ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
アイギス-西アイギス-嘆きの街-【死の森】前要塞。
本来、死の森に行くには大回りしなければならない。
人類が開拓した、比較的安全な道を辿っていくのならそうなる。
しかし、ショートカットというか、RTAというか。
常人なら絶対に通過しない山中や森を突っ切る道なき道を、あまつさえ馬の全力で駆け抜けている銀髪の青年がそこにいた。
そんな青年の従者がごとく、空を飛ぶハルピュイアが近づく。
「ユーリ、なんか前にいるにゃ? ヤギ人間が沢山」
「沢山ってどれぐらい?」
「いち、に、沢山にゃ」
「……OK」
ユーリと呼ばれた青年は、馬に乗ったまま十文字槍を取り出す。
馬の速度を緩める気配がまるでない。
メ”ッ メ"ッ メ"ッ
ズンズンズン タカタン ズンズンズン タカタン
メ”メ"メ"ッ
メ"ッ メ"ッ
二足歩行のデカい山羊、というのが第一印象だ。
結合双生児なのか変形した頭らしきものが肩の根元に見える。
サイズ的に明らかに飛べないのに、背中に翼が生えている。
身長は3m前後。体重は500kg以上だろうか。
首から下げた頭蓋骨。手にした投げ槍。
完全に、人類とは別種の知的生命体である。
メ”メ"メ"ッ
メ"ッ メ"ッ
ズンズンズン タカタン
「突っ切る。カスメは離れてろ」
「わかったにゃ」
メ"エ"エ"エ"エ"ッ
見えているだけで八匹。
もしかしたら隠れているのがもっと。
デーモンと呼ばれる巨大な未知の生物が、ユーリの前に立ちはだかって。
絶叫じみた大声と共に、ユーリへの突撃をはじめた。
「うるっせぇんだよ、このレッサーデーモンがァッ!」
一振り、二振り、三振り。
馬の速度を落とさずひたすら駆け抜けていくユーリの十文字槍が、デーモンの槍と交錯する。
槍と槍が交わるたびに、突撃したデーモン達は地面に転び、骨折で動けなくなっていく。
なんか色々とおかしい。この世界的には、マウント&ブレードシリーズとか、キングダムカム・デリバランス方面の地味な戦いになるはずなのだ。
しかしそうはならなかった。真・ナントカ無双とか、そんな感じのゲームのようにカットインでユーリの顔がイラスト表示され、派手なエフェクト演出の必殺技が炸裂したぐらいに一瞬で多くのデーモンが無力化された。
メ"エ"エ"エ"エ"ッ
見事なり、戦士よ!
デーモンの長はそう叫ぶと、ユーリに向かって紫水晶の塊を投げた。
しかしユーリは一切見向きもせず、そのまま馬で駆け抜けて行った。
紫水晶の塊はドサリと落ち、キラキラと輝いていた。
デーモンの長は紫水晶を投げた格好いいポーズのまま、しばらく立ち尽くした。
* * *
「ついたにゃ!」
森の中、カスメが喜ぶ。
ユーリは颯爽と馬から飛び降りる。
馬を撫で、お疲れさんとねぎらう。
「突っ切っただけはあった。まさか一泊とは」
本来なら二週間はかける工程だ。
だがユーリは、カスメとのセックス込み一泊二日RTAを敢行した。
命知らずというより、ただのアホである。
「
アラクネさーん。
ユーリは森の奥に向けて声をかける。誰も出てこない。あれー。
「いるはずにゃ?」
「知ってる。ええと……」
ユーリはおもむろに死の森に深く入り込んでいく。
足下に張られている鳴子糸を見つけ、ユーリはにんまりする。
わざと踏みつけるどころか、ユーリは鳴子糸を揺らし続けた。
他人の家のチャイムを連打するがごとくの行為である。
ガランカランガランカランガラン!
「
一匹。いや。交流をするわけだから、一人。
二人、三人、四人、五人……。
原作6巻40-41の見開きページのように、次々とアラクネの女達が姿を現す。
しかし彼女達の顔は、6巻59Pのように険しい顔か、無表情でユーリを見続けている。
「テオ
テオはいる? ユーリが来たと伝えて。
どこからどう見ても人間なのに、笑顔で流暢に亜人語を話してくる。
アラクネの女性達は、顔を見合わせて困惑するしかなかった。
* * *
「……なんだ? お前」(13巻172P)
森中に張り巡らされた多重の糸から、一人の女アラクネがユーリの真正面に飛び降り、ユーリを至近距離で見つめながら亜人語で話しかけてきた。
ふぅむ……とばかりにユーリは女アラクネを上から下まで眺める。
黒髪ロングの美人アラクネさん。うーん、三択だな。
14巻冒頭において、レピアに殺されたアラクネは三人。
ショートヘア、ロングポニー、ロングヘア。
木から落ちてジャンにトドメを刺されたのがロングヘアの女アラクネ。
死んでいった彼女達の名前はそれぞれ、トハリエ、セアカ、アシダカ。
ハエトリグモは、小さいけど大きな黒い目が特徴。
セアカゴケグモはワンポイントの赤色がある。
アシダカグモは大型で足が長い。
セアカゴケグモのワンポイントの赤を、そのままワンポイントのポニーと見立てることはできないだろうか。だとするなら、セアカはロングポニーの子だ。
その理論でいくのなら、ハエトリグモに相当するトハリエはショートヘアで、アシダカグモのアシダカはロングヘアのアラクネとなる。
ユーリは顎に手を当てながらそう推論した。
「アシダカさん、ですか?」
「……はぁ?」
「お、当たってました?」
「な、なんで私の名前を知ってるんだ、お前」
「だーとーすーるーなーらー」
ユーリは周囲を見渡す。
いた。ちょい役で死んじゃったけど、見覚えのある女アラクネの二人。
ショートヘアとロングポニーのアラクネに、ユーリは声をかける。
「トハリエさん?」
「ひっ」
「セアカさん」
「こわ」
ざわ・・ ざわ・・
アラクネ達が驚き、警戒心を高める。
しかしテオの客人かもしれないので、弓を向けるわけにもいかない。
聞いていたカスメは、首を傾げる。
「知り合いだったにゃ? ユーリ」
「ううん、アラクネには初めて会うよ。はじめまして、アシダカさん!」
「あ、ああ……」
はぁ、と深いため息をつきながら、新たな女アラクネが姿を現した。
「客人のユーリ、テオが待ってる。案内する」
「よろしくね、アラさん」
「なんで知ってんだ……まあいい、ついてきな」
アラは顔を引き締め、怖い顔でユーリを睨んだ。
「妙な真似をしたら、殺すぞ」
これでコイツも大人しくなるはず。
アラはそう思ってユーリを見たが、ユーリはニコニコしている。
何故なら『まあいい、ついてきな』も『妙な真似をしたら、殺すぞ』も、両方アラの原作台詞だからである。
「……なんでニコニコしてるんだよ……」
「え? だってアラさん、男を殺す趣味はないでしょ」
行け。男を殺す趣味はない。
13巻78Pにおいて、ジャンと軽く戦った後の台詞である。
「いや、たしかにそうなんだが……はぁ、調子狂うぜ……」
「どうもー。皆さんどうもー。どうもどうもー」
ユーリは馬を牽きながら、笑顔で皆に挨拶をしていった。
その後ろを、ハルピュイアのカスメがふんぞり返って偉そうに歩いている。
男のアラクネも、女のアラクネも、両方困惑するしかなかった。
* * *
「おお、久しいな、ユーリ!」
死の森の一角、オーク帝国が間借りしているエリア内の建物。
ユーリを見かけたテオが、笑顔でユーリを出迎える。
以前は座ったままだったが、今回は立ち上がっての出迎えだ。
「やっほーテオ、元気してた? ホヤクも元気そうだね」
「あ、ああ。おかげさまでな」
……彼に自己紹介をした記憶がないんだが?
ホヤクは困惑しながら挨拶を返す。
なお戦士長は、別の場所でクッコロを抱きまくっている。
「カタナという名の黒髪の娘は、無事に抱けたか?」
「ああうん、もうばっちり。今は僕の奥さんだよ」
「ははは、ケンタウロスの思考は話が早くていいな」
カタナは見た目こそ人間だが、ケンタウロスの思考をしているのはわかっていた。
だからテオはケンタウロス達がそうしているように、ユーリがカタナを
まさしくその通り、ユーリはカタナを
「随分早かったな。カスメの案内があったとしても、もっと時間がかかると思っていたが」
「全力で馬を飛ばしてきたよ。馬の飲み水や餌になるようなものを、アラクネ達にお願いしたいな。丁度テオに相談したいことがあったから、本当にタイミングが良かったよ。白面金毛がいるのも最高だ……いるんでしょ、彼」
ユーリがそう言うと、テオは困った顔をする。
「何の相談かは知らんが……白面金毛を害させるような事に協力はできんぞ」
「ああ、違う違う。そうだね、アラクネの件は後回しでいい。どうせ暫くここに宿泊するんだし。テオ、先に相談の件を片付けたい。ホヤクも同席でいい」
「アラクネ達はどうする? 必要なら何人か呼ぶが」
「……いや、飲み物を貰うぐらいにしよう。まずはテオとだけ」
「ふっ。長い話になりそうだな。わかった」
テオは、アラクネに飲み物を用意するよう伝えた。
話が長くなりそうなので、カスメは部屋の隅にあるソファで寝ることに決めた。
* * *
長い話し合いが一旦終わり、テオは椅子に深く座り込んで長考モードに入った。
ホヤクは脂汗が止まらない。6巻158Pのように、戦慄の表情を浮かべている。
……ユーリとかいうこの男、正気か?
今ここで不意打ちでもなんでもして、殺してしまった方が良いのでは?
だが、ユーリという男の微笑を見ればわかる。
不意打ちでもなんでもしていいけど、武器を抜いたら殺すよ?
だから、いつでも武器を抜いていいよ。どうぞご自由に。
ユーリは一見、隙だらけに見える。
抜けばいつでも殺せるように見える。
だが、絶対に武器を抜いてはならない。
戦士でもあるホヤクは、身動きが取れなくなった。
テオは困惑もしたが、歓喜もしていた。
亜人達は人間に100年かけてメッセージを届けようとしたが、届く気配はまるでない。
人間全体に届けるのではなく、ユーリというたった一人の男に届けば良いのでは?
はじめて出会った時から、テオはそう直感していた。
そしてその直感は、ある意味正しかった……のだが。
彼の提案は、
一体、どれほどの血が流れるのか。
だが、このまま進んでも大量の血が流れ続けることに変わりはない。
考えれば考えるほど、彼の提案が最適解のように思える。
提案者のユーリは、喉を潤してから言葉を紡ぐ。
ソファで爆睡しているカスメを、愛しそうに見やる。
「カスメは、僕の子供を孕んで産んでくれたみたい。だから、後はゴブリンとアラクネとケンタウロス。宗教を捨てることができるのならレッドキャップ……これは無くてもいい。亜人達が僕の子を産んだのなら、それは僕にとって立派な理由になる。マーフォークは……人間に関わりたくないと言っているわりには、人間を殺す赤帽同盟に平然と手を貸している。彼らは人間相手には負けないと思い込んでいるから、そのうち僕がわからせに行く。わからせてから、王族と話し合いになるだろうね」
「そう……か。確かにそれなら、白面金毛の意思確認が必要になる。ケンタウロス達の戦いを邪魔することもない……」
「見通しがつくようなら、ケンタウロスの戦いを手伝いに行くつもりだよ。北部はともかく、南部はみんなで力を合わせて総掛かりでもいい。それはそれで楽しそうだと思わない?」
楽しければいいとばかりに、ユーリが笑う。
テオはその昔、人間に里ごと……家族も友人も、ほぼ全てを殺された。
そして一人の人間の女の気まぐれで、16才になるまでの11年間、殺されずに育てられた。
テオは育ててくれた開拓村の人間達への義理が、まだ残っていると感じていた。
だからこそ、いまでも捕虜の人間の女をできるだけ生かしている。
オーク帝国や同盟相手の『皆殺し派』も、なんとか宥めて抑えている。
できれば人間と手を取り合いたかったが、手を取り合えそうになかった。
ゆえに仕方なく、同胞のために同胞を増やし、オーク帝国を成長させてきた。
……今までは。
「ユーリ。お前の子を産む女性は、お前の嫁である必要は無いのだな?」
「うん。カスメも僕の嫁じゃないしね。僕の子を産んだ女性が誰なのかわかっていれば、それでいいかな。僕には見た目がエルフの奥さんもいるから、聖教会はともかく、他の嫁には受け入れてもらいやすいはず。子供の母親が誰なのかわかっていれば、時々会いに行くこともできるしさ」
「ならば、白面金毛の意思に関係なくこう答えよう。我が敵にして同胞にして友である男、ユーリ。この死の森を出たら、そのままオーク帝国の帝都に来て欲しい。オークエンペラー・テオが、ユーリの提案への同意と親交の証として、我が妻であるゴブリンのコオニコ、同じく我が妻であるケンタウロスであるレプラに、英雄付けを要請する」
聞いたユーリが、飲んでいた飲み物を噴きかけてむせた。
飲み物を飲んでいたホヤクは、開いた口からだばだばと飲み物をこぼした。
英雄付け。大事なお礼や、英雄を相手に『ヤリ捨てで構わないからあなたの子供を残して欲しい』ということ。つまり、自分の妻二人をユーリに孕ませて欲しいというお願いだ。
テオはユーリと違ってNTR許容派だ。自分の不在時には、自分以外の男と妻を普通にセックスさせている。つまり皇帝様は心が広い(8巻93P)。
ゆえに自分の妻への英雄付けも全然OK、むしろ大歓迎だ。
「サイエン先生もいる。刻が満ちた云々も、彼に直接聞けば問題無い」
「そ、そう来たかぁ……」
流石のユーリも苦笑するしかなかった。
「わかった。受けるよ、テオ。死の森まで全力疾走で来た分、スケジュールに余裕ができている。英雄付けをする時間的余裕ぐらいは、あるはずさ」
ホヤクは焦る。
「しかしテオ様、それでは帝都の景色を彼が見ることに……!」
そんなホヤクに、ユーリが肩をすくめて答える。
「僕は僕の家族を守るためだけに、水力戦車も馬力戦車も鋼道戦車も用意済みだ。僕の家族を守る以外の用事で使うつもりは、今のところ無いけどね。あと、ついでに言うなら、サイエンが暗黒大陸に渡る費用と手段を手配したのは、僕だ」
「……まさか、そんな!?」
「サイエン自身に直接尋ねてみてくれ。ユーリという名前に、聞き覚えはあるかってさ」
テオはホヤクに笑いながら語りかける。
「ならば、なおのこと問題は無いな」
「テオ様……」
ホヤクは、同席してこんな話を聞かなきゃ良かったと後悔する。
テオは、ユーリに説明する。
「アラクネを抱く件に関しては、独身女性なら基本的に承諾してくれる。一応、ブラウィドという女性を紹介するつもりだった。他のアラクネも希望するなら、
「アラクネの女性に美人が多いっていうのは、同意するよ」
ブラウィドちゃんか。原作では白面金毛の妻になった女性だな、とユーリは思い出す。
「ふむ……この流れなら、すぐにでも白面金毛の意思を確認しに行ったほうがいい。
「わかった。僕の身を守る必要は無いとだけ言っておく」
「友よ。今お前を殺せるのなら、とっくにホヤクがそうしていただろうよ」
テオ様に見抜かれている。
ホヤクは、段々疲れてきた。
* * *
「邪魔をするぞ。具合はどうだ、白面金毛」
死の森、アラクネのネク族の住居エリアの片隅に、その建物はあった。
原作6巻152Pではテオ・ホヤク・戦士長が訪れていたが、戦士長の代わりにユーリがいる。
設置されたベッドに、瀕死の白面金毛が寝込んでいる。
白面金毛の仮面は、ヒビ割れたままだ。
そして、白面金毛の左手を、ずっと女のレッドキャップが……ワインが、握っている。
人間のユーリが入室した、それだけで室内に殺気が満ちた。
白面金毛の左手が、ぴくりと動く。
彼の左手を握っていたワインは、白面金毛に顔を近づける。
ぼそぼそ、ぼそぼそと白面金毛が喋りだす。
ワインはそれを聞いて頷き、テオ達に話す。
「白面様、言う。体調、変わらない。痛み、酷い。人間いる、何故」
「人間の言葉の練習ということであれば付き合うが、今の貴女に翻訳はつらそうだ」
ユーリは白面金毛とワインを見ながら、何でも無いように告げる。
「
話しやすい言葉を使うといい。
ユーリの流暢な亜人語に、流石の白面達も驚く。
ワインは逡巡したが、素直に礼を言うことにした。
「わかった。その方が助かる」(以後亜人語)
「表と裏、二つの自己紹介をする。嘘をつきたくないから正直に言うが、過激な内容もある。できるだけ落ち着いて聞いて欲しい……返事は?」
ワインはぼそぼそ喋る白面に耳を近づけてから、改めて頷く。
「わかった。白面様も私も、冷静に聞くよう努める」
「いいだろう。まずは表の自己紹介から」
そういえば、彼のまともな自己紹介をまだ聞いていなかった。
テオとホヤクも、聞き役に回っている。
「表の僕には、二つの立場がある。一つ目は、中央大陸の貴族。バーピィチピット聖王国所属、ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵。貴族階級は耳慣れないかもしれないが、王族を除いた階級では最高位の立場だと思って欲しい。もう一つは、冒険者。SのA級、
「シャイニングドラゴンスレイヤー……?」
「そう言われるだろうと思って、持ってきたよ」
ユーリはそう言って、懐からがさごそと何かをとりだした。
それは四枚のうろこ。
テオ、ホヤク、白面、ワインに対して一枚ずつ渡す。
「結構配ったけど、まだ余ってるんだよね。シャイニングドラゴンのうろこ。本物だよ」
「これが……ドラゴンのうろこだというのか」
ホヤクは驚き、しげしげと眺める。
「これも隠さずに言うから、とにかく落ち着いて聞いてくれ。白面金毛、キミをそんな身体にした赤い鎧を着た黒髪で大柄な冒険者、ジャン。その彼の、武の師匠が僕だ」
「……ッ!」
ワインが憎しみの目でユーリを見つめ、身構える。
「白面様を殺しにでも来たのかッ!」
「そのつもりなら、もうとっくに殺してる。……話を続けても?」
「……ぎごう"」
しゃがれた声で、白面金毛が喋った。
鼓膜が破れていても、会話が聞こえないわけではない。
数週間、難聴になる感じだ。
「大多数の人間は、亜人を亜人として一括りにしたがる傾向にある。だが亜人側も同様に、人間を人間として一括りにしたがる傾向にある。人間全てが同じ考えをし、同じ行動をする生物なのだと。そんなわけがない。違う考えを持つ人間もいるからこそ、命が繋がった亜人もいる。全てを一括りにして扱う行為は大変危険が伴うと、まずは留意してほしい」
ユーリは、ちらりとテオを見る。
しかしすぐに、肩をすくめてみせた。
「……うん、人間の代表ヅラをして話すのはここまでにしよう。裏の自己紹介をする前に、前提条件に対する知識がキミ達にあるか確認しておきたい。人間の中でも最悪中の最悪たる存在……自身を『神の眷属様』と勘違いしたのではなく、『神そのもの』と勘違いした人間。国家を治める僕のような支配階級の貴族や王族達が作った国法や憲法というルールがあると知っていながら、『神そのもの』である自身が作った『聖法』なるルールは、それら全ての法の上位にあると定めた。あまつさえ人類全体に自殺命令に等しい指示を出してしまった最低最悪のゴミクズ……つまり『亜人を皆殺しにせよ』と人間に命令した張本人、自分を神と勘違いしたクソ野郎の存在について、キミ達は知っているかい?」
ユーリは白面金毛とワインをじっと眺める。
暫く考えた後、白面金毛は答える。
「ずま"な"い"。わ"がら"な"い"」
「そうか。キミ達は人間の言葉を覚えただけで、暗号を無効化できたとしてそこで思考停止してしまったんだね。本当はその先があるんだ。レッドキャップの精霊信仰で例えるなら、巫女の全てを束ねる存在がいて、その存在が『自分は精霊様の化身ではなく、精霊様そのものである。今から言うお告げを精霊様の言葉として聞き、皆に届けるがよい』と言い出してしまった……と表現すれば、伝わるかい?」
「敬虔な信徒の、さらに上……いえ、精霊様そのもの?」
ワインが驚愕する。
「そうさ。つまり、人間という大枠で括って人間を殺し続けても、駄目なんだ。……全く駄目とは言わないが、効率は悪い。アリで例えるなら、地上に出てきたアリだけ殺して、巣の中で安全にしている女王蟻と護衛達を完全に放置してるってことになる。やるなら女王蟻を殺さないと駄目なのにね。今回の例で言うなら、護衛は聖教会と呼ばれてる。女王蟻は、教皇と呼ばれてる。それが人間と亜人を殺し合わせている、最大最悪、根源のゴミ野郎にして本当の敵だ」
「……ぼん"どう"の"、でぎ」
白面金毛が、呆然と呟く。
「聖教会の連中は声高に叫ぶ。『不正に人を模した邪悪な魔物は、妊婦・幼児・赤子に至るまで一切の容赦なく主の正義の名のもとに殺害し地上から駆逐せよ』と。教皇様が聖典でそう定めたのだから、そうするしかないのだと。神たる教皇様は、亜人達とわかりあう為の対話すら求めず、いきなり絶滅戦争を仕掛けるべきだと判断し、人類の法や教えを全て書き換えてまで実行に移した……とまぁ、ここまでが前置き」
「長い前置きだな」
テオが苦笑する。
「不正に人を模した邪悪な魔物……」
ギリィ、とワインが歯ぎしりをする。
「裏の自己紹介をしよう。裏の僕にも、二つの立場がある。約500年前の初代教皇は、聖典を改訂して亜人を根絶するよう明記したが、その際に致命的なミスを犯した。それまで多神教だったのに、強引に一神教にしやがった。僕は雷の神を信仰しているが、雷の神は、神ではなく天使とされてしまった……つまり、連中は神を殺した。『神殺し』の大罪を犯した。だから許せない。僕が信仰しているのは決して天使なんかじゃぁない。だから、雷の神の信徒としての立場が一つ。そして」
ユーリは僕をよく見ろとばかりに、軽く手を広げる。
「詳細は省こう。僕は厳密には人間ではない。少々スライムが混ざっている……よく見ていてくれ。これは手品の類ではない。種も仕掛けもない」
テオ、ホヤク、白面金毛、ワイン。
四人が見ている前で、ユーリの背は少し縮み、銀の髪はロングヘアと変わり……青年だったはずなのに、どう見ても美少女に変化した。
なおロングヘア化は、スライムの研究成果である。
女性体となったユーリは、女性の声で語り続ける。
「私もユーリ。同じユーリ。身体が女性に見えるだけの男。中身は変わらない、子も産めない、思考も記憶も変わらない、でも……聖教会の連中は、私を『不正に人を模した邪悪な魔物』と断ずるでしょう」
思わずワインが立ち上がり、ユーリちゃんに近づく。
女性体のユーリの胸や股間を、ワインは遠慮無しにぺたぺた触る。
あるべきはずのものが無い。膨よかな乳房も、ちゃんと存在する。
「嘘でしょ……本当に、人間の女性の身体になってる……」
「表の私は、先ほど話した通り、人間としてほぼ最高位に属する立場です。でも裏の私は……その反対。人類最大の裏切り者となります。『不正に人を模した邪悪な魔物』を殺したがる聖教会と教皇様にとって、駆逐しなければいけない存在」
「詳細が気になるんだが?」
思わずテオが尋ねる。
ユーリちゃんは、困り顔を見せる。
「話せば長くなってしまうのですが……ドラゴンを倒したら、ドラゴンの呪いを受けてこうなってしまいました」
「案外短かった」
ホヤクが真顔になる。
そして、皆が見ている前でユーリちゃんはユーリに戻る。
「ま、そんなわけでさ。白面金毛とワインちゃんに、提案があってやってきたんだ」
「白面様だけでなく、私も……ですか?」
この時、ワインは自分が自己紹介をしていないと気づけなかった。
「うん、そう。だから最初に確認しておかないといけない。女王蟻と蟻の巣を破壊すれば、そこでレッドキャップは止まってくれるのか。仮に止まったとして、人間を殺さなければならないという宗教をレッドキャップは捨てることはできるのか。本当に殺したいのは女王蟻? それとも蟻の全て? レッドキャップ全体の意思は、この際どうでもいい。白面金毛とワインちゃん、それぞれの意思を確認したい。それを確認しないと、僕の提案ができない」
「……ぼぐの"」
白面金毛は、少しだけ考えてから言った。
「ぼぐの"があ"ざん"を"ごろ"じな"がら"お"がじだや"づに"づい"でじり"だい"」
ユーリは、満面の笑みを見せた。
「いいとも。さあ、僕の提案と、説明と、交渉をはじめよう……悪いようにはしないと言いたいところだが、現実はそうもいかない。特に白面金毛、貴方には尊厳をはじめ、大半を捨ててもらうことになる。ワインちゃんも例外じゃない。もしかしたら、ワインちゃんの方が捨てるものは多いかもね。でも、その分の見返りは確実にあると保証しよう。……思うがままに、沢山人間を殺せばいい。どうせ殺すつもりだったんだろう?」
長い夜が、はじまった。
テオも、ホヤクも、白面金毛も、ワインも。
ユーリの過激な提案はとても刺激的で、なによりも楽しそうだと思った。
『
いつの間にか、それが作戦の合い言葉になっていた。
深夜に起きたカスメだったが、皆がどこにもいなかったので、堂々と二度寝をはじめた。