昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第10話 香水店の兄と妹

 その日、俺は朝から一人街をめぐっていた。

 目的は買い物。

 目的物は鍼とオイル。

 

 家の蔵書(ぞうしょ)にオイルマッサージと(はり)治療の本がいくつかあり、やってみたいと常々思っていたが、流石に道具がないとやりようもない。

 いつか街に降りた時は買いに行こうと思っていたが、こんないい機会もなかなかないだろう。

 

 できれば両方揃えたいが鍼についてはまず何の店で売っているのかすら分からない。

 髪の毛ほどの人の肌を刺す金属。

 書籍があるのだからこの世のどこかにはあるのだろうが、まずどこで手に入るかを記載してほしいと読み直すたびに思っていた。

 

 なので今日の目的物はマッサージオイル。

 もちろん最初は練習用だが、いつかフィルをにゅるにゅるにするのも悪くない。

 

 決意を新たに街を探索。

 目的の店は決めているが、街を見て歩くのもなかなか楽しい。

 石畳で舗装された綺麗な道の両脇には様々なお店が立ち並んでいる。

 

 流石冒険者の街なだけあってメインストリートには武器に防具屋。魔除け(アミュレット)の専門店にキャンプ用品などを売る道具屋さん。

 

 そして何と言っても酒場に酒屋。

 様々な料理屋からはまだ朝だというのに中からは楽し気な笑い声が聞こえてくる。

 

 道行く人は晴天の空の下。

 冒険者たちは皆剣や盾を(たずさ)え、楽しみ半分、緊張半分といった様子で街の外へと向かっていた。

 

 

 

 その店はギルドもあるメインストリートから一本脇に逸れた少し物静かな住宅地の中に建てられていた。

 

 白い壁に赤土(あかつち)色の屋根。

 小さな庭には黄色と白の花が鉢植えに植えられ、一本生えた細いオレンジの()る木に『リオクル香水店』と看板が()げられていた。

 

 なかなかに可愛らしいお店。

 来るお客は若い乙女かはたまた貴婦人か。

 なかなかに男一人では入りにくい。

 

 しかし、尻込みしているほど来る機会は多くない。

 意を決してドアへ向かおうとしたところで

 

「じゃあ行ってくるねー!」

 

 と勢いよく飛び出してくる一つの影。

 危うくぶつかりそうになるところをお互いギリギリ立ち止まって回避する。

 

「――わわっ、すみません! お客さんでしたか?」

 

 それは小さな少女だった。

 体の大きさはフィルと同じか少し小さいくらい。年は十歳か十一歳くらいだろうか。

 白の生地に青色の(えり)をしたワンピース。麦わら帽子から覗く水色の瞳は丸くなって驚いている。

 

「あ、ああ」

「いらっしゃいませ!」

 

 そういって少女はニコーっと嬉しそうに笑う。

 両手で木かごを抱えており、中には数本小瓶が入れられていた。

 彼女はそれを落とさないようにとしっかり片手で抱えなおすと開いたばかりの扉をもう一度開け、

 

「おにーちゃーん! お客さん来たよー!」

 

 と中に叫んだ後、再度こちらを見上げる。

 

「ゆっくりしていってくださいね。それでは!」

 

 少女は最後にもう一度ぺこりと頭を下げると急いでいるようで駆け足で路地をかけていった。

 ドアは開け放たれたまま。

 

 なかなか元気のいい少女。

 もともと入る気ではいたが、後戻りはできなさそうだった。

 

 

 意を決して中に入ると木製の棚にびっしりと並ぶ数々の小瓶。

 外観とは裏腹に中は落ち着いた雰囲気で、本の代わりに香水が並べられている本屋といった装いだった。

 香水店というからにはさぞ中はフレグランスな香りで満ちているかと思いきやびっくりするほど無臭だった。天井にはさらさらと木製のファンが回っている。

 

「いらっしゃい」

 

 店員さんは少女からお兄ちゃんと言われていただけあってかなり若い。

 俺と同じか、一つ二つ年上くらいだろう。

 

 赤み掛かった髪色に少し鋭い目。

 けれど、ゆったりした口調で雰囲気は柔らかく優しいお兄ちゃんと言った感じだ。

 

「見ていいか?」

 

 多分年上だと思うので敬語を使おうか少し迷ったが、普段通り話す。

 この辺の使い分けはみんなそうだと思うが適当だ。

 

「ああ」

 

 すると彼も少し嬉しそうに頷いた。

 

 そう広い店舗ではないが、左右の壁には5段もある棚に間隔も狭く小瓶が奥まで並べられ、手前には何の香りかを示す小さな木の(ふだ)が貼られている。

 割と自然は好きなのでそれなりに花や植物は詳しい自信はあったが、こうして見ると知っている名前はほんの僅かだ。

 知らない名前がずらりと並んでいると、なかなかわくわくする。

 

 中央には広めの透明なガラステーブルがあり、そこにもいくつか小瓶が並んでいた。

 

「何か試しに嗅いでみるか?」

「いいのか?」

「ああ、好きな花とかはあるのか?」

「……牡丹(ピオニー)とかかな」

「ふふ。そうか、俺も好きだ」

 

 ふっ。

 ふふっ。

 

 二人は繊細かつ優雅な笑みを交わす。

 俺たちはちょっぴり仲良くなった。

 

 

 **

 

 

「メディはマッサージ師なのか」

 

 自己紹介もそこそこに済ました頃。

 お客も来ないようなので店の奥のテーブルの前、雑談がてら立ち話をする。

 

 彼の名前はフラーテル・リオクル。

 俺より2歳年上の19歳だそうだ。

 自己紹介の時「俺のことはフランと呼んでくれ」と言われたのでそう呼ぶことにする。

 

「まあ、師というほど客はいないんだが一応な。ちょっとオイルマッサージにも興味があってな」

「それでうちに来たのか」

「ああ」

「なるほどな」

 

 フランはそういって小さく頷くと、「ちょっと待っててくれ」と店の奥への入っていった。

 

「それなら、こいつなんかどうだろう」

 

 すぐに戻ってきたフランの手には大きめのガラス瓶。

 中を見ると少しだけ白く濁った透明な液体が入っていた。

 

「うちも香水店を名乗っちゃいるが、この街じゃそんなに需要もなくてな。香水店のくせに一番売れてるのが匂い消しなんて笑い話にもならんが、それなりに幅広くやるしかなくてな」

 

 そういってフランは蓋を開けて自分の手のひらにとろりと液を垂らした。

 こちらに向けてくるので左手を差し出すと同じくらい乗せられる。

 手のひらに乗ったオイルを指で撫でてみると案外粘性(ねんせい)は高くなくさらりとしている。匂いもそんなにないようだった。

 

竹油(ちくゆ)って呼ばれるこのあたりじゃよくとれる竹の油を生成したものなんだが、肌に優しいし保湿効果も高い。おまけによく採れるから値段も安上がりだ」

「……いいな」

 

 マッサージオイルは基本的にベースオイル(植物油)とエッセンシャルオイル(精油(せいゆ))という2種類を混ぜて使う。そしてそのそれぞれにブレンドがあり、その組み合わせは無限に等しい。

 だからこそ、いい組み合わせを探すことが楽しいと思うのだが、最初はプロに見繕ってもらうのが一番だろう。

 

 フランは竹油の瓶を置くと今度は近くの棚から小瓶を取ってまた蓋を開ける。

 蓋を開けた途端ふわりと優しい花の香りが鼻孔を擽った。

 

「牡丹の香水だ。ホントは精油がいいんだが今はなくてな」

「いや……あー、いい香りだ」

 

 香水とは精油をアルコールで溶かしたものだ。

 香水とオイルを指で混ぜ、手首を撫でるように塗ってみるとひんやりとして冷たく気持ちがいい。

 

「メディ。せっかくだから俺にもやってみてくれないか?」

「オイルマッサージをか?」

「ああ」

「いいんだが……これが初めてだぞ?」

「構わない。こんな機会もめったにないだろうからな。プロの技を見てみたい」

 

 別にプロというほど稼げてもないのだが……。

 ただ、そういってくれるならこちらとしても嬉しいことには変わりない。

 俺はフランの体をざっと見る。

 

「……背中痛めてるのか?」

 

 筋組織が傷んでいたので尋ねてみるとフランは少し驚いたように目を開いた。

 

「分かるのか? 冒険者時代にちょっとな」

「どうせならそこをやりたいが流石にここじゃな」

 

 すぐ向かい側には出入り扉。

 入って半裸の男がにゅるにゅるしていたら今後の売り上げに響きそうだ。

 

「この時間はめったに客もこないが、そうだな。裏の休憩室まで行くか」

 

 それでいいならこちらとしては問題はない。

 頷くと会計台の裏の扉から奥へと入る。

 休憩室というだけあって簡素な木のテーブルとイス。そしてここにも多くの小瓶や空き瓶がたくさん棚に並んでいた。

 

 フランは躊躇(ためら)いなくバサりと衣服を脱ぐ。

 かつて冒険者をやっていたというだけあってその名残かなかなかいい体つきをしている。

 

「それじゃあ頼む」

 

 俺はテーブルに置かれた竹油と香水を再度自分の手の平で混ぜ合わせた後、フランの背中に優しく触れる。

 

「っ」

 

 冷たかったのか少し吐息が漏れる。

 まずは能力や技術を使わずに撫でるようにオイルを広げていく。

 そこから少しずつ力を込めて背中を滑らすように指圧していく。

 

「…………っ、す、すごいな……っ」

「どうですか? お客さん」

「ぃ……想像以上……いや、想像以上の以上だ」

 

 よく意味は分からないが褒められてはいるようだ。

 男だろうが女だろうが、老若男女自分の手で喜んでいる人を見るのはなかなかに愉快だ。

 

 その後もオイルが乾いてもう一度塗り直し、徐々に力を強くしていった頃。

 フランは体も熱くなり、かなり発汗している。だから俺もフランも気が付かなかったのだ。

 

 ちりんとなった店の鈴の音も。

 足元に薄く広がった零れたオイルも。

 

 俺は最後の仕上げにとぐぐぐっ力を入れて指圧しようと足の位置を変えその瞬間。

 踏ん張りの効かない足はまるで氷上を滑るかのようにつるりと向きを変え――

 

「うわっ!」

 

 ガシャン! とフランの座るイスごと地面に倒れこむ。

 

「ぁつつ、大丈夫か?」

 

 幸いにしてお互い怪我はなさそうだった。

 転ぶ時くるりと向きを変えたフランは仰向けで俺の影の下、心配げにこちらを見上げていた。

 

「いや、悪い……オイルが零れてたみたいだ」

「立てるか?」

「ああ、今どく」

 

 とフランの顔の横に手を付いたところで、無情にもかちゃりという音が鳴り

 

「お兄ちゃん何で店に誰もいな――うわ、うわわーっ!!」

 

 汗とオイルに塗れた俺たちと、一人の少女の目が合った。

 

 

 **

 

 

 4人掛けのテーブル席。

 フランの妹らしき少女は今だ事態が飲み込めないといった表情のままお茶を3人分入れてくれた。店は開けたままだが、お客がくる気配は今のところない。

 

「あ、あの。もしかして、お兄ちゃんのこ、恋人の方でしょうか?」

 

 この少女。

 (よわい)10いくつにして衆道(しゅどう)の概念を知っている。

 

「違うぞラル。あれは不幸な事故だったんだ」

 

 俺が答える前にフランが横から説明する。

 

「どんな事故で上半身裸の男に覆いかぶさるのっ!」

「誤解なんだ!」

 

 そしてこの兄。

 妹の前だとめちゃくちゃ必死である。

 

「あっ、汗もいっぱいかいてたし……きっと、いっぱいヘンなことした後なんだ!」

「どこで覚えてくるのそんなこと!?」

 

 言い争う仲良き兄妹を横目に俺は一杯入れてくれたお茶を飲むことにする。

 さわやかな花の香りがするお茶だった。

 

「メディも協力して!?」

「……落ち着けよフラン。人の噂も七十五日。誤解はいずれ解ける」

「なっがぁー! 今解きたい!」

 

 

 **

 

 

「あっ……それじゃあ、メディさんはお兄ちゃんの怪我を癒してくれてたんですね」

 

 その後も、フランの全力の弁明についに妹の誤解も解けたのかようやく少し場が落ち着く。

 

「すみません。そうとは知らずに、(あに)のことありがとうございます」

「いや、こちらこそ悪かった。足元には気を付けないといけないな」

「あっ、私はソロラル・リオクルっていいます」

 

 お互い謝り合ったところでフランの妹は自己紹介をしてくる。

 なかなか舌を噛みそうな名前だった。

 

「何て呼べばいい?」

「大体ソロかラルかソロラルで呼ばれてます」

「ならソロラルって呼ぼう。名前のリズムが好きだ」

「なんですかそれ」

 

 ソロラルはそういってフフッと笑う。

 再度見ると腰くらいまで白青色のまっすぐな髪をゆったり伸ばし、途中髪留めで飾り付けている。なかなか可愛い少女だった。

 

「妹はやらんぞ」

 

 俺はフランを見た。

 とてもさっきまでと同一人物とは思えない。

 

「もう変なこと言わないで!」

 

 ソロラルはぎろりと兄をにらんだ後こちらを見る。

 

「メディさんはマッサージ師さんなんですね」

「ああ、ほとんど独学だけどな」

「いや……実際、メディのマッサージは凄いぞ。背中の痛みがだいぶ取れた」

 

 一応きちんと施術は終わったが、完治させるにはあと数回は必要だった。

 

「急ぎじゃないならまた今度続きをしよう」

「ホントか? それは助かる」

 

 そんな話をしているとソロラルは少し興味深げにおずおずとした様子でこちらを見る。

 

「興味あるか?」

「……少し」

 

 ちょっとだけ彼女の体を見てやる。

 多少の猫背や足の筋肉の張りはあるが、特に悪いところはない。

 

「ラルに触れたら許さんぞ」

 

 俺は別にそんな気はないと軽く笑った。

 

「ソロラルにはまだ少し早いな」

「……むー」

 

 そういうと彼女は少し不満げに唸ってしまった。

 

「そんなことないですっ。今日だって重い荷物運んで肩こったもん!」

 

 ソロラルはイスごと一歩こちらに移動して背中を向けた。

 どうやら揉めといっているようだ。

 別に俺自身やってあげることは(やぶさ)かではないのだが隣には過保護なお兄ちゃんがいた。

 

「おっ、おい……その年で肩は凝らな」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

 

 お兄ちゃんは黙ってしまった。とても弱い。

 どうしていいかよく分からなかったのでフランの方を見ると彼は苦虫を嚙み潰したような表情でこちらを見た後ゆっくりと頷いた。

 

 まぁ、今日初対面の男に大切な妹に触れられるのが嫌という気持ちは分からなくもない。

 俺はフランを安心させるために口を開いた。

 

「フラン……安心しろ。このくらいの女の子の体は既に経験を積んでる」

「安心できねぇー!」

 

 俺はフィルにやらかした力加減を思い出しながら細心の注意を払ってソロラルの肩をもみもみした。

 

 もみもみ、もみもみ。

 

 

「すっごく気持ちよかったです!」

 

 

 ソロラルはさわやかにお礼を言ってくれた。

 フランは何故か微妙に残念がっていた。

 

 

 

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