ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング!   作:RAP

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第121話 原作時間軸・アーク大司教

 

 聖教会、アイギス支部。

 外から騒ぎ声が聞こえて、アーク大司教は何事かと書類整理の手を止めた。

 窓から外を覗けば、セルヨーネ侯爵家の紋章入りの馬車が止まっているのが見える。

 

 馬車から降りてきた侯爵閣下が、聖騎士に木箱を運び込むよう指示を出している。

 一緒にセイとマユリが馬車から降りてきた。

 皆で仲良く笑っているので、婚前交渉を無事に終えたのだろうか。

 

 きっと、結婚式の打ち合わせに違いない。

 アーク大司教は、(はや)る心を抑えて席を立った。

 木箱を抱えた聖騎士が、倉庫へと向かうのを見送りながら侯爵一行に近づいていく。

 

「侯爵閣下。ようこそいらっしゃいました」

「おはようございます大司教様。先触れもなくすみません」

「いえいえ。早速、結婚式の打ち合わせですかな?」

 

 アーク大司教がそう尋ねると、侯爵閣下とセイとマユリが顔を見合わせた。

 

「そうですね……打ち合わせといえば、打ち合わせです。お時間よろしいですか?」

「いいですとも。ささ、こちらへ」

 

 セイとマユリが幸せそうで、本当に嬉しい。

 アーク大司教は、軽い足取りで応接室へと皆を案内した。

 ……軽い足取りであった。

 今日、ここまでは。

 

 

 * * *

 

 

「それで、本日はどのような……」

 

 アーク大司教が切り出した瞬間、侯爵閣下が胸元から小瓶を取り出し、テーブルへと置いた。

 先日も飲んだ、胃薬の瓶だ。

 

「これは?」

「胃薬です。先ほど一箱分持ってきましたので、聖騎士の人に渡しておきました。全て大司教様へのご寄付です」

「聖教会ではなく……私個人への寄付ですか?」

 

 アーク大司教は、丸薬タイプの胃薬の瓶を手に取り、首を傾げる。

 

「ええ。絶対に必要になるかと思いましたので」

「あはは……大丈夫ですよ大司教様。何箱分でもくれるそうです」

「あっ、私ポットに水を汲んできます」

 

 セイのフォロー。マユリは井戸の方へ走っていった。

 侯爵閣下と、セイの発言が不穏すぎる。

 一体これから、どんな話をされるのだろうか。

 

「今代の教皇は15代でしたか? 16代でしたか?」

「今の教皇猊下は15代ですな。一代あたり、平均して35年程度の任期でしょうか」

「次代教皇の選出方法についてお伺いしても?」

「教皇は、任期中に次期教皇候補となる枢機卿を7人選出いたします。教皇の没後に教皇選出選挙(コンクラーベ)が行われ、投票権を持つ枢機卿のみが投票し、次期教皇を選出いたします。……とはいえ、大抵は首席枢機卿が選ばれます。私は枢機卿でもありますが、政治力的には弱い立場でしてな。投票権を持っているだけの、中間管理職にすぎない、しがない大司教です」

「なるほど、アーク大司教は枢機卿でもあらせられる……()()()()()()()です」

「戻りました」

 

 マユリがポットとコップを手に入室してくる。

 

「マユリちゃん、大司教様に水を」

「はい!」

「……侯爵閣下、一体何を……」

「何って、以前に話した通りですよ。婚前交渉が終わったら聖戦(ジハード)についてお話をする、と言ったではありませんか」

「ああ、やはりそのことでしたか。セイちゃんもマユリちゃんも幸せそうに笑っているので、見ているこちらも大変嬉しく思っておりますぞ」

 

 侯爵閣下、つまりユーリは、わざとらしく足を組んでみせる。

 

「ええ。ですから幸せのお裾分けに参りました、アーク大司教」

「……お裾分け?」

「いかにも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()6()()()()()()

「ッ!?」

 

 アーク大司教は戦慄する。

 一体、目の前のこの青年はなにを言い出しているのか。

 

「第15代教皇はもうすぐ不慮の死を遂げられ、教皇選出選挙(コンクラーベ)が行われることになるでしょう。ああしかし、なんたる不幸か! 他の枢機卿に突然不祥事が発覚したり、いきなり体調不良になったり、寿命が来て天の扉を潜られ聖人認定される方がお増えになられます。悲しいことは続くものですね。アーク大司教、いえ、皆からの信認厚きアーク主席枢機卿は、そのまま第16代教皇猊下にお成り遊ばされる……おお、なんと素晴らしい。栄光の道ですね。おめでとうございます」

「……本気でおっしゃられている?」

「ええ。これで中間管理職から解放されますね。なにせトップとなってその辣腕を振るわれることになるのですから。ねぇ、アーク第16代教皇猊下?」

 

 アーク大司教は、死んだ瞳でしばらくユーリを眺めていた。

 受け取った小瓶の蓋を開け、胃薬の丸薬をだばーっと丸呑みする。

 セイとマユリが唖然としている中、菓子でも食べるかのようにアーク大司教はバリボリと大量の丸薬を噛み砕きはじめた。

 ごくん、と大量の丸薬を飲み込んでから、アーク大司教はマユリが持ってきたポットを掴み、コップに注ぐことなくポットから水を直飲みしはじめた。

 

 ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ……。

 

「ぷはっ」

 

 行儀もへったくれもなく、手の甲で口についた水を拭うと、アーク大司教はユーリを睨みつける。

 

「詳しくお話を伺いましょう、侯爵閣下」

「先に言っておきますが、もう止められませんよ? 既に歯車は回っています。貴方が断れば、リリィちゃんあたりが次期教皇になるだけの話です。別にこちらとしては、亜人との融和政策に舵を切ってくれるのであれば、教皇なんて誰だって構わない。ちょうど僕の手の届くところに有能で理解力の高い貴方がいらした。それだけの話です」

 

 

 * * *

 

 

「これでもだいぶ、死者を減らす方向に修正したんですよ? 同意が得られなければ、セイちゃんやマユリちゃんごと遠征軍皆殺しもやむなしとまで考えていましたから。ネゴ神父は完全に弓王案件ですが、シエ神父と聖騎士に対してはモンスター語の研究の件と、勇者システムと、聖女騎士システムについて指摘したら神敵だの異端だのと言われ襲いかかられたので、やむなく正当防衛に至っただけの話です」

「なるほど……今ここで話しているということは、つまり」

「ええ。セイちゃんにもマユリちゃんにも、既に全てを話し終えています。給料だけでは心まで完全に縛れませんよ、大司教様」

「敵も身内も誰も納得しないのなら、納得しないものを全て消していく……亜人側も『人間絶滅させるべし、降伏も許さない』に舵を切りつつあるから、ここで止める、と」

「いまこの時こそが、最高の横殴りのタイミングというわけです」

「確かに上層部は、聖女騎士システムの維持、つまり御使いや精霊の神秘性を高めるために他の犠牲を無視しています。しかし教皇猊下を殺すなどと言わずとも、話し合いで……」

「話し合いなどくそくらえ(Fuck You)だ」

 

 ユーリが、右手の甲を大司教に向け、中指を立てた。

 その上で、立てた中指を下に向け、ドン、と勢い良くテーブルを突く。

 

「自分で言ってて無理だとわかっているでしょう」

 

 ドン!

 

「多くの犠牲と労力と金をかけてきたから捨てられないと知っているでしょう」

 

 ドン!

 

「孕み袋の犠牲者どころか、何人死のうが知らんぷり。上層部は見てるだけで死なないから」

 

 ドン!

 

「初代と12代の尻拭いのために人類全員巻き込んで平気な顔してんじゃねぇよ」

 

 ドン!

 

 中指一本だけを立てて思い切りテーブルを突く、という行為は、それを見ているだけで『指が折れてしまうのでは?』と恐怖を感じる。これはユーリが部位鍛錬を幼い頃からやっているので可能な行為であって、素人が真似しようとしてできるものではない。

 

「聖典をいじって人類を絶滅に導いた聖教会だけではない。聖法などというものを自国の法律の上に置くことを許した時点で、各国の上層部も同罪だ。思考停止にも程がある。全てを500年前、いや、正確には初代教皇がそびえたつクソを垂れ流す前に時計の針を巻き戻す必要がある」

「まさか、偽書も用意済みなのですか」

「ありますよ。500年前の、改変前の聖典。既に大量増刷に移行している……ああ、僕を殺しても無駄です。僕が死んでも、中央大陸で無料配布され続けるでしょう。永遠に」

「そこまで……そこまでなさるのですか?」

「やはり貴方も理解しておられない。聖教会の最大の罪は、神の大量虐殺だというのに」

「神の……大量虐殺?」

 

 ユーリは大司教を眺めながら、ため息をつく。

 

「799万9999柱。あなたたち聖教会が殺した神の数です。一柱(ひとはしら)でも神殺しは大変な罪だというのに、聖教会は平然と神の大量虐殺をしてしまった。だからこそ、僕は決して今の聖教会を許さない。弓王ボーゲンは『教会の王が代替わりさせられる前に、戦争が終わるよう祈れ』と言ったようですがね。僕は違います。最低でも教会の王は代替わりさせる、絶対に。聖教会が殺した神のうちの一柱(ひとはしら)を信じている者として、それは必ず成し遂げる」

 

 大司教が何かを言いかけて口を開いたが、何も言えず口を閉じる。

 

八百万(やおよろず)。自然界のあらゆるもの、生活の道具、さらには人間の感情や行為までもが神であり、八百万の神々が人々を見守っているという多神教の考え。それを初代が聖典ごと教えを書き換えやがった。八百万の神などいない、神は一柱(ひとはしら)のみである、異論は認めない、異論を唱える者は全て神敵であり異端であると言い出した。ならばいいでしょう、僕は神敵であり異端だ。雷神、剣神、武神、軍神、地震の神、境界の神であられる建御雷神(たけみかづちのかみ)の信徒として、僕は聖教会と戦うと誓う」

「血が……流れますぞ。多くの血が」

「これは異な事を。多くの血が流れるのを望んだのは、聖教会ではありませんか」

「だから『鳴神』であり『雷光流』……雷の神の信奉者であると周囲に示しながらも、それを悟られぬように」

「然り」

 

 ユーリは、足を組み直して笑う。

 

「僕の嫁は一騎当千揃いですから、その嫁が10人で戦力は一万人。夫の僕が一万人として、合わせて二万人。弓王伝説に挑戦してみるのもいいかもしれませんね。なんて呼ばれるんだろう? 聖王? いや聖の字はもう遠慮したいなぁ」

 

 ウォーズマン理論もびっくりな計算式を言い出した。

 もちろんハッタリだが、機の一改(ライトマシンガン)狙の一改(スナイパーライフル)を駆使すれば実際なんとかなりそうではある。

 機の一改(ライトマシンガン)を両手に持ってジャンプしながら回転撃ちするわけではない。

 

「まぁ、ご安心を。互いに殺し合うという表向きは、何も変わりません。話した通り上も下も同様に削っていきますから、セイちゃんもマユリちゃんも普通に亜人との戦いには参戦します。当然、身体が空いていれば僕も亜人を殺しましょう。ただ、リリィちゃんは無理かもしれませんね。きっとこれから、壊れてしまう。殺戮聖女レピアも使い物にならなくなるでしょう……一応、セイちゃんから二人を助けて欲しいとお願いされているので、壊しすぎないようにやってみます」

「……セイちゃんとマユリちゃんを正妻に、というのは、侯爵閣下にとっては成立せずとも良かった。誰かを第16代教皇に代替わりさせる事自体は決まっていたから、それができる戦力や準備を既に終えられていた。セイちゃんとマユリちゃんを侯爵閣下の正妻にさせたことは、リリィちゃんとレピアちゃんを助ける行為に繋がったのだと、前向きに受け止めるしかなさそうですな」

「実際、計画が狂いましたからね。聖女騎士システムの関係上、御使いも精霊も皆殺しにして、廃人と化した聖女は捨てるつもりだったんですよ? 全員助けてって、どんな無茶ぶりだよ……」

 

 セイもマユリも、ニコニコ笑っている。

 リリィを助けてとお願いし、それをユーリが承諾した。

 ユーリがシステムをどう崩すのかは知らないけれど、旦那様ならやってくれるはず。

 

「……互いに殺し合うという表向きは、何も変わらない。今はそれを信じるしかなさそうですな」

 

 アーク大司教は、胃薬の瓶を逆さにして、残りの丸薬を一気に口に放り込んだ。

 バリボリと食べながら、ポットの残りの水全てと共に胃に流し込む。

 胃薬のオーバードーズってどうなんだろう、とユーリは苦笑した。

 

「ふむ。やはりこの胃薬は効きますな」

「一箱では足りなさそうですね。追加で三箱ほど用意させましょう」

「助かります」

 

 話は終わった、とばかりにユーリが立ち上がる。

 

「繰り返しますが、セイちゃんもマユリちゃんも基本的にはちゃんと参戦させます。リリィちゃんは使い物にならなくなるので、今後は諦めてください。うまくいけば戦線復帰は可能でしょうが……あまり期待なさらず」

「……わかりました」

 

 セイとマユリを引き連れ、ユーリが去って行く。

 

 アーク大司教は、内心で初代教皇を呪う。

 何故、多神教から一神教にしてしまったのか。

 権威などというくだらないものを高めようとした結果、全ての尻拭いがツケとなって500年後に回ってきた。

 もう止められない。何年もの時間をかけて、侯爵閣下は念入りに準備を進めてきた。

 こちらに情報を伝えても問題無い段階だと確信したからこそ、こうして話して貰えているのだろう。恐らくは中央大陸との二面作戦。暗殺者として相当の手練れが15代教皇を狙うはずだ。

 

「中間管理職から、いきなりトップとは、ね」

 

 倉庫に胃薬を取りに行こう。

 いや、箱ごと仕事部屋に運んで貰おう。

 

 アーク大司教は、お腹をさすった。

 

 

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