宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話   作:Xn

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第二話:鳥籠の強化人間

ムラサメ研究所での日々は、彼女の想像を絶する過酷さであった。

だが、それは彼女が自ら選んだ地獄への第一歩であり、同時に、彼女が渇望した「力」への入り口でもある。

 

 

到着した子供たちは、まず個別に隔離され、徹底的な身体検査と精神鑑定、そして肉体的及び知的な様々なテストを受けた。

彼女は、その過程で自身の「特異性」――大人びた思考や知識、そして何よりも転生前の記憶に由来する年不相応に強固な自我――を悟られないよう、細心の注意を払った。

 

そして、年齢相応の怯えや無知を巧みに演じ、研究員たちの指示には従順に従った。感情の起伏を極力抑え、あくまで「有望な素材」として、彼らの期待に応えようと努めた。

もしここで反抗的な態度を見せれば、あるいはその精神の深層にある「異物」を感知されれば、即座に「不良品」として処分される危険性があったからだ。

 

検査官や医師たちの目は鋭く、何かを探るような粘着質な視線が常に彼女に向けられていた。

まるで、珍しい昆虫でも観察するかのような、人間扱いしない視線。

 

検査の後、子供たちは能力別にいくつかのグループに分けられた。

 

検査の結果、彼女にはいくつかの「興味深い特性」が見られた。

まず、潜在的な空間認識能力の素養。そして、特筆すべきは、特定の周波数帯のミノフスキー粒子に対する異常なまでの親和性だった。

研究員たちは、これを「ニュータイプの素養の一端」あるいは「極めて稀な生体反応」と捉え、さらなる研究対象としての価値を見出した。

 

転生者自身も、高濃度のミノフスキー粒子が満ちる環境下では、薬物による精神汚染や外部からの精神干渉が和らぐような、不思議な感覚を覚えていた。

それは、まるで故郷の空気を吸うような、微かで、しかし確かな安堵感であり、それが彼女の自我の輪郭を辛うじて保つための見えない盾となっていたのかもしれない。

 

これらの特性から、彼女は「エリート候補」とされる少数のグループに編入された。

それは、より高度で危険な強化処置が施されることを意味していた。

 

彼女はそれを望んでいたが、同時に、本人の意志を無視して不幸にも選ばれてしまった子どもの未来を思い、そしてより不幸にも選ばれなかった子供たちの運命を思い、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 

 

最初の数週間は、基礎的な体力訓練と、子供たちの脳波を特定のパターンに誘導しようとするかのような奇妙な精神感応テストが行われた。

彼女はテストの意図を理解しつつも、あくまで研究員たちの指示に従い、求められる反応を示した。内心では、転生前の知識を元に、彼らの技術レベルや目的を探っていたが、それを決して表には出さなかった。

 

それに、これがニュータイプへの道だと思うと、多少のやりがいも無くはなかった。

 

 

……そして、程なくして大量の薬物投与が始まった。薬物は、時には神経系を強制的に覚醒させ、戦闘に必要な反射速度や空間認識能力を高めた。

その一方で、時には意識を混濁させ、悪夢を見せ続け、またある時には全身の細胞が焼き切れるかのような耐え難い苦痛を与えた。

 

子供たちの悲鳴が、隔離された部屋の壁越しに聞こえてくることもあった。

 

多くの子供たちが、この初期段階で精神に変調をきたしたり、身体が薬物に耐えきれずに脱落していった。

彼らの目は虚ろになり、言葉を発することもできなくなり、やがて静かに「処理」されていく。その度に、彼女は自分の選択の重さを噛み締めた。

 

彼女は、前世の知識――例えば、薬理学の知識――から薬物の効果をある程度予測し、副作用を最小限に抑えるよう努めた。

例えば、特定の薬物が投与された後は、敢えて嘔吐を誘発させたり、瞑想に近い精神統一を行うことで、薬物の効果をコントロールしようと試みた。

 

そして、激しい頭痛や吐き気に襲われても、歯を食いしばって耐え、冷静さを失わないよう自己暗示をかけた。

『私は、こんなところで終わるわけにはいかない。この知識がある限り、私は彼らの操り人形にはならない』と。

 

そして、心の奥底で、もう一つの考えが生まれた。

『この身体を、無駄にはできない。この身体が経験するはずだった未来を、私が代わりに、もっと良いものにしなければ』

この想いは、確かに彼女に力を与えた。

 

この孤独な戦いは、表層の「従順な被検体」「いたいけな少女」としての仮面の下で、深層の「元・現代日本の青年」の意識が、決して人間性を手放すまいと、自我の最後の砦を守り抜こうとする、孤独で壮絶なものだった。

 

この「仮面と本質の乖離」こそが、彼女が強化人間としての改造を受けながらも、完全な精神崩壊を免れた最大の理由の一つだった。

それはまるで、洗脳の被害を、彼女のもとの肉体の持ち主である、いたいけな少女の精神の残滓が代わりに引き受けてくれているかのようだった。

これは、大きかった。

 

また、前述のミノフスキー粒子への特異な親和性が、その抵抗を微弱ながらも下支えし、彼女の自我の最後の防衛線を維持するのに貢献していた可能性もあった。

 

そして、彼女は、強化による能力向上という「利」を得るために、自らの本質を巧妙に隠蔽し、研究員たちを欺き続けていった。

 

彼女のその異様なまでの忍耐力は、正気を保ち続けることに貢献し、従順な姿勢は研究員たちに彼女は「有望な素材」であるという印象をさらに強く与えた。

 

 

「被検体ナンバー7。脳波パターン、安定。薬物への適応力、極めて高い。サイコミュ波形への感応度、初期値としては異例の数値を示している……。

特に、外部からの情報刺激に対する反応が特異だ。通常の被検体ならば精神崩壊を引き起こしかねない情報量の奔流でも、彼女の脳はまるでスポンジのように吸収し、再構成しようとしている節が見られる。

そして、特定の周波数帯のミノフスキー粒子に対して、異常なまでの親和性を示す。

これが天性のものか、あるいは後天的な『何か』によるものかは不明だが、興味深いサンプルだ」

 

白衣の研究員たちが、マジックミラー越しに彼女の様子を観察しながら、淡々とデータを記録していく。

彼らにとって、子供たちは人間ではなく、ただの実験材料でしかなかった。

 

その非人間的な扱いに、彼女は怒りよりも深い諦観と、そして「ならば利用し尽くしてやる」という冷たい闘志を抱いた。

 

そしてそれをおくびにも出さず、ただ無感情な顔で、彼らの望む「優秀な素材」を演じ続けた。

 

 

やがて、本格的な強化手術も始まった。

 

それは、脳に直接電極を埋め込み、特殊な精神感応システムを接続するという、極めて危険な手術だった。

 

さらに、彼女の「有望な素材」としての特異な適応性と、研究所のより高度な戦闘能力への渇望は、彼女に対して通常よりも踏み込んだ処置を施す決定へと繋がった。

それは、神経系や筋繊維レベルでの「調整」で、まさしく「肉体改造」と呼ぶべき実験的な処置だった。

 

研究員たちは、彼女の反射速度と空間認識能力を人為的に限界まで高めるため、脊髄や視神経に微細なインプラントを埋め込み、特定の筋肉群には戦闘時の瞬間的な出力向上を目的とした合成タンパク質を注入した。

 

これは恐ろしい手術であった。拒絶反応や精神崩壊のリスクも高い。

 

しかし、彼女は自らこの道を選んだのだ。ここで怖気づくわけにはいかない。

 

手術台の上で、麻酔によって意識が遠のいていく中、彼女は強く念じた。

 

(生き残れ。そして、この力を手に入れるんだ。失われた少女の未来のためにも。そして、何も成し遂げられなかった、かつての『俺』のためにも……。

この力が偽物だとしても、それを使って生き残りたい。成し遂げたいことがある!)

 

 

手術は成功した。しかし、その後のリハビリと調整は地獄だった。

 

脳への処置だけでなく、肉体的な改造による拒絶反応や、神経系への過負荷は、彼女に筆舌に尽くしがたい苦痛を与え続けた。

 

時折、自分の手足が自分のものではないような奇妙な感覚に襲われ、鏡に映る自分の姿にさえ違和感を覚えることもあった。

 

だが、彼女はその苦痛を耐え抜き、新たな肉体的能力に意識を集中させることで、徐々にその「作られた身体」を自分のものとしていった。

 

 

そして、埋め込まれたシステムを通じて、脳内に直接情報が流し込まれ、戦闘シミュレーションが強制的に行われる。

それは、過去の戦争データや、エースパイロットの戦闘記録を元にした、極めて現実的なものだった。アムロ・レイや、時にはジオン側のシャア・アズナブルといった伝説的なパイロットの戦闘データを追体験させられることすらあった。

五感を直接刺激されるそれは、まるで現実の戦闘のようなリアリティを持っていた。

 

爆風の熱、急な回避によるGの圧迫感、そしてMSが被弾した際の衝撃と痛み。

 

そうした『模擬戦』で「死」を経験するたびに、強烈な精神的フィードバックが彼女を襲う。

何度も意識を失いかけ、嘔吐し、発狂しそうになった。

 

しかし、彼女は、その「死」の経験から、戦闘における生存術や、敵の行動パターンを必死に学び取ろうとした。

転生前の知識だけでは到底補いきれない、実戦的な感覚を、この地獄のような訓練の中で磨き上げていった。

 

やがて、彼女の感覚は徐々に研ぎ澄まされてゆく。

常人には感知できない微細な空間の変化、敵の殺気、機械の挙動。それらが、まるで手に取るように感じられるようになっていく。

 

(これが……強化人間の力……。ニュータイプとは違う、人工的に作られた力。戦闘目的の汚れた力。

だが、それでも……これがあれば……!)

 

その力に、ある種の万能感と、同時に深い虚無感を覚える彼女だった。

それはまるで、悪魔との契約によって得た禁断の果実だった。

 

 

同時に、副作用も顕著に現れ始めた。

 

時折、現実と幻覚の区別がつかなくなる。

過去の記憶――転生前の記憶と、この世界で得た記憶が混濁し、自分が誰なのかわからなくなる瞬間があった。

感情の起伏が激しくなり、些細なことで激昂したり、逆に何も感じなくなったりすることもあった。

 

まるで、心がバラバラに砕け散っていくような感覚。これで、他の被験体も、自我を失っていったのだろう。

 

研究員たちは、そうした精神的な不安定さを「調整」と称して、さらに薬物を投与したり、精神操作を行ったりした。

彼女は、その操作に抵抗し、自我を保とうと必死にもがいた。「私は兵器じゃない、道具じゃない、人間だ」と心の中で叫びながら。

彼女にとって、人間性を失うことは、目的を見失うことと同義だったからだ。

 

 

同じグループには、けっこうな数の同期がいた。皆、彼女と同じように過酷な処置に耐えていたが、一人、また一人と「失敗作」の烙印を押され、どこかへ連れ去られていった。

その度に、自分が生き残っていることへの罪悪感、そして明日は我が身かもしれないという恐怖に苛まれた。

強化人間になるという自らの選択が、彼らの犠牲の上に成り立っているという事実が、重くのしかかる。

 

その中で、被検体ナンバー13――彼の薄れゆく記憶が正しいのならカズマ――という少年だけが、彼女と同じように最後まで残り続けた。

彼は口数が少なく、常に暗い影を背負っているような少年だったが、時折彼女と視線を交わし、言葉にならない共感のようなものを分かち合っていた。

 

彼女は、彼の瞳の奥に、自分と同じような孤独と、何かを失ったことへの深い悲しみを感じ取っていた。

それは、強化人間という歪んだ存在にされてしまった者同士の、痛ましい絆だったのかもしれない。

 

彼と短い言葉を交わす時だけ、彼女はほんの少しだけ、自分が人間であることを思い出せるような気がした。

彼もまた、この地獄で何かを失い、何かを求めているように見えた。

 

「……お前は、どうしてそんなに平気なんだ……?」

 

ある夜、消灯後の薄暗い部屋で、かろうじて自我が残っているうちの一人であったカズマがぽつりと尋ねてきた。

その声は、諦めと疲労に満ちていた。

 

「……平気じゃ、ありませんよ」

と転生者は静かに答えた。

 

「ただ……私には、諦められない理由があるだけです。この力を手に入れて、成し遂げなければならないことが。それに、私は、この残酷な世界で、生き残りたい……」

 

怪物でも見るようなカズマの視線のもと、彼女はポツポツと語った。最後の言葉は、無意識のうちに口をついて出たものだった。

 

カズマは虚ろな目で天井を見つめた。

 

「そう、俺もただ、生きていたかっただけなのに……

こんな化け物になるために、ここに連れてこられたのか……」

 

その言葉に、彼女は何も言えなかった。被験体の子どもたちの死を無駄にはしない、という誓いが、彼女の胸に重くのしかかる。

 

(私は、強化人間の力を手に入れて、必ず……。

たとえ、それが多くの犠牲の上に成り立つとしても。私が化け物になったとしても、成し遂げなければならない『善』がある)

 

その決意は、彼女を強くもしたが、同時に彼女の心を少しずつ蝕んでいくものでもあった。まるで、砂上の楼閣を築いているような、危ういバランスの上に彼女の精神は成り立っていた。

 

 

 

そして、運命の日が来た。

 

最終テストとして、彼女とカズマは、それぞれ専用に調整された旧型のMS――ジム・トレーナーの改造機――を与えられ、模擬戦闘を行うことになった。

 

それは、どちらか一方が生き残るための、非情な選別だった。

 

教官から告げられたルールは単純明快。

「相手を戦闘不能にしろ。手段は問わん」

 

実弾こそ使われないものの、ペイント弾の衝撃は大きく、格闘兵装に至っては本物と変わらない。

 

そして、敗者は「再調整」という名の、事実上の廃棄処分が待っていることを、彼女もカズマも薄々感づいていた。

 

格納庫に、二機のジム・トレーナー改が対峙する。

彼女の機体は、彼女の反応速度に合わせてスラスター出力が若干高められ、センサー類も強化されている。対するカズマの機体も同様の調整が施されているだろう。

 

コックピットのハッチが閉まり、起動シーケンスが開始される。

彼女は深呼吸し、操縦桿を握る手に力を込めた。

初歩的な精神感応システムが起動し、機体との一体感が高まる。

それは、もはや自分の肉体の一部であるかのような錯覚さえ覚えるほどだった。

 

(カズマ、ごめんなさい。あなたとは、もっと違う形で出会いたかった。こんな風に、殺し合うために出会ったわけじゃないはずなのに……。

でも、私は、進まなければならない。あなたのためにも。

……いや、それは偽善だ。私の、エゴのために。私が生き残るために。

この罪は、私が背負うんだ!)

 

非情な決意を胸に、彼女は眼前のモニターに映るカズマの機体を見据えた。

その瞳には、冷たい炎が揺らめいていた。

 

 

「模擬戦闘、開始!」

 

無慈悲なアナウンスと共に、二機のMSが同時に動いた。

 

カズマは最初から突撃を仕掛けてきた。

その動きには、焦りと絶望、そして僅かながら「生き残りたい」という必死の願いが滲んでいる。

彼女は冷静にそれを見極め、最小限の動きで左に避けて回避する。

そして距離を取る。

彼女の脳裏には、これまでのシミュレーションで培われた無数の戦闘パターンが瞬時に展開されていた。

 

互いにペイント弾を交わす。

 

今度は彼女が仕掛けた。訓練用の低出力タイプのビームサーベルが火花を散らす。

 

彼女は、カズマの動きの僅かな隙を突いた。

一瞬の交錯。彼女機の右腕のサーベルが、カズマ機の左腕を的確に捉え、関節部を破壊する。

 

「ぐっ……!」

 

カズマの苦悶の声が通信機から漏れる。

 

彼女は攻撃の手を緩めない。安全のため距離を取りつつ、追い打ちをかけるように、カズマ機のメインカメラをペイント弾で狙撃。

視界を奪われたカズマ機は、狼狽したように動きが鈍る。

 

(これで……模擬戦は終わりだ)

 

彼女は、カズマ機の胴体部に照準を合わせ、最後の引き金を引こうとした。

 

その瞬間、カズマの絶叫がコックピットに響いた。

 

「うわあああああああっ!」

 

それは、恐怖や苦痛だけではない、何か別の感情が爆発したような叫びだった。カズマ機の動きが、一瞬だけ、これまでとは異なる鋭さを見せた。まるで、最後の力を振り絞るかのように。

 

(まさか……!? この土壇場で……!)

 

彼女の予測を超えた動き。カズマ機は、スラスターで急加速し、残った右腕で隠し持っていたビームサーベルを振りかざし、彼女機の脚部に叩きつけてきた。

 

鈍い衝撃と共に、彼女機の左脚部が一部破損。バランスを崩し、機体が大きく傾く。

 

(甘かった……! 油断した……! 彼もまた、生きるために必死なんだ……!)

 

人間の能力は、極限状態においてこそ真価を発揮する。

カズマもまた、土壇場でその片鱗を見せたのだ。

 

しかし、彼女もまた、ただの子供ではない。わずかばかりとはいえある転生者としての知識と経験、そして何よりも「生き残る」という強烈な意志が、彼女を支えていた。

この戦いに負けるわけにはいかない。

 

体勢を立て直しながら、彼女は即座に反撃に移る。

破損した脚部を意に介さず、無理やり姿勢を維持し、スラスターを全開にしてカズマ機に肉薄。右腕のビームサーベルを突き出した。

 

カズマはそれを避けようとするが、先ほどの無理な動きで体勢が崩れている。

そして、カズマはせめてと、機体を横にし側面を彼女機に向けることで回避をしようとし、次善の策として対峙面積を減らしてダメージを少しでも減らそうとした。

 

だが、対応虚しく、彼女のビームサーベルが、カズマ機の右脚部とメインスラスターを斬り上げて破壊。

カズマ機は推進力を完全に失い、コントロール不能に陥ってその場に崩れ落ちた。

コックピットブロックは無事だが、戦闘続行は不可能だった。

 

ほどなくして彼女の機体も左膝をかばうように膝をつく。

 

 

「……戦闘終了! 勝者、被検体ナンバー7!」

 

アナウンスが、静まり返った模擬戦場に響き渡る。

 

彼女は、荒い息をつきながら、活動を停止したカズマ機を見つめていた。

コックピットからの応答はない。おそらく衝撃で気を失っているのだろう。

 

(私は……勝った……でも……この勝利に、何の意味があるのだろう……)

 

その勝利のかすかな喜びは、すぐに虚しさと、言いようのない後味の悪さに取って代わられた

 

カズマを直接殺めたわけではない。だが、この結果が彼に何をもたらすかは、想像に難くない。

この非情な研究所で、自我すら失った敗者に待つのは、更なる絶望だけだ。

 

ハッチが開き、研究員たちが駆け寄ってくる。

彼らは彼女の健闘を称えるでもなく、淡々とカズマ機の回収準備を始めた。

 

その中の一人が、彼女に冷たく告げた。

 

「被検体ナンバー7、お前は生き残った。……敗者には、それ相応の処遇が待っている。無駄にはせんよ、貴重なサンプルだからな」

 

その言葉は、カズマの運命を暗に示していた。「再調整」、あるいはそれ以上の何か。物言わぬ「部品」にされるのかもしれない。

 

彼女はコックピットから降りると、力なくその場に膝をついた。

 

(これが、強化人間として生きるということ。

私は、いつまでこの選択を正当化できるのだろうか。こんな犠牲の上に、私の望む未来など築けるのだろうか……。

カズマの最後の抵抗……あの時、私の心は確かに恐怖を感じた。

そして、彼を打ち負かした瞬間、言いようのない高揚感と、同時に深い虚無感に襲われた。

まるで、心が二つに引き裂かれるようだ。

私は、化け物になってしまったのだろうか……。

いや、自ら化け物になることを選んだのだ。この痛みも、この歪みも、全て私が受け入れなければならない代償なのだ)

 

彼女の小さな肩が、微かに震えていた。それは、寒さからでも、恐怖からでもない。

自らが踏み入れた世界の非情さと、その中で生き残るために友を蹴落としたという事実に、そして、そんな自分自身への嫌悪感に、打ちのめされていたのだ。

 

しかし、彼女はすぐに顔を上げた。

碧い瞳には、涙ではなく、より一層強い決意の光が宿っていた。それは、狂気と紙一重の、危うい輝きだった。

 

(カズマ……あなたの犠牲は、絶対に無駄にはしない。

私は、この道が正しいと、証明してみせる! たとえ、どれだけ汚れてでも!)

 

そうして彼女が決意を固めていると、ナカハラ博士が話を続けた。

 

「被検体ナンバー7、見事だった。その力、その精神力、まさに我々が求めていたものだ。

……今日から、お前には名を与えよう。

リリア・アストレア、だ。」

 

リリア・アストレア。その名が告げられた瞬間、転生者――いや、リリアは、自らの魂に、新たな楔が打ち込まれたような感覚を覚えた。

醜悪な研究所から与えられる名前が、祝福であるはずがない。それは呪いだった。

 

彼女は、自らに与えられたその新しい名が、強化人間の悲劇の象徴として知られる「フォウ・ムラサメ」のように、研究所の名を冠していないことに、僅かな疑問と、そして微かな安堵を覚えた。

「ムラサメ」の名は、彼女の記憶の中で、強化人間の悲劇そのものと深く結びついていたからだ。

 

ナカハラは、言葉を続けた。

その口調は冷静だったが、瞳の奥には、リリアという「作品」への歪んだ執着と、彼女を利用して何かを成し遂げようとする野心がギラついていた。

 

「フン、君のその特異な反応と、ミノフスキー粒子への異常なまでの親和性、従順性、冷静さ。

従来の強化人間とは明らかに異質だ。

ムラサメという『鳥籠』では、君のその『異常性』を測りきるには狭すぎるかもしれんな。

……それでだ、リリア・アストレア。

しかし、アストレア……天秤を持つ正義の女神、か。

上の連中が勝手に決めた名だ。私は反対したのだがな、お前のような存在に『正義』などという言葉は滑稽でしかないと。

だが、その名はあるいは的を射ているのかもしれん。

お前のような力しか能のない存在は、世界を混乱に陥れる『災厄の星』となるか、あるいは、全てを強権で支配する『鉄の聖女』となるか。いずれかだ。

どちらに転ぶにせよ、それは我々にとって非常に興味深いデータとなるだろう。

君がその力で何を成すのか……いや、我々が君という『最高傑作』を使って、何を成し遂げられるのか。

実に楽しみだよ、リリア・アストレア」

 

ナカハラの言葉は、リリアを単なる強化人間以上の存在として評価しているようにも、あるいは彼女の特異性を利用して、さらに大きな野望を抱いているようにも聞こえた。

そして、その言葉は、リリアの中に眠る「何か」を、彼らがまだ完全には理解していないことを示唆していた。

 

 

この日を境に、リリア・アストレアはムラサメ研究所の「最高傑作」として、その名を一部の連邦軍上層部に知られることになる。

 

そして彼女は、自らの血と涙、そして友の犠牲で染め上げられた道を、さらに先へと進むことになるのだった。

 

その心に、消えることのない傷と、リリア・アストレアという新たな名を抱えて……。




急に長くなって申し訳ないです。「ご都合主義」タグを付けたとはいえ、説得力が出せるようには頑張りたい。
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