昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

14 / 22
第14話 雨宿り

 

 

 

 実家近くのお茶屋さんで夏限定の水饅頭を食べていると、ポツリポツリと雨が降り始めたのは30分ほど前のことだった。

 すぐに止むかと思ったが雨脚は強まるばかり。

 

 お店の女将(おかみ)さんから「中に入っておいで」と言われたが、フィルは「もうちょっとしたら入るのじゃー」とのんびりと断った。

 

 ザァザァと雨粒が木の葉や水たまりに反響する音は、煩いはずなのに不思議と静かだ。

 フィルもそこまで雨が嫌いというわけではなさそうで、ぼんやりと降り続ける雨の森を眺め続けていた。

 風はないので軒先の下。

 体が雨に濡れるということはないが、普段横になるフィルも流石に濡れた地面に髪を付けることはしないらしい。

 ちょこりとクッションを二段重ねにしてベンチの上に座っていた。

 

紫陽花(あじさい)が綺麗に咲いておるのー」

「雨に()えるな」

「うむ」

 

 夏のこの時期、家の近くには様々な野花が咲いているが、お茶屋周りは紫陽花の花も多かった。紫と白の紫陽花が家屋の脇や道沿いにずらりと咲き誇っている。

 

「知っておるか? 紫陽花の花弁は、実は花ではないのだぞ」

「そうなのか」

 

 知っていたが、そう答えてみる。

 

「うむ。あれは()()というのじゃ」

「フィルは博識だな」

「フフー」

 

 フィルはとても得意げに笑った。

 そんな顔を見るとじゃあ『がく』って何? と追及してみたい気持ちに少し駆られるが、引き際は弁えておくべきだろう。

 因みにがくは装飾花ともいう。ので別に花といっても間違いではない。

 

 俺はしずしずと笑い返しておく。

 

 フィルは少し機嫌がいいのかベンチからぴょんと立ち上がって、たたたっと雨の中に一瞬入る。そして道の脇、道脇に剪定され切り落とされた真っ白な紫陽花を一つ拾ってこちらに戻ってくる。

 

 なかなかのワンパク少女だ。

 

 手には花を包み込む緑の葉。

 剪定されて間もないのか、まだがくも中央の真花を絢爛に咲いていた。

 

「むむ、見るのじゃ」

 

 雨が降り始めたころ女将さんがタオルを一枚手渡してくれたので濡れたフィルの頭にかぶせ、さらさらと拭いてやる。

 フィルはそんな状態のまま、ちらりとそれをこちらに向けてきた。

 

 そこには茎についた大きな葉っぱ。

 その上にはケロリと喉を膨らませるカエルが一匹。さらにその隣には同じくらいの大きさのナメクジが一匹いた。

 

「これでヘビがいたら三(すく)みなのじゃ」

「今日のフィルは知的だな」

「ふふー! なのじゃ!」

 

 フィルは大変ご機嫌だった。

 しかしそんな様子を俯瞰(ふかん)して思った。

 

 既にほぼ三竦みだ。

 

「おっ、見るのじゃ」

 

 見るとナメクジがよちよちと微動だにしないカエルの方へ()っていき、やがてカエルの背中にナメクジが乗っかかった。

 

「……三竦みってナメクジがカエルに勝つんじゃったか?」

「カエルがナメクジに、だな。ヘビがカエルに、ナメクジがヘビに勝つだとか」

「どー考えてもヘビの一人勝ちな気がするのじゃが」

 

 俺もそう思うがサイズ感が全て同じだったらナメクジが強い気もする。

 

 とそんな風に思っていると、突然。

 ぴょん! とカエルがジャンプした先には間近で観察していたフィルの顔面。

 

「にょわー!」

 

 びっくりしたフィルはビターン! と濡れた地面に盛大に倒れてしまった。

 

 なるほど。

 均衡は既に崩れていたというわけか。

 

 俺はちょっとだけ感心しながら、倒れたフィルを助け起こした。

 

 

 **

 

 

「うぅ。お風呂に入りたいのじゃー……」

「まだ降ってるけど戻るか?」

 

 借りたタオルを泥まみれにするのもどうかと思ったが、女将さんは「気にしないで」と言って、さらに何枚かタオルを持ってきてくれたのである程度綺麗にした後のこと。

 

「うむ。でも、ちょっとだけ待つのじゃ」

 

 そういってフィルはもう一度白い紫陽花をこちらに向ける。

 すでにカエルとナメクジはどこかに消えている。

 

「メディは知っておるか? 花占いのようなものなのじゃが、白い紫陽花は茎から魔力を通すと人によって色が変わるのじゃ」

「あー……昔誰かから教わったな」

 

 フィルは少し魔力を込めたのか白い紫陽花はそのふちだけを七色に染めた。

 意外な配色ではあるが、カラフルで可愛らしい色合いだ。

 

 ただこれは人が持つ魔力の色というわけではないらしい。

 単純に人それぞれ微妙に性質が違う魔力が花弁に現れるという、それだけの事象だ。

 

 けれど、フィルのいう通りそういう現象に意味を持たせたがるのが人間というもの。

 二人同時に魔力を流して色合いの変化を相性として見たり、もしくはどちらの色が強く残るかで競い合ったり、そういう遊びをしたりする。

 

「戦う?」

「ほぅ? 自信があるのかの?」

 

 俺はそれには答えず茎をつまむフィルの手の下から切り口に手のひらをあてがう。

 まだ魔力は込めていないので色に変化はない。

 

「人によっては結構綺麗な色になるんだよな」

「うむ、他にもどっちかの色に偏ったりとかの」

「でも俺。小さい頃から負けたことないんだよな。この勝負」

 

 そういって魔力を込めると白を基調としたポップな花弁は一転。

 侵食するのは全ての光を吸収するかのような純然たる黒色。

 それが、七色の色をじわじわと飲み込んでいく。

 

 ぴったり半分染まったところで魔力を止めてみる。

 

「……お、お主、前世魔王だったのではないか……?」

「ふふ。抗えるか?」

 

 さらに魔力を込めると白い紫陽花は、艶のない黒い紫陽花へと変貌した。

 フィルの魔力も感じるが、これは魔力量ではなく単純に質による現象なのでびくともしない。

 

「ひえー……なのじゃー」

 

 フィルは慄いていた。

 漆黒の紫陽花になった後、手を離すとフィルはしげしげとそれを見つめる。

 

「でも、黒い紫陽花も綺麗なのじゃ!」

 

 けれど、そういってフィルは家に戻るまでの間、髪飾りとして頭に飾ってくれた。

 

 

 そんな夏の雨の日の出来事。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。