今日はフィルとのプールの日。
やってきた場所は大陸の南
フィルの背に乗って1時間近く南下もすれば、俺たちが住んでいる地域よりほんの少し太陽と地上の距離も近い。
天気は快晴。まさに雲一つない青空で絶好のプール日和だった。
街一つ分ほどもありそうな広大な敷地に枝分かれるする流れるプール。上空からちらりと見た限り、ウォータースライダーや波の出るプールなんかもあるようだった。
ここは沿岸地域。
来る途中、エメラルドグリーンに輝く海も近くに見えたので、ここまで近いならそっちでもよかったのでは……? と思わないでもなかったが、海は海。プールはプール。
確かに施設内に入ってみるとまた違った魅力がある。
南国をテーマとしているのか、水辺近くには緑鮮やかな大きな葉っぱの植物がジャングルの如くたくさん植えられている。ココナッツの実ったヤシの木に赤い
気温は30度を超えて暑いのだが、青と緑に満ちたプールサイドからの景色はどことなく涼しげだった。
広大な施設ゆえに出入口は四つほどあるが、流石に更衣室前のこの辺りは人も多い。
俺自身早く泳いでみたいとわくわくはしていたので、まだかなとフィルの着替えを待っていると。
「お……お待たせー、なのじゃ」
フィルは。
まず珍しくも公共のプールに入るとあってか、長い金髪を大きく
人前で肌を見せるのが恥ずかしいのか、頬はちょっと赤くなっている。
何かを紛らわすようにブラブラと尻尾が左右に揺れている。
単刀直入にいえば。
可愛い、その一言に尽きるのだが、それをそのまま伝えることは恥ずかしい。
実際、目立つ
「フィル、フィル」
「な、なんじゃ?」
ちょいちょいとこっちにおいでと手招きする。
人を容姿や恰好を褒めるのは、なかなか勇気がいる。しかし。
おずおずとすぐ近くまで来たフィルの耳元に顔を近づけると。
「水着、似合ってるな」
「にょわ!」
びくんとフィルの体が跳ねた。
男として。
伝えないわけにはいかない言葉やシチュエーションというのは間違いなく存在する。
いや、そんな形式的な理由ではない。
それ以外に感想が出てこないから、仕方ないのである。
近くから見るフィルは顔だけでなく首元まで真っ赤になってしまった。
そんな姿を見ているとこっちまで赤くなりそうだったので、俺は持てる全力を以って心を鎮めた。
「ぅー。もー……当然なのじゃ! ゆくぞ! メディー! あっついのじゃー!」
そういうとフィルは準備運動も浮き輪を作ることもせず、一目散に近くを流れるプールへ駆け足で行くと、そのままぽしゃんと水に入って数秒ぶくぶくと顔を沈める。
けれど、すぐに顔を上げると少しだけ赤みの取れた表情で。
「メディも早く来るのじゃー!」
そう呼んでくれたので。
俺も手足を
**
結局、朝から夕方まで半日近くずっと遊び続け
流れるプールを
午後はちょっと水辺で一休みして、ぼこぼこと泡の出る混浴のジャグジーに入った後、冷たいプールに入ったりして。
まさに一日、この施設を遊びつくした後。
「ぅにゃぁぁ……」
俺たちは水着から私服に着替えた後、更衣室の共有エリアから階段を一つ登ったところにある広々とした休憩スペースにやってきていた。
二階の壁際はガラス張りになっており、プールフロアを一望できる。
夕焼けで少し赤みがかった景色の中、人は減ったがまだ遊び続けている人は何人もいるようだった。
窓辺にはさらりとした手触りの寝ころんでいいマットがずらりと敷き詰められており、俺たちの他にも疲れて休憩する家族連れなどが思い思いに休んでいる。
「だ、だるいのじゃー……」
フィルはといえば、ここに来るなり窓辺に座る俺の膝にぽすんと頭を乗せて死んだように体全体の力を抜いていた。
実際。フィルほどではないが、俺の体も非常にだるい。
これは、長時間水に浸かった後に体温を元に戻そうとする生体反応にエネルギーを大量に消費するために起こる現象らしい。
そう考えると体温の変わりやすいフィルの方が疲れやすいのも納得できる。
「マッサージしてやろうか?」
「にゃー……やってたもー」
たもとか言ってる……。
あんまり聞いたことのない口調に少し笑いながらも手の届く範囲でマッサージをしてあげることにする。明日に疲労が残らないように疲労回復に
「ああぁぁ……うぅ、最高なのじゃ~」
フィルはとても気持ちよさそうだった。
一通り首から肩。フィルは膝からどかないので非常にやりにくかったが、できる範囲で背中までやる。
「足の方もやろうか?」
と聞いてみたが、フィルは少しうーん。と唸った後。
「よい、それよりメディも横になるのじゃ。お主も疲れておろう」
「そうか?」
「うむ」
そこでやっとこさフィルも頭をどけてくれて俺の隣、よじよじと足先までマットの上に来るように移動すると、ぐでりとうつ伏せで横になった。
そしてポンポンとマットの横を叩く。
ここにくるのじゃー、と言っているようだ。
断る理由もない。
俺もフィルの隣に体を倒して力を抜く。
一度横になってしまうとその楽さゆえに、目を瞑ればうっかり眠ってしまいそうなほどには心地よかった。
フィルはもう眠ってしまう気なのか、目を瞑ってころんとこちらに体を向ける。
「塩素の匂いがするのー」
「嫌いか?」
「んー……そうじゃのー」
フィルはいつかの反撃とばかりにくんくんと首元に鼻を近づけてくる。
もちろんシャワーでプールの水は洗い流したが、数日は匂いも残りそうだった。
「案外嫌いじゃないのじゃ」
「俺もいいか?」
「ん?」
フィルはぱちりと目を開けた。
綺麗な緑の瞳と目が合った。じーっと見つめ合って二秒。
「しょ、しょうがないのー。メディはド変態なのじゃ」
自分から嗅いでおいてその称号を俺にだけ与えるのは流石にあんまりじゃないだろうか。
そう思ったが文句は言わないでおく。
フィルはくるりとその場で向きを反転させて俺に後頭部を向けてきた。尻尾は腰の横に乗っかっている。なぜ、毎度あえて後頭部を嗅がせるのかは全く俺には理解できなかったが、もしかしたらフィルにとって匂いに一番自信のある個所はそこなのだろうか。
フィルは毛量が多いので、髪を洗うのも大変そうだ。
ちょっとだけ顔を埋める。
塩素は消毒液の匂い。フィルも言っていたが、別にいい匂いというわけではないのになんとなく落ち着く香りなのは不思議だ。
「……もー終わり! なのじゃ!」
五秒ほどでフィルはすぐにこちらを向いた。
「メディはこんなのでお仕事大丈夫なのじゃろうか……」
そして心配された。
「客の匂いを嗅ぐわけないだろ」
「普通わらわの匂いも嗅ぐわけないのじゃ」
ぐうの音も出ない正論だった。
*
「夏も終わるのぅ……」
しばらく休んだ後、ぼそりとフィルが呟く。
確かにここは暖かいが、だからこそ実家に戻ったら少し涼しく感じそうだ。
つい先日は少し嬉しそうにもしていたが、疲れが溜まっているとセンチメンタルにもなるのかもしれない。
「フィル」
びっくりしたのだが、フィルの目からぽたりと一滴涙が垂れていた。
「あれ?」
俺の反応に気付いたのか不思議そうに服の
けれど、涙は止まらなかったのかぽつりとマットに雫が落ちた。
「おかしいのう……」
俺はどうしようか少し迷ったが、フィルの涙には目を瞑り。
「また来よう」
そういって、ぽん、とフィルの頭に手を乗せた。
ご感想、ご評価してくださった方ありがとうございます。
更新遅くて申し訳ない。まったり続けていくので長い目で見てください。