冒険者の街を
納涼祭の最終日ということもあって街の宿は取れず、フィルの背に乗って村まで帰ってきたのはあと1時間もすれば日付も変わろうかという時間帯だった。
「はふぅー……」
今日は夕方からずっと人
フィルも少しお疲れ気味なのか居間の隅。まだ畳まれたままの布団の上にぽすんと体を投げ出すとのんびりと息を吐いた。
家の外には夏から秋へと移り
まだ夏の盛りではあるが、気温のピークは過ぎたのかほんの少しずつ過ごしやすくなっている。
「ようやく夏も終わりそうじゃのー」
フィルもそんな秋の気配を感じ取ったのか、
暑がりのフィルは心持ち嬉しそうだった。
ただ、そんなことを言われると時の流れというものを少し考えてしまう。
春の
あと少したてば夏も終わり。
今年の夏はかつてなくあっという間だった。
「やり残したことはないか?」
囲炉裏の向かい。
自分の布団を敷き終わるとフィルの横。
布団を敷くからどきなさいと、ぽんぽんと肩を叩くとフィルはころころと丸く転がって敷いたばかりの俺の布団の上へと避難した。
大の字に手足を伸ばすと布団中に金色の髪がぶわりと広がる。
仰向けに寝そべる股の間からは大きな尻尾がのっそのっそと縦に動いていた。
「やり残したことのぅ」
んー、とフィルは天井を見上げて考えているようだった。
「……わらわ、去年まで夏に何してたんじゃろう?」
たっぷり十秒考えて、出てきたのはそんな言葉だった。
聞かれても困る。
「毎年暑いといっては冬になり、寒いといっては夏になる。そんな日々を過ごしていた気がするのじゃ」
「優しい季節さんだ」
「全然優しくはないのじゃ」
ふふとフィルはちょっと笑う。
フィルの布団を敷き終えたが、しばらく俺の布団に居座るようだった。
せめて横になるのは後で汗を流してからにしてほしい……とかつての俺なら思っていただろうが、最近は明日洗濯すればいいやと思うようになったのはフィルのおかげといっていいのかどうなのか。
「メディは何かあるのかの?」
「俺か?」
聞かれて少し考える。
しかし、考えてみると俺もフィルと大差ない。
昨年までの夏は夕方涼しくなるまで本を読んで、涼しくなったら山菜を摘んだり魚を釣り、時々、村に遊びに行ったり、近くの花を愛でたりを繰り返すそんな日々。
悪くはないが、比べてみると今の方がよほど楽しい。
近い将来やろうと思っていた整体の仕事もフィルのおかげでだいぶ前倒しに始められたし、それなりにお客さんもついてくれた。
ただ、しいて欲をいうならば。
「海とかかな?」
「……う、うみー?」
フィルは布団で横になりながらなぜかほんのり赤くなってジトりとこちらを見た。
「お、お主……わらわの水着が見たいと……そう言っておるのか?」
……言ったか? そんなこと?
「いや、海が見たいといった」
「ふーん?」
フィルは
「海は嫌いか?」
「嫌いではないがのー」
といって歯切れ悪そうに続ける。
「わらわの体、あんまり水に浮かないんじゃよな、不思議と」
「ああ」
「ああ……?」
頷いたのは失言だった。
思い出してみるとフィルの魔力属性に氷はあっても水はなかった。
ある意味突出した能力があるからこそできないことは全くできないのかもしれない。
「どうせ行くならプールの方がいいのじゃ」
「プールか」
時々思うのだが……。
フィルはあんまり冒険者の適正がない気がする。
「いや、プールでもいいんだけどな」
ただ海に行きたいという相手をプールに連れていく行為。
それは決して代替手段になってない気がするのは気のせいだろうか。
「うむ。一緒に浮き輪で浮かぶのじゃ!」
まぁ、楽しそうにしているのでよしとする。
疲れもある程度取れたのかよいしょっとフィルは体を起こす。
「水浴び行くのじゃ」
疲れていても寝る前の水浴びは欠かさない。
フィルの衛生観念は魔訶不思議だ。
深夜の森の緩い坂をタオルを何枚か持ってゆっくり登っていく。
光源のない森の中は星明りで明るい。
「海は――」
独り言のように。
前を歩くフィルは口を開いて視線をちらりとこちらに向けた。
「ちょっと涼しくなった時に、浜辺を散歩するのが好きなのじゃ」
それだけ言ってフィルはすぐに前を向いてしまった。
もしかしてなのだが。
秋に海に行く予定がフィルの中で決まっていたのだろうか?
「案外ロマンチストだな」
「ふふー。楽しみにしておくのじゃ!」
そして当然のように俺も予定に組み込まれている。
なかなかに傲慢なドラゴンだ。
「にゃん、にゃん、にゃにゃん♪」
静かな夜。
ご機嫌なフィルの歌声だけが、のんびり森に