昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第17話 フィルのいない日

 

 

 フィルのいない街でのある日。

 その日、俺はギルドの休憩スペースでぱらぱらと依頼書の束を(めく)っていた。

 

 ギルドは右手に併設の酒場。

 左手には納期の短い依頼書が張り出された掲示板と窓辺にいくつか休憩用のテーブルがある。

 昼明けのこの時間は冒険者にとってかき入れ時。朝や夕方以降に比べると人もまばらで落ち着いた雰囲気だった。

 

 天下の冒険者ギルドなだけあって室内はどんな仕組みなのか空調が効いており、併設の酒場も今の時間はカフェの代わり。

 依頼を見繕う代わりにコーヒーを一杯(たしな)むのが最近のマイブームだった。

 

「あっ、メディくん」

 

 せっかくライセンスを得たのだから採取の依頼くらいはしてみたい。

 目ぼしい依頼を見繕っていると、不意に前から声を掛けられる。

 視線を上げるとそこには冒険着姿のシュアルの姿。ひらりとスカートを揺らすいつも通りの軽装だった。

 

「シュアルか。珍しい場所で会うな」

「だねー」

 

 シュアルは露店を開く時間が被るといつも声をかけてくれる。

 ()いている時はお金を払ってマッサージを受けてくれることもあってなんだかんだこの街で一番話しているのはたぶん彼女だった。

 

「今日は一人なの?」

「ああ、フィルはお仕事中だ」

「ふーん……? 暇なら、ボクのうち来る?」

 

 なんでだよ。

 相変わらずハードなギャグが好きな少女だった。

 まぁ、冗談だろうが、頷いたら確実に冗談では済まないのでパタパタと手は横に振るしかない。

 そんな様子を見てシュアルは「いけずだなー」とニコニコ楽しそうに笑う。

 

「今日は依頼か?」

「ボク? うん、ちょっと近場まで素材集め。自分用にだけど、どうせ余るから」

「いいな」

「一緒に行く?」

 

 こういうところですごく気さくに誘ってくれるのはまごうことなき彼女の長所だろう。

 けれど、この世界で街の外とは法の外。

 

「襲わないか?」

「もー……冗談がうまいんだから! 襲わないよ。ボクたち、もう友達じゃん!」

「友達か」

「うん、友達!」

 

 俺とシュアルは少し視線を合わせてにっこりと微笑(ほほえ)み合った。

 

 

 ぜんっぜん信用できない……!

 そもそも友達だから襲わないって割と意味が分からない。

 

 ただ、友達といってくれるのは嬉しいし、奔放な性格であることは間違いないが、同意なく襲うタイプではないとは思っている。

 仮にそんなタイプなら既に(へい)の中だろう。

 

「それなら――」

 

 お願いしようか、と言いかけた時。

 

「ホントにいいのー?」

 

 と横から言葉を遮られる。

 俺とシュアル。揃ってそちらを見るとそこにはギルド受付嬢姿の一人の少女が立っていた。どこかで見覚えがあるかと思ったら、セプトさんの施術中に入ってきた女の子の一人。

 

「あっ、エストちゃん。休憩中?」

 

 彼女とシュアルは知り合いらしい。

 この前聞いたセプトさんの話では新人らしいので15歳くらいだろう。フィルよりは白っぽいストレートの金髪を腰のあたりで一つに纏めている。

 髪と同じく白金色の瞳。

 ギルド受付嬢は美人ばかりなのだが、その中でも飛びぬけて端麗な女の子だった。

 

「うん、まあねー。座っていい?」

「いいよー」

「メディさんもいいですか?」

「ああ、どうぞ」

 

 エストとはあの日以来だったが、名前を覚えてくれているようだった。

 といっても二人掛けの丸テーブル。椅子も二つしかないのでエストはよいしょと近くからイスを引っ張ってきて隣に座った。

 

「知り合いなんだ。メディくんもこの街に馴染(なじ)んできたねぇ」

「それはこっちのセリフだよ。シュアル、街の外の人にも粉かけてるの?」

「粉って……もー、発想がえっちだよ」

「シュアルにだけは言われたくない」

 

 辛辣だが俺もそう思う。

 

「そんなことないよ。ボクはみんなと仲良ししたいだけなの。街の外だとか中だとか、男だとか女だとか、そんなの考えてたらもったいないよ」

「うっ……」

 

 シュアルの超理論にエストは言葉を詰まらせる。

 

 奔放も程度を超えれば博愛(はくあい)ということなのか。

 まぁ、シュアルは根本的に他人が大好きなんだろうなということは話してわかるし、そういうところは少し尊敬もできる。

 

 突き抜けた人間に一般論は通じないということだろう。

 

「め、メディーさーん……どう思います? こんな女の子」

「どうかしてると思う」

「ですよね!」

 

 安心した! とエストはほっと笑顔を見せる。

 

「もー、二人とも酷いなー。みんなが仲良しすれば、世界は平和なのに」

 

 それを実現できるのはお前だけだ。

 ただ、世界に一人くらい彼女のような人間がいてもいいとも思う。

 たくさんいたらすごく嫌だが。

 

「聞いてくださいよメディさん。この人、私たち世代……大体前後3歳くらいの地元の男の子9割食べちゃったんですよ!」

「何それ怖っ」

「ホントですよ! おかげで私たち同年代の男の子とお話しする時、でもこの男の子もたぶんシュアルと関係持ってるんだよなーって頭にちらつくんですよ! 嫌すぎるでしょ!」

 

 確かに嫌すぎる。

 

「女の子も3割くらいは食べたよー」

「えぇ……」

 

 俺はちらりとエストを見た。

 

「食べられてませんよ!」

 

 はぁはぁとエストは少し興奮したように息を荒らげる。

 シュアルはけろりとした表情のまま落ち着いてこちらに話しかけてくる。

 

「でもさー。ボク、メディくんのマッサージ受けてるけど。いつもすっごくいいから、ずっとお礼したいなーとは思ってるの」

「礼?」

 

 商売なのでお礼は代金で十分だった。

 けれど、街の風土なのか、バイト先の割引券をくれたウルスのように結構いろいろお礼を貰える。食事券、商品券など案外金品も貰えるので断ってはいるが、なかなか断り切れてはいない。

 

「うん。だから、よかったら一緒に行こう? それとも、ボクからのマッサージの方がいい? メディくんには敵わないけどボクも上手だよ」

 

 そういってシュアルは俺の頬にぴたりと手を当ててきた。

 マッサージではないが、やんわり彼女の魔力を感じる。

 それは溢れんばかりの好意と愛と欲を流し込まれるような感覚だった。

 

 エストはシュアルが異性を食べるといっていた。

 それは間違いではないのだろうが、そこまで一方的な関係ではないのだろうな、とその魔力を感じながら思った。

 

 人間は返報(へんぽう)性を持つ種族とどこかの本で読んだことがある。

 何かを与えられたら、それ以上の何かを返したくなる。

 彼女はお返ししたくなる力を持っている。それだけでマッサージの才能はあるのだろうなとそんなことを思った。

 

「思った以上に上手だな」

「えへー」

 

 と笑う彼女へお返しに俺も同じことをしてあげる。

 

「おー……」

 

 シュアルはすごく幸せそうに頬を少し赤らめていた。

 自分の魔力がどんな感覚なのかは自分では分からないが、技術抜きにしてそこまで悪いものではないのだろう。

 

「うぅ。一回くらいメディくんと仲良ししたいよぉ……」

 

 そういってくれるのは男として嬉しくもあるが、誘いに乗る気は少しもなかった。

 

「メディさん、メディさん。私にもやってみてください」

「うん、どうぞ」

 

 流石に頬に直接やるほどの仲ではないと思ったので、差し出された手の甲から軽く魔力を流してあげる。

 

「おー……!」

 

 エストも気持ちよさそうだ。

 ぱちりと瞬きをしてその感覚を味わっていた。

 

「今度店にも来てくれ。サービスはする」

「んー、はいっ」

 

 誘ってみるとすぐに頷いてくれた。

 お金うんぬんを置いておいてもお客が増えるのは嬉しい。

 

「ボクもやってあげる!」

「……え~」

 

 シュアルの提案にちょっと嫌な顔をするが、素直に左手を差し出す。

 いろいろ文句はいいつつ二人とも仲は悪くないようだった。

 

「負けないよー」

 

 なぜかシュアルは対抗意識を燃やしている。

 しかし、マッサージにおいてこんなところで負けるわけにもいかなかった。

 

「ん……ちょ……んん……んんんんんっ!!!?」

 

 両手から繊細に異なる魔力を流されたエストは時々ぴくりぴくりと体を跳ねさせていた。

 

 

 

 

 

 

 ――Side エスト

 

 

 休憩も終わり受付仕事中。

 

 むずむず、むずむず。

 

「う、うー……」

 

 すっ、すっごくムラムラするよー。

 

 その日の午後は、あまり仕事が捗らなかった。

 

 

 

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