ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
開拓城壁都市アイギスの住人達が、ざわついている。
聖教会の教会兵が三人、神父や仲間の血塗れの死体を背負い、とぼとぼと歩いている異様な光景が展開されていた。
原作のように見せしめになっていない分、マイルドだよねとはユーリの思考でしかない。
「な……何事だ! 止まれ! 止まれ!」
「あ……あなた方は『聖騎士』では? 何があった!?」
衛兵達が駆けつけ、話を聞こうとする。
教会兵達は死体を背負ったまま立ち止まり、ヘルムの隙間から昏い瞳を覗かせる。
「『弓王』ボーゲンと『剣聖』ユーリに協力を要請したら断られた。聖法に従うよう脅しをこめて要求したら神父様が斬られた……神父様のいうと――」
「ストップ! もういい!」
原作と違い、衛兵達は最後まで台詞を言わせなかった。
「『弓王』と『剣聖』のダブル案件だ」
「了解しました」
「『弓王』と『剣聖』のダブル案件だとよ、解散だ解散!」
「よりによってダブル? アホだなぁ……」
住人達が、なんだそっかぁ、とばかりに次々に立ち去っていく。
衛兵の一人が、聖騎士を元気づけようとする。
「その……なんだ。大変だったな。報復しようなんて考えるんじゃないぞ。こっちから敵対しなきゃ何にも害がない人達だからな」
「ここの憲兵(注:聖騎士側の言い方)は、彼らを逮捕しないのか。
聖騎士が、ぼそりと言う。
言われた衛兵達は、何言ってんだこいつという顔で聖騎士を見る。
「……仲間に100人弓兵をつけるから、虐殺王を倒すために囮として先陣切ってタイマンしろと言われて、あんたはシャイニングドラゴンの目の前に立てるのか? 剣聖の肩書きを疑う者は、二言目には50人の侯爵軍が全滅したから疑わしいというが、たった50人の犠牲で済んだとは何故考えない? そもそも『
「ほっときゃ無害で有益なSのA級の二人に、わざわざ喧嘩を売った馬鹿が死んだ。そんな馬鹿の弔いのために『俺の部下を全部無駄死にさせてお前も死ね』なんざいくらなんでも聞き入れられねぇ」
二人の衛兵が、真顔で答える。
それでも聖騎士は言い返すしかなかった。
「……法の秩序は……」
「『弓王』と『剣聖』が揃ってたんだろ? 『弓王』はともかく『剣聖』は法的な根回しはキッチリしてくる。この前も『剣聖』の嫁を誘拐した馬鹿が逮捕されたが、合法的に犯人の身柄を回収していったよ。身柄を回収された犯人がどんな運命を辿ったのかなんて考えたくもねぇ。仮にお前等から先に手を出していて『剣聖』に正当防衛でしたと言われたら、そこで調査は終わりだ。わかるか? 今回の件は
* * *
「モンスター語はともかく、勇者システムと聖女騎士システムの件は初耳よね?」
「あー……ご飯を食べながらでも説明するよ。ボーゲンさんも食べていきなよ」
皆で手分けをして拭き掃除を終え、アロが質問した。
ユーリはお腹すいてきたな、という顔でボーゲンに声をかける。
「さん付けはいらぬ、呼び捨てでいい、ユーリ。だが、また国相手にやり合うことになりかねんとなれば……俺はちょっと山に行方をくらまそうと思う。まぁ数年か10年ほどは人里に戻ることはないだろう。世話になったな」
ボーゲンが立ち上がり、『
ふぅん? という顔で、ユーリはニヤニヤする。
「つまりボーゲンは、紅葉重ねの手の内も、秘伝の塊の弓も、10年先でいいってコト?」
ボーゲンの動きが、ピタリと止まった。
「ボーゲン一人だけなら山暮らしはアリだと思うよ? でも今回は僕達も一緒だから、共同戦線で行こうよ。ボーゲンが社会を必要としないタイプなら、僕は社会を徹底的に利用するタイプだからさ。真正面から戦うのも、搦め手で戦うのも自由自在。ボーゲンは人も亜人も殺さない、それはそれでいい。障害物の破壊やモンスター狩りの手伝いをしてくれるだけでも、僕にとっては十分過ぎる。……それで、どうする? ご飯食べてく?」
ボーゲンが、ソファに座り直す。
「ふむ。わかった。いいぞ。では今から俺はお前の妹の男だ」
「妹はあげません」
「むう。つれないな」
ユーリとボーゲンがそんな会話をしていると、バトが呆れる。
「……あのな、ユーリ。提示したあの条件、あるやろ。聖剣の勇者セイと、
「ん? ああ、あれね。本来正妻の枠は一人だけなんだけど、例外があってさ。王族級を同時に迎えいれるようなケースが発生した場合にのみ、正妻二名が許されるんだよね(本作『第19話 原作開始前・高位貴族』参照)。聖教会にとっての勇者は王族みたいなものでしょ? だからこその無茶ぶり。どうせ聖教会とやりあうんなら、連中にとって絶対に受け入れがたい条件を提示することで、連中の頭を煮えたぎらせて――」
「ちゃうわ。そういうことやない」
わかっとらんなコイツ、という顔でバトが肩をすくめる。
ユーリは首を傾げる。
バーチェが、真顔で告げる。
「ユーリ様。聖教会がその条件を受けた時のことは考慮しておられますか?」
「えっ?」
アロが、しばし考え込んで。
「……十分あり得るわね。年頃の女性なのに、勇者達の婚約者や恋人の話を聞いたことがないもの。勇者システムっていうのがなんなのかは知らないけれど、『弓王』と『剣聖』を含めた私達全員を敵に回すことと、勇者達の存在を天秤にかけて、私達全員を敵に回すのは得策ではないと聖教会が考えた時は、成立してもおかしくない条件だと思う。正妻二人として迎えるという話も、何も知らない人にとっては馬鹿馬鹿しい話に思えるかもしれないけれど、貴族の知識が少しでもある人なら、聖教会の勇者達を王族の格式と同等だと尊重している意向を暗に示していることになる。割と妙手なんじゃない?」
「おお……アロ、頭いい……」
カタナが感心する。
ミルヒとカカオが、ジト目をする。
「久しぶりに見た。秘薬の時の旦那様」
「うん。ドヤ顔でポンコツしてる時のやつ」
ユーリは苦笑する。いやいや。ないない。
だってあいつら普通にキスしてるし、レズプレイもしてるじゃん。
「そうはいうけどさぁ……ま、どうせ今日か明日にでも連中の方から来るだろうし、その時にわかるよ。例の新武装、ミルヒとカカオは最初から装備しといてね」
「りょ」
「はーい」
この時、ユーリは失念していた。
今が時間軸的に9巻終盤なら、勇者達のレズプレイは10巻終盤だということを。
百合キスは済んでいるが、まだ百合キスだけで済んでいるということを。
なまじ原作知識があるせいで、『セイとマユリはゆりゆり』で思考を止めてしまっていた。
* * *
開拓城壁都市アイギス、冒険者ギルド。
ギルドマスターのルドスが、ゲンドウポーズで黙り込んでいる。
暗く沈んだアーク大司教が、声を絞り出す。
「……では……アイギスの冒険者ギルドも、憲兵隊も、『弓王』と『剣聖』の逮捕に一切協力はしない……と」
「当たり前でしょう」
何言ってんだこいつぶっ殺すぞ的な即答でルドスが言う。
「SのA級『弓王』ボーゲン。戦闘力だけならトップクラスのB級パーティ『弓の会』の全員。ここまでならまだ良かった。連中は人を殺さない」
9巻158Pのようにルドスが左拳を額につけるように呆れる。
「SのA級『
アーク大司教が、真剣な顔でルドスを見る。
ルドスは真顔で続ける。
「そもそも、彼らはアイギスから逃げ出してすらいない。そんな情報は入っていない。つまり連中は、聖教会もアイギスもまとめて相手にできると思っているということです。全てを想定して、準備済みなのでしょう。実際、アイギス港街は治外法権だ。セルヨーネ侯爵家が造りあげた街だから、議員の一人すらいない。どれだけの戦力を抱えているのかすらわからない。アイギスは、喉元に港街という刃を突きつけられているに等しい」
ルドスは、ため息ひとつ。
「私はアイギスのギルドマスターとして、まずアイギスと冒険者たちを守る義務がある。大司教殿……それでも報復するというのなら、あなた方だけで
* * *
聖教会、アイギス支部。
聖騎士達が、ネゴ神父とシエ神父の遺体を棺に詰める作業をしていた。
それを見ながら、セイ、マユリ、リリィが青ざめている。
アーク大司教は別室で聖騎士から何があったのかを聞いていたが、別室での聞き取りだったことに感謝した。知ってしまえば聖教会内部の人間ですら消される、一切表に出ていないはずのトップシークレットの情報を、『剣聖』がほぼ全て知っていることが明らかになったからだ。
では『剣聖』を暗殺すればいいのかというと、そんな単純な話ではない。
暴力は、より上の暴力を持つ者には通じない。
安易に消せる相手ならば、ギルドマスターの協力を得られていた。
「連中は、聖教会もアイギスもまとめて相手にできると思っている……か」
「大司教様……」
アーク大司教は、ネゴ神父の遺品となった調査書類に目を通していた。
そこへ不安そうな顔で、セイ、マユリ、リリィがやってきた。
「ネゴ神父とシエ神父が、『弓王』と『剣聖』との交渉に失敗して殺されてしまったよ。彼らの妻と子に、なんと詫びれば良いのか」
「『お金で動かない人達に報酬としてお金を提示したら動いてくれなかったから、死刑をちらつかせて交渉したら相手が聖教会の秘密を糾弾してきた』から、『神敵で異端だとして取り押さえようとしたら返り討ちにあった』んですね」
「その通りだよ。でも『聞こえた』ことをそのまま言っちゃうのはやめようね」
「はいっ! ……でもそれ普通にこっちが悪者じゃないですか?」
いつもの大司教様とセイのやりとりだったが、マユリとリリィはそうもいかない。
「その人達は、聖法を無視してきた、ってことですよね?」
「異端審問をせずに神敵と異端認定とは、一体何を言われたのでしょうか……」
心配そうな二人に、アーク大司教は説明する。
「アイギスの冒険者ギルドも、憲兵隊も動かない。『弓王』と『剣聖』の逮捕には一切協力しない、と言われてしまったよ」
「『ぼくとマユリちゃんが剣聖のお嫁さんになる』のが向こうに提案された報酬だったんですね-」
「えっ」
「お二人を同時に!?」
「……いや、まぁ、うん、そうなんだけどね?」
マユリとリリィが驚愕し、アーク大司教がトホホ顔をする。
リリィが思い出すように言う。
「ソウハカイ神父はすでに三人の妻と子供がいて、多少の仕送りだけして放置しているとは聞きますが……『剣聖』の二つ名の一つに
「つい先日三人目の側室を迎えたばかりで、妾が五人、法的には合計八人の妻だね。子供の数は七人と書類にはある。ソウハカイ神父と違うのは、『剣聖』は高位貴族だから妻の10人は当たり前で、アイギス港街を個人で建設したほどの金持ちだから、仕送りという単語は無縁だということかな。バーピィチピット聖王国では王自らに宰相の地位を打診されたが、暗黒大陸行きのために断ったそうだ」
「王命を断ったんですか!? 貴族なのに!?」
マユリの驚愕が続く。
「『剣聖』には正妻がいない。側室と妾のみ。空いている正妻枠にセイちゃんとマユリちゃんを、という打診はなかなかの妙手でね。正直悩んでいるよ」
「でも、正妻枠って一人なんじゃ?」
「『剣聖』の正妻がいない理由でもあるのだけれど、側室の第一夫人の格が公爵家の次女というのが問題なんだ。正妻には側室以上の格が求められるから、必然として公爵家の長女か、王族格を持っている者でないと彼の正妻にはなれない。そして、通常なら一人だけの正妻枠を二人にできる例外のルールが、貴族の婚姻には一つだけ存在する」
「それは……?」
マユリの問いに、リリィが答える。
「王族格を同時に迎えいれるようなケースが発生した場合にのみ、正妻二名が許されます。三カ国同盟などの、国家間外交が絡んだ特殊例を想定されて設けられたルールです。それゆえに滅多に発生するものではなく、過去の事例も長い人類史の中で一件か二件程度だと記憶しています。つまりこれは、聖教会の勇者であるセイさんとマユリさんを平民の妾ではなく王族格として遇し、尊重するというメッセージでもあります」
「……う……最初に聞いた時はなんてふざけた打診だと思っちゃったけど、平民じゃなくて貴族の視点からだとキチンとした礼節で打診したことになるのね……」
「『剣聖』は革命の発案者で、
マユリは会ったことは無いが、リリィはそのソウハカイ神父が相当苦手なようだ。
「『知ってしまえば聖教会内部の人間ですら消される、一切表に出ていないはずのトップシークレットの情報を、『剣聖』がほぼ全て知っていることが大問題』なんですねー」
「……セイちゃん、
崩れ落ちるように、アーク大司教が頭を抱える。
セイが首を傾げる。
「今からでも謝ってお友達になったらどうです?」
「彼への報酬、つまり結婚の件はどうするんだい? それを抜きに『剣聖』と再交渉はできない。受けたら受けたでセイちゃん達は教会から切り離されてしまうから、勇者でも騎士でも無くなってしまう。そうなると、なんのために暗黒大陸にやってきたのかわからなくなってしまうよ。勝たなければ人間が絶滅してしまうから、皆でやってきたのに」
「うーん……模擬戦場で見学していた、あの人が『剣聖』かなっていう心当たりはあるんですけど……会って話してみないとなんとも」
「だよねぇ……マユリちゃん的には?」
うーん、とマユリが首を傾げる。
「普通ならセイだけに打診しそうなのに、リリィちゃんが言ったようなほぼ前例の無い特殊な事例を持ち出してまで、私も一緒に正妻っていうのは気にかかります。ただの女好きなら、なんだかんだ理由をつけてリリィちゃんも嫁に寄こせ、全員嫁だー、って言われてもおかしくないのに」
「単純に、私が『剣聖』の外見の好みから外れているだけでは?」
リリィの発言に、アーク大司教は資料をパラパラとめくる。
「『剣聖』にはアロという側室がいるみたいだけど、その子の年齢も外見もリリィちゃんに近いみたいだね。だから外見の好みというのは少々考えづらいのだが……」
「妻の10人が普通の世界なら、確かにリリィちゃんも一緒って言われそうなのにねー」
「まぁ、私の身は主が遣わされた精霊様に捧げておりますので……」
ユーリから見るとリリィは逆ハー少女なので、リリィを迎える場合は精霊と名乗る10人の狙撃兵を鏖殺するところから開始になる。精霊が一掃されて、そこではじめてリリィはスタートラインに立てる。
マユリが、リリィに尋ねる。
「リリィちゃん、侯爵って一番上で合ってたっけ?」
「はい。下から騎士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵です。国によっては騎士爵はいません。侯爵の上は王族、または公爵です。宰相まで打診されたということは、事実上
「ええと……資料だと、四年前。彼が14才の時に国王自らが要請したとあるね。将来の暗黒大陸遠征を理由に断っている。『卿がドラゴンスレイヤーでなければ、副宰相から宰相コースを強制できたというのに』という国王の発言が公式記録として残っているよ。合わせて正妻に第一王女はどうかとまで打診されているのに、『剣聖』はそれすら断っている」
「貴族はそういう王命って全部受けるんじゃないんですか!?」
「彼は例外みたいだねぇ。つまり彼の申し出は、第一王女を妻に迎えるのを蹴ってまで、君達を正妻に迎えることに固執したとも解釈できるが……彼に見覚えは無いのだろう?」
言いながら、アーク大司教は手持ちの資料をマユリに渡す。
マユリが資料をぱらぱらめくるのを、セイとリリィが横から覗く。
『剣聖』の外見や、嫁達の外見が簡単な人相書きと共に説明されているページもあった。
「あっ、この子達覚えてます。ラケットメイス術の生徒でした。私やセイと同じ、ソードマスター認定です」
「ミルヒ、カカオ……双子一緒に妾なんだねー」
「覚えてないの!? 彼女達の習熟が早くて、一緒に驚いたじゃない!」
「ごめん、全然覚えてない……」
「記憶力ぅうううううっ!」
「うーん、だとすると、生徒の送り迎えの際に、遠目でセイちゃんとマユリちゃんを見ていた可能性はあるね。ラケットメイス術がきっかけで二人を気にいったのなら、今回リリィちゃんを除外した理由にはならないかい?」
「あっ、それはありえます。理由としてとてもわかりやすいです」
アーク大司教の推理に、リリィが頷く。
マユリは、アーク大司教が『なかなかの妙手』と言っていたのが気になった。
「大司教様的には、私とセイが剣聖の嫁になる案はどう思ってるんですか?」
「教会と連携してくれるかどうかは話し合い次第だろうけれど、セイちゃんとマユリちゃんを嫁に迎えた時点で『剣聖』は聖戦への参加を承諾したことになる。そうなると、生前のネゴ神父も言っていたように、『剣聖』がリーダーをしているSのA級パーティ『
マユリとリリィが顔を見合わせる。
マユリが真剣な顔で資料を再確認する。
「アイギス最強格の強さで、貴族の最高格で、14才の時に国王自らが宰相を打診していて、下手すると世界一の金持ちで……」
「人相書きでは女性のような顔だちですね。身長は目測175プラスマイナス1cm、体型は細身」
「第一王女すら蹴った正妻枠に、平民の私達を王族格として遇する打診……?」
「この条件で文句つけてたらどんな男性とも結婚できない気がします」
「……セイとしては、どうなの?」
問われたセイは、うーんと考えて。
「わかんない。とにかく会ってみないと、なんとも?」
「……そうよね、あんたが顔だの地位だの資産だの気にするはず無かった」
「わかった、セイちゃん。今日は頭を冷やして、明日、皆で会いに行こう。『剣聖』に対して、正式に先触れを出しておくよ」
「先触れ……なんか使者っぽいですね-」
「うん、使者だからね? 聖教会の大司教格が直接出向く正式な使者だからね?」
アーク大司教は、セイが人妻に向いているかどうか真剣に心配した。
胃薬が欲しい。薬屋を探そうとアーク大司教は決意した。