昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第3話 滑空と岩盤浴

 この世、素晴らしいことはいくつもあれど、竜の背中に乗って空を飛ぶ。

 それ以上に素晴らしいことは他にないと、少なくとも十七年生きてきた俺はそう思った。

 地上を遥か上空から見下ろす景色は木々や街すら全てが精巧な小さな作り物のようで、果てを見渡せば地平線まで続く海と山々。

 空を切る風はある程度まで軽減してくれているらしく冷たくも心地いい。

 フィルはフィルでご機嫌なようで、高く険しい山が近づいてはその斜面を滑るように大きく旋回する。

 

 時間でいえば一時間ほど。

 ただ目的の街の近く、ばさりばさりと地上へ降り立ち、久方(ひさかた)ぶりに感じる地面に足を着けた時は自然とほっとため息が漏れ、ふわふわした浮遊感と満足感に包まれていた。

 

「はぁ。よかった……」

 

 そんな経験があまりにも素晴らしかったのでしばらく夢見心地でいたのだが。

 

「お、お主……温泉から上がったというのにまだそのテンションでいるのか。しっかりせい!」

 

 俺があまりにも(ほう)けていたせいかお風呂上りの待ち合わせ場所で脱衣所から出てきたフィルにぺちぺちと二回首の横を叩かれてしまう。

 フィルの恰好は俺と同じく温泉宿から渡された上下一枚のゆったりした土色の着物。

 いつも黒いドレスファッションのフィルを見慣れていると少し濡れた髪と相まってなかなかに新鮮だ。

 

 今日の目的は温泉宿。

 フィルはドラゴンであるし、てっきり山奥の秘湯にでも行くんじゃないかと思っていたが、フィル曰く。

 

「結局、人が管理してる温泉の方が綺麗だし気持ちいいのじゃ!」

 

 と(いち)冒険者が言って許されるのか分からないセリフとともにそれなりに大きな街の温泉宿までやってきていた。なんだったらここは温泉街ですらない。温泉のある街だ。

 フィルは今朝あんな話し方をしておいて既に来る場所まで事前に決めていたらしい。

 迷うことなく一直線にこの街まで飛んできて、「ここの岩盤浴に入ってみたかったのじゃー」といっそツッコミ待ちなんじゃないかと邪推したくなる言葉とともにこの温泉宿へと引っ張られた。

 俺としても初めての温泉は楽しみだったが、そんなものはその前の航空の興奮によってすべてかき消された。

 それほどまでに竜姿のフィルの背中は素晴らしかったのだが、これ以上(ひた)るのはフィルにも悪いので抑えておく。

 

「悪かった。湯冷めしないうちに行くか」

「うむ。まぁ、空の旅がよいと言われて悪い気はせんが、そのうち慣れるのじゃ」

 

 どうやら慣れるまでは乗せてくれるらしい。

 見た目とか出会いのインパクトでそんな気はあまり起きないのだが、少しだけ照れてしまいそうだった。

 

 気を取り直して二人そろって岩盤浴室へと歩いていく。

 ここは相当広い温泉施設で温泉があるエリアは男湯女湯分かれ、中も室内風呂と露天風呂が三つずつあるほどの広さ。岩盤浴エリアは衣服を纏っていることもあってか男女混合のようであった。

 

 つややかな木の扉を開くと中はむわっとした湿度の高い空間で深い木の香りが漂っていた。

 照明が木造りの壁に反射して室内はやんわり(だいだい)色に染まっている。

 部屋の中は広く、中央の通り道の両側にはわずかな段差の上、大の大人が寝ころべるほどの石の床が広々と広がっていた。

 利用者は俺たちのほかにも十人くらいいるようだったが、奥行きもあるため、それなりに()いている。

 

 俺とフィルは真ん中くらいまで歩き二つ並んだ空いた場所。

 そこに入口で貰ったさらりとした布の敷物と枕を敷くと横になった。

 

 布越しではあるが40度くらいはありそうな部屋、高い湿度も相まってすでにかなり温かい。

 

「……にゅあ~。気持ちいいの~」

 

 隣を見るとフィルはうつ伏せでだらりと脱力している。

 表情は目を細めてまさに極楽といった様子。受付でザワザワしたでっかい尻尾はスタッフさんが急遽サイズを合わせて調整してくれてた。

 その尻尾も今はだらりと垂れ下がっている。

 

 俺の村に獣人は住んでいないが、この世界の獣人・亜人の割合は一割くらいと言われている。

 ここに来るまで街も少し回ったが、猫の耳を生やした人や二足歩行する全身から毛を生やした狸の姿に近い獣人など普通に見かけることができた。

 

 さらに十分ほど入っていると俺もだんだん体の芯から温まってきたようでじわりと汗をかいてくる。隣にいるとはいえ、薄着の異性を眺め続けるものではないのでしばらく俺も目を瞑っていたが、ふと隣を見てみると。

 

「にゅあ~」

 

 びっちょびっちょ。

 フィルはもうびっちょびっちょに滝のように汗を流し土色の着衣は言わずもがな、敷物のタオルの上に浅い水たまりを作っている。

 

 見た時、ちょっとビクっと体が震えた。

 

 この体のどこにそんな水分が蓄えられているのだろうか。

 その蓄えられた水分をここまで放出して大丈夫なのだろうか。

 

 匂いはほとんどないため、単純に代謝が尋常じゃなくいいのだろう。

 岩盤浴もここまで堪能(たんのう)されれば岩側からしても本望だろう。

 

「にゅあ?」

 

 そんなわけのわからないことを考えているとフィルも視線に気づいたのかこちらに体を向ける。幸いにしてフィルの向こう側に人はいない。にゅるりと動く尻尾は隣のエリアを少し侵略していた。

 

「どうじゃメディ。来てよかったであろう」

「……そうだな。いい心地だ」

「うむうむ」

 

 そんな話をゆっくりしているとふと俺はフィルの首元からいつも付けている赤い宝石のネックレスが伸びていることに気が付いた。

 

「いつも付けてるのか?」

 

 俺は自分の首元を指して尋ねてみた。

 

「ああ、これかの?」

 

 フィルは服の中にしまっていたネックレスを見せてくれる。

 銀色の細いチェーンに繋がれた深紅の宝石。

 

「魔石か?」

「うむ。これは、身に着けた者の周辺の過去を記憶することのできる魔石でな」

「へ~。過去を……」

 

 過去を?

 

「竜族は長寿の一族じゃからな。昔あった大事なことなど忘れぬようにしておるのじゃ。といっても竜族の掟で婚――――」

 

 まだ何かフィルは喋っていたが俺は全く別の思考を巡らせていた。

 過去を……そう過去を……。

 そう……。

 

「まぁ、わらわは記憶力がいいのであまり使うこともないのじゃが、例えば、メディと出会った時を意識してこうやって魔力を渡してやると――」

 

 ととんでもないことを言って顔に近づけようとする宝石を俺は慌ててフィルの指ごとガッと握りこんだ。

 

「これくれ」

「ニャニャーっ!!」

 

 フィルはすごくビックリしている。

 

「お主話を聞いておったのか!?」

「ああ、最近物忘れが激しいんだ」

「病院に行け! それなら!」

 

 やはりフィルにとっても肌身離さず持っているもの。

 大事なものなんだろう。だが、こちらも引くわけにはいかなかった。

 

「逆に聞こう。どうしたら貰うことができる?」

「じゃ、じゃからそれは……うぅ」

 

 俺は本気だ。

 本気で奪い取るつもりなんだとじーっと見つめるとフィルは珍しく顔を赤く染めて視線を彷徨(さまよ)わせてしまった。

 

「さ、さすがにまだ早いのじゃー!!」

「……?」

 

 何を言っているんだろうかこの子は?

 ただどうしても譲ってはくれなそうな雰囲気だった。

 

「そうか……分かった。それなら俺も諦めよう」

「諦めるのか!?」

「え? いや、だってダメっていうし……」

「ダメとは言っていないのじゃ。まだ早いといっているのじゃ!」

 

 さっきからずっと何を言っているのだろうか。

 のぼせてしまったのだろうか。

 

「分かった。ただ、できれば約束してほしいんだが。俺と過ごしている時間をその魔石で見ないでくれないか?」

「な、なんでじゃ?」

「……やっぱり一度だけしか見れないからこそ価値のある景色ってあると思うんだ。俺はフィルとの時間はそういう風に過ごしていたい」

 

 自分でも何をいっているかよく分からなかったが、とにかく必死で言葉を紡いでいるとフィルはさらに茹だこのように白い肌を赤く染めてしまった。

 

「お、お主よくそんな歯の浮くようなことを言えるのじゃ。ま、まぁ、そこまでいうなら約束してやろう」

「ふぅ。よかった」

「よくないのじゃー!!」

 

 終始フィルのテンションはよくわからなかったが、とりあえず危機は去ったようだ。

 少し怒ってしまったのか向こうをプイと向いてしまった。

 見るとフィルのタオルは水たまりも崩壊し、ぽたぽた石畳の床から道の方まで零れてしまっている。

 

 さらに三十分ほど入った後俺たちは岩盤浴室から出る。

 フィルも少し落ち着いた様子だ。

 

「温まったな」

「変な汗をかいてしまったのじゃ。まったく! もーまったく!」

「疲れは取れたか?」

「取れるかーっ!」

 

 フィルはいつにもまして元気だった。

 よかったよかった。

 

 

 

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