宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話 作:Xn
宇宙世紀0088年2月。リリア・アストレアによるコロニーレーザー(グリプス2)照射妨害は、ティターンズ内部の権力闘争を決定的なものとし、同時に地球圏の勢力図を大きく揺るがした。
パプテマス・シロッコは、リリアを「最大の裏切り者」としてその排除を宣言。
そんなシロッコ派は、ジュピトリスを拠点に、バスク派の残党や、ティターンズの正規部隊の多くを上手く掌握し、その戦力は原作のグリプス戦役終盤におけるティターンズを大きく上回る規模に膨れ上がっていた。
しかし、リリアもまた、シロッコの独裁を阻止し、ティターンズを自らの手で浄化・再編するという決意を新たにしている。
リリアのこれまでの度重なる介入と、バスク・オムという過激派の迅速な排除は、結果としてティターンズが彼の無謀な作戦によって消耗したり離反者を出したりすることを防ぎ、戦力を相当程度温存させるという状況を生み出していた。
これは、リリアの、ティターンズとして戦力を維持して、その力で将来の地球圏を平定しようという意思が、なんとか実現に向かっている証左であった。
そして、リリア派は、アレキサンドリア級巡洋艦「エーオース」を旗艦とし、練度の高いパイロットが駆るMSを揃えていた。
リリア派は、そうしてシロッコ派に劣るものの無視できない一大勢力となり、二派は水面下で勢力争いをしつつも、膠着状態に突入していた。
なお、この分裂の中、リリアの元には、予想外の人物も合流を申し出ていた。
それは、かつて模擬戦で彼女に完膚なきまでに敗れた、ボルク少佐だった。
彼は、バスク亡き後のティターンズの混乱の中で、自らの居場所を見失いかけていた。そのぎこちない敬礼と共に、彼はリリアにこう告げた。
『アストレア大尉……いや、閣下。俺は、あんたに負けた。正直、わだかまりはある。
だが、バスクのやりすぎにも、シロッコのやり方にも、俺はついていけなかった。ティターンズは、おかしくなっちまっている。
もし、あんたが本気でこの組織を立て直すつもりなら……この俺の腕、貸してやらんでもない』
その言葉には、リリアという新たな指導者への複雑な期待が僅かながら滲んでいたが、根底にあるのはある種の諦観のようだった。
リリアは、彼のその変化と、彼なりに抱えている苦しみに驚きつつも、彼の持つ実戦経験と直属の部下からの人望を評価し、リリア派の一員として迎え入れた。
しかし、そのように多少は好転を見せる状況の中、リリア自身の精神状態は、強化人間としての副作用と、平凡な日本人としての前世に見合わぬ度重なる殺し合いによる心労で、追い詰められつつあった
(頭が、割れそうだ。ロザミアの声が、聞こえる……。
ダメだ、集中しろ、リリア・アストレア。私は、まだ……終われない……!)
彼女は、定期的な調整薬の投与に加え、自らの強い覚悟と精神力で、辛うじて正気を繋ぎ止めた。
その美しい顔には疲労の色が濃く、銀色の髪は以前にも増して儚げな光を放っていたが、碧い瞳の奥には、狂気と紙一重の決意が相変わらず宿っていた。
そして、宇宙世紀0088年2月後半、エゥーゴは未だティターンズの手中にあるグリプス2を完全に無力化し、シロッコの野望を砕くため、大規模な攻勢作戦「メールシュトローム作戦」を発動する。
グリプス2宙域には、シロッコ率いるティターンズ主力艦隊、エゥーゴ艦隊、ハマーン・カーン率いるアクシズ艦隊が、それぞれの思惑を胸に集結しつつあった。
無論、リリア派の艦隊もまた、介入の機会を虎視眈々と狙っている。
宇宙世紀史上でも稀に見る、四つの勢力が複雑に絡み合う、大規模艦隊戦が始まろうとしていた。
リリアは、エーオースのブリッジから、眼前に広がる宇宙を見据える。
(これが、最後の戦いになるでしょう。
私が生み出したおびただしい犠牲は、決して無駄にはしない。私の全てを賭けて、この戦いに臨みます。
そして、この少女の身体と、偽物の力で、どこまでやれるのかを見せてあげます)
決戦の火蓋は、エゥーゴ艦隊のアーガマを中心としたMS部隊による、グリプス2への強襲によって切られた。
カミーユ・ビダン、シャア・アズナブル、そしてエマ・シーンなどが、ティターンズの防衛ラインを突破すべく、猛然と攻撃を開始する。
周囲では、MS部隊が編隊を組み、支援砲火を浴びせている。
それに対し、シロッコはジュピトリスを旗艦とするティターンズ艦隊を展開。
艦隊からは、マラサイ、ハイザック、一部はバーザムといったティターンズのMSが次々と発進していく。
彼自身も、専用機であるジ・O(ジオ)でついに出撃し、その圧倒的な戦闘能力とカリスマ性で、ティターンズの兵士たちを鼓舞する。
「恐れるな! 我々こそが、地球圏に新たな秩序を築くのだ!
エゥーゴとアクシズの愚か者ども、そしてティターンズを内側から食い破ろうとする裏切り者どもに、鉄槌を下せ!」
シロッコの言葉には、未だ余裕が含まれていた。
また、この両者の激突を冷静に見据え、戦局の推移を見極めながら、ハマーン・カーン率いるアクシズ艦隊もまた、その姿を現した。
グワダン級大型戦艦を中核に、エンドラ級巡洋艦が脇を固め、そこからはガザCの編隊が発進し、戦場に新たな混乱をもたらす。
彼女の目的は、ティターンズとエゥーゴを共倒れさせ、疲弊した地球圏を自らの手中に収めること。
ハマーン自身も、純白の専用機キュベレイを駆り、戦場を支配しようとしていた。
三つの勢力のエースたちが、グリプス2宙域で激しく火花を散らす。
Ζガンダムが放つプレッシャー、百式の輝き、そしてキュベレイから放たれる無数のファンネル。
戦場は、まさに地獄絵図と化していた。
その大混戦に、リリアのアストライアーも参加していく。
シロッコを潰し、アクシズの戦力を削るうえで、この好機を逃すわけにはいかない。
彼女の背後からは、リリア派艦隊の巡洋艦が支援砲撃を行い、MS部隊もアストライアーに続く。
「リリア、アストライアー、出る!
我らが目的は、コロニーレーザーの無力化、及びシロッコの排除! 無論アクシズの横槍も許さない!
リリア派全艦、全機、私に続け! ティターンズの真の未来は、我々が切り開く!」
リリア派のMS部隊も、アストライアーに続く。
彼らはティターンズの現状への怒りを胸に、決死の覚悟で戦いに臨んでいく。
アストライアーは、その異次元的な機動力と、指向性ジャマーや高度な電子戦システムを駆使し、戦場をかく乱する。
敵味方の識別すら困難な混戦の中で、彼女は重要ターゲットを的確に狙い撃ちしていく。
アストライアーの主兵装であるビーム・ライフルが火を噴き、シロッコ派のハイザックの頭部を正確に吹き飛ばす。
続けざまに、バインダーに内蔵されたビーム砲で、エースの乗っているバーザムのコクピットを正確に撃ち抜く。
リリアがシロッコ派の防衛ラインを突破しようとしたその時、彼女は、後方から急速に接近してくる意識を感知した。
モニターには、偵察・索敵能力の高いシロッコ製MS、ボリノーク・サマーンが映し出される。そのパイロットは、サラ・ザビアロフだろう。
しかし、シロッコがリリアとの戦いにサラを単独で差し向けることは少し不自然だ。リリアは、サラの独断専行を疑った。
サラは、リリアに襲いかかりながらまくしたてる。
「リリア大尉……! 厚遇を受けておいて、やはり、あなたはパプテマス様に刃向かうのですね……!
パプテマス様は、この世界をより良い方向へ導こうとされているのに、なぜ、あなたはその邪魔をするのか!
あなたのような、作られた哀れな人形風情が!」
シロッコは、リリアを「ティターンズを内部から破壊しようとする危険な反逆者」としてサラに教えている。
そしてそれは、見方によっては正解かもしれない。
「サラ曹長……! あなたも、シロッコに利用されているだけなのです!
彼の言う理想は、多くの犠牲の上に成り立つ、独裁者の支配する世界の変奏でしかありません!」
リリアは、サラの盲信を解こうと必死に呼びかける。しかし、その言葉は彼女には届くはずもなかった。
「黙りなさい! パプテマス様の理想を、貴様ごときに理解できるはずがない!」
サラのボリノーク・サマーンは、その特徴的なレドームでアストライアーの動きを補足し、シールド内蔵のビーム・ガン、そして炸裂弾ランチャーで攻撃を仕掛けてくる。
(この機体……ジャミングが効きにくいどころか、こちらの電子妨害を探知して、位置を割り出してくる!?)
リリアは即座にジャマーの出力を絞るが、時すでに遅く、サラの予測射撃がアストライアーの脇を掠める。
「その程度の電子妨害など、パプテマス様のボリノーク・サマーンには通用しない!」
シロッコの設計した機体は、アストライアーの電子戦能力を考慮し、その対策を施してあるようだ。これも、シロッコの布石の一つであろう。
「なぜ……なぜ、あなたはパプテマス様の邪魔ばかりするの!
あの人の優しさが、あなたには分からないの!?」
サラの内心の叫びが、リリアの心に残る。
それは、かつてロザミアが自分に向けていた信頼や、シロッコに惹かれていったレコアの姿を想起させるものだった。
(サラ……! あなたもまた、シロッコの犠牲者。だが、今は!)
リリアは、悲痛な想いを胸に、サラのボリノーク・サマーンと交戦する。
アストライアーの単純な戦闘能力は支援機のボリノーク・サマーンを上回るはずだが、サラのシロッコへの忠誠心から来る捨て身の攻撃と、レドームによる精密な索敵は、リリアのジャミングをほぼ無効化するようだった。
ボリノーク・サマーンのビーム・ガンがアストライアーの装甲を掠め、警告音が鳴り響く。
リリアはアストライアーのスラスターを巧みに制御し、ビームを紙一重で回避しながら反撃の機会を窺う。
アストライアーのビーム・ライフルがボリノーク・サマーンのクローを狙うが、サラは回避運動を取りだす。
リリアは一手打つことにした。アストライアーのリミッターを一瞬切り最大出力で加速。全身に強化人間でないと耐えられないようなGがかかる。
(ドクター・スターリングのおかげで、私の感覚と思考を加速させられる。見える!
あなたの機体は確かに高性能だ。だが、完璧ではない。近距離での急激な三次元機動に対する追従速度には、必ず限界がある……!)
再調整によって得た超人的な演算能力が、ボリノーク・サマーンの索敵システムの限界を正確に見抜いた。
リリアは、そのコンマ数秒の死角が生まれる瞬間を狙い、予測不能な軌道でボリノーク・サマーンの懐へと滑り込む。
「なっ……消えた!?どこへ!?」
サラがリリアを見失い、アストライアーを再捕捉しようと虚しく動く。
その一瞬の隙を突き、アストライアーは背部のバインダー内蔵ビーム砲で頭頂部のレドームを正確に破壊した。
そのままボリノーク・サマーンに肉薄し、両腕を、そして回り込みながらメインスラスターを、ビーム・ランサーで的確に破壊。サラを直接傷つけることなく、戦闘能力を奪った。
「なぜ……なぜ、私を殺さないの……?」
コントロールを失い漂流するボリノーク・サマーンのコックピットで、サラは涙ながらに呟く。
「戦場から消えなさい、サラ・ザビアロフ。次は、ない」
彼女は、そう呟くと、漂流する機体に背を向けた。
戦闘不能な相手に無用にかまっている暇はない戦況だという事実、そして自らが背負う罪を増やしたくない、壊れた「人形」をこれ以上増やしたくないという利己的な甘さで、サラにも、とどめを刺さないことに決める。
また、この一連の戦闘は、戦場の片隅でのものではあったが、偶然にもシャアの百式のセンサーにも捉えられていた。
碧いリリア機が、ボリノーク・サマーンを無力化し、しかしパイロットは見逃して去っていく。
その光景は、シャアの胸に、リリアという存在への強い疑念、良く言えば未知の可能性を刻み付ける。
リリアは再び戦場の中心へとアストライアーを加速させた。
サラの盲信的な言葉が、強化人間としての副作用で軋む頭に反響する。
(感傷に浸っている暇はない。シロッコを止めなければ……!)
その時、デブリ帯の影から、一体のMSがアストライアーの眼前に躍り出た。灰色を基調としたカラーリングのガンダムMk-II。
咄嗟に身構えるリリアだったが、相手は攻撃の素振りを見せなかった。
その動きはリリアの進路を塞ぐものであったが、敵意とは異なる、何かを問いかけるような意志を感じさせた。
限定的な指向性通信が入る。かつてティターンズでも何度か聞いたことのある、凛とした声。
エマ・シーン中尉だった。
彼女はこの狂った戦場で、どうしてもリリアに直接問い質したい事があったのだ。
「……あなたなのですね。ティターンズの『碧き死神』、リリア・アストレア」
その声は冷静だったが、強化されたリリアの感覚は、その奥にある微かな震え――戸惑い、怒り、そしてリリアへの憐憫が入り混じった、複雑な内心――を捉えていた。
リリアは答えるべき言葉を見つけられなかった。
それは、かつて同じ組織にいた人間からの、あまりにも真っ直ぐな感情だった。
「噂は聞いています。あなたがバスクを討ち、ティターンズ内部で改革を進めようとしていることも。
ですが、そのためにどれだけの血が流れているか、分かっているのですか?
あなたがそのティターンズの『力』を振るうたびに、多くの命が失われている!」
エマの言葉は、まるで鋭い刃のようにリリアの胸を刺す。
「その力は、その犠牲は、本当に世界を良くするために使われているのですか?
ダカールでクワトロ大尉の演説を妨害したように、結局はティターンズという組織の延命のために使われている。
あなた自身の歪んだ正義感と、強化人間としての悲劇を正当化するために、ただ戦いを拡大させているだけではないのですか!?」
それは、リリアが目を逸らしたい最も痛い問いだった。
「……黙ってください」
しばらくしてリリアの口から思わず漏れたのは、か細く、しかし氷のように冷たい拒絶の言葉だった。
「あなたのような『正しい』人間には、私の諦観など分かりはしない」
「言い訳です! あなたもティターンズの非道と闇の深さを知らないはずがない!
そんな腐りきった組織にしがみついているだけではありませんか!」
「私には覚悟があります」
リリアは言い放つ。
「私には、あなたのように組織を抜け、エゥーゴに移る選択はできなかった。
だからこそ、強化人間という組織に鎖を付けられた存在として、このティターンズという『力』そのものを内側から掌握し、作り変えるしかない。
その強権をもって、この歪んだ世界に秩序をもたらす。そのためならば、私は悪魔にでもなる!」
その言葉に、エマは息をのんだ。目の前の少女が語るのは、あまりにも危険で、傲慢な覇道だった。それは、エゥーゴが目指すものとは異なる、力による支配の論理とも取れる。
「あなたも、バスクやシロッコと同じ……! 結局は力で人を支配したいだけ!」
「絶対に違う!……ですが、今のあなたに何を言っても、平行線でしょう」
その言葉は、決裂を意味していた。
これ以上、言葉を交わす意味はない。二人の間にある溝は、決して埋まらない。
エマ・シーンは、目の前の少女が、もはや対話で止められる存在ではないと判断した。
生と死が隣り合う戦場で、エマの脳裏に、かつて自分が信じ、そして裏切られたティターンズの記憶が蘇る。
彼女は、過去の失敗を断ち切るためにエゥーゴに来たのだ。
だからこそ、彼女の生真面目さと「ティターンズを捨てた自分」という選択へのプライドは、目の前の少女――リリアの危うさへ向けるべき憐憫の情すらも、「ティターンズの救えない腐敗」への敵意へと転化させてしまう。
彼女にとって、リリアを認めることは、自らが捨てた過去を肯定することに繋がるものであった。
「ならば、あなたも討つべき一人。それだけです!」
エマはガンダムMk-IIのビーム・ライフルの引き金を引く。
彼女にとって、リリアの掲げる覇道は、シロッコの野望と同じく、新たな戦乱を生む危険な思想に他ならなかった。
しかし、リリアもまた、エマの攻撃を予測していた。
アストライアーは、発射とほぼ同時に機体を回転させ、最小限の動きでそのビームを回避する。
リリアは反撃のビームを撃ち返さなかった。
「撃ってこないとは!それとも、ティターンズの『改革』とやらは、そういう甘えの余地のあるお遊びなのですか!?」
エマは、リリアが反撃してこない理由が、戦術的な計算――ここで消耗戦をすれば共通の敵であるシロッコを利するだけだという冷徹な判断――によるものであろうことを、即座に見抜く。
しかしエマにとって、そうした合理性、そして甘さは、あまりにも多くの血を流してきたティターンズの指導者になろうとしている者のそれとして、欺瞞に満ちて見えた。
エマが追撃の照準を合わせようとした、その刹那。
二人の間に、シロッコ派のMS部隊から放たれる閃光が割り込んだ。
漁夫の利を狙う彼らにとって、両者の戦闘は絶好の機会だった。
「中尉! 敵増援です! 一旦後退を!」
味方機からの切羽詰まった通信に、エマは悔しげに顔を歪める。
引き金を引いた指先に、勝利の感触はなかった。ただ、分かり合えなかったことへの、冷たい虚しさだけが残る。
彼女は、その感情を振り払うようにガンダムMk-IIを反転させた。これ以上、この宙域に留まるのは危険だと、軍人としての冷静な判断が促していた。
エマとの対話は、リリアの覚悟を再確認させると同時に、孤独をより一層深く、心に刻みつけた。
(私の、欺瞞。いや、これが私の矛盾か……)
自分を「正しい」と信じられている人間の言葉は、何故こうも重いのか。
リリアは、自分の正しさを心の奥底から信じることなど出来ない。
彼女は頭痛を抱えつつも、新たに現れるシロッコ派の敵部隊を機械的にいなしながら、戦場の中心部へと再び進路を取る。