昼ドラゴン   作:のんびりスイミー

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第9話 隣の悪魔の道具屋さん(後)

 

 

「ふんっ、なのじゃ!」

 

 この世、信頼を(きず)くのは時間が掛かるが、壊すことは一瞬だ。

 シュアルへの施術(せじゅつ)も終わり、30分前までは心地よさそうに俺の膝で目を細めていたフィルは今や店の奥。

 そっぽを向いてこっちを見てくれなくなってしまった。

 

 二畳もないこの空間。

 二人の距離は心の距離。

 

「…………」

 

 大して離れてないな……。

 

 むしろ友の仲であれば適切ともいえる距離。

 しかし慣れとは恐ろしいもの。

 いつも頭を乗せてくれるフィルが、向こうを向いてしまうと膝のあたりが少し寂しかった。

 

「謝るまで許してやらんのじゃ!」

 

 しかも謝ったら許してくれるらしい。

 

「悪かった。戻ってきてくれ」

 

 素直に謝ると、フィルはちらりとこちらを向く。

 

 実際、俺も反省はしていた。

 悪意はなかったのだが、しいていうならば俺の奉仕心(ホスピタリティ)が爆発したというか。

 怯えるフィルに悪戯心(いたずらごころ)がつい動いてしまった。

 

 フィルに限らずかなり加減しているのは事実なのだが、まだ体の幼いフィルには少し刺激が強すぎたのかもしれない。

 

 目を合わせて数秒。

 こちらの気持ちが伝わったのか、フィルはまだ頬を膨らませたままだったが、ずりずりとこちらに近づいてきてパタリと俺の膝の上、お腹に顔を(うず)めてきた。

 そこから視線を上に向ける。

 

「メディのドヘンタイ」

 

 まだちょっと許してないようだ。

 その罵声(ばせい)は甘んじて受け入れるしかない。

 

「ド変態マッサージ師」

 

 人聞き悪ぅー。

 そんな外聞(がいぶん)が広まったら俺はもうこの街で商売できなさそうだった。

 

「……暑いのじゃ」

 

 そりゃこのクソ暑い中こんなにくっついていたら当然だった。

 ただ、どうやら触れていいそうなので先ほどと同じように体を冷ましてやることにする。

 

「もうしない。気を付けよう」

 

 フィルの体を冷ましながら自戒(じかい)も込めてそう呟くが、なぜかフィルは「ぅー」と(うな)った。

 

「そ、そこまでは言ってないのじゃ」

「?」

「だ、だから……も、もー。たまにだったらいいのじゃ」

 

 え、いいの?

 だったらなぜ俺は罵倒されたの?

 

「いいのか?」

 

 疑問に思いオウム返しで尋ねる。

 

「時と場所は選ぶのじゃ」

 

 時と場所……?

 

「二人きりであれをやったら犯罪じゃないか?」

「人前でやる方が犯罪なのじゃ!」

 

 なるほど一理あるようなないような話だった。

 

 

 **

 

 

 日は傾いてきて時刻は夕方。

 この時間になると昼間の商売と夜商売で露店の店舗も少しずつ変わり始めているようだった。

 フィルも少し涼しくなってきたこの時間になると膝からも降り、店の裏でうだうだしている。

 

「メディくん。フィルちゃん。ボクはそろそろ撤退するよー」

 

 昼明けから始めて4時間くらい。

 俺もシュアルもだが、互いに今日は閑古鳥(かんこどり)が鳴く模様。

 ただ、シュアルはそれも慣れているのかあまり気にしてはなさそうだった。

 

「そうか、今日はいろいろ助かった」

「ううん。ボクもすごく肩が楽になったよ。それでね」

 

 そういってシュアルは自分の店の商品をいくつか持ってこちら側にやってきた。

 

「これ、今日のお礼と二人へのお詫び。売れ残りで悪いんだけど」

 

 そういって彼女は俺とフィルの前につるんとした丸い小さな石、乾燥させた薬草のようなもの、そしてラベルや説明の一切ない液体の入った小瓶を置く。

 

 俺は思った。

 すごくいらない。

 

 しかし、彼女には色々世話になった。

 いらないことに変わりはないのだが、こういう善意のやり取りは嫌いではなかった。

 

「これは何じゃ?」

 

 どれも素性(すじょう)の知れないものだが、フィルがまず丸い石を手に取って尋ねてくれる。

 

「ああ、それはね。ちょっと魔力込めてみて」

「こうかの?」

 

 するとその魔石。

 白とピンク色が綯交(ないま)ぜになったよく磨かれたタマゴ型の石。それが。

 

 ヴヴヴヴ……っ!

 

「にょわ! 振動したのじゃ!」

「…………」

 

 これは……。

 

「それはねー。魔力を込めると振動する石だよー」

 

 そのまんまの名称だ。

 

「この前温泉行った時のあれみたいじゃな」

 

 フィルが言うのはマッサージイスに埋め込まれていた魔石のことだろう。

 確かに似ているが振動数は圧倒的にこっちの方が上だった。

 フィルは振動する石――振動石を自分の首筋に充てていた。

 

「あっ、でもそれは肩とかに使うものじゃなくてね」

 

 そういってシュアルはフィルの手を取るとそのままフィルの下腹部。おへそのあたりに優しく充てがった。

 

「く、くすぐったいのじゃー」

「ふふふ……これはね。夜中にお腹の周りが()ったら使うんだよ」

 

 どんな状況だそれは。

 誰が夜中にお腹の周りが凝るんだ。

 

 そう言いたい気持ちは多々あったが、あまり割って入りたくもなかった。

 

「でも、わらわにはメディがおるからいらんのじゃ。そうじゃ、メディはいらぬか? お店で使えぬじゃろうか」

「あ、俺の店か?」

 

 こんなものが店に置いてあったら誰も客が来なくなるぞ。

 ……まぁ、現時点で誰も客は来ていないし、開き直って別の店として開くのならありといえばありなのだが、それは真に最終の最終手段にしておきたかった。

 

「それは俺には過ぎたる力だ」

「でも、メディくんすっごいマッサージ上手だったし、一回くらいボクに使ってみない?」

 

 シュアルはニコニコとそんなこという。

 俺はとんでもない店の隣に(きょ)を構えてしまったのかもしれない。

 

「そんな気はないな」

 

 俺はフィルの手から振動石を取るとシュアルへと返す。

 

「残念。じゃあ、これは?」

 

 今度はラベルのない小瓶。

 もう(ろく)でもない匂いしかしない。

 

「これは何の液体じゃ?」

 

 フィルは透明な液体をのぞき込む。

 

「これはねー。夜に仲良くなりたい人と飲むと仲良くなれるかもしれないポーションだよー」

 

 どんなポーションだ。

 

「それ、合法?」

「当たり前だよ!」

 

 当たり前なのかどうかは俺は知らない。

 まぁ、流石に町のど真ん中で違法なものは売っていないと信じることにする。

 

「なんと。そんなものがあるのか」

「フィル。騙されるな。(ろく)でもないぞこの女」

「酷いなー。怪しいものじゃないって。それなら証拠見せてあげる」

 

 そういってシュアルは3つある小瓶の一つを手に取って蓋を開ける。

 

「ホントは十倍に希釈(きしゃく)して飲むんだけど」

 

 そしてそのままごくごくと一瓶飲み切った。

 

「んー……うふふ」

 

 糸目なシュアルは覚醒したように目を薄く開いて(あや)しく笑う。

 妖艶な赤色の瞳だった。

 (ろく)でもないどころか、相当ヤバイ女だ。

 

「だ、大丈夫かの?」

「うん。ボクも眠れない夜によく飲むんだー」

「そ、そうなのか」

 

 もっと眠れなくなりそうだった。

 

「じゃあ、最後はこれ。夜に()くと必ず仲良くなる葉っぱ!」

「よし、シュアル。お前は今すぐ家に帰れ」

 

 俺はシュアルがこちらに持ってきた売り物をすべて綺麗に向こうに返すとバイバイと手を振った。

 

「もー。メディくんも……誤解する人が多いんだよね」

「そりゃ多いだろ。誤解じゃないんだから」

「誤解だよ! 使い方を間違える人が多いだけ! だからボク、売る人選んでるもん!」

「…………」

 

 なるほど、そういわれると返す言葉もない。

 毒と薬は紙一重ともいう。

 でも、それだったら十倍に希釈する薬をそのまま一気飲みしないでほしい。

 

「メディくんとフィルちゃんだったら問題ないと思っただけ。だから、いる?」

 

 そういってシュアルはもう一度問いかけてきた。

 

「わ、わらわはいらぬぞ。そんなものには頼らぬのじゃ」

「俺もだ。でも、そういうことなら気持ちは貰う」

「ん。分かった。ホントはいらないって分かってたしね」

 

 そういってさり気なくウインクを決めてくる。

 今更そんないい感じの雰囲気を出されても反応に困る。

 

「一人で帰れるか?」

「送ってくれるの?」

 

 なんだか送ったら戻ってこれなくなりそうな動物的危機本能が働く。

 

「……フィルと一緒でよかったら」

「……んー。嬉しいけど大丈夫だよ。家近いしね」

 

 そういうとさささと荷物を纏め、「じゃあねー」といってシュアルは去っていった。

 

「フィル。街は怖いところだな」

「なかなかおらんのじゃ、あのような者は」

 

 そんな話をしつつ、小さくなっていくシュアルの姿を俺たちは見送っていった。

 

 

 **

 

 

「……のぅメディ。今日はもう諦めて帰らぬか?」

 

 夜も更けた時間帯。

 そろそろこのエリアも終いの時間のようで、ほとんどの店は片付けを始めていた。

 

 昨日の夕方からフィルとはずっと一緒。

 今日は午後から柔らかくもない地面に座らせてしまっていたし、これ以上遅くまで付き合わせる訳にもいかなかった。

 

「そうだな」

 

 フィルは今晩勇者パーティの元へ戻るが、俺は一週間だけここに滞在することにしていた。

 お金に限りもあるが、フィルがいるとはいえ街に来られる機会は多くない。もちろん家に書置きを残し、ご近所さんには行先と大体の戻る日は伝えていた。

 

「メディ。安心するのじゃ。もしメディがこの先も整体士として全く売れなかった時は、わらわの専属医になればよいのじゃ」

 

 フィルは相変わらず優しい。

 その関係性は望むところではないが、想像してみるとそんな未来も悪くはなさそうだった。

 しかし。

 

「あのー……」

 

 テントの内を照らす明るい光源に影が掛かる。

 それは少し聞き覚えのある声だった。

 

「まだやっていますか?」

 

 見ると彼女は今朝受付を担当してくれた受付嬢のセプトさん。

 お仕事帰りなのかすごく疲れた様子だった。

 

 俺とフィルはお互い顔を見合わせると、一つ瞬きをして立ち上がった。

 

 

 

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