昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第8話 隣の悪魔の道具屋さん(前)

 

 

 受付嬢さんから貰った地図に従ってやってきた場所。

 そこは開けた広場のような場所でレンガ畳の地面に中央には噴水。

 

 なるほど露店エリアというだけあって、噴水を中心に弧を描くようにいくつもの白い屋根のテントが建てられ、その陰では多くの人が様々な商売をしているようだった。

 

 それは例えば、古着を並べたお店や、手製のアクセサリーを並べたお店。真偽不確かな宝石店に紫のカーテンが掛かった怪しい占い店。

 エリアが少し分かれているが、食べ物を売っている屋台も多く、焼き鳥やホットドッグ。ビールにソフトドリンク。最近気温が上がってきたこともありアイスクリーム屋さんなんかもあるようだった。

 

「なんか買ってみるか?」

「そーじゃの。飲み物だけ先に買っていくのじゃ」

「そうするか」

 

 お昼は既に済ませていた。

 俺たちはソフトドリンクの屋台でそれぞれよくわからない謎のドリンクを買うと()いている場所を探してぐるりとテントに囲まれた道を歩く。

 

 店は多いが、全く空き場所がないというほどでもない。

 ちょうどテントの(はし)から二番目のエリアが少し広めのスペースで空いていたのでその場所を借りることにする。

 テントの下には乾いた草を編んだシートのようなものが敷かれている。

 

 今日は日差しが強いこともあってかフィルも少し気だるげだ。

 

「うにゃー」

 

 テントの陰に入るなり、デロンとうつ伏せで横になってしまった。

 そしてその体勢のまま紙カップに入れられた謎のジュースをストローを使って行儀悪くちゅーっと吸う。フィルはキシリソーダという飲み物を買っていた。

 

「……にょぉ~。すごくスースーするのじゃ~」

「美味いか?」

「凄くまずい」

 

 そういって「はいなのじゃ」と、渡してくるので一口飲んでみる。

 

「…………」

 

 確かに不味(まず)い。ただ体感温度が気持ち3度くらい下がる気がするのは悪くなかった。

 しょうがないので俺が買ったココヤシソーダと交換してやるとフィルは幸せそうに飲んでいた。どうやらそちらは美味しかったらしい。

 

「それで、今日はどうするのじゃ?」

「まぁ……せっかく来たからには一人くらい客取りたいけどな」

 

 とはいえ、いくら何でも準備が足りなすぎるということは間違いない。

 別に道具がないから整体やマッサージができないということはない。

 ただ施術(せじゅつ)台は諦めるとしてもイスもなければ看板もない。

 

 シートの上には、ごろりと寝ころぶデカい尻尾を時折揺らす角の生えた美少女が一人。

 人目を引いていることは間違いないのだが、何の店か分からないにもほどがあるというものだろう。

 

「せめて紙とペンくらいは用意しとくべきだったか。ちょっと探してくるか」

 

 そういったところで

 

「ねぇねぇ、何かお困り?」

 

 そんな風に隣から声を掛けられる。

 そこにいたのは俺と同い年か少し年上くらいに見える女の子。

 隣のテント(はし)で何かを売っているようで、こちらの会話が聞こえていたのだろう。

 おそらく親切で声をかけてくれていると思うので返事をすることにする。

 

「ああ……いや、商売を始めようと思ったが、何一つとして準備をしてなくてな。これから揃えようかと思ってたところだ」

 

 そういうとその女の子はおかしそうにケラケラと笑った。

 改めてみると明るい茶色のベリーショート。糸目でのんびりした感じの少女だった。

 服装はスカートタイプの土色の女性用冒険着を纏っている。

 

「何の商売するの?」

「まぁ、マッサージと整体だな。お客によって変えるつもりだが」

「あー、だから何にもないんだねー」

 

 そういって彼女はんーと少し考えるような声を漏らした後、

 

「それならボクの道具いくつか貸してあげるよー」

 

 この少女。

 一人称がボクである。

 

 別に見る気もないのだが、勝手に目に入るくらいには胸に夢を詰め込んでいる。

 流石街まで来ただけはある。一人称など、それこそジェンダーフリーということだろう。

 

「そうか? それは助かる」

「その代わり、せっかくだから後で肩でも揉んでほしいな。最近すごく凝ってね」

「それくらいならお安い御用だ」

 

 胸がどうとかはもちろん言わない。

 この仕事、能力も大事だろうが信用商売であることは大前提だ。

 

「あっ、ボク、シュアル。よろしくね」

「俺はメディだ。それでこっちに寝てるのがインフィール」

「ん。フィルでよいぞ」

 

 一応話は聞いていたようで寝たままフィルはそう返事をする。

 この子のしつけは足りていない。

 

「メディくんとフィルちゃん。よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

「のじゃー」

 

 フィルもちゃん付けで呼ばれることはそこまで気にしていないようだ。

 この辺りはおおらかというべきなのだろう。

 

 隣の場所との仕切りはない。

 シュアルのお店はよくわからないが、手のひらサイズの魔石に薬草。小瓶に入った謎の液体が並べられているが商品説明の(ふだ)などはない。

 

 一言で言って怪しすぎるのだが、こうやって見ず知らずの隣に自分から話しかけるあたり、コミュニケーション能力は高そうだった。

 話しかけてくれるお客との会話を楽しみにそういうレイアウトにしているのだろうと思うことにする。

 

 予備として持ってきているといって白い用紙に黒いペンを貸してくれる。

 お客用のイスは近くの運営テントから無料で借りられるそうなので一つだけ借りてくる。

 

 用紙には少し迷ったが『マッサージ・整体』、それと値段だが、あまり高くしてもお客は来ないと思い、『30分銅貨5枚』と記載する。

 屋台でホットドッグを2つ買ったら消えるお金だが、無名であるしこんなところだろう。

 

「ありがとう、助かった」

「んーん。お互い売れるといいねー」

 

 借りていたペンを返すと人好きする笑顔を浮かべてそう返してくる。

 

「ああ」

 

 俺は良き隣人を得た。そう確信して笑顔を返した。

 

 

 しかし、それから一時間。

 誰一人。誰一人としてお客は来なかった。

 

 最近は春も終わりに近づき、昼間になると気温もぐっと上がってくる。

 じりじりと焼けたレンガに蜃気楼(しんきろう)が薄く揺らめく。

 日陰とはいえ、風が吹き抜ける場所ではない。

 じっとしているとジワリと汗が流れてくる。

 

「にゃー……なのじゃー……」

 

 フィルも暑さに耐えられなくなったのか今や俺の膝の上に頭を乗せ、一人涼しげに目を細めていた。

 俺は首から背中辺りをゆっくり撫で体温を少し調節してあげる。

 

 今朝冒険者ギルドでフィルの魔力属性に火・氷とあったので熱耐性はあるんじゃないかと聞いてみたが、魔力量が高すぎて逆に繊細な力の制御は苦手らしい。

 

「全然お客こんのー」

「……来ないねぇ」

 

 気温が高くなってきたこともあってか道行く人も少し減ってきているようだった。

 

「誰一人としてこんのー」

「こん、ねぇ……」

「なぜじゃろう?」

「んー……」

 

 膝の上からこちらを見上げるフィルと俺は目を合わせた。

 

 これは、もしかしてなんだが……。

 俺たちはめちゃくちゃ話し掛けづらいんじゃないだろうか。

 

 気のせいかもしれないが、道行く人は店先に書いた用紙を見て、俺とフィルの方を見た後ギョッとしてさささっと去っていく。

 

「フィルさん……膝からどいてくれないか?」

「でも暑いのじゃ」

「でもこのままだとお客来なくて今晩宿なしになりますよ」

「そんなに切羽詰まってないじゃろう」

 

 まぁ、確かにそこまで困窮(こんきゅう)している訳ではないし、別に俺も最初から大繁盛を夢見ていたわけではないのだが、0と1では大違いというか。

 今後の人生設計に関わってくる問題ではある気がする。

 

「あはは。そっちも全然売れてないみたいだねー」

 

 暇そうにしている俺たちを見かねたのかシュアルが声をかけてくる。

 隣で見ていたのだがシュアルの店も全然売れてなさそうだった。

 

「ボクも今日は全然だよー」

「世知辛い世の中だな……どうせ暇だからさっきのお礼に先に肩を揉んでやろうか?」

「ホント? それならお願いしようかな」

 

 そういってシュアルはテントの下からこちらにやってくる。

 

「ほら、どけ。どくんだドラドラゴン」

「お客じゃないのじゃー」

「食い下がろうとするんじゃないよ」

 

 ゴロンと無理やりどけるとフィルはうーと(うな)りつつも仕方なしと奥に転がっていった。

 この子はもうダメだ。

 

「仲いいんだねー。どんな関係か聞いていい?」

 

 俺たちの様子を見てシュアルはそんなことをいう。

 借りてきた椅子に座ったので俺はよっこいせと彼女の後ろに立つ。ずっとフィルの頭を膝に乗せていたせいか足が痺れていた。

 

「昔は良き友だったよ」

「……そんな期間あったか?」

 

 フィルが後ろから突っ込んでくる。

 

 俺は考えた。

 なかった。

 

 冷静になって考えると、ぱっと頭に浮かんだのはダメドラゴンとその飼い主という関係性なのだが、それはあまりにもあんまりなのでぐっと言葉を飲み込むと。

 

「今は(わる)き友か。まぁ、一緒に遊ぶ相手だ」

「にゃ……っ」

 

 含みを持たせて気持ちアダルティにそんなことを言ってみるとフィル的にも悪い答えではなかったらしい。

 フィルは機嫌のいい時に猫になる。そして大体猫だった。

 

「ほー……ふーん」

 

 シュアルは相槌を打ちながらほんの少し(あや)しく笑う。

 

 とりあえず、雑談ばかりしてもしょうがないので軽く見て凝っている場所と骨や筋肉の歪みを見ていく。これは誰にでもあてはまることなのだが、普通に生きてきて歪みのない肉体をしている人はほとんどいない。

 姿勢や骨盤のゆがみ。()りや血流の(とどこお)りは当たり前に皆抱えている。

 

 俺は彼女の肩に両手を置くとゆっくりとまずは凝りをほぐしていく。

 

「んんん……っ!」

 

 この世には針や電気。振動を使ったマッサージも多くあるが俺は魔力を()ってして肉体の内に(すべ)らかに侵入し、繊細にかつピンポイントにツボを刺激するのがとても得意だった。

 

「お客さん。凝ってますねぇ。強くします? 弱くします? それとも……スペシャルおまかせコースにします?」

 

 そんなコースはないが、適当にそんなことを言ってみる。

 まぁ、実際のお客にそんな軽口は言わないが、お客でないし彼女ならいいかとサービスしてみる。

 

「ん、んん! ……え、えー、す、すっごく気持ちいい……スペシャルコースってどんなのなのかな?」

 

 シュアルの言葉は少し崩壊していた。

 

「そりゃもう」

「そりゃもう?」

 

 俺は答えなかった。

 

「じゃ、じゃあ、それで」

「待てー! なのじゃ!」

 

 会話を聞いていたフィルが割り込んでくる。

 

「なんだフィル」

「いかがわしいのじゃ!」

「それはフィルの心が(けが)れている証拠だ」

(けが)れてるのはお主らの方じゃ! 人前でそんな声を出すでない!」

 

 フィルもまぁまぁ人前で出してた気がする。

 

「えー。でも声出ちゃうよこれ。フィルちゃんもやってもらったら?」

「わ、わらわは別に肩は凝ってないのじゃ」

「安心しろ。凝ってなくても俺はイケる」

「何がなのじゃ!」

 

 シュアルはよほどやって貰いたかったのか、一度席から立ち上がるとフィルの両脇を抱え「うぐぐ」とイスの方へ引っ張ってきた。

 フィルはフィルで普通の人間相手に強く抵抗もしないらしい。

 

「フィル」

 

 一応やる前に確認するのが俺の主義だった。

 

「な、なんじゃ」

 

 俺はシュアルには聞こえないように耳元で小声で話す。

 

「安心しろ。俺はまだ5パーセントしか本気を出していない」

「どういうことなのじゃ!?」

「つまり、大したことないってことだ」

 

 俺はフィルの肩に両手を置いた。

 

「そのくらい加減してるんだ。竜族なら、余裕で耐えられるよな?」

 

 フィルはイスに座りながらこちらを振り返った。

 

「こ、怖いのじゃー……」

「大丈夫だ。気持ちいい以外の感想は出てこないから」

「それが怖いわ!」

「やめる? すごく残念だが」

 

 俺はすっと肩から手を離す。しかし。

 

「うぅー……そこまで言われたならわらわはやるのじゃ」

「流石はフィルだ」

 

 こういう不退転(ふたいてん)の生き様は素直に尊敬できる。

 

「準備はいいか?」

「い、い、いいのじゃー!」

 

 俺は確かに了承を得たことを確認するとフィルの両肩に再び手を置いた。

 実際、少し脅してしまったが大したことなどない。

 

 ゆっくり指を動かし始める。

 

 

 

 

「ふぁ……ん、んん……んんん!! あっ、ん、にゃ、にゃあああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 フィルは()った。

 

 

 

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