昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第2話 この村には〇〇が足りない

 メディ・レクトス17歳。

 女の子と話をするというのはもっとドキドキするものだと思っていた。

 

 フィルと再会を果たしたあの日からしばらくたったある日のこと。

 この頃になると村の住人もフィルの存在に気が付き始め、俺自身あえて村を回って紹介したりなどはしないが、道行く人に尋ねられれば彼女との関係はきちんと答えていた。

 

 こちとら(やま)しいことなど何もない。

 

 俺が助けた。

 親指を立て正々堂々そういうだけだ。

 

 フィルはフィルで人見知りする性格でもない。

「あらぁ、かわいい子だねぇ」と褒められれば「当然なのじゃ!」と胸を張り。

 羊飼いの牧場まで遊びに行けば、アイスクリームを作ってもらって「うまいのじゃー!」と笑顔を振りまく。

 

 そんなことをしているものだから、瞬く間にこの村で彼女の人気は鰻登り。

 道行けばお菓子を貰い、民家の前を通ればご飯に誘われる。

 もはや彼女は一週間に一度現れる村のアイドル。

 

「うむ! 苦しゅうないのじゃ!」

 

 そんな状況にフィルも満更でもないようだった。

 

 事実、フィルは日々勇者パーティで世界を守るために奔走している存在。

 それならばと俺も来た時はそれなりに甘やかしてしまっていた。

 

 ……だからだろう。

 

 

 俺の家から坂を下って澄んだ小川に掛かる橋を渡った先。

 そこには、少し土で踏み固められた道が作られた開けた土地。古い民家がぽつりぽつりと建ち、小さな畑がその周りには作られている。

 

 その家の一つはこの村で唯一のお茶屋さん。

 ほとんど道楽でやっているお店だが、来るといつもお茶とお菓子を出してくれる。

 

 フィルの最近のマイブームはこの店の軒先に置かれたベンチでお団子を食べてはそのままごろりと眠ること。

 誇り高き竜族のブームがそんなんでいいのかとも思うが、柔らかい座布団を枕に三席分を陣取って横になっている。

 立てば膝丈ほどの長い髪はだらりと乾いた地面に広がってしまっていた。

 俺の感覚では汚いのだが、ドラゴンの感覚では後で払えばいいやくらいの認識らしい。

 いっそ男らしい。俺は少しだけ見習おうと思っていた。

 

 そんな俺は彼女に占領されたベンチの隅。

 追いやられたその空間で膝に置いた器から最後の三色団子を手に取ったところで、つんつんと太ももの横をフィルご自慢の角でつつかれる。

 下を見ると、んあーと大口を開けている。

 どうやら食べ足りなかったらしい。

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 初めて会った時の幼くも誇りを(かも)していた姿はいずこ。

 

 フィルの口内は綺麗な歯並び。上下に二本ずつ鋭い牙が伸びている。

 伸びているのだが、もはやその牙は抜けているといっても過言ではない。

 

「横になって食べるんじゃないよ。ノー」

 

 断って三色団子の一番上の桜色を頬張る。

 すると彼女はずりずりと俺の膝上にまで頭を侵略してきた。

 慌てて器を避難させる。

 勇者どころかとんだ侵略者だ。

 

 そしてよいしょと串をつかむ俺の腕を取るともむりと、あろうことかヨモギ味の下の団子をかじり取った。そんな食べ方はギルティだ。

 幸いにも喉には詰まらせなかったようだが、きっとそのうち罰が当たる。

 俺は密かにそう思った。

 

 

 普段ならこの後目を瞑って寝てしまうのだが、今日は少し目が冴えているのか目を開けたまま牧歌的情景をぼんやりと眺めていた。

 

「わらわは思うのじゃよ」

 

 しばらくぼーっとしていたフィルはそうのんびり口を開く。

 何を? と尋ねる間もなくフィルは続ける。

 

「心安らぐこの村じゃが、唯一足りないものがこの村にはあると思うのじゃ」

「そんなものがこの村にあるのか?」

 

 俺はテキトーに返事をした。

 

「うむ。それは温泉じゃ」

「温泉か……」

 

 もっと他にあると思う。

 俺は少し考えた後。

 

「掘るか」

 

 そんな風に言ってみる。

 

「メディはアホじゃのー。こんなところで掘っても湧いてこないのじゃ」

 

 クスクスと笑われる。

 知っています。

 

「冒険してれば、そういう機会もあるだろう?」

「……まぁ、あるにはあるがのー」

 

 勇者パーティでのことを尋ねてみると相変わらずフィルの歯切れは悪かった。

 

「温泉に入ることと、温泉で癒されることは実は全くの別問題なのじゃ」

 

 なかなか深いことをいう。

 

「ほー」

 

 まぁ、こちとら温泉なんてものは見たことすらない。

 ここでのお風呂は基本的に(まき)風呂だ。最近は暖かくなってきたので湧き水で体を(すす)いで終わりということも増えてきた。

 

 しかし俺は思った。

 フィルはドラゴン娘である。

 俺がここから温泉地域まで行くのは山を越え野を超え大変だが、フィルなら一瞬……とまでは行かないかもしれないが、そう時間は掛からないだろう。

 

「今から行って来たらいいんじゃないか?」

「一人で行ってもつまらんじゃろう」

「ん~……」

 

 これは……。

 どう考えても誘われているという解釈で合っているのだろうか。

 逆にそれ以外どう解釈すればいいのだろうか。

 

 俺自身入ったことはないし興味はあるのだが問題はある。

 

「どこにあるか知らないが、今すぐ発っても多分来週着かないぞ」

「おっ、メディも興味が出てきたかの」

 

 そういってフィルは膝の上、顔をこちらに向けてくる。

 その目はきらんと輝いていた。

 

「まぁ、そうだな。興味はあるな」

「わらわに乗ればよい!」

「…………」

 

 俺は少し想像した。

 身長四十センチほど離れた少女の背に掴まって滑空(かっくう)する男。

 

「う~ん」

 

 嫌な絵面だ。

 

「嫌なのか?」

 

 フィルは少し不安そうに眉を落とす。

 これが(よわい)300幾何(いくばく)の女性がする表情だろうか。ほとんど反則だ。

 

「嫌ではない。ただ、未婚の男女が無暗(むやみ)に肌を触れ合うものではないというかね」

「お主わらわのお腹触るではないか」

「治療でね!」

「というか何じゃ。そういえば、お主にはまだ見せたことなかったか」

 

 そういってようやくフィルはよいしょっと体を起こす。

 そのままベンチからも立ち上がると一歩後ろにジャンプすると、ローブとスカートを(ひるがえ)しながらバサッと翼を展開する。

 普段はその姿のまま飛んで行ってしまうのだが、今日は違った。

 

 

 質量を感じるほどの魔力の奔流(ほんりゅう)が周りの木々をざわざわと揺らす。

 ビキビキと肉を割くような音を立てて骨格を変えどんどんと体を膨らませ、フィルの白い肌は黒い角、黒い尻尾に侵されるように徐々に黒色に染まっていく。

 

 そこに現れたのは全長四メートルはくだらないであろう巨大な竜。

 鋭い二本の爪に大きな翼。黒色の肌には血管のように煌びやかな金の模様が入っている。

 青色の目は人型の時より少し暗い。彼女はびゅんと風を切って木々の上、空を大きく縦に旋回するとゆったり翼を羽ばたかせて茶屋の前まで戻ってきた。

 

『どうじゃ! かっこよいじゃろう!』

 

 その姿では言葉は話せないのかなんと脳内に直接話しかけてくる。

 見上げるほどの高さの頭が、話しやすいようにと首を垂れて俺の目の前に顔が近づけられる。

 

 ぐるるるると息の音が口の中から低く響いている。

 正直俺の鼓動は早く脈動し、なんだったらフィルと分かっていても圧倒的な魔力と力を感じて恐怖すら感じる。

 ただ、俺はそれを表情には決して出さないで心を鎮めた。

 

「俺の冒険は竜に乗って始まるのか……」

『最高のスタートダッシュじゃな』

「そんなスタートダッシュ切ってる冒険譚見たことない」

 

 少し笑って、目の前にある黒龍の顎を少し撫でてみる。

 細かく繊細な毛で覆われており、少し硬いが思ったより動物的な触り心地だ。

 

 触れると竜に変身した時とは異なりフィルは魔法のように一瞬で人型に戻った。

 手は白い頬に触れたまま。

 

「どうじゃ?」

 

 普段通りだが、少しだけ不安そうな声音だった。

 

「最高のフォルムだ」

 

 俺はニヤリと笑ってそっと頬から手を放す。

 実際、どの図鑑で見るどの竜種よりフィルの姿は男心を(くすぐ)る見た目をしていた。

 

 するとフィルは一転目を細め。

 

「当然なのじゃ!」

 

 そういって笑った。

 

 

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