昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第18話 勇者に娘ができました

 

 

 ――Side フィル

 

 

「おとーさん」

 

 

 とんでもないことが起きていた。

 

 その日は二週間もの山移動を超えた小さな村の朝のこと。

 久しぶりの屋根のある夜に、柔らかなベッドで迎える朝。

 普段は(いさか)い合う乙女たちの冷戦も今日は休戦。

 北寄りの大地で山の中だけあって日差しはあれど過ごしやすい。

 しかし、晴れやかな朝の雰囲気は、集合場所ですでに待っていたヴィルの足元に隠れていた少女の一言によって一瞬で砕け散った。

 

「えーっと、ヴィルくん。お父さんって、どうゆうことなのかな?」

 

 ヴィルの幼馴染のリティア。

 いつも通りの優しい笑顔に穏やかな口調。

 けれど目だけは笑っていなかった。

 

 ひえっ。

 と来るべき嵐の予感に内心声が漏れる。

 ヴィルはそんな乙女たちの剣呑(けんのん)に気づいているのかいないのか。

 

「それは俺が聞きたいくらいなんだがな……」

 

 小さく苦笑いをして、膝を折って少女と向かい合った。

 少女は見た目は7つか8つくらいだろうか。(くす)んだゆるりとした長い銀髪で金色の瞳。ぴょこりと狼のような二本の耳が頭から生えている。

 衣服は汚れた茶色の布を破ったようなボロボロだった。

 

「怯えなくていい。彼女たちは俺の仲間だ。自己紹介してくれるか?」

 

 どうやらわらわたちが来る前からアルクスと……道中いなかったのになぜかいる神出鬼没のティメレットとはすでに挨拶は交わしていたようで(うなが)されたその少女はおずおずと不安げな表情でこちらを見上げた。

 

「えっと……ルフ」

 

 それだけいってヴィルの後ろに隠れてしまった。

 名前は分かった。しかし、それ以外何一つとして分からなかった。

 

「今朝起きたらベッドにいてな。疲れていたのもあるが、正直心臓は止まるかと思った」

 

 ヴィルもそう思ったのか補足を入れる。

 

「俺も気づかなかった。いい才能してるよ」

 

 旅人用のコテージの前。

 キャンプ用に置かれたテーブルのイスに座って様子を見ていたアルクスは笑いながら続ける。

 

「ヴィルもまさかこんなデカい子どもがいるとはな。いつの子どもだ?」

「バカ言うなよ……」

 

 そんなやりとりを聞きつつ、あれ? と思う。

 よく見ると彼女の小さなシルエット。

 それは、数日前に噺家から話を聞いた日の夜に見た影とそっくりだった。

 

 確かにあの時も気配という気配は全く感じられなかった。

 つまり、あの時見た影は、森の夜に様子を窺っていた彼女の月影だったというわけだ。

 

 ……やはり幽霊などいないのじゃ!

 ほとんど現実逃避ではあるが、こくりと一つ頷いた。

 

「どうしてヴィル様が父上なのですか?」

 

 どんな暑い日でも修道服を身に纏い、なお汗一つかかないランディが一歩前に出て膝を折る。

 

 女性メンバーのリティア、テネブラ、そしてランディ。

 彼女たちはヴィル()が絡まなければみんな基本的には優しかった。

 

「……おかーさんがいってた。わたしは人間だから、人間のおとーさんとおかーさんを見つけなさいって」

「そのお母さんとはどなたなのですか?」

「……ラシェ」

「……ラシェ様ですか」

 

 それは最近聞いた名前だった。

 10日ほど前に刃を交えて和解をした白きフェンリルの名前。

 経緯は分からないが、人語を解す知性と高い気品を感じられたあの大狼が人里から幼子を(さら)ってわざわざ育てるなんて考えづらいので捨てられていた彼女を育てていたのかもしれない。

 

 それに人間といってもわらわと同じく魔の血は流れていた。

 純粋な人間よりは魔物としても接しやすくはあったのかもしれない。

 

「で、でも何でヴィルくんが父親なのかな? アルクスくんがおとーさんでもいいと思うけど」

「……おとーさんは強い人を選びなさいって」

「おい!」

 

 アルクスがつっこみを入れる。

 フフっとちょっとだけ心の中で笑ってしまう。

 

 アルクスも十分強いのだが、白兵戦なら何度やってもヴィルが勝つだろう。

 

「なるほど……」

「納得するな!」

 

 といいつつ、アルクスは少し悪戯心が沸き上がったのか少しニヤリと口元を緩めてこちら側にぐるりと視線を向けた。

 

「それじゃあ、お母さんは誰なんだ?」

 

 それはまさに将来その立場を狙う乙女たちの心を燃ゆらす火種となるには十分な一言だった。

 ヴィルが父となるならば、その母の座は疑似家族であったとしても譲るわけにはいかない。

 否、なんだったらそれを口実に本当の家族になってしまおうという確かな策謀の意思を三者から感じられる。

 

「おかーさんの条件はあるの?」

 

 ここまで口を閉じていたテネブラが口を開く。

 ふるふるとルフは首を横に振る。

 なんと大狼は母親には条件を付けなかったらしい。

 

「そ、それじゃあやっぱりおかーさんも強い人かな? 私、リティアっていうんだ。こう見えても結構強いよ。ヴィル君にもまぁまぁ勝てるし」

 

 先手を取ったのはやはり最強の幼馴染のリティアだった。

 実際、ヴィルとの家族風景を一番想像しやすいのは彼女かもしれない。

 両翼の剣士。実力、年齢、性格、幼馴染という関係性も含めていつ付き合ってもおかしくはないとは思う。その関係性が発展しないのは一重にヴィルがパーティのリーダーとして一線を引いている事以外にはたぶんないだろう。

 

「あと子どもも好きだし。どうかなっ」

 

 リティアはにこやかにルフの前で笑顔で手を差し伸べた。

 

「強い人はすき……でも、この人、怖い」

「がーん!」

 

 ルフは案外人を見る目があるのかもしれない。

 ヴィルの背に隠れながらも目を見て人柄は判別しているようだった。

 

「こ、怖くなんかないよー、優しいよ! お嫁さん第一候補だよ! ね! ヴィルくん!?」

 

 ヴィルは幼馴染の必死な表情を見て、ちょっと困ったように少し笑っただけでその問いには答えなかった。

 

「リティア様、それは協定(レギュレーション)違反でございます」

「ペナルティ1」

「そんな!」

 

 知らないが、女性メンバー間ではヴィルをめぐる謎の協定が張られているらしい。

 そんな様子は逆に仲がいいのではないかと少し思ってしまう。

 

「リティア様は必死過ぎです。母とは常に余裕をもって子を慈しむ者。どんな言葉を言われても柔らかく受け止めねばなりません」

 

 そういってリティアに変わるようにランディがルフに向かって手を伸ばす。

 

「この人、くさい」

「……くさくなどありませんよ」

「変なにおいがする」

「…………」

 

 ランディはいつも微かに香水を付けていた。

 決して嫌な臭いではないが、大人の香りがする香水は嗅覚の鋭い半獣の彼女にとっては刺激の強い匂いだったのかもしれない。

 

「ヴィル様、この少女に一発正義のパンチをお見舞いしてもよろしいでしょうか?」

「いいわけないだろ」

「くさくなどありませんよ」

「知ってる」

 

 ヴィルがそういったのでランディもギリギリ納得したらしい。

 まだ少し不満げであったが、立ち上がって一歩下がった。

 

 となると最後に残ったのは彼女だった。

 

「見て」

 

 テネブラは自らの能力を使って自分の影から小さなウサギにリス、ネコに鳥を十体ほど実体化させくるくるとルフの前で遊ばせた。

 

「おねーちゃん凄い!」

 

 前の二人とは異なり、感触は良好な模様。

 ルフは目を輝かせて両手をついてその影を見つめていた。

 

「凄いでしょう」

「うん!」

「私はテネブラ。おかーさん、って呼んでもいいよ」

 

 テネブラは優しくそういった。

 これは勝負あったか。そう思われたがしかし。

 

「んー。お姉ちゃんがいい!」

 

 まぁ、テネブラはまだ15歳。

 母のイメージとは異なったらしい。

 

「……そう。でも嬉しい」

「なんかずるい!」

 

 リティアは一人好感触を得たテネブラに不満を叫んでいた。

 一人勝ちの模様ではあるが、姉であるならギリギリ折衷(せっちゅう)点だったのか。

 一番悲惨なのは単純に匂いを(ののし)られただけのランディであろう。

 

 少し場も落ち着いた頃。

 話も一区切りついて一件落着というところだったのにただ楽しみたいだけの男が口を開く。

 

「まだ一人いるだろう」

 

 そういってアルクスは酒の肴を見るように笑いながらこちらを見る。

 それにつられるように、全員の視線がこちらを向いた。

 

「な、なんじゃ……わ、わらわはお主の母になどならんのじゃ!」

「まぁまぁ、お遊びお遊び。このおねーちゃんはこう見えて、このパーティだと一番強いんだ」

 

 

<●><●>

 

 

 ひえっ。

 左に立つリティアから暗黒の視線を向けられる。

 

 ルフはじっとこちらを見つめる。

 リティアとも違う幼子の真実を見抜く目に心を暴かれるような感覚がする。

 

「このおねーさんが一番優しい気がする」

「や、優しくなどないぞわらわは! 長き年月、幾多も殺生を繰り返した悪辣なる邪竜なのじゃ!」

「それは俺たちにも刺さるからやめてくれ」と囁くヴィルを無視して。

 

 

<●><●>

 

 

 わあっ!

 今度は右に立つテネブラの前髪に隠れた髪から闇の視線を向けられる。

 

 お主は姉という確固たる地位を築いたのだからいいじゃろ!

 と叫びたいが、言葉は喉につっかえて外には出なかった。

 

 ルフは立ち上がるとなぜかこちらに近づいてくる。

 そしてくんくんと近くで鼻を鳴らした。

 

「すっごくいい匂いがする!!」

「どーいう意味なのじゃ!!」

 

 

<●><●>

 

 

 羨ましいのかランディは!?

 

 

「おか、おかあ……」

 

 

 

<●><●><●><●><●><●>

 

 

 

「待てー!!! なのじゃ!!」

 

 このままでは命が危ない。

 そう思ったわらわはびゅん翼を広げてアルクスの隣。

 ずっと静観していた一人の少年。ティメレット・ノックスの両脇を抱えると同じ帰線を辿ってルフの前に戻ってくる。

 

 

「わあっ! フィル様!」

 

 

 と驚くティメレットの前には小さな少女ルフの瞳。

 わらわしか知らないが、男装姿でも中身は女子。

 この審判を受ける資格はあるはずだと差し出すとルフはじっとティメレットを見た。

 

「ぼ、僕は男ですよ」

 

 ティメレットは優しい性格だった。

 隠遁を活動の主とするせいか恐ろしいほど匂いはしない。

 けれど、ルフの獣の嗅覚。

 

 小さな瞳はわらわとティメレットの間をゆっくりと二度往復した。

 

 そして審判の時。

 ドキドキ、ドキドキ。

 

「おかーさん!」

 

 その少女が胸に飛び込んだのはティメレットだった。

 

「わっ!」

 

 と驚きながらも彼女はその体を支える。

 選ばれたかったわけでは決してないが、負けてみると選ばれなかった判定基準が知りたい気もしなくはない。

 

「勝負あったな……」

 

 アルクスが立ち上がってヴィルの肩をポンと叩いた。

 

「どーいうことだよ……」

 

 成り行きを見守っていたヴィルは苦笑いするしかないとそう呟く。

 この結末に女性メンバーもまぁ、男のティメレットくんならといった様子。

 

「僕は……僕は……」

 

 そして選ばれた少女は。

 

「僕は男ですーっ!!!」

 

 最後にそう言い残して森の中へと駆けていった。

 

 

 

 

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