ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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(つく)には「釚」の字もあるようなので、(つく)(つく))という表記にしました。


第111話 原作時間軸・堅物射貫

 

「ただいま……」

「おかえりなさい、ユーリ」

 

 アイギス港街、セルヨーネ侯爵家邸。

 返り血の類も怪我もなく、無事に戻ってきてくれたユーリに、出迎えたセスレは一安心した。

 

「無事で良かった。アラクネと戦う為に死の森に行くとか、流石に前代未聞すぎて……ギルドに報告もしてなかったみたいだし。ユーリが強いのは知ってるけど、ほんと心配したんだから」

「うん、ごめんね。心配してくれてありがと。アラクネには負けたと思ったんだけど、判定勝ち扱いになっちゃった。みんなは?」

鳴神(なるかみ)とジャンパーティの合同で、弓の練習中。レイドとして訓練場の使用申請して、集団戦術を練習するって言ってたわ」

「そっか。僕も行ってくる。女性用下着の試作品とかあるなら、ついでに試してくるけど」

「えっ? 仮眠なり、お風呂なり、とにかく休まなくていいの?」

「色々あって、いまは男の姿でいることを拒否したいんだ。『妹のユーリ』として出かけてくる」

「どうしたのユーリ、顔色が……」

「丁度いい、女性体での射形(しゃけい)を再確認したかったんだよね。女性用の胸当てと弓懸(ゆがけ)を作っておいて良かった。コンパウンドボウじゃなくて和弓……ああ、的がないな。量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)でいいか。堅物射貫(かたものいぬき)なら無反動矢……向こうに行けば在庫がある? いや、集団戦術の練習にわざわざ無反動矢は使わないか。念のため適当に矢の在庫を持っていこう……ゴブリン戦のときの袴でいいかなぁ……上が着物だから(たすき)がけだな……ふふ、どうしよう女性体になることに抵抗が無い……」

「……ユーリ?」

 

 夫の目が死んでいる気がして、セスレは困惑した。

 

 

 * * *

 

 

「ガンダム教えてよ。なんか色々シリーズあるんでしょ? 全部見てやるからさ」

「アベンジャーズ見ようと思ってるんだけど、登場人物全員の映画を見たいな」

 

 ガンダム好きやアベンジャーズ好きにそんな事を言ったら、愚地独歩でなくとも「なんだァ? てめェ……」と言われるだろう。

 銀河英雄伝説が好きな人に「小説読むの苦手だから、アニメで見たい」と言ってもいい。多分笑顔で「旧の本編と外伝を徹夜で一気見しよう。そこから新に繋げようか」と返事がくる。

 

 同様に、弓警察にそんな質問を安易にしてはいけない。絶対に。

 ユーリの前世、狭間悠里(はざまゆうり)時代の手痛い失敗談である。

 

「なあ弓警察さん。弓について知りたいんだけど」

「なんだァ? てめェ……」

「ほら、ギャルゲーとかで弓道部の可愛い女の子が弓を射るシーンのスチル絵とかあるじゃん。あの手の絵って必ず弓警察があーだこーだ文句つけるでしょ。じゃあどんな絵なら弓警察は満足するのかって話。もう面倒臭いから、コンパウンドクロスボウが人類の叡智の結晶ってことで」 

「やはり国会図書館か……いつ出発する? わたしも同行する」(花京院顔)

「弓警察院」(空条承太郎顔)

「どこから手をつけようか」

「……どこから?」

「現代弓道講座、中国武術史大観、朝鮮王朝実録、射経、高忠物語、射學大成、武藝訓、中宗実録、紀効新書、清正記、射学正宗、天工開物、唐六典、陸奥話記、コルマリエンセ年代記、アレクシアス、The Life of Saladin、LES GESTES DES CHIPROIS、Historia Anglicana、Longbow、Army royal: Henry VIII's invasion of France 1513、Secrets of the English War Bow、Loades、聖王ルイの生涯、鉄腕ゲッツ行状記、御家中武芸はしり廻り、元和大坂将士自筆軍功文書、止戈枢要、雑兵物語、現代弓道小事典、弓道正法流、翁草、保元物語、卜伝百首、尾州竹林派弓術書、弓具の雑学事典、元朝秘史、北条五代記、源平盛衰記、本朝軍器考、木弓故実摂録、射術的前之心得、日置流弓之事、武備和訓、備中足守藩吉田家弓術文章、真如堂縁起絵巻、前九年合戦絵詞、後三年合戦絵詞、男衾三郎絵詞、長門本平家物語、粉河寺縁起絵巻、平治物語絵巻、矢田地蔵縁起絵巻、六波羅合戦巻、結城合戦絵詞、清水寺縁起絵巻、秋夜長物語絵巻、蒙古襲来絵詞、笠置寺縁起絵巻……」

「……なんだって?」

「戦国時代に進化していった和弓をはじめ、満州弓、後漢から明代の弓、高麗や李朝の弓、木製短弓、ロングボウ、モンゴル弓、トルコ・アラブ弓、インド弓、インディアン弓、マジャル(ハンガリー)弓、フン弓……」

「待て、落ち着いてくれ」

「あくまでも今のは弓だけで、これに矢と、射法が加わる。流派と言い換えてもいい。例えば同じ日置流(へきりゅう)でも薩摩日置流(へきりゅう)腰矢組弓(こしやぐみゆみ)は大声を出しながら膝をついた低姿勢で射撃し、奇数組と偶数組に分かれ交互に前進する集団戦術だ。腰矢組弓で矢を用意する際には、地面に伏せる独特の姿勢をとり……」

「(全力で逃走する狭間悠里)」

「……ただ遠くに飛ばすだけならそれ用の矢を。鎧を貫通させたいのならそれ用の矢を撃つ。つまり矢の威力には速度・貫通力・推進力の他に慣性モーメントがあり、これは質量が重いほど強い。理想的な新素材が発見され、和弓の形をしながらもコンパウンドf-x曲線(エフ エックス カーブ)を描く弾性の弓が出来ればそれが人類の叡智の結晶ということになるだろう……おーい、どこ行った悠里?」

 

 

 * * *

 

 

 鳴神(なるかみ)とジャンパーティの合同練習場。

 

 ジャンパーティ。ジャン、アロ、ナギ、ウォル、ナァル。

 鳴神。バーチェ、バト、ミルヒ、カカオ、カタナ。

 

 なんとも贅沢な10人が、一緒に練習をしていた。

 なお、カタナだけは弾が装填されていないボーラ・シューターを手にしている。

 カタナは弓が全然ダメで、覚える気もないからだ。

 

 そしてその10人がずらりと横一列に並び、左膝を地面につけた体勢で待機している。

 ジャンパーティ、鳴神、ジャンパーティ、鳴神……と交互に並んでいる。

 そして弓に矢を(つが)えたアロが、真剣な顔で空に向かって射た。

 

 ぴゅうぅぅぅ~~~~~。

 

 戦闘開始を示す、蟇目鏑矢(ひきめかぶらや)の音が周辺に鳴り響いた。

 笛のような中空構造の蟇目(ひきめ)が先頭についており、矢が飛ぶ際に独特の音を出す。

 

「はーーーっ!」

 

 アロが、『はじめよ』と叫ぶ。

 先頭の『は』しか聞こえないのは気にしてはいけない。

 薩摩地方の言語だと思われる。

 

「「「おーーーっ!」」」

 

 皆が、『応とも』と叫ぶ。

 先頭の『お』しか聞こえないのは気にしてはいけない。

 薩摩地方の言語だと思われる。

 

「てぇーーいっ!」

 

 アロが、『私は撃ちます』と叫ぶ。

 一音も合っていないのは気にしてはいけない。

 薩摩地方の言語だと思われる。

 

「「「えぇーーい!」」」

 

 皆が、『私も撃ちます』と叫ぶ。

 一音も合っていないのは気にしてはいけない。

 薩摩地方の言語だと思われる。

 

 

 左膝を地面に付け、低い体勢で弓を引く射法。

 日置流(へきりゅう)では、これを蹲射(つくばい)と呼んでいる。

 

 皆がやっているのが蹲射(つくばい)の射法かどうかはともかく。

 相手の弓矢に対して身体の表面積を小さくするのは戦場では理にかなっている。

 

 アロの指示通り、みんな膝をついた姿勢で、それぞれがやりやすい射法で弓を撃ち始めた。

 敵集団が前方にいる想定で、10人が……いや9人が矢を撃っている。

 一人は格好よさげにボーラ・シューターを構えて、ドヤ顔をしているだけだった。

 

 

 * * *

 

 

 日本における弓道は、小笠原流に代表される「礼射系」と、日置流(へきりゅう)を筆頭に置く「武射系」に分けることが出来る。

 

 弓警察から全力で逃走した後、狭間悠里は古武術仲間から日置流(へきりゅう)印西(いんさい)派の弓使いを紹介してもらい、弓を学んだ。狭間悠里が日置流(へきりゅう)印西(いんさい)派の弓を学んだのは、日置流(へきりゅう)が古流、つまり甲冑弓術の思想を残していたからだ。弓関係の本を何冊も読みたくないから三冊以下に絞ってくれ、と弓の師に言うと、弓の師は苦笑しながら絞り込んでくれた。

 

 「日置流弓目録」。ネット検索するとpdfで読める。一部現代語訳もネットに転がっている。

 「止戈枢要(しかすうよう)」。大関増業(おおぜきますなり)が1814~1822年にかけて編纂した兵学書。武芸・兵法などにとどまらず、測量・医学・機織・組紐・染色・衣服・書法・茶事などあらゆる分野について語られている。353巻版と、まとめられた176巻版がある。この止戈枢要(しかすうよう)の弓術の項目。

 「日本の弓術」。弓聖・阿波研造(あわけんぞう)の弟子オイゲン・ヘリゲルが師について書いた本。師の変態エピソードと、達人あるあるの『よくわからない説明』に振り回される弟子の姿が赤裸々に掲載されている。

 

 達人あるあるの意味不明な説明だが、武術の奥義の秘匿以上に「聞くより身体で覚えろ」という頑固親父系脊髄反射思考で連綿と教えられてきた人が多すぎて、達人自身が術理をうまく説明できず、結果として説明下手になったケースが多数だ。

 そんな説明下手の達人が必死になって一生懸命伝えようとするとどうなるか。

 説明から主語や述語が抜けるのは日常茶飯事。「ここがこうで」「そこがそうなり」「これがこうなるから」などと、目の前の相手にすら伝わりにくい言葉を用いて説明をしてくるからわりと真顔になる。

 弓聖・阿波研造(あわけんぞう)と、弟子オイゲン・ヘリゲルの間には東北帝大教授の小町谷操三(こまちや そうぞう)が通訳として存在していたが、『阿波先生は説明に夢中になるあまり矛盾するようなことを言われる場合も相当数あったが、翻訳せずに握りつぶしてその場をつくろった』と書き残しているぐらいには、達人の説明というのは理不尽である。

 

 もちろん説明上手な達人はいる。理論的でわかりやすい説明をしてくれるが、絶対数が少ない。

 どんな武術であれ、「この人だ!」という師と出会えたら大切にしてほしい。

 

 

 * * *

 

 

「……鏑矢(かぶらや)?」

 

 銀髪のロングヘア。髪の後ろを黒リボンで束ね、ポニーテールのようにまとめた女性。

 上は(たすき)がけの着物に、胸のラインに沿った胸当て。

 下は袴で靴はブーツ。172cmの背にブーツなので、見た目の身長はさらに高い。

 (元の身体は176cm。4cm分、胸やら尻やら色々分散されて以下略)

 

 『妹のユーリ』は、突然鳴り響いてきた音に対して軽く空を見上げた。

 そういえば集団戦術の練習だと言っていたな、と気にしないことにした。

 合同練習場は近い。行けばわかる。

 

 ユーリは疲労やストレスのせいで失念している。

 この世界には、音で相手を威圧する集団戦術の思想が無かったはずなのに、なまじ前世の知識があったから気づけなかった。

 鏑矢(かぶらや)を撃つこと自体がこの世界では異常だという事実に、気づけなかった。

 連合国軍も教会軍も冒険者も、戦場での連絡には鐘信号を使う。

 

 非戦場時での連絡には光通信や狼煙通信も兼用するが、鏑矢(かぶらや)は使わない。

 人間同士で殺し合う大きな戦争が、連続して発生していなかったというのもある。

 火薬の無い世界だから、爆音や閃光で相手の兵士を恐怖させる思考も存在しない。

 

 科学的の方だと猿叫(えんきょう)を使う流派もある。

 ふかダンでは蛮族斬り(11巻57P)の際に叫びながら斬っている。

 しかし普段(アルミラージ戦やコカトリス戦など)は叫んでいない。

 過去の()()()が、薩摩っぽい概念だけ中途半端にこの世界に持ち込んだ可能性は高い。

 自然発生だったとしても、少なくとも叫ぶことは徹底されていない。

 周辺の新たな敵を、呼び寄せてしまうから。

 

 

 * * *

 

 

 日本の弓術は、戦国時代までは凄かった。

 

 銃の出現により戦国後期から弓が後退し、江戸時代から少しずつスポーツ化していった。

 通し矢と呼ばれる、天井が低く幅も狭く奥行きも長い廊下の先を射通す競技が出現し、専用の弓矢や、堂射という専用の射法まで生まれた。

 

 楊弓(ようきゅう)という、楊柳(やなぎ)の枝で作られた小弓を使う遊戯が室町時代からあった。室町の頃は公家社会の遊戯で、江戸時代には庶民に広がったが、庶民に広がる頃には別の意味に変化していた。

 料金を取って楊弓で遊ばせる楊弓場というものがあったのだが、そこには放たれた矢を拾う矢取り女がいた。矢を的に撃って満足したら、撃った矢を回収した矢取り女が射手の元にやってくる。すると今度は矢取り女の御陰(ほと)を的にして、射手が股間の楊弓を撃つ遊戯がはじまる。戦場で猛威を振るったはずの弓術が、大衆に「弓=性風俗」と認識されるようになってしまった。

 

 そのため、明治維新後の文明開化で一気に弓術は(すた)れた。

 武術そのものが時代遅れとされたのもあったが、弓のイメージが底辺に落ちていたのもある。

 弓術を後世に残したい人達は頑張って悪いイメージを払拭しようとした。

 剣道や柔道のように、弓術は弓道と名を変えて生き残ろうとした。

 ……のだが、弓道として統一するのに失敗して、ぐだぐだになってしまう。

 ただでさえ『的に(あた)ればいいよ派』と『射型さえ良ければ(あた)らなくていい派』にわかれているのに、弓の流派は数えるのもイヤになるぐらい沢山あったから、射法の技術をまとめて統一するのは不可能だったのだ。

 だから全日本弓道連盟は弓の技術を統一させていない。

 全日本弓道連盟に加盟せず、無視して活動している流派や団体も普通にいる。

 

 『当たる』ではなく『(あた)る』と書かないと弓警察が飛んでくる。怖い。

 

 ただ、生き残ろうとした結果、当然の流れが発生した。

 剣術から下段技を廃して剣道になったから甲冑剣術が廃れていったように。

 柔術から危険な技を廃して柔道になったから古流柔術が廃れていったように。

 弓術が弓道と名を変え、グラスカーボン弓やジュラルミン矢やカーボン矢に置き換わっていった結果、伝統的和弓の技術が廃れていった。江戸時代、通し矢競技のために、専用の弓矢や専用の射法まで生まれた時と変わらない歴史が、現在進行形で繰り返されている。

 

 だが皮肉なことに、伝統的和弓の血は日本と無関係な異世界にて受け継がれていくことになる。

 

 

 * * *

 

 

「まえーっ!」

 

 アロの叫びに合わせて、前弓(まえゆみ)のジャンパーティが全員立ち上がる。

 すり足で前に三歩、すかさず左膝を地面につけて弓を射る。

 

「てぇーーいっ!」

「「「えぇーーい!」」」

「あとーっ」

 

 アロの叫びに合わせて、後弓(あとゆみ)の鳴神が全員立ち上がる。

 同じようにすり足で前に三歩。左膝を地面につけて弓を射る。

 

 同時に、前弓(まえゆみ)のジャンパーティが、地面に伏せるような姿勢をとった。

 できる限りの低姿勢で、矢を取り出して弓に番える。

 

「まえーっ!」

 

 後は繰り返しだ。

 片方が矢を取り出し準備している間に、片方が前に出ながら撃つ。

 

「てぇーーいっ!」

「「「えぇーーい!」」」

 

 前弓(まえゆみ)五人、後弓(あとゆみ)五人が交互に撃ちながら前に進む。

 

 本来これは、背中に(えびら)を背負っているからこその戦術だ。

 単純な矢筒を背負っていたら、伏せた途端に矢を地面にばら撒くことになる。

 (えびら)は、極端な姿勢をとっても矢が飛び出ない構造になっている。

 ジャンパーティや鳴神が、右腰に矢筒を下げているから()()可能だった。

 

 この世界は、矢筒の装備は背中派と右腰派で分かれている。

 右腰派がジャンパーティや鳴神のメンバー達。

 背中派は一般冒険者(カマセや原作のミルヒ&カカオ)に弓王ボーゲン、亜人達(ゴブリン、オーク、レッドキャップ、アラクネ)だ。

 

 ただ、14巻42Pの白面金毛vsセイ戦で、白面金毛は相当アクロバティックな機動をしているのにも関わらず矢はばら撒かれたりしていないので、この辺は気にしたらハゲる要素というか、派手に動いても矢がばら撒かれないという加護を白面金毛もしくはこの世界の全員が得ている可能性はある。加護は便利だ。加護と言っておけば大体許される。あんなに膣内射精(なかだし)しまくってるのに、ふかダン主要キャラも科学的主要キャラも全然妊娠しないのも全部加護だろう。一日15人は余裕で抱けるハーレム王栗結パイセンがあれだけヤっておいて、孕ませたのがレッドキャップ4人しかいないというのもなんかこう、なんか、ね?

 (遺伝子改造されている亜人達は子供が産まれにくいという説も提唱できなくはないが、ナギやウォルはどうなのだという話にもなるので、語らない方がいい)

 

 

 * * *

 

 

 ふかダンや科学的の作中で何度も話題にのぼるがゆえに、弓と聞いた瞬間にその単語が出てきてしまう人も多いだろう。

 『弓力』だ。

 弓王ボーゲンが使っている弓は約130kg。ジャンが使っている弓は約100kg。

 作中では、超強弓(ジャンの造語。4巻39P)と分類されている。

 

 強弓の定義は人によってまちまちで、20kg以上が強弓だという人もいれば、30kg以上が強弓だという人もいる。現代弓道において20kg以上の弓を使っている人は稀だ。

 そもそも売っていない。19kg以上は受注生産としている弓具店は多い。

 

 オークの弓力が、アラクネの弓力が、ジャンの弓力が、ボーゲンの弓力が、と作中で連呼されまくっているせいで、弓力こそ全てと勘違いされやすい。

 

 弓力が強ければいいのか?

 そんなことはない。

 弓力が強ければ良いのでは、ボディビルダーが弓使い最強になってしまう。

 弓の強弱のみが、その貫通力を決めるのではない。

 

 4巻38Pでも、ジャンが弱弓でも殺傷力は変わらない、弱弓を好む達人とか結構いるしな、と言っている。

 鎮西八郎こと源為朝(ガンダム)は強弓の名手だったが、弱弓の名手として源頼義が伝えられている。

 『頼義、特に弱弓を好み、(しか)も発して羽を飲まざるなし、縦へ猛獣と(いえど)も弦に応じて必ず斃る、其の射藝(しゃげい)の巧みなること人に過ぎる斯くの如し(奥羽軍記)』

 

 大事なことは、矢の『アーチャーズパラドックスに伴う反復しなりクネクネ運動』が止まってから『目的物の面に、正しく垂直に(あた)る』かどうか。

 『アーチャーズパラドックスに伴う反復しなりクネクネ運動』が止まるのは、射位から13~15m程度先であることが実験でも確かめられている。

 その他は原作3巻127Pで語られているように、古文献にも(やじり)を緩めろとか、おんじゃく(鉄の粉と胡桃の油を練り合わせた物)や砥糞(砥石の滓。粒子が細かい)を塗れとか、稽古は陶磁器(カワラケ)でやれ、「割る」のではなく「貫ける(=孔を開ける)」ような距離を見つけ出し射技を研鑽しなさい……と大体同じことが書かれている。貫通できなければ後ろに下がって対象との距離を長くする。矢の速度より、矢が真っ直ぐになった状態で(あた)ることが重視される。弓聖・阿波研造(あわけんぞう)に至っては、陶磁器(カワラケ)どころか薄いガラスで出来たランプのほやに対し、粉々に砕いたのではなく円い孔を開けてみせた。

 (原作には書かれていないが、胴鎧を立て、中に赤土を詰めて人間の体温程度に温めると貫きやすくなる、というのもある。つまり人が鎧を着ていると貫通しやすいと昔の人が言っている)

 

 原作では弓で鉄板を貫くことを『鉄板射貫(いぬ)き』と呼んでいたが、日置流(へきりゅう)では堅物射貫(かたものいぬき)と呼んでいる。弓聖・阿波研造の弟子、吉田能安(よしやす)(日置流竹林派正法流)は堅物射貫(かたものいぬき)の研究を続け、昭和16年の日光東照宮社前武道大会では実戦でも使われた明珍(みょうちん)の鉄兜を串刺しに射抜いた。

 この時の弓は六分八厘、弓力にして38kg前後。

 なお鎌倉武士は平均身長159cm、体重50~60kg、大鎧の重さ25~30kg。弓は長さ227cm、弓力は40kg超、強弓は弓力100kg前後。ついでに言うと平均寿命24歳。

 

 さて、ここで1巻86P、ジャンの台詞の一部を抜粋する。

 『鉄板射貫(いぬ)き用に作った矢は』という箇所。

 ふかダン世界にも、鉄板射貫(いぬ)き用の矢があるということだ。

 戦車に榴弾と徹甲弾が搭載されているように、騎馬武者の(えびら)にも遠距離のターゲットを狙う「遠矢簳(とおやがら)」、近距離の装甲目標を狙う「射抜き矢」が、個々の武者が好む割合で入れられていた。

 (えびら)というのは、弓矢入れのこと。上述した鎌倉武士だと25本前後の矢を(えびら)に入れていた。

 

 短めで細くて軽い遠矢簳(とおやがら)か、長くて太くて重い射抜き矢か。

 吉田能安が鉄兜を射抜いたときは、70gという重い矢を使用していた。

 現代弓道では「弓力kgの数字+11~12g」が弓に適していると言われている。

 つまり弓力38kgなら50gの矢が適正となる……と言いたいところだが、近的(28m)、遠的(60m)、弓の箆張り(のばり)(=しなり具合(スパイン))など各種条件によって適正値は変化すると言っておかないと弓警察がやってきてしまう。お願いします見逃して下さい。動画コメントも弓系掲示板も、匿名で発言できる場所には必ず謎の弓達人が出現するのは知ってます助けて下さい。

 

 矢については、直進し的中する技量がある限り、重さと速さの兼ね合いが重要となる。

 矢が速くとも、重さがなければ射貫きの力はなくなる。

 矢が重くとも、矢が遅ければ同じ。

 

 『強い弓ほど矢は早いのだから、弓は強いに越したことはない(4巻39P)』。

 

 確かにその通りではあるのだが、それも命中精度があってこそ言えるものだ。

 速さが二倍になれば、力は二乗となる……が、その分垂直にならなくなる。あくまでも『正しく垂直に(あた)るかどうか』なので、単純に速度が速ければ良いというものでもない。

 

 つまり弓の極意は、ジャンパーティの女性陣が3巻で簡単に成功させている、陶磁器(カワラケ)を割るのではなく貫く行為をいかに安定させるかという……待てーい!

 そこ! なんで簡単に成功させてるの!

 『わたし達人になっちゃいましたー♡』じゃないよ!

 その境地を目指すためにみんな必死に努力してるんですけど!

 ジャンも『これが才能か……』とか『自信なくすわー』で流してるんじゃないよ、異様すぎてドン引きする光景なんだから!

 

 それはともかく。

 源為朝(ガンダム)や水野勘解由左衛門光定など、歴史書に残る頭のおかしい強弓使いに共通しているのは、矢の太さと長さと重さだ。

 親指以上に太さのあるごつい矢を使用した記録がキチンと残っている。

 『矢が速くとも、重さがなければ射貫きの力はなくなる』。

 つまりジャンもボーゲンも、弓力を真の意味で活用できる矢を使っていないのではないだろうか。3巻147Pにおいて、ボーゲンが『この強弓で重い矢を放てば薄い鉄なら貫ける』と言っているが、その『重い矢』すら疑わざるを得ない。

 

 3巻149Pを見ればわかるが、弱弓用の矢を超強弓に使用している事に対して、作中の人間は誰も違和感を抱いていない。

 

 (つく)(つく))という、弓の矢摺籐と握革の間に立てるL字型の補助金具がある。

 止戈枢要(しかすうよう)では強い弓に用いる物と説明されており、八郎為朝や水野勘解由の強弓にも(つく)はついている。L字型の補助金具が必要になるほどの巨大な矢を、彼らは扱っていたのだ。

 

 恐ろしいことに、ボーゲンもジャンも、(つく)を使っていない。

 (つく)を使わなくても良い大きさの矢しか使用していない証左である。

 弓力130kgだの100kgだの言う前に、矢を見直した方が絶対によいと思われる。

 

 考えてみれば、ここは武の術理がふわっとしている世界だ。

 ジャンは無反動矢には辿り着けたが、その先に行けなかったのではないだろうか。

 ボーゲンも『特別な知恵を俺は持ってないのだ(3巻157P)』と言っている。

 

 だとするならば。

 (つく)および、歴史書に残る頭のおかしい強弓使いが使っていたような太くて重い矢こそが、ジャンとボーゲンが本当に必要としている『秘伝』だったのではないだろうか。

 

「L字型の補助金具と、太くて重い矢なんて簡単に真似できるんじゃ?」

 

 その通り。ボーゲンも言っている。

 簡単に真似できてしまうからこそ秘するのだ、と。

 

 

 * * *

 

 

 『妹のユーリ』が練習場についた時、アロの号令がまたも響いた。

 

「てぇーーっ!」

 

 矢を撃ち尽くした全員が横に並んで立ち上がり、的である木の板に向かって末弭(うらはず)(弓の上部先端)を向けた。使用しているのが大弓槍なら本当に槍を向けているところだ。

 なおこの『てぇーーっ!』は、『かかれ!』という薩摩地方の言語だと思われる。

 

「「「えい、えい、やーっ!」」」

 

 的に向かって、全員が弓による三段突きを行う。

 そして残心。

 アロは歓喜して飛び跳ねる。

 

「やったわ! 思いついて即実行してみたわりには、これもいけそうじゃない!」

 

 ユーリは遠い目をする。

 薩摩日置流(へきりゅう)腰矢組弓(こしやぐみゆみ)に、アロは何故自力で辿り着いているのか。

 蹲射(つくばい)なんて教えてなかったよね?

 本来なら必須となる(えびら)が、偶然いらないメンバーだったのか。

 

 ま、いっか。

 ユーリは戦荷車(ウォーワゴン)を開けて、量産板金鎧(マスプロデュースド・プレートアーマー)をがさごそと取り出した。

 邪魔にならないように、一人でやるだけだ。

 そう思いながら、的用の鎧を黙々と設置していく。

 

 

 * * *

 

 

「全員、矢を回収して休憩!」

「あれ? 妹のユーリさんだ」

 

 アロの指示が出て休憩時間となったと同時、嬉しそうなジャンの言葉が響く。

 ユーリと妹のユーリは同じということを知っているのは、人間側ではユーリの嫁達のみ。

 

 つまりこの場では、ジャン、ナギ、ウォル、ナァルが知らない。

 アロ、バーチェ、バト、ミルヒ、カカオ、カタナは知っている。

 

「死の森から戻られたのですね」

「なんでユーリちゃんなんや?」

「さあ……?」

 

 弓を回収したり水を飲んだりして休憩している嫁勢もわけがわからず、首を傾げる。

 それぞれ、バーチェ、バト、アロの発言だ。

 だが、本人が女性体であるというだけで、ユーリがやろうとしていることはわかる。

 

「鉄板射貫(いぬ)き、でしょうかー?」

「1.6mm厚鋼板ではないようですが」

 

 これはナギとウォル。

 ジャンパーティは、3巻での鉄板射貫(いぬ)き練習に相当する部分は中央大陸で終えている。

 ナァルに対しても、ハンティ爺さんを交えて直接ジャンの指導がはいっている。

 

「ん。鎧だから、実戦形式。むふー」

「わざわざ土を詰めて人間に見立ててるんだ」

 

 カタナのドヤ顔、ジャンの関心。

 残念ながら『胴鎧の中に土を詰めて人間の体温程度に温めると貫きやすくなる』という知識を持っているのは、この場ではユーリだけだった。

 

「矢を二本だけ?」

「矢筒もない。ひらひらの服に弓だけっぽい?」

 

 ミルヒとカカオが、首を傾げる。

 練習であるのなら、矢筒をつけるのは当たり前なのに、それが無い。

 

「あっ、はじまるみたいっす」

 

 ナァルが、興味深そうに妹のユーリを眺める。

 猟師の家で実戦的な狩りをしていたナァルにとって、妹のユーリの所作は全てが新鮮だった。

 

 

 * * *

 

 

 妙な矢の音。

 妙な叫び声。

 妙な的中音。

 

 妙なことばかりで、好奇心を抑えられなかった。

 いけない事だとはわかっている。

 だが、それでも。

 

 どうしてもどうしても気になって仕方がない!

 

 この世界最高峰の弓馬鹿は、ふらふらと練習場に近づいていった。

 

 

 * * *

 

 

 日置流(へきりゅう)印西(いんさい)派。武射系、斜面打ち起こし。

 【矢渡し風・堅物射貫(かたものいぬき)

 ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ錬士六段。

 

 日置流(へきりゅう)印西(いんさい)派は物理学・医学が日本になかった時代に流派が成立した。

 にもかかわらず、技術全般において力学的・生理学的に正しいことが早稲田大学・東京教育大学・筑波大学体育学群弓道研究室によって証明されている。

 射法が体系的に確立されているため、動作や力の加え方に根拠がある。よって、実際に弓の引き方がすべて矢飛び・矢所としてハッキリと現れる(矢の飛び方と矢の着点から、弓の引き方の課題点を洗い出すことが出来る)。

 技術が一貫していることが日置流印西派射法の魅力であり、面白さでもある。

 

 さて、3巻の練習場描写を見てもらえればわかるが、ただの草原である。

 座ったりすれば当然、服は土で汚れる。

 

 日置流(へきりゅう)は武射系、つまり戦場弓術だったため、正式な射礼の形式が存在していなかった。

 だから、将軍家の上覧試合に出場することになった時に大変困った。そこで礼射系の小笠原流の書を参考に、当時の時代背景に合わせて礼法を整えた。小笠原流の射礼に源流を持ちつつも、実戦的弓術と融合させて独自の様式へと昇華させた。射礼(しゃれい)という言葉は小笠原流の正式な礼式を指すが、日置流(へきりゅう)では小笠原家への遠慮から「射礼」とは呼ばず「体配」と表現した。

 特に日置流印西派では、この体配を「礼と射が不可分である」として重視しており、精神と技の融合という視点から稽古が行われる。体配は技術的な所作以上に、礼節を体現するための手段であるという価値観が根底にある。

 

 だから、座れば汚れるとかは、ユーリにとって関係なかった。

 草原ではあるが、まず練習場に対して深々と一礼。

 射位(実際に撃つ予定の場所)に向けてその場で静かに正坐。

 正座ではなく正坐、が弓道的表現となる。

 

 ・座:すわる位置(座席、本座、上座……)

 ・坐:すわる動作(正坐、跪坐、坐射……)

 

 弓道では男子は両膝を拳1つ分開け、女子は両膝をくっつけることになっているが、ユーリは中途半端に女性だったので、両膝をつけて正坐した。

 足の甲を重ねたりはしない。両足の側面がくっつくように。すぐ立てるように。

 

 弓を丁寧に地面に置き、矢二本も置く。

 この時、矢の板付(いたつき)(やじり))を弓の下に隠すように置いている(武射系)。

 そのまま正坐礼。

 

 無駄な(りき)みがなく、正中の立った自然体なので、大変に美麗な所作だ。

 見ていた女性陣すらも、おお……とのけぞってしまう。

 前世地球ですら、このレベルで『何度も頭を下げて礼を尽くす』のは日本にしかない文化だ。

 当然この世界にも、ここまでの礼法は無い。

 それでも、ユーリの一つ一つの所作が綺麗で美しいというのはわかる。

 

 

 この時、皆の近くにいたかったという思いと、一人になりたかったという相反する感情がユーリの中にあった。

 幾ら絶世の美少女顔とはいえ男を抱くかもしれない、いや確実に抱くことになるであろうという未来予測は、ノンケかつ男の()属性の無いユーリには大変気鬱になるものだった。

 色々あって3P属性は増えたが、性癖というのは本来何かしら決定的な体験が無いと、そう簡単には増えないものである。

 幼い頃、近所のお姉さんに甘やかされてお姉さん属性を埋め込まれたとか。

 男女合同の水泳授業の際に、意中のスク水女子の後ろで泳ぐことになり、自分の前方で平泳ぎをする美少女の股間を凝視すべく、妙に水中にいる時間が長い平泳ぎで後をついていったら自分にスク水属性がついたとか。50mプールでも足りない。神様どうか、この平泳ぎ女子の後方で泳ぐ時間を永遠に……と必死に視覚からの記憶を脳裏に焼き付けていたら、睡眠姦を越えて時間停止姦属性がついてしまったとか。

 なお水泳部女子は、エロ漫画では大半が脅迫からのNTR、残りが睡眠姦、低確率で輪姦系ビッチか無知系ロリなので、NTR絶許派には要注意案件である。

 

 ユーリは、髪を束ねていた黒リボンを外して、目隠しをすることにした。

 皆が周囲で自分を見ているのはわかる。それはそれでありがたい。

 ありがたい、が、それでも皆の視線から逃れたかった。

 僕を見ないで欲しい。僕はホモじゃない。ノンケなんだ。淫夢語録だってなるべく使わないようにしている。表紙の美少女絵に釣られてエロ同人誌を買ったら中身が男の()本だったりふたなり本だったりしたことはあるし、ふたなりに至っては今世の自分自身がそうなれてしまうが、だからといって属性が埋め込まれたわけではない。ただの練習ですと白面金毛(プラチナ)は言っていたじゃないか。ラブが無ければボーイズラブにはならないのではないか。ただのボーイズならタグが付かないで終わるのではないだろうか。でもただのボーイズってホモなんじゃないだろうか。クソがよ(fuck)。亜人達はどうせ乱交文化なら、男同士で列車連ケツ♂しててくださいよ。

 

 駄目だ、雑念が入る。現実逃避でもなんでもいい。

 無だ。無になろう。

 

 

 弓を手に取り、矢を回収し、立ち上がる。

 優しい風が吹き、長い銀髪を揺らす。

 元々場所は覚えていたが、風が吹いたから音見により射位がよくわかる。

 

 的である板金鎧に弓の末弭(うらはず)側を向けながら、射位の方角に歩きだす。

 的突き(まつき)と呼ばれる所作だ。

 射位に辿り着いたユーリは、的突き(まつき)の姿勢のまま、しゃがみこんだ。

 跪座(きざ)の、左膝を地に付けた姿勢。

 左足の爪先を立てて膝をつき、上体をかかとにおろして座る。正座の途中姿勢。

 

 本来ならここで、男子は肌脱ぎといって左半身の肌を露出させる所作をおこなう。

 女子は(たすき)がけの所作が入ったりするが、ユーリは既に(たすき)をかけている。

 この、本来なら肌脱ぎを行う時間で、自分は男なのか女なのかと迷った。

 いや、そんなのはどうでもいい。

 自分と的があるのだから、自分は的と一緒になるだけなのだ。

 

 矢を一本地面に置き、もう一本の矢を手にし、矢番(やつがえ)をする。

 

 体配は「立射一手」と「低い姿勢の射一手」でおこなわれる。

 射手が単独でも多人数でも、これは変わらない。

 

 日置流(へきりゅう)における「低い姿勢の射」には、跪座(きざ)(やぐら)(そん)割膝(わりひざ)という四つの形式がある。

 女性は脚を開く割膝(わりひざ)ではなく、両膝をつく(やぐら)を用いることが普通だが、ユーリは女性に見えるというだけで中身は男性である。

 よって一射目となる甲矢は、女性ではまず見ない割膝(わりひざ)にておこなわれた。

 礼の時は両膝をつけて正坐をする女性の所作をしたのに、男性として割膝(わりひざ)を選択する。

 この、男の所作とか女の所作とかどうでもいいと考えたユーリの心が、男の威風と女の美麗を混ぜ、より心を無に近づけさせた。

 

 日置流(へきりゅう)印西(いんさい)派の技術における目標は『貫・中・久』という。

 ・(かん):鎧や鉄板を射抜く貫徹力のある矢を射込むこと。

 ・(ちゅう):発射させた矢を確実に標的に中てること。

 ・(きゅう):貫・中の技術を両方とも永続的に体現させること。

 

 この貫中久を体現する上で不可欠な、紅葉重ねの手の内という技術がある。

 手の内の働きは基本的に、弓を射手頭上から見て反時計回りに捩る力を加える。

 一石二鳥どころではない。紅葉重ねの手の内には、数多くの意味がある。

 

 ・弓の力だけでなく、弓を握った手の内の働きが加わるため、矢の飛び方が鋭くなる。

 ・手の内の働きによって、矢が的の右方向に向かって飛ぼうとする働きが補正されるため、確実に矢が的に向かって飛んでいく。

 ・射手の身体を避けながら弓に向かって弦が飛んでいくので射手の身体を傷つけることはない。

 ・弓が矢の通り道を避けるので、矢羽根(弓摺羽(ゆずりば))が痛み擦り切れることがない。

 ・手の内の働きによって、弓が出木になるのを未然に防ぐことができる(出木状態だと、矢が前矢になりやすく、弓の性能や弓返りの能力が低下する)。

 ・手の内の働きが連続的になることにより、弦で矢を的方向に押し出す距離が長くなるので運動エネルギーの損失は最小限になる(力の伝達が手の内→弓→弦→矢となり、力のすべてが矢に伝わる)。

 

 紅葉重ねの手の内は的中に有利だけでなく、射手の身体や道具にも優しい。

 貫徹力を生み出し、確実な的中させる技術が確立している。

 ゆえにこれは、れっきとした「技」だ。

 ハンティ爺さんが知っているわけもないので、今世から弓をはじめたジャンも知らない「技」。

 魔術師の森において、ボーゲンがゴブリンやパーティに教えることができなかった「技」。

 (少なくともこの世界の射手が紅葉重ねの手の内をしている描写は一切無い)

 

 弓聖・阿波研造(あわけんぞう)は言う。

 『狙うということがいけない。的のことも、()てることも、その他どんなことも考えてはならない。弓を引いて、矢が離れるまで待っていなさい。他のことは全て成るがままにしておくのです』

 

 この時のユーリは、全でなく一(一人でいたい)であり、一でなく全(皆といたい)だった。男であり男でなく、女であり女でなかった。

 渾然一体と陰陽のように絡み合い、現実逃避の結果から公も私も無くなり、(くう)のみがあった。

 

 甲矢、割膝(わりひざ)

 近的(28m)として置かれている板金鎧。

 重要臓器を守るため、矢逸らしとして微妙な曲面を描いている胸甲箇所を、何事も無かったかのように無反動矢が貫いた。

 

 

 繰り返すが、この世界に射礼の形式なんてない。

 いまユーリがやっている体配は、実戦的な早さではない。

 狙う敵が、逃げてしまうのではないだろうか?

 だが、聖女の舞いを見た者が、男女亜人の区別なく魅入ってしまうように。

 ゆっくりと、ひとつひとつの所作を確認するかのように(実際確認している。ユーリの本当の目的は女性体での射形(しゃけい)を再確認することにあるのだから)、それでいて矢は無心で放たれた。

 

 ジャンパーティも、ユーリの嫁達も。

 こっそり覗いている、世界最高峰の弓馬鹿も。

 みんなみんな、唖然として。

 ただひたすらに、魅入っていた。

 

 両手を開いた残心の姿勢のまま、弓を立てて的に向け直す。

 黒リボンの目隠しなど、音見には関係が無い。的の位置はわかる。

 弓を返して構え直し、もう一度射るぞ、と示す。

 地面の矢を拾い、矢番(やつがえ)をしてからユーリは左脚・右脚の順で立ち上がる。

 

 足踏(あしぶみ)

 正中を立てたまま、両脚を広げて方向と角度の微調整。

 

 胴造(どうづくり)

 弓の元弭(もとはず)(弓の下部先端)を左膝頭に乗せ、弓手(ゆんで)は身体正面から的方向へ45°に伸ばす。

 馬手(めて)は臍の辺りに添えられている(脇差の柄を押し下げ、脇差の柄が弓を妨げないように)。

 

 取懸(とりかけ)から手の内。

 紅葉重ねの形で弓を握る。

 

 弓構え(ゆがまえ)

 目隠しはしているが、的を見定めて。

 

 打起(うちおこし)

 手の内、馬手(めて)元弭(もとはず)で作った三角形を維持したまま両手・弓を上方に上げる。

 矢は水平または矢先がわずかに下がる(『水流れ』という)。

 

 三分の二(さんぶんのに)詰め合い(つめあい)伸び合い(のびあい)(やごろ)

 弓を知らない人にも一番わかりやすい、矢を引ききる動作。

 自己の体力・的の遠近・高低を確認しながら手の内で弓を捻る(角見の働き)。

 

 ギャルゲーとかで弓道部の可愛い女の子が弓を射るシーンのスチル絵、と狭間悠里(はざまゆうり)が評した、まさにその場面。ユーリちゃん状態なので、目隠しをしていてもなお、美しい。

 

 弓聖・阿波研造(あわけんぞう)は言う。

 『あなたは頃合いよしと()()()かあるいは()()()時に、矢を射離そうと()()。あなたは意思をもって右手を開く。つまりその際あなたは意識的である。あなたは無心になることを、矢がひとりでに離れるまで待っていることを、学ばなければならない』

 

 (はなれ)

 流れに任せてユーリが大きく手を広げた瞬間、矢が解き放たれた。

 

 乙矢、立射。

 28m先、板金鎧に刺さっている甲矢の(はず)(矢の羽側の後部)を、乙矢が打ち抜いた。

 二本の矢が繋がって、一本となった。

 ジャンが驚いて呟く。

 

継矢(つぎや)……!?」

 

 残心。

 両手を開いた残心の姿勢のまま、ユーリは同じ離れができなかったと感じた。

 ユーリの中では『少し失敗した離れ』だったので、喜びや驚きは生まれなかった。

 

 起座進退(きざしんたい)。礼に始まり礼に終わる。

 残心後、姿勢を正したユーリは、深々と一礼をする。

 

 最後の最後まで、美しい所作だった。

 

 

 * * *

 

 

 見ていた全員が、ユーリちゃんに魅了された。

 弓なんて撃って当たって相手が死ねばいいんだよぉ!

 ……という殺伐な世界に、精神修養たる弓道の側面を持ち込んだのだから当たり前である。

 実用的なものではないので多くの兵士達には低い扱いをされるかもしれない。

 だが、見る人が見れば、射形(しゃけい)を含めて弓の到達点の一つだということがわかる。

 

 雑念と邪念にまみれすぎて、突き抜けすぎたからこそ逆に無の境地となったユーリちゃんは、目隠しを外そうとした。

 

 ここで三つの不運が重なっていた。

 一つは、一連の流れを見ていた全員が体配と継矢(つぎや)に感動していたこと。

 一つは、ユーリちゃんは直前まで限界を越えた集中をしていたため、完全に油断していたこと。

 一つは、その者に敵意も邪念も一切なく、気がついたら身体が動いていた級に無心だったこと。

 

 がばり。

 

 一切の気配も敵意も邪念もなく。

 呆然とした表情の大男に、ユーリちゃんは背後から突然抱きしめられた。

 敵意があれば即反応できただろうが、そんなものは一切無かったので反応できなかった。

 

 そして原作のように、ジャンが敵襲と反応することもない。

 とっくに全員、彼とは既知であり、誰なのか知っていたからだ。

 

「弓王……ボーゲン?」

 

 目隠しを外したユーリちゃんが、誰に抱きしめられているのかを見て呆然と呟く。

 ボーゲンの顔は3巻130Pのように完全に惚けた顔つきだった。

 

 だが、知り合いといえば知り合いだ。安心できる。

 嫁達は、中断していた水分補給を再開しようとする。

 ジャンはジャンで、弓王とはいえ妹のユーリさんに抱きつきやがって、と少し苛ついた。

 

「う、あ、あ……」

 

 あ、これもしかして原作の。

 ユーリちゃんは直感して、耳を塞ごうとした。

 しかしボーゲンは慌ててユーリちゃんから離れて、土下座した。

 

「すまなかったああああああッ!」

 

 なんだなんだ、と皆はボーゲンとユーリちゃんに注目する。

 

「決して覗き見する意図は……いや……あったっ! 妙な的中音が聞こえて好奇心を抑えられなかった!」

 

 ユーリちゃんは、この後ボーゲンに秘伝を教える流れになるんだろうなと苦笑しながら、黒リボンで髪を束ねはじめた。

 板金鎧に刺さっている乙矢が継矢(つぎや)になっていることに苦笑すらしていた。

 ホールインワンより難易度が高いと言われている継矢(つぎや)を、こんなところでやるなんて。

 割膝(わりひざ)からの立射なので、同じ離れが出来ていないという意味だ。

 素直に喜ぶことはできず、複雑な気持ちだった。

 

「いえ、どうか気になさらず……」

「だが、鎧射抜きをはじめ、数多の秘伝だけでなく……まさか……まさか……」

 

 あれ? 原作と台詞が違う。

 ユーリちゃんは内心で小首を傾げる。

 

「貴女の噂だけは聞いている、妹のユーリ! 貴女とセックスまでしてしまった!」

 

 ぶふぉっ。

 

 水を飲んでいた嫁勢が、全員水を噴いた。

 バーチェに至っては、複数人の水がかかってびしょ濡れになってしまった。

 ジャンは、相手が格上と知りながらも、歯ぎしりをした。

 

「えっ? はぁ?」

「重ね重ね申し訳ない……貴女の弓の所作の美しさと技量に、気がついたら身体が動いていた……全面的にこちらに非がある……まさか……こんなところで数多の秘伝を目にするばかりか、貴女とセックスまでしてしまうとは……」

 

 待って。待って。

 ユーリちゃんは、後ろから抱きしめられただけです。

 セックスなんてしてません。

 

 もしかして、性知識の無いボーゲンにとって。

 背後から女性を抱きしめるというのは。

 猪や猿が発情期にやっているアレと、同じに思えたのでしょうか。

 

「ギルドに訴え出てもらって構わない……なんだったら責任をとって、俺が貴女の男になる」

「そうです、ギルドに訴え出ましょう、妹のユーリさん!」

 

 怒りのジャンが、余計に話を混乱させた。

 

「待って……お願い、待って下さい……」

 

 青ざめたユーリちゃんは、大混乱に陥った。

 ユーリの嫁勢も大混乱に陥った。

 

 ナギとウォルとナァルだけが、どうなるんでしょうこれ、とぼんやり考えた。

 

 

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