦役初期、場合によっては一年戦争からの歴戦のパイロットで、バスクの非道なやり方に反発し、左遷されていたベテランたち。

サラミス改の彼をきっかけに、彼らは、若い彼女の指揮下に入ることを悩みながらも決断してくれた。

彼らが持ち込んだハイザックやマラサイといった熟練機は、リリア派のMS部隊の中核を成した。

 

あるいは、連邦の士官学校を卒業したばかりの、理想に燃える若いパイロットたち。

彼らは、ティターンズの現状に絶望し、リリアの掲げる「浄化」という言葉に未来を託した。

 

加えて、ムラサメ研究所時代からリリアの苦悩を知る極一部の技術士官たちは、彼女が医療的に厳しい状況に陥っていることを知り、組織の意向に背いてでも彼女を支えることを決意する。

彼らは、オークランド研究所の「異端」であるスターリングとも連携を取り、アストライアーの極秘メンテナンスや、強化人間の副作用を軽減するための新たな治療法の研究を、水面下で進めていた。

 

そして大きいのが、ジャミトフからの指示で、あるいは彼への義理から、リリア派に合流する旧ジャミトフ派の艦隊指揮官や情報将校たち。

彼らは、リリアに警戒心を抱きつつも、ジャミトフの意向を汲み、彼女の勢力拡大に(少なくとも表向きは)協力した。

彼らがもたらしたアレキサンドリア級やマゼラン改級は、リリア派の艦隊の骨格となった。

 

こうして、リリア・アストレアを中心とする勢力は、ティターンズ内部で急速にその形を整え、「リリア派」として明確な存在感を放ち始めた。

 

彼女の「善」を志向する、これまでの長い長い種まきが、ようやく、結実の時を迎えつつあった。

 

それは、指導層が曖昧となったティターンズに生まれた、単なる寄せ集めの集団にすぎないかもしれない。

しかし、リリアという一点の光、彼女が掲げる歪みと純粋さを併せ持つ理想に引き寄せられた、多様なバックグラウンドを持つ者たちの、最後の願いの集合体でもあった。

 

 

 

ジャミトフを、リリア・アストレアが手中に収めた。

その報告は、パプテマス・シロッコの描くシナリオに、予測不能な不協和音を奏で始めていた。

 

シロッコは、ジャミトフの思想の核心――地球再生という大義の下に人類を宇宙へ追いやるという「最終目標」――を、ティターンズの誰よりも正確に見抜いていた。

だからこそ、彼は確信していたのだ。あの老獪な軍政家が、出自不明の強化人間の小娘にそうやすやすと与するなどあり得ないと。

 

(「正統性」という虎の威を借りようとしたのだろうが、虎は飼い主を選ぶ)

 

シロッコは、リリアの行動をそう分析し、静観していた。

 

リリアがジャミトフを説得したという報告を受けたときですら、「ジャミトフがリリアを新たな駒として利用するための芝居だろう、よくやる」と判断していた。

 

しかし、彼の分析には一つの見落としがあった。彼はジャミトフを「思想を実現するための合理的な機械」として捉えすぎていたのだ。

ジャミトフの根底にある地球への執着や、人類への失望といった情念、そして理解され得ぬ理想を抱いて嫌われ者を引き受けてきた心(と体)の摩耗は、時に合理的な判断を覆す。

その可能性を、自身が天才であったが故か、彼は軽視していた。

 

リリアは、そのシロッコが見過ごしたジャミトフの人間的な弱さに、的確に、そして執拗に食らいついた。彼女は、ジャミトフの思想に理解を示し、その根底にある「地球を憂う心」に共感をし、寄り添った。

ティターンズの誰にも理解されず、孤独を深めていた老人にとって、それは抗いがたい劇薬であったのかもしれない。

 

 

ジャミトフが、動いた。それも、あの小娘の意志に沿う形で。

 

報告された旧ジャミトフ派の艦隊の動きは、シロッコの分析に明確な『誤差』が生じていることを示していた。

 

(ジャミトフが本当にあの小娘の筋書きに乗ったというのか?馬鹿な……)

 

彼女の異質さ、裏で何かを知っているかのような動き、MSI制御コアへの異常な親和性。やはり、リリアは面白い女だ、とシロッコは不敵に一人笑った。

 

もちろん、彼女が持つ才覚と強化された能力、そして彼女の元に集う少なくない仲間たちは、彼にとって依然として魅力的だ。

もし再び手元に引き戻し、完全に掌握できるのであれば、これほど頼もしい手駒はない。

そうなれば、彼女の勢力拡大も、むしろ歓迎すべきことだろう。

 

だが、あの怜悧な花が自らの支配を拒絶し、独自の野心を燃やし続けるのであれば……。

その時は、リリアを容赦なく踏み潰す覚悟はとうにできていた。

 

シロッコの油断ならない視線は、常にリリアの動向を捉え続けている。

 

ティターンズ内部の権力闘争は、新たな局面を迎えていた。

 

リリアは、ロザミアの死を胸に刻み、ジャミトフという過去の亡霊を味方(あるいは油断ならぬオブザーバー)とし、ティターンズという巨大な組織の中で、自らの野望を実現するための戦いを、静かに、しかし着実に進めていた。

 

彼女の進む道は、茨に満ち、既に血に染まっている。

しかし、その先に、「善」なる未来があるなどどいう夢を信じて、彼女は歩き続けるしかない。

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