――Side フィル
「うーむ……」
その日。
わらわは生まれて三百有余年。
かつてない難問を前にただただその店の中で延々一時間立ち尽くしていた。
そこは普段メディと来るいつもの街。
今日はメディは村の実家。一人でこの街に来るのは初めてだったが、それには理由があった。
ギルド前のメインストリート沿いにある
後ひと月もすれば夏も終わってしまうが、
目的はもちろん今度行く約束をしてしまったプールのための水着選び。
来る前までは気に入ったものを一つ買えばいいや、と軽い気持ちで来たのだが、いざお店に入ってみると水着一つとってもビキニにワンピース。シンプルなデザインからフリフリのついた可愛いもの。布面積も少ないものから肌が隠れるものまでまさに多種多様。
そしてそのそれぞれに数種類のカラーや
いっそ選択肢がもっと限られていたのなら、えいやとその中から選んだのだが、こうもたくさん種類があると迷えば迷うほど正解がなんなのか分からなくなってくる。
そもそも、わらわは
泳ぐ必要性というものは基本的にはないし、普段着るワンピースは魔力を込めればすぐに乾く代物だった。
これまで水着を着る機会もなかったので買いに来るのも今日が初めて。
ちょっとだけリティアたちに相談してみようかとも思ったが、それはそれでいろいろと詮索されそうで少し恥ずかしかった。
「むー……」
ハンガーラックから先ほどから何度か手に取った水着をもう一度手に取る。
それは黒色のビキニタイプのシンプルな水着。
わらわは黒は好きだったし、ブラックドラゴンの種として一番似合う色も黒だと思っている。
それに私服もそうだが、シンプルなデザインの服の方が好きなので何も考えずに水着を買うならある意味これ一択なような気もする。
ただ、すぐ隣には同じタイプの白色や青色のもの。
自分の着ている姿を想像してみると、それはそれで爽やかでよい。
さらにその隣にある黄色や赤色も相手の意表を突くという意味ではありなような気がする。
「うーん、うーん……」
意表を突くという意味では、フリルの付いた可愛いワンピースタイプというのも逆にありなのかもしれない。
そもそもわらわはメディにとってセクシーにカテゴライズされているのか、可愛いにカテゴライズされているのかどちらなのか。
あの男はといえば、どんなに顔を近づけようが、顔色一つ変えないし、わらわを年上として敬意を払っているようにも見えれば、年下のように可愛がられているような気もする。
「ううう……」
わからない。正解が。何一つとして。
とそんなことを考えて硬直していたその時。
「――けっこう大胆な水着買うんだねー」
「にょわぁ!」
突然背後から声を掛けられてびっくりして振り返る。
そこにはさわやかなショートパンツとピンクのキャミソール姿のシュアルの姿。いつも通り人懐っこそうな笑顔を浮かべてわらわの手に持つ水着をのぞき込んでいた。
彼女とはメディと一緒にこの街に来るとき時々話はしていた。
「な、なんじゃ、シュアルか」
その後ろには見たことのないもう一人。
「あっ、たまにメディさんと一緒にいる……」
そういってシュアルに聞く少女は、これまた容姿の整った少女だった。プリーツスカートにフリルの付いた白い上着を纏っている。
シュアルとは対照的に活発そうなぱっちりとした
「フィルちゃんだよー。この子はボクの後輩のエストちゃん」
「こんにちは。エストです」
紹介されたエストはニコっと笑って挨拶してくる。
どうやら彼女たちも水着を買いに来ているようだった。
「う、うむなのじゃ。わらわはインフィールというのじゃ」
「はいっ。んー……じゃあ、フィルさんって呼びますね」
珍しく彼女はさん付けで呼んでくれるらしかった。
どちらでもよかったがうむ、と頷いておく。
メディは最近は月の半分くらいはこの街にいるせいか知り合いもそれなりに増えているようだった。
まぁ、メディの仕事はマッサージ。
接客商売であるし、それはいいのだが、シュアルやエスト、他にもセプトなど見た目可愛い女性ばかりなのはどうなのだろうかとちょっとだけ思う。
「今日はメディくんと一緒じゃないの?」
「今日は一人なのじゃ」
「ふーん……一緒にプールでも行くの?」
シュアルはずばりと言い当ててくる。
「う、うむ……メディが行きたいというので連れて行ってあげるのじゃ」
メディの発言から結果プールに行くことになったので嘘は言っていないはずだ。
けれど、シュアルはシュアルでメディと親交があるため、あんまり信じてないような様子で楽しそうに笑う。
「あはは、メディくんは果報者だ。それで何着るか迷ってるんだ……女の子だねぇ、分かる分かる」
「むぅ……」
からかわれているような気もするが、迷っていることは事実だった。
「お主らも水着を買いに来たのか?」
「うん。といってもちょっと近くで川遊びするくらいだけどね。ホントは男の子も誘いたかったんだけど、エストが嫌っていうんだもん」
「だってシュアルに釣られてくる男の子って下心しかないし」
「いいじゃないそれで」
「よくないよ!」
言い合ってはいるが、仲はよさそうな二人だった。
「あっ、それならよかったら一緒に選びませんか? 意見交換もかねて」
エストはこちらに向き直って提案してくれる。
「ボクもいいよー」とシュアルも相変わらずニコニコと了承する。
わらわはこの街に来るのはメディと一緒に来るせいぜい隔週に一度であるし、シュアルとの親交もそこまで多いわけではない。
おまけにエストとは今日が初対面。
けれど、二人ともお人よしというべきか、とても人付き合いが得意そうな二人だった。
ただ事実。彼女たちは十代の少女。
服装の良し悪しに関しては頼りになりそうだった。
「うむ、それならよろしくなのじゃ!」
「おー、それじゃあいっぱい試着しよー!」
「おー!」
「のじゃー!」
こうして、わらわたちは互いに相談しながら水着を選ぶこととなったのだった。
*
――いや、いくらなんでも布面積が少なすぎではないかこの水着は?
――大丈夫大丈夫。小さい女の子のマイクロビキニは一定層需要はあるから。
――そんな需要に応えたくないのじゃ!
――おー、やっぱりフィルさん凄いなんでも似合いますね。個人的には可愛い系の方が似合ってると思いますけど。
――うーむ、確かにエストを見てるとワンピースタイプもいいのじゃ。
――どうかなー、ボクの水着姿は。
――相変わらずプロポーションは完璧なんだよね、むかつくけど。
――確かにナイスバディーなのじゃ。
――えへー、まぁ、揉むのも揉まれるのも好きだからねー。
――のじゃ……。
*
そんなこんな。
「よーし、これに決めた! なのじゃ!」
入店して三時間。
ようやく目的物も購入することができた。
外に出るとすでに空は暗くなり始めている。
シュアルとエストと、途中から一緒になって考えてくれたお店の人のおかげもあり満足行く買い物をすることができた。
二人もそれぞれ一着ずつ気に入ったものを買っていた。
「うんうん、きっとメディくんもドキッとしてくれるよー」
「ま、まぁそれはそんなに想像できんのじゃが、助かったのじゃ」
「私も楽しかったです。今日はもう遅いですけど、またどこか遊びに行きましょうね」
「うむ、なのじゃ!」
そんな話を最後にバイバイと手を振って翼を翻す。
わらわは水着の入った袋を手に、パタパタと心地よい上空を滑空していくのだった。