昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第13話 限界社畜ギルド嬢

 

 

 

「おおー! 凄いのです! 全然痛くなくなったのです!」

 

 街の夜。

 フィルのいない日は夕方からマッサージの露店をのんびり続けているが、最近は人もそれなりに来てくれるようになっていた。

 

「それはよかった。完治までは……あと二回くらいかな」

「絶対また来るのです!」

 

 そういって肘を曲げて感覚を確かめる彼女も何度かリピートしてくれるお客の一人。

 薄茶色のロングヘアーの頭から伸びる三角の耳。尾てい骨の辺りからはふわっふわの尻尾が頭まで届きそうなほど存在感を示している。

 

 施術中、お客さんによっては雑談を交わすのだが、彼女も特に話をしてくれる。

 年は14歳でリスの獣人。名前はウルスというらしい。人懐っこい笑顔で少し舌足らずながらも元気いっぱいに喋ってくれる。

 低ランク冒険者だが、肘を怪我して療養中のようだった。

 

「これ、お礼なのです! 前は来てくれてありがとなのです!」

 

 差し出してくれるのは一枚のチケット。

 低ランク冒険者はそれだけでは食べていけないことも多々あるようで彼女も副業でアルバイトしているようだった。

 チケットには『癒し(どころ) 森の()リフレ』とある。

 

 リフレというのはリフレクソロジー……つまりは反射療法のことをいう。

 意味は結構広義的だ。

 

 ペア券だったこともあり、フィルと一緒に行ったのだが、なかなかの新体験ではあった。

 具体的にいうと耳掃除をしてもらった後、ベッドの上。30分ほどずっと彼女のテイムするリスたちが「きゅ、きゅきゅきゅ、キュー!」と耳元で静かに鳴いてくれた。

 それがめちゃくちゃ耳に心地いい。

 

 ただフィルは終わった後「耳がくすぐったいのじゃー!」とひたすら耳元を両手でくしくししていた。

 

「一人で来てくれたら、私も特別サービスしちゃうのです!」

 

 きゅきゅー!

 と、どこから出しているか分からない声でそんなことをいう。

 

 正直、どんなサービスなのか若干気にはなるのだが、その先にあるのがこの世の闇だったら俺は嫌なのでたぶん一人で行くことはない。

 

「友人と行くよ」

 

 フィルは耳が弱そうだったので、別の人。

 リオクル兄妹やシュアルとはそれなりに交友も続いているので誘ってみるのもいいかもしれないと受け取ったチケットを懐にしまった。

 

「そうですか? でも、楽しみに待っているのです! それでは!」

 

 彼女はそう言ってバイバイと手を振ってお店を出ていった。

 そしてウルスが去った後。

 熱帯夜、それも夜も遅い時間だというのに、お店の少し離れたところで待っていてくれる人がひょこりとこちらに近づいてくる。

 

 俺もびっくりしているのだが。

 俺がこの街に滞在するのは隔週か隔隔週か。

 結構な不定期なのだが、皆勤で通ってくれる人がいる。

 

「あのぅ。今日もいいでしょうか?」

「あっ、いらっしゃい。どうぞ」

 

 そんな彼女はギルド受付嬢のセプトさん。

 そもそも、俺が露店を始めた初日に来てくれた人は彼女だけなので、皆勤の称号を手にできる人物は彼女のほかには存在しない。

 黒髪ショートでちょうど今年二十歳らしい。年齢の割には少し仕草はあどけない。

 

 

 お店をしばらく続けて変えたことがいくつかある。

 一つはカーテン。こんな屋外で肌を晒すマッサージは当然しないが、人通りのある中マッサージされるのも落ち着かないと思って施術中は白いレースのカーテンを閉めている。

 二つ目は施術台。()()みの安いやつだが買った。普段は運営さんに預かってもらっている。

 あと値段も少し上げて初回は銅貨五枚のまま、二回目以降は銀貨1枚にさせてもらった。流石に銅貨五枚はひっきりなしでお客が来てもままならない。

 銀貨二枚で安宿一泊といった相場だ。

 

 他にもフランの香水店で買った消臭の香を隅に置いたり、あと。

 

「今日もこれ使いますか?」

「あっ、お願いします」

 

 俺は彼女のために用意していた豆粒ほどの小さな魔石――氷晶石に魔力を少し込めるとカーテンの内は一瞬で少し快適になる。多分10度くらいは下がって24度くらいの室温になる。

 

 凄く便利な魔石だが、一日一個しか用意していない。

 単純に日持ちがしないうえに値段がバカ高い。30分しか効果が持続しないにもかかわらず銀貨が五枚飛ぶ。なかなか並の冒険者には使えない代物だ。

 

 けれど、天下のギルド職員。

 給料なんて聞いたりしないが、相当額は貰っていそうだった。

 

「はふぅー……」

 

 彼女は上着を一つ用意してあるハンガーにかけた後、パタリと倒れこむように施術台にうつ伏せに寝ころぶ。

 

「今日はどうしますか?」

「あっ、おまかせで……」

 

 彼女のオーダーは決まってお任せだった。

 俺としてもそちらの方がやりやすい。

 

「じゃあ肩からで」

 

 施術台の横からぎゅっぎゅとツボを指圧していく。

 彼女は毎日仕事終わりに夜遅く必ず来るので、俺も彼女が来るまで店じまいはしないで待っていた。いつもへとへとで疲れ切っているのでこちらとしてはこんなにやりがいのあるお客もいない。

 

「ん……んぁ……」

 

 俺もフィルやシュアルを最初に相手にして日々学びながら施術しているが、患者に与える強さや技術、痛みや快感は最初はかなり抑えて、少しずつ上げるようにやり方を少し変えていっていた。

 

「今日もお疲れですねー」

 

 真に疲れている時は話しかけたりしないが、なんとなく会話したそうな気分の時は適当に話題を振る。

 

「そうなんですよー。うぅ……聞いてくれますか?」

「はい、どうぞ」

「実は最近後輩ができてその子たちがすでに私より優秀で、もうプレッシャーが……」

 

 セプトさんが零すのは決まってお仕事のことだった。

 それは例えば、残業が嫌だとか、飲み会が嫌だとか、変なお客さんに絡まれたとか、上司に怒られたとか、覚えることが多くて大変だとか、受付嬢の仕事向いてないだとか。

 

「大変なんですねぇ」

「うぅー。疲れましたぁ……この時間だけが私の癒しです」

 

 一通り話し終えた後、しみじみ頷くとそんなことをいってくれる。

 そういってくれると俺は嬉しい。

 

 そんな話をしていると、ふとガサリとカーテンの裏で何かが動く音が聞こえた。

 レース生地のカーテン。視界はほとんど遮られているとはいえ街灯の灯る道。完全に向こう側が見えないというわけではない。

 

 セプトさんは気づいていないご様子。

 さりげなく後ろに視線をやると少し離れたところからたぶん二人ほどがこちらを窺っていた。

 正直、山育ちのくせに気配とかはかなり鈍感なのだが、なぜだか最近なんとなーくそのあたりの感覚が機敏になったのは、人通りで商売をするようになった恩恵なのか。

 

 別に悪人ではない気がする。

 のでその感覚を信じて放っておくことにする。

 

「それじゃあ腰やってきますね」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 

 セプトさんはかなり凝りやすい体質らしく、いつも全身凝っているのだが、特に腰が悪いらしい。ただ基本的にそういう状態の方がマッサージは気持ちがいい。

 

「――んっ――んんんっ」

 

 セプトさんは自分の手で口を塞いで必死に声を我慢していた。

 

 うんうん。

 俺は患者のそういう姿を見るのが大好きだった。

 またホスピタリティが爆発しそうだったが、冷静に続けていく。

 

「はーっ……はーっ」

 

 一通り終わると彼女は顔を真っ赤にして深く息をしていた。

 身悶える彼女とは裏腹に背後の気配はカーテンのすぐ裏まで近づいていた。

 

「…………」

 

 セプトさんの知り合いなのだろうか?

 カーテンを引いてやろうかと少し思ったが、まだとりあえず様子を見ておく。

 

「な、なんか通う度に腕が上がってます?」

「いーえ。でも、正直持て余してるんですよね。あと百倍くらいにはできるんですが」

「な、なにがです……?」

「興味あります?」

 

 そういうと彼女は返事をしなかったが微妙に興味はありそうだった。

 姿勢を変えて施術台に座った彼女の首を今度は緩めに施していく。

 

「でも、最近ちょっとお客増えてきましたよね?」

「おかげ様で」

「あっ、いえいえ……なんかさっきの子も前見た気がします。ギルドでも」

「尻尾、目立ちますしねぇ」

 

 他のお客さんの素性など詳しいことは話さないが少しくらいはいいだろう。

 

「癒し処でバイトしてるみたいです。知ってます?」

 

 そういって先ほど貰ったチケットを見せる。

 

「あっ、裏道にある老舗(しにせ)風の……ちょっと気になってましたけど……リフレって何でしょう? リフレックスのことです?」

「反射療法っていうんですけどね。くすぐったいマッサージみたいなものですかね? 専門外ですけど、やってみます?」

 

 そんなことを言ってみるとセプトさんは目をぱちりと瞬かせた。

 

「お試しですか?」

「はい」

「え、えー……気持ちいいです?」

 

 やったことはないので首を傾げておく。

 

「す、少しだけなら」

「ありがとうございます。じゃあ30秒だけ」

 

 当たり前だが、俺はウィスパーボイスや囁き戦術を持っていないのでそんなことはしない。

 

 ただ、くすぐったさの()だけは心得ていた。肌を触れる快と不快が入り混じった感覚。

 俺は繊細な魔力操作を以ってして触れる彼女の肩から首筋にかけて優しくも拙く撫でるようにゆっくり揉む。

 一秒、二秒。時間がたつにつれて、快感も不快感も少しずつ割合を変化させつつ肥大させていく。

 

「……っは、っは……んくっ。んん」

「じゅー、さん……じゅー、よん……」

 

 せっかくなので、おまけで耳元でカウントアップしてみる。

 知らないがこういうのが好きな人もいるらしい。

 

「にじゅー……ろく………にじゅー……なな……」

「……おっ、んっ、おそい……! んんんっ」

「あと三秒……ほら、がんばれ。がんばれ。お仕事の嫌なことなんて全部忘れようね……にじゅ~~~~はちっ」

「はぁ、はぁ、んんんっ」

「ほら、もうちょっと。あとゴールまでもうちょっと。耐えろ、耐えろ」

 

 

 俺は何をやってるんだろう……。

 冷静になったら負けだと思うが、ここまで来てしまったらやめるわけにもいかない。

 

 なぜこんなことになってしまったのか今の俺には理解できないが、最後までしてあげるのがせめても優しさだろう。

 

 

「ほら、ほら、あと二つ。にじゅー……きゅう! あと一つ、あと一つ! 言ってほしい? 言ってほしいの?」

「はっはっ、んんっ、はっんっ」

 

 セプトさんは首筋から顔まで真っ赤に肌を染めてこくこくと必死で頷いた。

 

「じゃあいくね。さーん……さーん……」

 

 とりあえず、焦らしに焦らしてみる。

 

「うっ、ん、は、はやくぅ……っ」

「…………よく頑張ったね。さんじゅう! さんじゅう!さんじゅう!」

「んんんーーっ!」

 

 といったところで

 

 ――がたっ!!

 

「わあっ!」

 

 と背後のカーテンから大きな音を立てて二つの影が店内へと倒れこんでくる。

 セプトさんは当然のことながら少々熱の入った俺もびくっとそちらを振り返る。

 

 そこにいたのは二人の少女。

 どちらもギルド受付嬢の制服を身に纏っていた。

 二人ともセプトさんより少し年下に見える。

 

「え、エストちゃんとスクちゃん……っ?」

「あ、あははー」

「あっ、えっと……先輩が最近帰るの少し楽しそうなので気になって」

 

 やはり彼女たちはセプトさんの後輩のようだった。

 ただ、この状況下。

 セプトさんは俺の一番のお客様。変な誤解を与えて仕事や私生活に支障をきたすわけにはいかなかった。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ。

 

 俺は本気を出した。

 

「セプトさんの後輩さんですか。よかったら、私にマッサージさせてくれませんか?」

 

 

 **

 

 

 一時間後。

 

「三人ともまた来てくれますか?」

 

 三人は頬を染めてこくりと一つ頷いた。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

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