宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話 作:Xn
一年戦争が終結して数ヶ月が過ぎた。
ア・バオア・クーの激戦は過去のものとなり、地球連邦政府とジオン共和国との間に終戦協定が締結されたものの、地球圏には未だ戦いの傷跡と、先の見えない不安が色濃く漂っていた。
特に、戦火で故郷を失い、正式な市民権も持たぬまま地球圏を彷徨う不法難民の数は膨れ上がり、社会問題となりつつあった。
銀髪碧眼の美少女である主人公も、そんな不法難民の一人だった。戸籍も、身分を証明するものも何一つ持たない。
彼女の頭脳には前世の記憶――成人男性としての知識と、ガンダムという物語の膨大な情報が保持されていたが、それが今の彼女の生存に直接役立つわけではなかった。
ただ、その知識は、この世界が辿るであろう暗い未来を克明に示していた。その未来を知るが故の焦燥感が、常に彼女の胸を焼いていた。
デラーズ・フリートの決起、ティターンズの専横、そしてグリプス戦役の泥沼。それから生まれる悲劇を回避するため、あるいは少しでも良い方向へ軌道修正するためには、まず「力」が必要だった。
個人の武力だけではない。組織を動かし、歴史に介入できるだけの「影響力」という名の力が。
そして、戸籍もなく、社会の底辺を生きる不法難民という立場は、彼女にとってある意味「好都合」でもあった。失うものが何もない。
そして、非合法な手段に手を染めることへの心理的なハードルも、悲しいかな、低かった。
彼女が目を付けたのは、連邦軍内部で密かに進められているはずの「ニュータイプひいては強化人間の研究」だった。
ニュータイプ研究と言えばジオンのフラナガン機関は有名だが、連邦とて、その研究に手を染めていないはずがない。
特に、戸籍のない戦災孤児や不法難民は、そうした非人道的な実験の「素材」として格好の対象となることを、彼女は知っていた。
転生前の知識では、オーガスタ研究所やムラサメ研究所といった名が浮かぶ。この宇宙世紀0080年初頭において、それらがどの程度の規模で、どのような研究を行っているかは未知数だった。
(ニュータイプ……本物にはなれない私でも、強化によってその力に近づけるのなら。いや、それを超える力を手に入れなければ。そうでなければ、この絶望的な未来を変えることなどできはしない)
そんな歪んだ渇望と、使命感にも似た焦りが、彼女の胸中には渦巻いていた。
しかし、研究所にアクセスするというのは、言葉で言うほど簡単なことではなかった。
一年戦争終結直後の混乱期とはいえ、地球連邦軍の機密情報は厳重に管理されている。
戸籍すらなく、か弱い少女の姿をした彼女が、そのような情報にアクセスできるはずもない。
それでも彼女は諦めなかった。転生前の知識――ガンダムという物語の中で語られた断片的な情報、例えば『ムラサメ』『オーガスタ』といったキーワード、あるいは連邦軍の組織構造や、非人道的な実験が行われやすいとされる僻地の研究施設の存在――それらを数少ない手がかりとした。
彼女は、その類稀なる美貌と、子供らしからぬ怜悧な頭脳を駆使した。
時には飢えた哀れな孤児を演じて同情を誘い、食料や情報を得る。その際、彼女の美しい銀髪と碧眼は、人々の記憶に残りやすく、時に哀れみを誘う一方で、不必要な注目を集め、危険な状況を招くこともあった。
時には大人びた口調と、前世の経験からくるハッタリを効かせ、難民キャンプを仕切る闇組織の末端構成員に近づき、連邦軍関係の噂話や非合法な「仕事」の情報を巧みに引き出す。
彼らは、幼い少女がそのような知識を持っていることに薄気味悪さを感じながらも、彼女の提供する僅かな情報(例えば、日本の太平洋戦争後についての書籍で読んだ記憶を活用した闇市場での物資の相場や、特定の連邦軍の将校の動きなどへの、転生知識を元にした推測)が的を射ていることに驚き、少しずつ口を開くようになった。
そうして得た断片的な情報を、彼女は毎夜、隠れ家で地図や新聞の切り抜きと照らし合わせ、パズルのピースをはめるように繋ぎ合わせていった。
それは、数ヶ月にも及ぶ、常軌を逸した執念の調査だった。睡眠時間を削り、時には危険を冒して軍の廃棄物処理場に忍び込み、破棄された書類の断片を探すこともあった。
その中には、一年戦争末期にジオンが行っていたという、「ミノフスキー物理学の限界を超えようとした、いくつかの禁断の研究」に関する、真偽不明の噂話も含まれていた。
ある噂では、「広域のジャミングが目的だった」「人の人格に影響を与える実験すら行われた」とも囁かれていたが、詳細は闇の中だった。
これらの調査の進展は、いくつもの幸運が重なった結果だったのだろう。
一年戦争終結後の混乱と、連邦内部にもあったであろう腐敗や情報管理の甘さが、奇跡的に彼女の調査を後押しした側面も否定できない。
そして、ついに確度の高い情報を掴んだのだ。日本の山陰地方、人里離れた山中に秘匿されている「ムラサメ研究所」の存在を。
表向きは戦災孤児の保護育成と、パイロット適性研究を行う施設とされているが、その実態は、ニュータイプの素養を持つ子供たち、特に身元不明の者たちを集め、強化人間へと作り変えるための非公式研究機関である可能性が高い、と。
(見つけた……ここが、私の最初の足掛かり。地獄への入り口かもしれないが、それでも……)
被検体になることのリスクは承知の上だ。人間性を蹂躙され、精神を破壊されるかもしれない。
薬物漬けにされ、感情を操られ、戦闘マシーンとして使い潰される。原作で描かれた強化人間たちの悲惨な末路が、脳裏をよぎらない日はなかった。フォウ・ムラサメ、ロザミア・バダム、プルシリーズ……彼女たちの苦しみと絶望を思うと、胸が締め付けられる。
だが、彼女は前に進むことを選んだ。普通の少女として、不法難民として生きていては、この先の動乱を生き延びることすら難しい。ましてや、世界を変えるなど夢のまた夢。
誰かの庇護下に置かれれば、その誰かの都合で人生を左右される。それは、前世で何者にもなれなかった自分と同じだ。
危険は承知の上。むしろ、この危険な力こそが、私を望む場所へ連れて行ってくれる。
そして、もし私が被検体となることで、その技術を内側から知ることができれば……あるいは、未来の悲劇を少しでも減らせるかもしれない。
この戸籍のない身だからこそ、彼らは私を容易く受け入れるだろう。
私が、彼女たちと同じ道を辿ったとしても……それでも、何かを成し遂げられるなら。
それは傲慢な考えかもしれない。自己犠牲に酔っているだけかもしれない。だが、何もしなければ、ただ流されるだけだ。それだけは、もう二度とごめんだった。
彼女は、自分にそう言い聞かせた。
彼女は、ボロボロの服に隠し持っていた僅かな金銭――難民キャンプでの労働や、時には危険を冒して手に入れたもの――を握りしめた。
そして、たった一つの決意を胸に、ムラサメ研究所へと「志願」するためのルートを探った。
それは、表向きの「保護」という名目ではなく、より直接的に「被検体」としての道だった。幸い、不法難民の中から「行方不明者」が出ることは珍しくなく、そうした子供たちを非合法に「供給」するブローカーの存在も掴んでいた。
そのブローカーは、彼女の幼い容姿と、その瞳に宿る異様なまでの覚悟を見て、薄気味悪そうな表情を浮かべた。
「……お嬢ちゃん、本気か? 知っているようだが、あそこに行ったら、二度と普通の人間には戻れねえぞ。実験動物みてえに扱われて、気が狂って死ぬのがオチって噂だ。それでもいいってのか?」
彼女は、何も答えなかった。ただ、その碧い瞳で、ブローカーを真っ直ぐに見据えた。迷いが無いわけがない。ただ、その瞳には、確かな決意があった。
「……変わった、いや、頭のネジが何本か飛んでるガキだ……。信じられん。
まあ、アンタみたいなのが『研究所』の連中の好みかもしれねえな。せいぜい、長生きしろよ」
ブローカーの言葉に、彼女は何も答えなかった。ただ、その最後の言葉が妙に心に刺さった。
数日後、彼女は他の数人の「選ばれた」子供たちと共に、古びた輸送車両に揺られていた。目指すは日本、山陰地方の奥深く。
その小さな背中には、彼女がこれから背負うことになる世界の重みが、既にかすかに感じられていた。
車の窓から見える薄汚れた都市の景色は、まるで彼女の覚悟を試すかのように、どこまでも荒廃し、冷たく続いていた。
輸送車両は何の変哲もない民間の運送会社を装っていたが、運転手たちの鋭い目つきや、時折交わされる符牒のような会話は、彼らがただの運び屋ではないことを示唆していた。
彼女は他の子供たちから少し離れた隅に座り、膝を抱えて静かに目を閉じていた。
車内には、子供たちの不安げな囁きと、時折漏れる嗚咽が満ちていた。
彼らの多くは、これから自分たちがどこへ連れて行かれるのか、何が待っているのかも知らず、ただ大人たちの言葉に従うしかなかったのだろう。
彼女は、そんな彼らの姿を横目で見ながら、自らの選択の重さを改めて噛み締めていた。
強化人間になるということは、それでも、自分は進むしかない。
前世で何も成し遂げられなかった彼女が、この世界で生き残るには、この道しかない。
(私だけが、この先に待つ地獄の入り口を、そしてその先に待つであろう自らの目的への険しい道を、覚悟している)
その覚悟は、悲壮感と、どこか歪んだ高揚感を伴っていた。
長い揺れの末、車両は鬱蒼とした森の中へと分け入っていった。
舗装されていない道を進むにつれ、車内の空気は一層重くなる。
やがて、厳重なゲートと、武装した警備員の姿が見えてきた。
ゲートの先には、周囲の自然とは不釣り合いな、無機質で巨大な建造物が姿を現した。それが、ムラサメ研究所だった。
「着いたぞ。降りろ」
運転手の一人が乱暴に声をかける。
子供たちは怯えながらも車を降り、警備員たちに囲まれて建物の中へと促された。
彼女もその流れに従いながら、冷静に周囲を観察する。高い塀、監視カメラ、そして研究員と思われる白衣の人間たちの冷たい視線。
(ここが……私の戦場だ。私の、魂を賭ける場所……)
唇をきつく結び、覚悟を持って、彼女は一歩、また一歩と、その運命の場所へと足を踏み入れていった。
章タイトルの「茨の道」って、ちょっとだけ茨の園を思い起こさせるから、これで良いのか悩みました。
あと、小説、しかも二次創作を一般公開するのって怖すぎますね。他の作者さんへの尊敬の念があふれる。
どうか、お手柔らかに……