昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第16話 おばけなんか…

 

 

 たぶん、タイミングが悪かったんだと思う。

 

 

 その日はフィルといつもの街。

 今日は特に予定もなし。

 ぷらぷらと二人目的もなく街を回っている時のことだった。

 

「それでのー。腐海の死霊(しりょう)をわらわのブレスで一網打尽にしてやったのじゃ」

 

 フィルは時々、勇者パーティでの出来事を話してくれる。

 それは例えばどんな強い魔物と戦っただとか、こんな険しいエリアを踏破しただとか。

 あまりパーティメンバーのことは語らないのだが、今日は夏らしく少しホラーな話。

 

「死霊とかいるのか」

「うむ、おるぞ。人を祟り殺すこわーい魔物なのじゃ」

 

 フィルは両手を上げてわきわきと指を動かした。

 ジトっとした目で怖がらせようとしているのだろうが、1ミリたりとも怖くはない。

 

 けれど、実際問題そんな魔物に夜中で出会ったなら。

 

「想像すると、ちょっと怖いな」

「ふふー」

 

 そう答えるとフィルは悪戯(いたずら)が成功した子供のように嬉しそうに笑った。

 

「安心するのじゃ。死霊といっても所詮は魔物。本物のおばけなんていないのじゃ!」

 

 死霊が魔物であることと、おばけがいないことに何の因果関係もない気がしたが、一応安心させようとしているようなので頷いておく。

 

「フィルは勇敢だな」

「うむ、これでも勇者パーティの最年長。怖くなったら一緒に寝てあげてもよいのだぞ」

 

 フィルは余裕たっぷりだった。

 

 

 

 そんな話をしながら街を回って、もうすぐ夕暮れ前の時間帯。

 

「それにしても、今日はいつもより人が多いのー」

 

 確かにフィルのいう通り。

 今日はなぜかいつもより人通りが多かった。

 

 ギルドもあるメインストリートの道端にはあまり見かけない屋台がいくつか並び、少し開けた場所では数人が集まって楽器を奏でている。

 街全体が少し浮ついた雰囲気で、なぜだろうと少し考えると思い出す。

 

「そういえば、もうすぐ納涼祭があるらしいな」

「ほう?」

 

 ちょっと前にお客さんから聞いたこと。

 夏のこの時期にあるお祭りらしく、多くの屋台が並び夜は花火が上がるらしい。

 今はその準備期間ということだろう。

 

 少し歩くといつも俺が商売する露店エリア。けれど、今日は扇状に立ち並ぶ屋台は片づけられ、その代わりに大きなテントが一つ建てられていた。

 その下には小さなステージと客席に(わら)を縫った敷物が広く敷かれている。

 

 ちょうど何か(もよお)しものがあるのかステージの前には多くの人が集まっている。

 ビールやつまみを手に談笑している大人の姿もあるが、ステージの前の方は十歳から十五歳くらいまでの子供が多かった。

 

「あっ、メディさん!」

 

 と、不意に声を掛けられたのでそちらを見ると、時々話す小さな影。

 香水店の看板娘。

 ソロラルが夏らしい青と白のマリンワンピース姿で話しかけてくる。

 

「こんにちは」と挨拶されたので

「こんにちは」と返す。

 

 それだけで彼女はニコっと嬉しそうに笑ってくれた。

 

「知り合いかの?」

「ああ、世話になってる香水店のソロラルちゃん」

「あっ、こんにちは。私はソロラルっていいます。えっと……」

 

 ちょうど背丈は同じくらい。

 彼女はもの珍しそうにフィルの黒い(つの)に一瞬視線をやった。

 

「えーっと?」

 

 ぱっと俺とフィルの関係性を類推できなかったようだ。

 

「ツレのインフィールだ」

「うむ、フィルでよいぞ」

 

 紹介すると、大体フィルはそう返す。

 

「あっ、うん……フィルちゃんね! 私も好きに呼んでいいよ!」

「お、おうなのじゃ。それなら、ラルと呼ぼう」

 

 どうやら同い年くらいと勘違いしているらしい。

 ちょっとだけ面食らっているフィルに内心小さく笑う。

 

「今日は一人か?」

 

 近くにフランはいなさそうだったので尋ねてみる。

 

「今日は友達と一緒です」

 

 視線を後ろにやるのでそちらを見ると、テントの下二人の女の子がこっちの様子を窺っていた。目が合うときゃっきゃと楽しそうに二人で笑う。

 ソロラルは俺たちを見かけたので抜けて来てくれたようだった。

 

「何かあるのか?」

 

 せっかくなので気になっていたことを聞いてみる。

 すると彼女はちょっとだけびっくりして教えてくれた。

 

「知らないんですかっ。今から大人気の噺家(はなしか)さんがお話してくれるんですよ。毎年この時期に来てくれるんですけど、すっごい人気なんですよ!」

「噺家とか来るのか」

 

 噺家とは人前でお話をすることを生業(なりわい)にする人のことだ。

 存在は知っているが実際に見たことはない。

 

「今日が三日目なんですけど、こわーい怪談話をしてくれるんです。すっごく怖いんですよ!」

「怪談話でこの人気か」

 

 それはなかなか凄そうだった。

 こわーいのところでフィルと同じように手をわきわきさせるのは、街では流行(はや)っている仕草なのだろうか。

 と、そんなことを少し思う。

 

 そんな話しをしているうちに舞台袖から初老の男性がしずしずと舞台の上に上がってくる。

 

「あっ、ちょうど始まるみたいなので私は戻りますね。よかったらメディさんとフィルちゃんも見てってください。それでは!」

 

 ソロラルは実際とても楽しみなようで急ぎ足で友達のもとへ戻っていた。

 

「怪談だそうだ。フィルは平気か?」

 

 尋ねてみると、フィルは自信たっぷりに腕を組んだ。

 

「ふん、言ったであろう。わらわに怖いものなどないのじゃ。所詮おばけなど作り話。聞き終わった後、盛大に笑ってやるのじゃ!」

 

 それは迷惑だからやめてほしい。

 そうして俺たちもテントの中、空いているスペースを見つけて並んで座った。

 

 

 **

 

 

 三十分後。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 プロの噺家は凄い。

 

 正直、舞台の中心。座布団の上に男一人。

 どんな話をしてもプラスにしろマイナスにしろそこまで感情は揺れないと思ったのだが、ちゃんと怖い。

 

 話はマガと呼ばれる怨霊のお話。

 自分の力を過信して弱いパーティを裏切って死なせた男が、マガという悪霊となってずっと付き纏われ、やがて狂ってしまうという話なのだが、一人何役もやっているにも関わらず鮮明にその情景が浮かんでくる。

 

 ある種、それは教訓じみた話でもあり、仲間は裏切らないように、という噺家のメッセージ性もあった。

 

 まぁ、俺はいい。

 なぜなら俺はパーティを組んでないし、人を裏切ったりもしない。

 

 けれど。

 

「フィル」

 

 声をかけると体がびくうっ! と大きく跳ねた。

 

「な、なんじゃ?」

 

 こいつは大分ビビっている。

 

「怖かったな」

「ふ、ふんっ。べ、べつに怖くなんかないのじゃ。マガなんてホントはいないのじゃからな……でもお主が怖かったというならくっついてやってもいいぞ」

「そこまでではない」

「嘘つくでないぞ!」

 

 フィルはぴったり俺の右腕に纏わりついてしまった。

 テントから出て、ソロラルとその友達と軽く別れの挨拶をした頃には空はうっすら橙色に変わり始めていた。

 

「……今日は暗くなる前に帰ろうか。途中まで乗せて行ってくれ」

「う、うむ。当然なのじゃ」

 

 フィルは今日は夜のうちには帰るといっていた。

 勇者パーティは山中での休息日だそうで、街中ならば別に付き合ってもよかったのだが、流石に付いていくこともできない。

 

 今週は街で過ごそうかなと思っていたが、今日ばかりは村までは一緒に帰ることにする。

 

 

 村で降ろしてもらい別れ際。

 見えなくなるまでずっと見送っていたが、フィルは何度もこちらを振り返っていた。

 

 

 **

 

 

 ――Side フィル

 

 

 (くう)を切って勇者パーティのもとに戻る途中。

 不意に視線を背後から感じた気がしてバッと振り返る。

 

 もちろんそこには誰もいない。

 

 マガ。

 そんな存在が頭をよぎるが、ぶんぶんと首を振る。

 

「お……おばけなんてないさ、なのじゃ」

 

 特に理由はないが、ちょっとだけ歌いながら帰った。

 

 

 夜。

 今日は山中ということでテント泊の日だった。

 普段であれば、お腹が痛くなるようなリティアたちの応酬もなぜか今日は聞きたいような気分だった。

 

 灯りの消されたテントの中。

 なんだかテントの外から視線を感じるが、それは気のせいなのだ。

 

「お、おばけなんてうそさ、なのじゃ」

 

 ぎゅっと目を瞑る。

 

 マガ。

 名の通り禍々(まがまが)しい姿を一瞬想像し、ふるりと体が震える。

 

 う、うぅぅ。メディー……。

 し、視線を感じるのじゃー……。

 

 ちらっ。

 

 月光の明るい夜だった。

 薄白いテントの外。気配はないはずなのに。

 あるはずのない人の影が、ぼんやりと、そこには写し出されていた。

 

 ――――!!!!

 

 

 ――Side Out

 

 

 **

 

 

 その日の夜。

 薄手の夏布団の中、俺はいつものように眠くなるまでのんびり本を読んでいた。

 

 怖い話を聞いた後に一人でいると妙に静けさが気になり、背中辺りがぞくりとするのは不思議な感覚だ。

 実際、霊という存在がいるかはさておき、そういう不確かな存在を考えるのは面白くもあった。

 

 しかし。

 

 ――バアアアアン!!

 

 静寂を切り裂く一閃。

 突如開け放たれたドアからものすごいスピードで一つの影が俺の布団に突っ込んできた瞬間は心臓が飛び出るんじゃないかと思うほどにはびっくりした。

 

 びっくりしすぎて声も出ず。

 見ると黒い衣服に大きな尻尾。金色の髪が布団から漏れている。

 

「マガはいる!!」

 

 フィルは元気に布団の中。

 そんなことを叫んでぎゅーっと俺の体を掴んで離さなかった。

 

 俺はいないと思う。

 けれど、仕方ないので、その日は一緒のお布団で寝た。

 

 

 **

 

 

「……のぅ、のぅ」

 

 深夜。

 フィルの体温を左腕に感じながら眠っているとゆさゆさと優しく体を揺すられる感覚で目が覚める。

 

「んー……どうした」

 

 俺とフィルしかいない部屋。

 そんなことをする相手は一人しかいないが、夜中は自然と声が静かになる。

 フィルは心持もじもじしていた。

 

「お、お主……おトイレ行きたくないかの?」

 

 フィルも静かにそんなことを聞いてくる。

 どうやらトイレに行きたいらしい。

 

 一人で行きなさいよ。

 しかし、怖がっている相手にそうはいえないので、まだしょぼしょぼする目で視線を逸らすフィルを見る。

 

「一人で行けないの?」

 

 なるべく優しくそう問いかける。

 フィルは普段よりも少し熱い体温でちょっとだけこちらを見た。

 

「……もちろん行けなくはないぞ。でも、わらわが(かわや)に行っている間、メディが襲われるかもしれぬじゃろう」

 

 なんと俺の身を案じてのことらしい。

 寝起きにそんな面白いこと言わないでほしい。

 緩みそうになるお口をきゅっとチャックする。

 

「それなら行こうか」

「うむ、しっかり守ってやるのじゃ」

 

 自分でも無理を言っていることは理解しているのか、時々視線が合うと「あうっ」とすぐにそらしてしまう。

 体を起こして立ち上がるとフィルはぴったり左腕にくっついたまま、そろそろと暗闇を歩いていく。

 

 うちのトイレは家の裏手に小さなトイレ用の建物がある。

 当然だが山の中。水洗(すいせん)でもなければくみ取り式なわけもない。

 この村に限らずだが、山間部に住む人のトイレは基本的に堆肥化(たいひか)トイレだ。

 

 流石に個室についていくわけにはいかないので扉の外。

 小さいほうだと思うが、音をあまり間近で聞くのもどうかと思うので少し離れた場所で水辺のせせらぎに耳を澄ませる。

 

 しかし、フィルは個室に入ってからなかなか出てこない。

 怖いせいで体が緊張しているのかもしれない。

 

「メディーっ。おるかのーっ」

 

 俺が静かに待っていたせいか中からそんな声を掛けられる。

 

「いるよ~」

 

 返事をする。

 しばらく待つ。出てこない。

 

「まだおるかのーっ」

「……まだまだいるよー」

 

 黙ってやろうかな……。

 少し悪戯心が芽生えるが、それは意地悪しすぎかなと、ちゃんと返事をする。

 

 十分ほどでようやく出てきてくれる。

 近くの川辺で手を(すす)ぐとまたぴったりくっついてくる。

 

「もう大丈夫?」

 

 あまり聞くべきではないとは思うが、念のため婉曲(えんきょく)的に聞いてみると。

 

「……ちょっとだけしか出なかったのじゃ」

 

 フィルは凄く恥ずかしそうにそう答える。

 十分も待ったのにあまり成果は得られなかったらしい。

 

「手でもつなぐ?」

「……うぅー」

 

 (なか)ば冗談で言ったのだが、フィルは唸りながら一つ頷いてしまった。

 

「そう」

「だ、誰にも言うでないぞ?」

「うん」

 

 夏の夜。

 満天の星空。

 多くの生物が眠る森で。

 

 俺はその瞬間が終わるまで遠くの川の水音(みおと)に耳を澄ませた。

 

 

 

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