今日は街の納涼祭。
その日はせっかくなのでと夕方からフィルと一緒に屋台巡り。
普段から露店エリアにはいくつか屋台は建てられているが、ここ数日の街の様子はその場所とは比較にならないほど盛況でギルド前のメインストリートから枝葉を分かつ裏道まで見渡す限りずらりと何かしらの屋台が建てられていた。
魔物肉の串焼きや鉄板焼き。
この地域でとれるフルーツを使ったかき氷にフルーツ飴。
食事
俺とフィルはせっかくなのでとお面屋さんで買ったお面を頭に付けてその中の一つ。
「むむむ……」
この世、人には向き不向きというものが必ず存在すると思うが、フィルの手元には星形に描かれた薄い砂糖菓子。
手に持つ爪楊枝はぷるぷると震えながら
「むきゃー!! うぅ、イライラするのじゃー……」
「はっはっは、お嬢ちゃん。へったくそだねー。長年やってるけど、お嬢ちゃん以上のへたくそおじさん見たことないよ。はっはっは」
店の看板には『型抜き屋』の四文字。
どんな店かと入ってみたら薄いシート状の砂糖菓子を描かれた模様通りに爪楊枝でくりぬいていくゲームをする屋台のようだった。
試しに一回銅貨1枚。
模様によって難易度は異なり、初級・中級・上級・超上級の四段階。
成功時はいろいろ報酬が用意されているようだった。
因みに失敗したら線香花火を1本だけ貰える。1本てあなた……となかなかいい商売をしていると思いながらも、実際俺も中級でやってみたがそこまで難しいとは思わず一回でクリアできた。その際の報酬はこの祭り限定の銅貨五枚券。
「うぅ。メディー。このジジイぶっ殺してもよいかのー」
「よくないよくない」
その報酬もフィルの再挑戦五回にさらに四回追加挑戦してフィルの手元には手に入れた線香花火がすでに十本。
諦めればいいと思うのだが、フィルの辞書に諦めるの三文字は存在しないらしい。
「あははっ、このおねぇちゃんへったくそー!」
「すっげー、この姉ちゃん尻尾生えてる!」
当然このような屋台に来るのは小さい子が多い。
長居しすぎたのか、目立つフィルの容姿。小さなオーディエンスが完成してしまっていた。
「こらっ。触るではない
べしべし! と大人げなくも尻尾を左右にゆらし子供を追っ払う。
けれど、そんな様子も周りの少年少女を喜ばすだけだった。
「そうそう。もー諦めてほかの店いきなー。来年練習してまたおいで。おじさんもこんなに儲けちゃうとおまわりさんに連れてかれちゃうよ。負けは負け。失敗は失敗。残念無念、また来年ってな。はっはっは」
そしてこの店主。
煽り性能がとんでもなく高い。
お客用の小さなイスは五つ。
フィルがやってる間、空いてる席でやっている子どもの様子も見ていたが、中級の成功率は6割程度といったところ。成功後は同じ難易度に挑戦できないという縛りはあるものの実際お店に儲けなんてほとんどないだろう。むしろ赤字覚悟といった感じではある。
なのに、ほぼ暴言に近いこの煽り。
子どもを苛立たせる趣味のためにやってるとしか思えない。
「とりあえず、初級でやってコツを掴んでみるのはどうだ?」
そもそも人より力が強いフィルはこういった繊細な作業が苦手なのはなんとなく分かる。
とはいえ、このまま撤退する気もなさそうだったのでそんな提案をしてみる。
「でも、それでは負けを認めたことにならぬか?」
負けか勝ちかという話ならすでに余裕で負けている。
「最後に勝てば、経過はどうでもいいだろう」
「むむむー。そ、そうじゃな! 千里の道も、じゃな!」
千里もあるのか……。
そう思いながらこくりと俺は頷いた。
「店主、わらわは初心に帰るぞ。初級を頼むのじゃ!」
「諦めない姿勢は尊敬するよ。先に花火渡しとこうか?」
「いらぬわ!」
そういって店主は箱に並べられた砂糖菓子からランダムに1枚手に取った。
そこに描かれていたのは大きなハートマーク。
「ああー。ハートかー……初級の中では難しいの引いたねー。半分に割れると初恋がうまく行かないって噂の」
「そんな
「ダメダメ。成功したらうまく行くこともあるって噂だから」
「そこは確定ではないのか!?」
ほとんど呪いのようなシートだった。
フィルの頭頂部には緑のドラゴンのお面。それが後ろを向いてフィルが不安そうにこちらを見上げた。自信はなさそうだ。
といっても挑戦者は俺じゃないのでできることはあまりない。
「ジンクスは覆すものだ。落ち着いていけ」
せめてもの応援。
ということで、俺は緊張なのかなんなのか、わずかに震える手に少し手を重ねて震えが収まるように安心の神経をゆるりと刺激した。
「むー……やってやる、のじゃ!」
震えの止まったフィルは決意の炎を瞳に宿し、全神経を集中するようにその砂糖菓子へと向かい合った。
「うおおおお……! なのじゃー!!」
……かりっ。
フィルは慎重に最初の一刺しを成功させる。
小さいオーディエンスたちもそのフィルの気迫を前に邪魔することなく見守っていた。
かりっ、かりっ。
「はぁ、はぁっ」
全体力と全神経の半分を使い果たしたというところで砂糖菓子が半分削れる。
今のところ順調そうだ。
フィルは額からあご先までたらりたらりと汗をこぼしている。
フィルは続ける。
かりっ、かりっ。
「……がんばれ……がんばれー!」
オーディエンスの一人の少女がフィルの懸命な様子に感化されたのか邪魔にならない程度の小さな声援を上げる。
それにつられて周りの少年少女も応援を送る。
「あとちょっと!」
「いける……!」
「がんばれ、がんばれー!」
…………。
なんなんだこの空気は……。
なぜ型抜き一つでこんな長距離マラソン最後一人がゴールを迎えるみたいな空気になっているのか……。
しかし、そう思う気持ちはありながらも確かに心の中心で成功を祈る熱い気持ちは俺の中にも燻っていた。
そして。
――かりっ。
型枠と内側を繋いでいた最後の枠線部分を削り取ると、出てきたのは割れることなくくり抜かれたハートの砂糖菓子。
「で、できたのじゃー!」
喜ぶフィル。
「うおおおおっっ!!」
パチパチパチ!
拍手喝采。湧くオーディエンス。
「うぅ。おじさんは感動した!」
泣く店主。
つられて俺もちょっと泣いてしまいそうだった。
「そ、それで、店主。これの景品は何なのじゃ?」
そんな周りの様子に若干困惑しているフィルだったが成功は成功と店主に尋ねる。
「ん、ああ。初級はこれ」
そういって店主が手渡したのは、
「こ、これは……」
見覚えのある線香花火10本だった。
**
ひゅー……ドーン!
町外れの山中から遠くで上がる花火をフィルと並んで眺めていた。
ここから見える花火は街で打ち上げられていることもあり、それほど大きく見えないが、街中はどうしても人通りが多かったのでそれならばと静かに見れるこの場所までフィルと一緒にやってきていた。
「ふふー」
フィルは結局初級の型抜きが成功したので満足したのか中級への再挑戦は来年まで取っておくことにしたらしい。
ご機嫌な様子で壊さないようにと大事に持ってきた砂糖菓子と打ち上がる花火を見比べながら途中で買った綿菓子などを時折つまんでいた。
「メディ。メディ」
「ん?」
しばらく花火を見ていたフィルは俺の名前を呼ぶ。
「これ、食べてよいぞ」
そんなフィルの手のひらには大事そうに置かれたハートの砂糖菓子。
「いいのか?」
「うむ、どのみちずっと持ち運ぶこともできんしの……あっ、でも勘違いするではないぞ。わらわは最初から成功したらお主にあげるつもりじゃったのだからな」
「そうなのか」
取り繕ってしまうフィルになんだかちょっと笑ってしまう。
ただ、くれるというなら断ることはしない。
というか普通に嬉しい。
「それなら貰おう。ありがとう」
別の型だったら半分こしてもよかったが、流石にこの形を半分にはできない。
フィルの手から受け取ると一口で口に入れる。
舌で溶かすと味はただの砂糖味。けれど、忘れられなさそうな味だった。
そんな様子をフィルも満足そうに眺める。
「よーし、せっかくいっぱい貰ったのじゃ。わらわたちも花火するのじゃ」
そういって懐から取り出したのは線香花火20本。
それは銅貨7枚の俺たちの成果だ。
「あの店絶対サギ店なのじゃ! 店主もむかつくし」
フィルはまだ煽られに煽られたことを根に持っているらしい。
「来年はやめとくか?」
けれど、フィルはふるふると首を横に振った。
「絶対来年は成功させるのじゃ!」
闘志充分と腕を組む。
そんな話をしつつ、線香花火に火を灯し。
パチパチと瞬く小さな炎を中心に、照らし出される互いの顔を見合わせて笑った。