昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第1話 胃腸薬が足りない

 剣と魔法の世界でも現実は厳しい。

 魔王が君臨し、魔物が跋扈(ばっこ)するこの世界。

 小さい頃は皆、勇者が旅する英雄譚に憧れて冒険者を志すものだが、十代も少し過ぎた頃には現実という高すぎる壁にぶち当たる。

 才能の壁、金銭の壁。

 いい師匠に巡り合えるか、いい仲間に巡り合えるか。そういう運の壁もあるだろう。

 

 俺――メディ・レクトスもそんな壁にぶつかったうちの一人だった。

 生まれは山奥。限界集落というには限界があるレベルの小さな村。

 

 両親は、そんな村で整体業を営んでいた。

 我が両親ながら無茶が過ぎる。どんな判断でこの村に整体院を始めたのかは甚だ謎であるが、当然儲かるはずもなく俺が十歳の時、父は俺に優しくこういった。

 

「メディ。父さんと母さんは街に出稼ぎに行ってくる。それまでは、この家を頼んだぞ」

「父さん……!」

 

 いや、どっちか残れや!

 

 今となってはそう思うが、幼心に全く儲かってないことは分かっていたので涙ながらに仕方ないことだと受け入れていた。

 といってもまぁ、ちょいちょい帰ってくるので別にいいのだが。

 ここまで帰ってくるといっそ成功するまでは帰らないくらいの気概を子供に見せるべきではないかと思うくらいだった。

 

 そんなわけで小さい頃から一人で過ごす時間が多くなった俺は、当然ながら村の人によくしてもらう機会が多かった。

 おすそ分けを貰ったり、狩りの仕方を教えてもらったり、食べられる野草やきのこを教えてもらったり。

 

 そうなるとこちらも何かお返ししたくなるのが人情というもの。

 最初はお礼に肩をとんとん叩くくらいだったが、幸いというべきか、家にはマッサージやツボ、施術(せじゅつ)魔法の本に溢れていた。

 

 そして不思議なことだが、俺にはマッサージの才能はあったようなのだ。

 

「メディちゃんや。ありがとね。ずっと寝たきりのままだと思ったけど歩けるようになるなんて」

「わしも男としては終わりじゃと思っていたが、まだ頑張れそうじゃわい。わっはっは!」

 

 ……まこと不思議なことだ。

 どうせ才能があるなら、剣とか魔法の才能がよかった。

 事実かは定かではないが、両親は元Aランク冒険者だったそうなのでなんだったらそちらの可能性の方が高そうなものであるが、両親の願いが通じたのかはたまた時空が捻じれたのか。

 こうして『レクトス整体院』は『真・レクトス整体院』へと生まれ変わったのだった。

 

 ただ、ここが山奥の村であることは変わりない。

 整体院なんて名ばかりのもの。

 日々の暮らしは巧くならない狩りや釣り、そして山菜取りをしてのんびりと暮らしていた。

 

 十歳の頃からそんな生活をして七年。

 その日もいつもと変わらない。穏やかな晴天の朝だった。

 

 

 メディ・レクトスの朝は遅い。

 なぜならどうせ早く起きても何もすることがないからだ。

 

 俺が住む家は集落からは少し離れた山の上に建てられている。

 起きると、着の身着のまま少し斜面を登り湧き水のある泉で顔を洗いに行く。

 土と深い森の香り。ちゅんちゅんと小鳥が(さえず)る木漏れ日の道は、清々しい朝を感じられて気持ちがいい。

 

 いつもと変わらない朝。

 しかし、もうすぐ泉というところの川辺の道。

 不意に視界に見慣れないものが映った。

 

 金色の何か。

 いや、それは何かではない。髪だ。

 小さな体を足先まで覆う長い髪。黒いローブの上にさらさらと金色の髪が覆っている。

 

 ……死体?

 俺は少し早まる鼓動を落ち着かせながら恐る恐る近づいていく。

 近づくにつれ、その正体とともに異臭のようなものも感じた。

 

 それは少女だった。

 仰向けに倒れ、顔を横に向けている。

 

 生きてはいる。ただ意識は失っているようで目は瞑っている。

 すぐ近くまで来て気づいたが、滝のように流れる汗に濡れた髪から覗く額には黒い二本の角が生えていた。

 見るのは初めてだが、亜人、もしくは半人と呼ばれる種族なのだろう。

 

「もし、大丈夫か」

 

 俺はぺちぺちと軽く彼女の頬を叩いて呼びかける。

 しかし反応はない。

 

 俺は医者ではない。そしてこの村には医者はいない。

 だからこそ、こういう場面でどうしたらいいかは人伝えに教えられていた。

 

「ちょっと失礼」

 

 怪我をしていないか確認するため、彼女の体を回復体位に変更する。

 血が流れていないことから外傷はなさそうだった。

 ずっとお腹を押さえているのでお腹が痛いのかもしれない。

 

 どうするか少し迷ったが、放っておくわけにもいかなかった。

 少女の恰好は黒色のワンピースドレスに黒のローブ。胸元に紅い宝石のついたネックレスを掛けている。ローブで隠れていたが、尾てい骨のあたりに角と同じ真っ黒なでっかい尻尾が垂れ下がっている。

 

 長い髪にローブと尻尾。

 信じられないくらい抱えづらいが、ローブの下から抱えようと手を差し込み。

 ぐっちょりとした嫌な感触が腕に当たる。

 

 ……うん。まぁ、臭いで気づいていたが、お腹がすごく痛かったんだろう。

 そういう時もある。

 

 よいしょ。と抱えるが、めちゃくちゃ重い。重すぎる。

 見た目は十歳そこらの少女。せいぜい三十キロくらいだと思っていたが、確実にその倍はある。

 どうなってるんだこの子の体は……。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 家まで辿り着くころには息も絶え絶え。

 俺の家は木造小屋。シーツが汚れそうだったが、それはまた洗えばいいだろう。

 敷きっぱなしだった敷布団に横たえる。それなりに道中揺れたとも思うが一向に目が覚める気配はない。

 

 人を呼びたいところだったが、正直俺の家は集落から少し離れている上に山の上なので、ご老体ばかりの村人に無理言って来てもらうのも気が引けた。

 しかし、汗とほにゃららでびっちゃびっちゃな彼女をそのままにするわけにはいかないし、このまま放置する気もなかった。

 

 半人。

 角と尻尾からおそらく竜族の少女。当然だが、人よりその身に秘める力は強いはずだ。

 下手に誤解されたら殺される可能性も否めなかったが、俺はそうならないようにと一つ祈ってから少女の服に手を掛けた。

 

 とりあえず、黒のローブを外す。下は肩紐掛けのワンピース。

 それも汗でじっとりしているため、着替えさせるつもりではあったが、その前に家に常備されていた腹痛に効く丸薬を取り出す。

 水瓶から一杯水を汲むと少女の口に丸薬を含ませ、水を飲ませる。

 口元からぽたぽた数適こぼれたが、一応飲んでくれたらしい。

 

「ふぅ」

 

 次は服。

 さすがにそのまま脱がすのもどうかと思ったので、薄手のシーツを羽織わせた後、そろりそろりとワンピースを脱がしていく。

 

 うーん。これは……。

 はたから見たら犯罪なのではないだろうか……。

 

 下着は下だけ白いドロワーズのようなものを着けている。

 問題はここからだ。

 

 やりたくもないが、汚れた下だけそのままというのも意味が分からない。

 俺は覚悟を決め、ドロワーズをそろそろ脱がす。ドロワーズの下にはさらに下着を着けていた。黒のスケスケパンティ(汚い)。

 

 女性に対する幻想が醒めそうだ……!

 俺は無心で頑張った。

 

 最後に黒のソックスも脱がすととりあえず全裸に出来た。

 とてつもなく疲れたが、この状態で目を覚まされるのが一番の問題だったので俺は急いで立ち上がると準備を始めた。

 

 まずはタオルを何枚か用意して体を拭いていく。

 確実に数枚はお釈迦になるだろうが、背に腹は代えられない。バケツに汲んだ水を何度も変えながら三十分ほど奮闘し、ようやく少女の体が綺麗になる。

 ぴかぴかになった彼女の体を見た時は、性欲などでは決してない。

 達成感という興奮で俺は少し感動していた。

 

 次は洗濯だ。

 自宅用に引いた洗濯用のため池で少女の衣服を(すす)いでいく。

 彼女の衣服は魔力的な造りなのか、どれも水で汚れは跡形もなく落ちていった。

 できれば着替えさせたことはバレたくなかったのでこれについては非常に助かる。

 

 少女が寝ているシーツも取り替えて一応処置はすべて終わった。

 疲れた。ただひたすらに。

 

 薬が効いてきたのか少女もシーツの中、先ほどよりは落ち着いた様子で眠っていた。

 家の中は山の上なだけあって心地よい風が通っている。

 

「顔洗ってくるか」

 

 すっかり顔を洗いに泉に行ったことを忘れていた。

 俺は最後にちらりと少女の様子を見て、洗顔と山菜取りを兼ねて家を出るのだった。

 

 

  **

 

「ん……んんっ……」

 

 運がよかったのか、彼女の体調が悪かったのか。

 彼女の目が覚めたのはその日の夜。洗っていた衣服も乾き、服も着替えさせ隠ぺい工作はすでに完遂していた。

 部屋の中ではパチパチと囲炉裏で炭が燃えている。

 

「起きたか」

「ん、んん? 誰じゃ、お主は?」

 

 思ったより奇特な喋り方をする少女だった。

 

「というかここは……」

 

 彼女はきょろきょろと家の周りを見渡す。

 周りに広がるのは小さくボロい俺の家。彼女にとっては見慣れない光景だろう。

 

「俺の家だ。家の近くで倒れててな」

「そうか……」

 

 彼女はそういって少し何かを思い出すように口を(つぐ)むと、不意にバっとシーツを捲った。

 しかし、そこにあるのは着の身のまま。俺は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。

 

「どうかしたか?」

「い、いや。何でもない。お主が介抱してくれたのか?」

「ああ、一人暮らしでな。あいにく近くに人も少ないんだ」

「そうなのか」

 

 そういって彼女は少し立ち上がろうとしたようだが、ふらりと体を傾かせた。

 

「丸一日寝てたんだ。もう少しゆっくりしておけ。今粥でも作ろう」

 

 材料は用意していたので、コメと水と薬草数種を鍋に入れて囲炉裏の上で煮込んでいく。

 少女はじっとこちらを観察しているようだった。

 

「お主。名は何というのだ?」

「俺か? 俺はメディ・レクトスだ」

「そうか、メディ。礼を言うぞ。わらわはインフィール・オルガノムという」

「カッコいい名前だな」

「そうじゃろう。母君が名付けてくれたのじゃ。わらわも気に入っておる!」

 

 名前を褒められて嬉しかったのか少女は満面の笑みを浮かべた。

 改めてみると角や尻尾もそうだが、かなり人間離れした整った容姿を持った少女だった。

 布団に広がる金砂のような長い髪。目はサファイアのような青色をしている。

 

「何て呼べばいい?」

「フィルでよいぞ」

「了解した。聞いていいことなのか分からんが、なんであんな所で倒れてたんだ?」

「うむ。お主は恩人だからな。といっても大した話ではないのだが」

 

 そういってフィルはぽつりぽつりとここに来るまでの経緯を話してくれた。

 

「わらわはこう見えて勇者パーティに属していてな。まぁ、勇者と戦った母君の命で仕方なくなんじゃが。あっ、気づいていたかもしれんが、わらわは半人半竜でな。竜の母と人の父を持っておる」

 

 俺は思った。

 父どうやってヤったん?

 神妙に頷くとフィルは続けた。

 

「わらわは旅の道中、環境のせいなのかどうも体調を崩しやすくなっての。普段は薬を持ち歩いているのじゃが、その日は切らして街へ買いに行く途中だったのじゃ」

「それで途中限界が来たのか」

「そんなところじゃ。落ちたのがお主の家の近くなのは運がよかったの」

 

 そういって笑ってくれるとこちらとしても苦労した甲斐があるというものだった。

 ちょうどお粥もできたので器に注いで手渡してやる。

 フィルは礼を言って受け取るとふーふーと息を吹いてレンゲでぱくりと頬張った。

 

「美味いか?」

「そんなに美味くはないの。だが、ほっとする味じゃ」

 

 それはよかったと俺は頷いた。

 

「ただ、それだと勇者たちは心配してそうだな」

「二、三日で戻るといっておいたからまだ大丈夫じゃろう」

 

 彼女が勇者パーティからいつ発ったのかはわからないが、話の流れからおそらく昨晩とかなのだろう。

 粥を食べきったフィルはまだ少し体調は悪そうで額には少し汗を浮かべている。

 

「まぁ、今夜はもう遅いから一泊していけ」

「うむ。すまないが世話になるとしよう」

 

 棚から綺麗なタオルを取り出してフィルに手渡してやると、彼女は素直に受け取って顔と首を拭いていた。

 彼女はタオルを折りたたんで枕元に置いた後、すぐに横になってしまう。

 俺も囲炉裏の火を消して眠ることにする。

 彼女の寝息が聞こえる室内、俺も疲れていたのか布団に入ると瞬く間に意識は落ちていった。

 

 

 **

 

 

 翌朝。

 昨日助けたドラゴン娘の朝は早いようで、いつもよりだいぶ早い時間に物音で目が覚めてしまった。体調もだいぶ回復したようで昨日に比べると顔色もいい。

 体も動かせるようだったので、一緒に泉まで顔を洗いに行くことにする。

 

 木漏れ日の中、朝の時間は緑の香りが濃くより空気が冷たく澄んでいる。

 いつも歩くこの道も隣に少女がいるというのは不思議な感じだ。

 

「のどかなところじゃのー」

 

 フィルは顔を洗うと靴と靴下を脱いでちゃぽんと小川に足を浸けた。

 この辺りはいたる所から水が湧いており、この小川はほとんどうち専用だ。

 のどかといえば聞こえがいいが実際は特にやることもない日々。

 勇者パーティ。なんて言われても漠然としたイメージしか湧かないが、俺からしてみたらそちらの方がよほど刺激的で楽しそうにも思えた。

 

「冒険者は大変か?」

 

 せっかくなので俺も隣に座ることにする。

 足を浸けると春の季節とはいえ少し冷たすぎるくらいだった。

 ただ、隣のフィルは気持ちよさそうにちゃぷちゃぷ足を泳がせている。

 

「そうじゃのー。ま、そうじゃの~」

 

 フィルの歯切れは悪かった。

 

「メディは冒険者になりたいのか?」

 

 答えにくかったのか逆に質問を返されてしまう。

 

「俺か? まぁ、そうだな。冒険者とまではいかないが、一回くらい世界を回りたい気はするな」

「それはよい。わらわも三百年くらいはずっと山にいたが、勇者パーティに入って唯一いいと感じたところは世界を見て回れるところじゃ」

 

 ……この子何歳なん?

 冗談を言ってるようにも見えないのでたぶん事実なのだろう。

 ただ齢三百というには見た目はともかくとして、表情や仕草もとても幼く感じるのだが、それは人里を離れていた弊害なのだろうか。

 なんだか、ほとんど村を出ないあたり境遇が似ている気がして少し自分のことも不安になる。

 

「唯一なのか」

 

 女性に年齢の話題はタブーと教えられていたので当たり障りない突っ込みどころに触れてみる。

 

「唯一無二じゃ」

 

 そんな勇者パーティは嫌だ。

 俺はこの世界は大丈夫なのかと少し心配になった。

 

 しばらくそんな話をしながらのんびりしていたが、あまり長く浸かっていると足がふやけてしまう。時間はまだあるとはいえ、フィルは今日中には勇者パーティに戻るそうなので、せっかくなので近場を案内することにする。

 

 といってもこんな山の中に観光地などあるはずもなく。

 小さな滝に小さな洞穴。(うす)を回す水車に川に掛かる古い橋。湖の近くに咲く花畑。

 

 最後に山の斜面の獣道を歩くと少し開けた草原地帯。

 羊飼いの牧草地まで来ると、めぇめぇとたくさんの羊が寄ってきた。

 

 我が村ながら案内のし甲斐がないところだ。

 ただフィルは割と楽しそうにのじゃのじゃ言いながら話を聞いてくれていた。

 

 ぐるりと小さな村を一周して家に戻ってきた頃にはもうすぐお昼という時間だった。

 途中摘んだ果物を家先のベンチに座り食べ終わった頃。

 

「よし」

 

 そういってフィルは立ち上がってくるりとこちらを向いた。

 黒いドレススカートとマント。そして地面に届きそうなほどの長い金の髪がさらりと揺れる。

 

「わらわもあまり長居するわけにもいかないからの。そろそろ戻ることにするのじゃ」

「そうか」

「メディには色々世話になった。竜族として必ずお礼をするぞ」

「それは楽しみだ……ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 俺は別れの前。

 一度家の中に入り薬箱の中から腹痛薬をいくつかハンカチに包んでフィルの元に戻る。

 

「腹痛薬だ。よかったら持ってってくれ」

「メディは気遣いの鬼じゃのー。ありがとうなのじゃ!」

「あと最後に、俺は整体師の端くれでな。ちょっとだけお腹に触れていいか?」

「にゃ、お腹にか? ま、まぁ、別によいが」

 

 少し集中して彼女の体を見る。

 俺は暇な時、整体技術の練習ばかりしていたせいか人の魔力や気、血や神経の流れ、そしてツボの状態を目で見て把握できるようになっていた。

 服越しにそっとフィルの脇腹に手を当てると弱っている臓器を癒し、悪い気のめぐりを正していく。

 

「んん。くすぐったいのじゃー」

「はい、終わり」

 

 五秒ほどで手を放す。

 一回で完治させられるものではないが、多少良くはなるはずだ。

 

「おおっ、ちょっとお腹の違和感が取れた気がするぞ」

「ま、ほどほどに安静にな」

「分かったのじゃ!」

 

 そういうと彼女はぴょんとジャンプすると同時にバサりと先ほどまでなかった翼を背中から生やしてふわりと浮き上がる。

 

「近々また来るからの。じゃあの!」

「ああ」

 

 手を振ってくるフィルに手を振り返すと彼女は最後に笑って彗星のように空へと彼方へ飛んで行ってしまった。

 彼女の残した風が止んだ頃には、そこはいつもと変わらない景色が広がっていた。

 

「人間生きていると不思議なことがあるもんだ」

 

 研鑽(けんさん)するか。

 人に喜んでもらえるともっと頑張ろうと思ってしまう。

 俺はゆっくり家に戻ると部屋の奥、山のように積み重なる蔵書の一つを手に取り読み始めた。

 

 

 **

 

――Side フィル

 

 

「今戻ったのじゃ~……」

 

 メディと別れて数刻。

 勇者パーティが滞在する街に戻ってきたのは夜の帳も降りた時間帯だった。

 テントを張る野宿だと話も違うのだが、基本的に町や村で宿を借りる時は当然男女の部屋は別れている。一人部屋や二人部屋の場合はいいのだが、今寝泊まりする宿は少し大部屋で四人部屋が割り振られていた。

 

 勇者パーティは勇者ヴィルを含む男二人とわらわを含む女四人の混合パーティ。

 皆かなりの実力者で昼間は――というと語弊はあるが、皆が一緒にいる時は仲もよく見えるパーティだったが、例えば夜のこの時間。

 

 四人部屋の室内。

 部屋の中は確実に廊下より気温が三度は低く感じられた。

 

「あっ、お帰り~。もう体調は平気なの?」

 

 話しかけてくれたのはヴィルの幼馴染で類稀なる剣の実力を持つリティア。

 少し天然パーマがかかった桃色の髪。髪質と同じくゆるんとした雰囲気を持つ少女だが、勇者のヴィルと双璧を成す前線の(かなめ)だ。

 

「今日はもうこの二人とずっと一緒で最悪だったよ~。ぎゅっとして癒させて~」

「う、うむ……」

 

 断ると怖いのでよちよちとリティアの方に近づくと「ふふふ~」と人形を扱うように体を抱きしめて髪を梳かれる。

 

「……すぐ仲間を作ろうとする。フィル様はそんなことしなくていい」

 

 そんな様子を横目で見ながら趣味の人形作りをちくちくと進めるのは影の魔法使いテネブラ。黒髪で前髪を隠した少女で昼間は主に索敵などの斥候(せっこう)や影を使った補助魔法を駆使する。

 

「え~。それはブラちゃんが人付き合いが下手なだけでしょ。フィル様も別に嫌がってないし」

「それはあなたを怖がってるだけ。そんなことも分からないの?」

「そんなことないよね~フィル様……あれ? フィル様、知らない男の匂いがするね」

 

 怖い。

 リティアはくんくんと頭に鼻を近づけてこちらを見る。

 一応、メディのもとで水浴みはしたのだが、リティアはあらゆる感覚が尋常でなく鋭かった。

 

「ど、道中、体調を崩した時に世話になってな。そやつの匂いであろう」

「ふーん」

 

 リティアはじっとわらわの目を見つめてくる。深淵を覗く緑の瞳。

 彼女はあらゆる嘘を見抜く眼力を持っていた。

 

「いい人だったんだね~。仲良くなりたいなら応援するよ!」

「下手な勘繰りはフィル様がお困りになってしまいますよ」

 

 実際、メディとの関係はそのようなものではない。

 否定しようと思ったところでもう一人のパーティメンバー。シスター服を纏った聖女ランディが割って入ってくる。

 この四人の中では一番大人っぽい体格をしており、無機質な声で冷たい毒を吐く。回復魔法や防御魔法が得意だが、体術も並外れた実力を持っている。

 

「はぁ? 応援してるだけじゃない。変な言いがかりはやめてくれない?」

「なんでも恋愛に結び付けるのはあなたの悪い癖だと言っているのです」

「それはランちゃんのことでしょう? 私がいつ恋愛について話をしたの?」

「今していたではないですか。年中ピンク色の頭をしたリティア様が恋愛がらみ以外で食いつく話題などほかにないではありませんか」

「はぁ、髪色は遺伝ですけど? シスターのくせに私の家族の事情を引き合いに出すんだ?」

「頭の外ではなく中の話で――」

 

 うぅ。すごく言い争っているのじゃ……。

 ここに来るまではそれほどではなかったが、また少しお腹が痛くなってきた。

 

 彼女たちが(いさか)い会う原因はただ一つ。

 彼女たちは皆勇者ヴィルに恋心を抱いており、誰一人全く譲る気がないということが問題であった。それ故にヴィルとともに過ごす機会が多い昼間は、表面上皆仲良しなのだが、こういった女だけで集まる場所に来ると決まって何か言い争いを始める。

 

 問題なのは、まぁまぁの頻度でわらわを挟んで相手に毒を吐くという技術を三者三様身に付けていることだった。

 

 圧倒的力とカリスマを以って場を収められたらよかったのだが、単純に彼女たちは意思も実力も並ではない。一対一で負けることはないだろうが、二対一なら多分負けてしまうだろう。

 それと、単純に口喧嘩で彼女たちの誰一人として勝てる気がしなかった。

 

 そろりそろりとリティアのそばから抜け出して自分のベッドの上へと避難する。

 目を閉じるとのんびりとした昼間の情景が思い出されて、それがとても懐かしく感じる。

 

 帰りたい。

 たった今帰ってきたはずなのにそう思うのはなぜなのだろうか。

 相手をあざ笑うような会話を続ける彼女たちを横目に、よたよたとわらわは眠る支度を始めるのだった。

 

 

――Side Out

 

 

 晴れた午後。

 部屋でのんびり本を読んでいると、木々が軋むほどの鋭い風切り音が家を揺らした。

 びっくりして慌てて家のドアを開けるとそこには一週間ぶりに見る一人の少女が少し憔悴したような表情で立っていた。

 恰好は以前とほとんど同じ。ただ、微妙にワンピースの飾りは違っている気もした。

 その恰好が好きなんだなと、そんなことを思う。

 

「疲れたのじゃ」

 

 開口一番。フィルは独り言のように呟いた。

 

「……お疲れ?」

「疲れたのじゃあああ!!!」

 

 彼女はとてもお疲れのようで乾いた地面。その場でごろりと寝転がってしまった。

 なかなかに精神がやられている。

 

「……茶でも飲むか?」

 

 彼女はしばらく黙っていたが、やがて小さく。

 

「飲む……」

 

 そういって寝転がったままこちらを見上げて両手を上に上げてきた。

 仕方ないので手を取って体を起こしてやる。

 

「これが礼か?」

「……今度、お饅頭でも持ってくるのじゃ」

 

 どうやらお礼は忘れてきたらしい。

 俺は少し笑って立ち上がった彼女から手を放す。

 

「それは楽しみだ」

 

 そんな言葉を交わしながら、俺たちは家の中へと入っていった。

 

 

 




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