ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
聖教会外交局ネゴ神父は、ユーリ達に対して『我々は人類の守護者でもあり、格式としては王族の使者より上になります』と言った。
『聖法』は、国家が定める国法や憲法などあらゆる法の上にある。
聖教会自身がそう決めて、各国がそれに従った。
だから『聖教会の方が国より偉い』。それがこの世界の常識。
そんな聖教会の大司教が『使者として直接出向くので明日会いましょう』と正式に先触れを出してきた。外交局の使者の時点で王族の使者より上。ならば大司教格は国王または皇帝格、勇者一行は王族格、随行の聖騎士は王族の近衛兵格となってしまう。
そんな連中が『明日伺いますのでよろしく』と言ってきた場合、どうなるか?
それを迎え入れる侯爵家は、上から下まで大騒ぎとなる。
ユーリ達だけではない。執事やメイド長をはじめとした上級使用人、メイドや料理人をはじめとした使用人、護衛兵などなど、全員が殺気立つ。
全員が全員とも、ユーリの計画とは無関係に『ぶっ殺すぞ聖教会モード』に突入していた。
『
そう返すのが精一杯で、じゃあセルヨーネ家はこれから支度をはじめますので先触れの人は一秒でも早く帰りやがれください殺すぞ、となる。
* * *
「普通は一週間、せめて三日は空けるでしょ! なんで明日なの!」
セスレがガチ切れしていた。
グラスがおろおろとしている。
「あ、あの、私、ドレスが無いんですけど……」
「既存のドレスを調整しなければ間に合いません。グラス様は、セスレ様かミルヒ様かカカオ様あたりの予備ドレスを。カタナ様は、アロ様の予備ドレスを一度合わせて、そこからいじられた方が良いかと思われます」
バーチェが即断する。グラスがナイスバディ過ぎて、合うドレスが少ない。
バトが困り顔をする。
「カーテシー言われても困るで? 普通に頭下げればエエんやろ?」
「王族格に対応できるカーテシーができる妾は、バーチェしかいない。妾の皆は全員を略式礼で統一しよう。カタナちゃんもカーテシーとかできないし」
ユーリが指示を出す。
アロはカタナに自分の予備ドレスを合わせていた。
「ん。アロ。この服だと刀を装備できない」
「刀は装備しなくていいから! 明日はいらないから!」
ミルヒとカカオは疲れ果てていた。
久しぶりに先生達と会うので、緊張もある。
「もう、いつもの魔法少女服でいいですよね?」
「アレはドレスに見えなくもないですしー」
「新武装の件もあるし、二人はそれでいいよ」
苦笑するユーリの元へ、格好いいデザイン姿の女騎士が歩み寄ってきた。
『ヴァルキリーエリュシオン ヴァルキリー』の画像検索で出てくる美麗な鎧。
彼女は、嘆きの街連合国軍・大隊長副官アジュ。
現在はセルヨーネ侯爵家の側室護衛官として抜擢されており、将来的に中央大陸へ向かうグラス第三夫人の専属護衛となることが内定している。
「閣下。港中の店舗人員への指示を出し終わりました。使者の来訪時間に合わせて庭園を中心に配置します。護衛は屋敷前、奥方様の周囲を軸に調整予定です」
「準備時間が無さすぎる。屋敷前での港街従業員の礼はそのままに、僕達の外での出迎えは省略して邸内対応に集中。聖教会の一行を直接応接間へ案内してくれ」
「邸内対応に集中、了解しました。邸内への案内は小官が務めましょう」
「流石アジュさん、有能だ。給与査定大丈夫?」
「満足しております、閣下。ご安心を」
アジェが今着ている最新デザインの鎧は、セルヨーネ家の護衛の中でも一握りの選ばれし者しか着られない。連合国軍時代の鎧はあまりにも無骨すぎて冒険者と区別がつかなかったので、その意味でもアジェは大満足だ。
そんな護衛官アジェが、一礼して去って行く。
ユーリはうんざりとした顔をする。
「はぁ……【死の森】前要塞や、嘆きの街から人員を引き抜いて大正解だったよ」
「正当防衛とはいえあっちの使者を殺しちゃったから、嫌がらせなの?」
セスレが不満気に唇をとがらせる。
苦笑するユーリ。
「いや、向こうはそこまで考えてないと思うよ。
「自分達の方が国より偉い、王族より格式が上だと普段から散々威張り散らしてるくせに、先触れまで出す正式な来訪がこじんまりで済むわけないでしょう!」
大変残念なことに、アーク大司教は
認識の差だ。先触れ時に『格式対応は不要』と伝えてもこれは変わらない。
『格式対応は不要(格式対応が不要とは言っていない)』と受け止められる。
上司が無礼講と言っても信じるな、というアレである。
「勇者達も平民出だし。貴族礼とか、伝わらないかもしれない」
「王族より格式が上なのに、貴族礼すら出来ないってこと!?」
「……格式ってなんだろうねぇ」
聖法は、国法よりも偉い。
だから聖教会は、王族より偉い。
「挨拶もできない自分達の方が偉い、ってどうして彼らは定めちゃったんだろうねぇ」
ユーリの呟きに、誰も答えることができなかった。
* * *
翌日。
アイギス港街の中央区、巨大なセルヨーネ侯爵家邸エリア。
美しい庭園を背景に、港街で働く従業員達がずらりと道の両脇に並んでいる。
アーク大司教、セイ、マユリ、リリィ、四人の聖騎士達。
9巻156Pの、こじんまりとしたいつもの風情で訪れた勇者一行だったが。
表情的には、155Pのように全員青ざめていた。
勇者一行の前に、綺麗な鎧を着た女性がやってきて敬礼をする。
敬礼は軍や護衛に共通した挨拶なので間違えてはいない。
「セルヨーネ侯爵家、側室護衛官アジュと申します。『勇者御一行様』の来訪をお待ちしておりました。小官が邸内までご案内いたします」
「あ、ああ……忙しい中の歓迎、感謝します」
「どうぞ。こちらです」
なんとか返事をしたアーク大司教。
アジュがニッコリと笑みを浮かべ、くるりと振り返る。
「港街従業員、『勇者御一行様』に対し、礼!」
門から屋敷の扉までかなりの距離がある。
そんな距離の道の両脇を固めた従業員達が、勇者達に対してキチンと礼をとる。
ずらりと並んだ人間達の一斉の礼なので、壮観にも程がある。
「あ、あはは……」
「なにこれ……」
セイとマユリの顔が引き攣る。
リリィがなんとか声を絞り出す。
「……王族を出迎える際の格式です」
アジュが歩きながら説明する。
「聖教会外交局の神父様が、ユーリ閣下に対し『我々の格式は王族の使者より上になる』と宣言されたと伺いました。今回は先触れという正式な通達と共に大司教様と勇者様、聖騎士様がご足労なされるということですから、相応の格式での出迎えをしております。閣下をはじめ、奥方様全員が邸内にてお待ちでいらっしゃいます」
お前等がはじめた物語だろう、と暗に言っている。
「えへへ……どうも……」
「あは、あはは……」
セイとマユリがぺこぺこ頭を下げながら歩き始めた。
どう対応すればいいのか、知識が全く無かった為だ。
礼法を教えても、セイが覚えられないというのもある。
勇者達と、守護される民の距離を縮めたかったというのもある。
だがそれは、礼法を覚えずとも良いという話にはならない。
礼儀を重んじる貴族達に対し、礼儀とか知らないけど聖教会はお前らよりも偉いから崇めてね。
結局の所、そういう話になってしまう。
『セイの記憶力が低い』なんて、言い訳にすらならない。
そもそも先触れまで出しといて翌日要請とか正気か、という話なのだ。
平民視点では、なんかすごいことになってるなぁ、で終わる話なのだが。
貴族視点では、勇者一行は歩く恥さらしだけど黙って見ていようとなる。
だからこそ、ユーリが呆れながら言うのだ。
面倒臭いから、聖教会は全員クラーケンの餌で良くない?
* * *
アイギス港街の中央区、セルヨーネ侯爵家邸の応接室。
ハーベラ領のセルヨーネ侯爵家本邸の応接室を参考に作られている。
ゆえに質実剛健、あるいはシンプルにしてエレガントな造りだ。
上質なテーブル、上質なソファ、上質な家具、上質な以下略。
言葉を尽くすより、『富裕層 豪邸』などの検索で出てきた室内を見てもらう方が早い。
ただ広いだけでなく、家具や配置も含めて調和が計算されている。
侯爵家なのだから、なおさらだ。
ソファが豪華すぎて落ち着かない。
さらに、応接室の壁にずらりとメイド達が並んで待機している。
マユリとリリィはカチコチに緊張して座っていた。
セイは呆けた顔で、室内をきょろきょろと見渡している。
アーク大司教は、教皇を含めた上層陣に派手な金箔家具が好きな人間が多いことを思い出す。
下の皆には節制や倹約を進めているのに、上層陣は派手な飾り付けを望みたがる。
この侯爵家の応接室のように、落ち着きのある部屋にしてくれればいいのに。
使用人達が、アイコンタクトをはじめた。
側室護衛官アジュが頷き、宣言する。
「ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵。セスレ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人。アロ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人。グラス・ハーベラ・セルヨーネ侯爵夫人。バーチェ様、バト様、ミルヒ様、カカオ様、カタナ様の御入室です」
王城でも通用する貴公子服に身を包んだユーリ。
次いで、ドレス姿のセスレ、アロ、グラスが順に入ってくる。
さらにバーチェ、バト、ミルヒ、カカオ、カタナの入室。
ミルヒとカカオだけ、魔法少女ドレスだ。
応接室の壁に並んでいるメイド達が、一斉に頭を下げる。
釣られて、勇者達もぺこりと頭を下げた。
ユーリは、勇者達の前に立つ。
その後ろに側室三人。さらに後ろに妾が五人。
正妻がいる場合は、ユーリの隣に配置されるが今はいない。
ユーリは笑顔で簡易貴族礼……右手を左胸に当てて、一礼した。
「はじめまして、『勇者御一行様』。ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ侯爵と申します。どうぞ、ユーリと」
そんなユーリの正式な挨拶に、キョドったマユリ達がどうすればいいのかわからず混乱していると、礼を終えて頭をあげたユーリと視線が合ったセイが、笑った。
「あはっ♡
ぎょっとした顔で、マユリ、リリィ、アーク大司教がセイを見た。
ユーリは苦笑する。
「ごめんねセイちゃん。
「……うっわぁ……
「模擬戦場でセイちゃんが言った通りだよ。小細工なしでもありでも
「15年以上、ぼくとどう戦うかずっと考えてたの? ぼくのこと好きすぎない?」
「……そうだね。ずっとセイちゃんに片思いしてたよ。何度も殺して何度も殺された」
「そっか……だから『愛してる』と『殺す』が、同じぐらい混じってたんだねー」
その言葉を最後に、ユーリとセイが見つめ合ったまま動かなくなった。
他の勇者一行も、ユーリの嫁達も、室内に沈黙が続いて困惑した。
* * *
「……これは」
「うわっ」
視界一面を埋め尽くす光の奔流。
天も地もなく、ユーリとセイしかいない無限の空間。
いわゆる、ニュータイプ感応シーンの景色だ。
「ララ音がしないだけマシか……」
「キラキラしてる……あっ」
キョロキョロと、セイは周辺を見渡していたが。
光の奔流の中にいるユーリと、セイの視線が交錯した。
ユーリの中に、セイが入ってくる。
セイの中に、ユーリが入ってくる。
「ただでさえ母子家庭でお金に苦労していたから、お金が欲しかった」
「聖教会の偉い人を殺すだけじゃ足りないぐらい世界が悪化しちゃった」
「母のために子供の頃から町のモンスターを退治して金を稼いでいた」
「亜人と戦争をしている場合じゃないぐらい強い敵がいるんだね」
「母親は消えた父親を思うばかりで、金を稼ぐセイちゃんを見てくれない」
「亜人の強さを恐れて殺そうとしたけど、亜人が悪いことをしたわけじゃない」
「マユリちゃんは幼馴染であり親友であり保護者。実の母より母親だから」
「だから亜人と仲良くしたいけど、それには荒療治が必要」
「勇者業は高給だから、一緒にいればマユリちゃんもお金を稼げる」
「聖教会も、それに従う各国も、両方どうにもならないから一度壊すしかない」
「マユリちゃんにあんまり迷惑をかけたくないから彼氏の補佐が欲しい」
「この世界の全てを愛して慈しんでいるからこそ虐殺すら辞さない」
そこで一旦、二人の視線が互いにズレた。
「……愛情と殺意が同じぐらい混じってるとか、世界の全てを愛しているから虐殺すら辞さないとか、僕は
「聖女システムってそんなに酷いんだ……じゃぁリリィちゃんも毎晩? 神の奇跡の神秘性を維持するためなら、捕虜の女性が増えても構わないと聖教会は考えてる?」
ユーリは苦笑する。
セイも苦笑する。
「これじゃ、僕の方が抜かれる情報が多いな」
「どうして15年も前からぼくのことを知ってたの?」
「生まれる前からセイちゃんのことを知ってたから」
「……嘘じゃない。でも壁みたいなものがあって、読めない」
神様が絡む関連は防壁でも張られてるのかもね、とユーリは内心で思った。
「リリィちゃんは救えない。真実を教えればきっと壊れる。でも洗脳を放置して、聖教会の戦力になるよりはずっといい」
「もう少し、死ぬ人を減らせないかな?
「……そうだね。僕とただ結婚するだけじゃ駄目かな。二人は好き合ったままでいい。セイちゃんはマユリちゃんのことが大好き、マユリちゃんはセイちゃんのことが大好き。僕は
「ぼくにちゅーしたいし、ちんちん入れたいとも思ってる。マユリちゃんにもちゅーしたいし、ちんちん入れたいとも思ってる。だけど
ユーリは、セイに満面の笑みを見せた。
「女の子同士でのエッチは、できるよ」
「できるんだ……」
セイの顔が、真っ赤に染まった。
* * *
「おっ」
「ん?」
見つめ合ったまま動かなくなっていたユーリとセイが、同時に喋った。
周囲の皆は、ビクッと驚く。
なにしろ、ほんの少し前まで皆殺しとか戦うとか二人は言い合っていた。
そのまま二人の動きが止まったので、周囲の空気が緊張に満ちていた。
「うーん……」
ユーリは暫くセイの顔を眺めていたが、握った右手の人差し指と小指を伸ばし、自分の右肩のあたりに持ってきた。
「この辺、かな」
セイはそれを受けて、広げた手のひらを水平にして、自分の右胸の上、鎖骨のあたりで止める。
「この辺?」
「うんそう、その辺」
「
「グラスちゃんと被るけど、仕方ない」
「マユリちゃんは?」
「彼女任せ」
「おっけー」
ユーリとセイだけで、凄い勢いで話が進んでいく。
気になって仕方が無いマユリが、話しかける。
「ちょ、ちょっとセイ。何を話してるのよ」
「襟足の長さ。もうちょっと伸ばした方がユーリ君の好みみたい」
「そ、そうなんだ」
これは、14巻41Pのセイvs白面金毛戦のシーンを前世時代のユーリが読んでいた時に、セイの胸甲と肩甲骨を結ぶ紐ラインを、セイの髪と見間違えたことに由来する。
現状のショートより、襟足を伸ばした髪型の方が女の子っぽさが増してグッと可愛くなるのでは、とユーリはずっと感じていたのだ。
「あらためまして!」
セイが笑顔で立ち上がった。
「ぼくが聖剣の勇者セイです! 好きなものはお肉です!」
ユーリの嫁達の顔が引き攣る。
ユーリの挨拶後は、嫁達の挨拶という段取りだったからだ。
それが全て一瞬でぶち壊された。
「で、こっちが
「あ、どうも……」
自己紹介されたマユリだったが、段取りを破壊した空気を読んだ。
軽く頭を下げるだけにとどめた。
「で、こっちは聖杖の賢者リリィちゃんです! 聖教会から紹介されて仲間になりました! 好きなものは甘いものと辛いものです!」
「よろしくお願いします」
船着き場でルドス達に自己紹介した時とは違って『神の奇跡で魔法を使う』の文面が入っていなかったが、リリィは気にせず流した。
ユーリ経由でセイが聖女システムについて知ってしまったことなど、わかろうはずもない。
「最後に、聖教会のアーク大司教様です! なんか『ちゅうかんかんりしょく』? で苦労人のえらい人です! 好きなものは塩辛いものと辛いお酒です!」
「う……うむ。事態の把握のためとはいえ、急に来訪したこと、大変申し訳なく……」
アーク大司教が、頭を下げた。
しかし台詞の途中で、セイが叫んだ。
「四人合わせて……『勇者御一行様』です!」
しーん。
沈黙が場を支配した。
「……『剣聖』ユーリ、いえ、侯爵閣下」
「なんでしょう、大司教様」
「胃薬はありませんか?」
「持ってこさせましょう」
アーク大司教の胃壁は、ブレイク寸前だった。
波乱の幕開けのはずなのに、まだ挨拶が終わったばかりである。
胃が。胃が痛い。
アーク大司教は、お腹をさすり続けた。