岩盤浴でかいた汗を再び温泉で流して再度休憩室で合流した頃には、フィルも気を取り直したご様子だった。
「最後にあれに乗るのじゃ」
と指差したのは、温泉施設の休憩室に並んだマッサージチェアだった。
6台並びで置いてありちょうど端の2台が空いていた。
少し近づいて見てみると近くに立札のようなものが置いてあり、『軽く魔力を流すと振動します』と注意書きがある。
俺がいるのにマッサージイスに乗るのか……と少し思わないでもなかったが、マッサージとマッサージイスは似て非なるものかと思い直す。
実際こういう魔道具というものに興味もあった。
「いいな」
賛成して角から2番目の椅子に座る。
ふと、でっかい尻尾を持つフィルはこういうタイプの安楽椅子に座れるのだろうかと隣をのぞき込むと、尻尾をお尻で踏みつぶして股の間からでろんと足の方に避難させていた。
なかなか座りにくそうだ。
俺は少し自分のイスに背中から魔力を流してみる。
するとウィンウィンウィン……と腰や肩に仕込まれた魔石とおもわれるものが振動とともにごりごり動き始める。
まぁ、俺はまがりなりにも整体師を名乗っているし、肩こりや腰痛などには一切無縁ではあるのだが、細かい振動とともに背中をごりごりされる感触はなかなか新鮮な感覚だ。
「ぁゎゎゎゎゎゎゎ」
隣のフィルも座り方はともかくとして楽しそうではある。
「メディメディ」
五分ほど目を瞑って
見ると心地よさそうな表情のままパタパタとこちら側に右手を伸ばしてくる。
「なんだ?」
「手を貸すのじゃー」
意図はよくわからなかったが、とりあえず手を差し出すとフィルは俺の手を取ってぐいっと自分のお腹まで手を持ってきた。
ギリギリ届くのだが、腕の疲れそうな体勢だ。
「この状態でいつものやったらすごく気持ちよさそうな気がするのじゃ」
「……え~」
別にやってあげることは
ただ、客観的に見てどうだろうか。
人目もある休憩室で男の俺が見た目幼い女の子の下腹部に手を伸ばしている姿。
「はたから見たら俺がド変態に映らないか?」
「安心するのじゃ、お主は割とド変態なのじゃ」
そんな認識なん俺?
割と紳士的に振舞っていたつもりだったのだが、ちょっぴりショックだ。
「……誤解されたらちゃんと説明してくれよ」
「のじゃ~」
分かったのか分かってないのかよく分からない返事だったが、仕方ないのでやってあげることにする。
「にゃぁぁぁぁぁ……さいこー……なのじゃぁー……ぁぁ…ん」
「…………」
あの~。
お願いだから、喘がないでくれませんか。
個人的な感覚ではド変態はフィルの方なのだが、世間的には確実に俺が悪になるのは人間社会の欠陥だろう。
フィルは全く気にした様子はないが、休憩所の長椅子に座るお客さんの視線がいくつかちらりとこちらを向く。
俺は無実だ。
これは仕組まれた罠なんだ。
そう説明するのも無理なので俺はもう目を
しかし現実は非情である。
「あのー、お客様」
「んにゃ?」
五分ほど続けていると名札を付けたスタッフさんに声を掛けられる。
俺とフィルはマッサージイスを止めて二人して見上げる。
俺は背もたれから背を離して、正当性は俺にこそある、と
「マッサージでしたら、よろしければわたくしどもでさせて頂きましょうか?」
「そんなサービスがあるのか?」
フィルが返事をする。
スタッフさんは俺とフィルが連れであることを認識しているようだったので、こちらに気を遣って提案してくれたのだろう。
注意されなかっただけありがたい。
「はい、足つぼマッサージになりますがいかがでしょう」
「それならよろしくなのじゃ!」
フィルは元気に返事をするのだが、俺は少し心配になった。
足つぼマッサージ。
あれは結構痛いのだ。体に持病を抱えている人は特に。
というかそれこそ俺にやらせてくれた方が絶対いいと思うのだが、この状況下。
スタッフさんの提案を断って俺がフィルの足をモミモミしようものならそれこそお縄になりかねない。
ま、まぁ、フィルもまがりなりにも……否、正真正銘のドラゴン娘。
痛みにはきっと、たぶん、おそらく耐性を持っているはずだ。
実際、この温泉宿はそういうサービスもあるらしくスタッフさんが専門と思われる女性の
彼女は先にフィルの足元に膝をついた。
足つぼマッサージをやるならこちらは中断してもいいだろうと俺は手から魔力を止めて放そうとするとがっとフィルはそれを両手で引き留めた。
「フィルさん……あの~、手を放してくれませんか?」
「一緒にやってもらった方が、きっともっと気持ちいいのじゃ!」
この女、強欲である。
このあたりは流石竜族というべきなのか。
俺はごくりと息を飲んだ。
スタッフさんは軽く濡れたタオルでフィルの足を綺麗に拭いた後、
「では、お体にどこか悪い部分はありますか?」
「お腹の調子が少し悪いのじゃ」
フィルは素直に答える。
「承知しました。強さはどのくらいに致しましょうか?」
「せっかくだから強くお願いするのじゃ」
そんな大は小を兼ねるみたいなテンションで……。
「フィル、悪いことはいわんから最初は弱めにしてもらえ。結構痛いぞ」
一応、助言を送るがフィルは自信満々だ。
「見くびるでないぞメディ。わらわは三百年竜の住まう渓谷で過酷な修行を続けてきたのじゃ。ちょっとやそっとの痛みなど蚊に刺されたようなものじゃ」
竜も蚊に刺されるのか……。
「ま、まぁ、そこまでいうなら何も言わんよ」
「うむ、それじゃあよろしくお願いするのじゃ」
「はい、では失礼します……」
俺たちの会話を聞いていた施術士さんはフィルの右足裏に指先を付け。
――――ギュ!!
「――に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あああっ!!!!!」
それはまさに断末魔の絶叫だった。
施設中に響き渡る声に利用者全員が体を震わせてこちらを見る。
施術士さんはビックリしすぎて後ろに倒れこんでいた。
「――ぁ」
お腹に手を当てていた俺の手はちょろりと緩んだ
俺は俺の持つ肉体魔力操作技術すべてを以ってして下腹部の筋肉の
フィルはばっと両手を股に差し込みぎゅっと力を入れた。
「う、ぅー……お、おトイレに行ってくるのじゃ……」
そういってこちらを見るフィルに向かって俺はこくりと頷いた。
ゆっくりと手を離してやる。
俺はなんとかフィルの尊厳だけは守ったのだ。
倒れた施術士さんに別のスタッフが駆け寄っていた。
反射的に攻撃をしなかっただけ俺はフィルを褒めたい。
俺もすぐにマッサージチェアから降りて介抱の手伝いをする。
フィルがトイレに行っている間、俺はスタッフさんに全力で平謝りをした。
そして、スタッフさんも戻ってきたフィル共々こちらに全力で平謝りしてくれた。
そんな様子をフィルの声で集まってきたお客さんは遠巻きに眺めている。
どう考えてもこちらが(というかフィルが)悪いのだが、これで
といっても、もう一度来る面の皮の厚さを俺は持ち合わせていないが……。
お店を出てしばらく無言でフィルとともに街を歩く。
「うぅ~……すごく痛かったのじゃ」
俺はポンとフィルの頭に手を置いた。
「そういう時もある。甘いものでも食べよう」
さすがの俺も弱ってしまったフィルに追い打ちをかけることはしたりしない。
俺たちはまた少し変な汗をかいてしまったままゆっくりと街を回っていった。