ふかふかダンジョンでエンジョイ&エキサイティング! 作:RAP
聖教会のアイギス支部。
聖剣の勇者、セイ。
王族の格式の正妻二人を同時に迎える、大変珍しい結婚式だ。
人類史上でも二例目か三例目、とにかく記録が無い。
侯爵家の私兵と、聖教会の教会兵および聖騎士が会場や周辺を固めている。
教会兵も聖騎士も動きが不穏ということで、侯爵家側も厳戒態勢だ。
* * *
【夫】
・ユーリ……『FGOオベロン第2再臨』のデザインの儀礼服。
【正妻】
・セイ……非武装ドレス(
・マユリ……非武装ドレス(
【側室】
・セスレ……ヴァルキリードレス、ロングソード
・アロ……ヴァルキリードレス、愛刀二本差し
・グラス……非武装ドレス(
【妾】
・バーチェ……ヴァルキリードレス、ロングソード
・バト……いつもの冒険者服(CNF・TKG複合型)+仕込み杖
・ミルヒ……魔法少女服(CNF・TKG複合型)+偽装ラケットメイス
・カカオ……魔法少女服(CNF・TKG複合型)+偽装ラケットメイス
・カタナ……ヴァルキリードレス、愛刀二本差し
【妾候補】
・レピア……いつもの聖女服
・リリィ……聖杖の賢者服
【警備隊隊長】内部待機
・アジェ……ヴァルキリードレス、ロングソード
【犬狼】外部待機(狙撃ポイント確保済み)
・カマセ……
・ハンティ……
・クロス……
【ジャンパーティ】警備バイト
・ジャン……いつもの冒険者装備(CNF・TKG複合型)、愛刀二本差し
・ナァル……いつもの冒険者装備(CNF・TKG複合型)
・ナギ……いつもの冒険者装備(CNF・TKG複合型)、ソードスピア
・ウォル……いつもの冒険者装備(CNF・TKG複合型)、スコップ
* * *
アーク大司教が待っている前へ、僕がゆっくりと歩いて行く。
大司教の前で僕は立ち止まり、振り返る。
白いヴァージンロード(何故前世と同じなのかは知らない)の上を、白いウェディングドレスに身を包んだセイとマユリが、両腕を組んでゆっくりと歩いてくる。
……もうこの部分だけ切り取って結婚式終了で良いのでは? 駄目?
やがて彼女達が到着し、腕組みをほどいた。
セイ、僕、マユリの順で横一列に並ぶ。
完全に僕が彼女達を侍らせて、挟まっている。仕方ないね。
「聖典第一項前文『旅人への啓示』。道に迷い立ち止まったとき、あなたは何故それをするのか振り返るがよい。答えは常にそこにあるから――私は、新郎が新婦達に愛の告白をする場に居合わせました。二人を正妻として、包んで愛するのだと。新郎には既に多くの妻がいますが、同様に皆を包んで愛してくれるものだと私は信じています。ですから、もしあなた方が道に迷い、立ち止まってしまったときは、何故お互いを求めたのか振り返ってみてください。きっと、答えはそこにあることでしょう」
アーク大司教が、にこりと微笑む。
セイとマユリが結婚することが、本当に嬉しくて仕方が無い顔だ。
「新郎ユーリ・ハーベラ・セルヨーネ。あなたはセイ、マユリの両名を、法的に認められた正妻とすることを誓いますか?
「誓います」
「あなたは彼女達を愛し、敬い、大切にし、病める時も健やかなる時も、生涯にわたって共に生きることを誓いますか?」
「誓います」
「新婦セイ、マユリ。あなたはユーリ・ハーベラ・セルヨーネを、法的に認められた夫とすることを誓いますか?
「「誓います」」
「あなた方は彼を愛し、敬い、大切にし、病める時も健やかなる時も、生涯にわたって共に生きることを誓いますか?」
「「誓います」」
「それでは、誓いのキスを――」
アーク大司教が三人にキスをさせようとした、まさにその時だった。
* * *
「ちょっと待ったああああ!」
インターネット老人会が『その昔、ねるとん紅鯨団という番組があっての』と語り出しそうな叫びが教会内に響いた。
聖騎士の一人がヴァージンロードに飛び出し、兜を脱ぎ捨て、床に叩きつけた。
兜の下から、茶髪のロングポニー、太眉の濃い顔が飛び出てきた。
その顔はピンク色の胴着と、挑発行為が似合いそうな男前だった。
飛び出してきた男との距離はあったが、ユーリは念のために一歩前に出て、セイとマユリを庇う位置に立った。
「非道な権力を用いて無理矢理に契りを結ぶ悪逆貴族め、いい加減にしろ!」
おっ、悪役認定された。やったね、とユーリは内心喜ぶ。
「俺は最強の聖騎士、ダン! 聖剣の勇者セイは、お、お、お、俺の彼女になる人だーっ!」
ざわ・・ ざわ・・
聖騎士や教会兵達が『おおっ、言った!』『やったなダン、ようやく言えたな!』と騒ぎ出す。
一方、侯爵家側は全員真顔になっていた。
セイが既に妊娠していることを、警備組はバイトに至るまで全員聞かされていたからである。
「えっと……ごめん、誰?」
ただでさえ記憶力の弱いセイだが、聖騎士はいつもフルヘルメットを被っているので今回はセイを責めるのも酷というものだろう。
マユリは片手で頭を抱えて、セイに説明する。
「ほら、ずっとセイに模擬戦を挑んで一回も勝ってない人……いや誰も勝ててないからこの説明だと駄目かも……」
「……セイに覚えられていないようだが?」
ユーリが、ダンに対して無情な台詞を言う。
ダンはそんなユーリを睨む。
「そんなことはない、俺は何度も彼女に剣での戦いを挑んで……」
「そうじゃない」
ユーリがため息をつく。
「挑むのであれば剣ではなく、想いの告白であるべきだ。僕は彼女達の前でキチンと
「……い、いや、彼女に勝ってから告白しようと……」
「ではセイがあなたの彼女になるというのは、未定以前の妄想であると解釈して良いのか?」
「かっ、彼女は神が使わした真の勇者である! 最強の聖騎士である俺が勝てない、だから惚れた! 異論ある者は聖剣の勇者セイに勝ってから語れと、聖騎士達は常に言われている! 聖剣の勇者セイに勝ったことのない悪逆貴族のお前に言われることなど、なにも無いわぁ!」
「話が噛み合わないなぁ……」
ユーリが、遠い目になる。
マユリが、ユーリを盾にするようにしがみつきながらダンを覗き込む。
「……私はどうでもいい感じなの?」
「申し訳ない、
「セイじゃなくて、『聖剣の勇者セイ』が好きなのね?」
「……ん? 何が違うのかわからんが……聖剣の勇者セイが好きだ」
「そうなんだ。セイの何が好きなの?」
「そ、そのままを愛している!」
「「うおー、すげー、言ったぞ!」」
「「ダンがやった! いけるぞ!」」
聖騎士達が応援しているが、ユーリ的にはなんだこの茶番という感じだった。
ユーリが振り向いてセイを見ると、セイは苦笑して答えた。
「この人、ぼくのおっぱいにちんちんを挟んで、ぼくに精液を飲ませたいみたい」
「え"」
セイに性癖をばらされ、ダンが硬直する。
「パイズリ飲精フェラ
ユーリが優しい瞳で、哀れな男を見つめる。
マユリはにっこり笑って宣言する。
「ダン。セイに手を出したら殺します。言葉の綾ではなく『実際に殺害する』という意味です」
「な、何故貴女にそんなことを言われなければならないのか、
「ねぇ、セイ。あんたこの
「ならないよー?」
「うん、わかった。それだけでもう十分」
相手の顔だの地位だの資産だの気にしないセイが、権力ごときで抱かれるはずがない。
なんでそれがわからないかなー、とマユリは苦笑した。
「えーと。もう、お腹にユーリ君の子供がいるので、ごめんなさい?」
セイがぺこりと頭を下げる。
アーク大司教が聞いてないんだがオルァという顔をした。
当然、教会中にざわめきが広がる。
もうどうにでもなれと、ユーリは苦笑する。
「ベッドの上で聖剣の勇者セイに勝ったということで、どうですかね」
「ぼくを
ユーリが軽く煽ったら、セイが爆弾発言を投下した。
ダンが叫ぶ。
「れ、レイプぅ!?」
「あんた話がややこしくなるからそういうのやめてよね!?」
流石のマユリもキレる。
「き、き、き、き」
「き?」
「貴様ァーッ!」
ぶち切れたダンが、懐からレモンとナイフとフォークを取り出した。
「もういい、もうわかった! この俺の愛を無碍にする女が、神が使わした真の勇者でなんかあるはずがなかった! 全部まとめて終わりにしてやるゥ!」
「ま、まさか! やめなさい、聖騎士ダン!」
アーク大司教が慌てて止めようとする。
だが、ダンは無視してレモンにナイフを突き刺した。
「ひ、ひひ……聖教会の文献で見たんだ。これでフォークも突き刺せば、雷の要素の禁忌条件を満たす。終わりだ。みんなおしまいだ……ッ!」
まさかの禁忌という単語に、幾つかの悲鳴が教会内に響く。
ユーリは、深いため息をついた。
「終わらない。確かに雷の要素は発生するけれど『柑橘類に別種の金属でできたナイフとフォークを刺すのは禁忌にならない(7巻152P)』。残念だったね、自爆できなくてさ」
柑橘類(ミカンやレモンなど)は、含まれる酸と二種類の金属(一般的には亜鉛と銅)を電極として使うことで電気を発生させることができる。レモン電池と言われている。ジャガイモでも出来る。そしてそれはお手軽ゆえに、禁忌とはみなされない。禁忌認定には、一定以上の規模や技術として使えるか否かなど、複数の要素が必要であることが推察されている。
「嘘をつくなぁーッ!」
ザクッ、と音をさせて、ダンがレモンにフォークも突き刺した。
電球でも繋げていれば、光を放ったことだろう。
だが電球すら繋げていないから、レモン電池として機能したのかどうかすら不明だ。
「うおおおおおお!」
スプーンとフォークを突き立てたレモンを、ダンは頭上に掲げた。
それはまるで、自身の行為に陶酔しているかのよう。
禁忌、という言葉に怯え、突如逃げ出す教会兵達も出始めた。
「だから、禁忌判定にはならないんだって……」
ユーリが乾いた笑いを浮かべた、まさにその瞬間だった。
軽く地面が揺れたかと思うと、何か巨大なものが勢いよく石床を砕き、下から飛び出してきた。
(BGM:映画バブル「Battlekour」澤野弘之)
ユーリが断言したように、レモン電池は世界に禁忌判定されなかった。
だが、禁忌から発生するエネルギーを認識したものが、味見をしようとレモン電池に好奇心を向けた。
口の大きさだけで、三メートル以上はあるだろうか?
織津江大志が、モンハンのフルフルと一瞬勘違いしたそれ。
その白いミミズのような、得体の知れない何かはその大きな口でレモン電池を持ち主ごと一飲みにした。
砕いた石床から頭部だけを突き出し、
その口内で、聖騎士の鎧を着たダンがついでに細切れになっていく。
得体の知れない何かの口から血と肉片がだばだばと溢れだし、周辺が赤く染まっていく。
ユーリは大きく息を吸い、全力で叫ぶ。
大弓槍を隠しておくべきだったと、ユーリは内心で舌打ちする。
「総員待避、散開ッ! 盾持ちは盾を掲げろ、盾無き者は柱の陰に隠れろ、ラケットメイス術士は偽装解除してフル装備! 非武装民はとにかく逃げろぉッ!」
教会内のあちこちから、悲鳴が響き渡る。
シロミミズリュウモドキは鎧の欠片をまずそうに吐き出すと、その巨体をゆっくりと教会内にあらわしはじめた。
頭部が口と歯のあるミミズで、腹に動く悪性腫瘍を大量に抱えたフタバスズキリュウのような、爬虫類でも両生類でも哺乳類でも魚類でもない、まるで別の星で進化した全く未知の生物が収斂進化の結果、竜か何かに近い姿になったような……。
「対象をシロミミズリュウモドキと呼称する! デタラメに強力な射撃武器が来る、距離を置き遮蔽に隠れろッ!」
「俺達に指示をだすんじゃぁないっ、この腐れ貴族がッ!」
聖騎士や教会兵達がユーリに対し、意地を張って威嚇をする。
同様に、抜剣してシロミミズリュウモドキに襲いかかっていく。
脅威度の不明な敵に意地だけで襲いかかるのなら、『主と民草に命を捧げる』と決意表明で叫んだくせにヒュドラからあっさり撤退してんじゃねぇよ、とユーリは毒づいた。
「だったら勝手に死ね馬鹿野郎! 弓兵、各自に撃て……クソが、邪魔なんだよ聖騎士ども!」
弓を撃とうにも、相手を侮って群がる聖騎士や教会兵達が邪魔でうまく撃てない。
聖騎士の剣がシロミミズリュウモドキに届こうとした矢先、そいつはニヤリと笑った。
ギュルッ
床を這うように一瞬でぐるりと回ったシロミミズリュウモドキが、周囲にまとわりつこうとした聖騎士達を一瞬にして尾ではじきとばした。
10人以上の聖騎士が玩具のように吹きとび、壁や柱に激突し、ただの肉塊と成り果てた。
合わせて投射された何十本もの黒曜石の矢が、その本数分の教会兵を一撃で皆殺しにしていく。
するりと割り込むように、警備隊隊長のアジェがユーリに近づいて叫んだ。
「閣下、犬狼から光通信による緊急連絡です!」
「前置きはいい、話せ!」
「正体不明の大型モンスターの群れ、人類級からドラゴン級まで数50以上、アイギスより距離10km圏内にて確認! また、全く見たことのない白いモンスターが川や海から這い上がってきているとのこと!」
アジェが報告している中、シロミミズリュウモドキが這い出てきた穴の中から、
「……ああ、目の前で確認した。アジェは避難民の誘導に徹しろ、聖騎士が落としていったその辺の盾を使え、急げ!」
「ユーリさん!」
マユリの悲鳴が聞こえる。ユーリは振り向かずに叫ぶ。
「セイちゃん、マユリちゃん、アーク大司教を連れて早く逃げて!」
「違うの、大司教様が!」
チラリと後ろを見る。アーク大司教の肩に黒曜石の矢が刺さり、大量に出血していた。
白い異形達が複数匹、まるでレッドキャップの弓引き投げのように、軽い助走から細長い槍を一斉に投射した。そのうち二本が、新郎新婦達に向かって襲いかかる。
すさまじい早さで駆け寄ってきたヴァルキリードレス姿のカタナが、愛刀二本を一瞬で抜いて槍を弾き飛ばした。
「クソが、誘導弾まで……ッ!?」
シロミミズリュウモドキの口が大きく開き、舌の代わりにぎゅうぎゅうに詰まっている歯が見えた。自らに群がる教会兵どもに対し、
凄まじい爆音と衝撃が、教会を破壊する。教会兵達の肉片と
その光景を見ていたジャンが、動揺する。
「爆弾……『火薬』!?」
「……来る!」
近接型の白い異形が突っ込んできた。カタナが跳ね起きて、愛刀で交戦を開始する。
ユーリは全力で叫びながら立ち上がる。
「モンスター・スタンピード警報! この白い化け物達を倒しに、ドラゴン達がアイギスにやってくる! 侯爵軍全てに告げる、
「
警備隊隊長のアジェが 全力で復唱する。
誘導弾を投射する白い異形達の身体に対し、ガガガッ、ガガガガッ、と音を鳴らしながら小さい矢が立て続けに命中していく。
同時に、意味不明な速射で放たれた矢が、幾筋もの放物線を描いて200m級の距離を無視した狙撃で白い異形達に刺さっていく。
「ジャンパーティ! アーク大司教を安全地帯まで運んでくれ、早く!」
「わっ、わかりました!」
ユーリの指示に、ジャン達が走り始める。
アロも一緒に走り始める。
「ジャンパーティってことは、私もってことね!」
「ああ、アロの判断力に期待している、頼んだ!」
周囲に人が多すぎる。
自分の魔法の使い方では、大勢の人間をまとめて殺しかねない。
ユーリはもっと魔法に向かい合うべきだったかと、悔やむ。
「バーチェ、ミルヒ、カカオ! セスレ、グラス、バトを護衛しながら撤退、可能ならそのまま港街まで!」
「わかりました、ユーリ様!」
「りょ!」
「いえっさ!」
ブォン!
シロミミズリュウモドキの、再度の回転。
聖騎士も教会兵も細切れになり、肉片と鉄塊と血をまき散らすだけの物体と化していく。
一つ違ったのは、黒曜石の矢がアーク大司教の周辺に襲いかかったことだ。
マユリがキャンドルスタンドを手に取り、ラケットメイス代わりにして黒曜石の矢をはじく。
ジャンパーティ達は、所有者が不在となった聖騎士達の盾を利用してガードしている。
セイがよろめいたのを、ユーリは見た。
腹への弾道を、セイは自身の腕で無理矢理払いのけていた。
シロミミズリュウモドキの投射武器の威力の前に、セイは腕に怪我を負い、よろめいた。
* * *
……だが、何故だ?
マユリちゃんのようにキャンドルスタンドをラケットメイス代わりにしていれば。
それができないセイちゃんではないはず……?
セイの元に駆け寄り、抱きしめた瞬間に疑問は一発で解けた。
セイの顔色は悪く、口から胃液を吐いた痕跡が残っている。
……
視界の端、白い異形達が一斉に誘導弾の投射姿勢に入ったのが見えた。
よりによって
カタナが一本
アレの威力は不明だが、少なくともこのままでは自分とセイ、二人ごと貫通しかねない。
前世の死の間際。
高級外車に吹き飛ばされる直前に、目の前にいた男子小学生を抱きかかえたことを思い出す。
ああ、そうか。
どうにも僕は、こういう運命のようだ。
今度は抱きしめるんじゃなくて、逆だけど!
丁度セイを抱きかかえていたので、キスをする時間だけはあった。
ユーリがセイにキスをすると、胃液の味がした。
なんとも締まらないな、と思いながらセイを突き飛ばす。
「ゆ……りく……ん、だめっ」
あー。
涙目のセイちゃん、可愛いなあ。
時間とか止まってくんねぇかな、いっそ。
涙目のセイちゃんがおかずなら、白米三杯いけるね。
キィン!
ドスッ。
だがもう一本の誘導性能を持っていた投げ槍は、目的物の面に正しく垂直に
そして『胴鎧の中に土を詰めて人間の体温程度に温めると貫きやすくなる』。
ユーリの服は当然ながら、人間の体温程度に温まっていた。
弓の強弱のみが、その貫通力を決めるのではない。
投げ槍にも、同じことが言える。
ユーリの背中から腹部を貫通し、自身の血に染まった投げ槍の先端をユーリは見た。
時間止まれって言っただろ、ばーか。
何が魔法だ。役に立てよ。
喉奥から血が溢れてくる感覚がする。
腹部損傷で吐血かよ、とユーリは苦笑する。
腹部に損傷を受けて吐血した場合、腹腔内出血や内臓損傷の可能性がある。
前世であれば、
「セスレェッ! 全権限を委譲、アロとバーチェはセスレの補佐! 侯爵軍は順次港街へ撤退、モンスター・スタンピードはドラゴン達が白い化け物共を一掃すれば終わる、耐えろ!」
「全権限委譲!? 待って、ユーリ!」
セスレの声が聞こえる。
腹部が激しく痛む。
口の端から血が流れてくる。
意識は薄れ、目眩がし、冷や汗が出てくる。
119番コールしてぇなぁ、チクショウ。
「セイ、マユリ、セスレ、アロ、グラス、バーチェ、バト、ミルヒ、カカオ、カタナ、レピア、リリィ、あとブラウィド! みんな愛してる!」
急激に、身体から力が抜けていく。
クソが。クソがよ。
時間停止、いや巻き戻り? なんかそういう、なんかそういう……!
膝から崩れ落ち、視界が90度傾いた。
あれ、そんな動作はしていないのに。
「ユーリさん!」
「ユーリ様ぁ!」
マユリちゃんとバーチェ?
あー、結構ヤバい出血?
やばいな、目がかすんできた。
ちくしょう、力が、力が入らない……!
* * *
バーチェとカタナが、倒れたユーリに真っ先に駆けつけようとして……その足を止めた。
意識を失ったユーリの様子を、しゃがみこんでチェックしている『妹のユーリ』がいたからだ。
いつの間に、そこに? いや、気になるのはそれだけじゃなくて、ええと。
銀髪のロングヘア。髪の後ろをリボンで束ね、ポニーテールのようにまとめている。
その
どこからどう見ても、ユーリちゃんだ。
わけがわからない。
分裂でもしたというのだろうか。
ただ、彼女が纏うオーラは尋常のものではない。
優しいユーリが女体化した時とは全然違う。
抜き身の刃、触れれば斬れる妖刀。
今まで一体何人殺してきたのか、と問いたくなる。
腹部に投げ槍が刺さって倒れたユーリと、ほぼ同じ『FGOオベロン第2再臨』のデザインの儀礼服。違う箇所があるとすれば、ユーリはスカートのように見える内側にズボンを履いていたが、目の前の彼女は普通にスカートとして着用している。
だがアラクネ布は、現時点では『ユーリ本人が着用するもの』にしか使用許可がおりていない。
「ふむ……状況はわかりませんが、大体わかりました」
ユーリちゃんと全く同じ声で、彼女は立ち上がる。
「ゆ、ユーリちゃん?」
「『妹のユーリ』様……では、ない?」
カタナとバーチェが、戸惑った。
その台詞を聞いて、彼女がクスクスと笑った。
「ふ、ふふっ。ユーリちゃんなんて呼ばれたのは、久しぶりですね」
「ユーリは!? ユーリは大丈夫なの、生きてるの?」
カタナが必死に問う。
銀髪の美少女は、カタナを見て優しく微笑んだ。
この世界線では、貴女は生きているのですね、という微笑み。
「推測ですが、これから大丈夫になるのではないでしょうか? 彼が帰ってくるまで、私が代理を務めろという事なのだと思います。きっと」
「帰ってくる? ……えっ!?」
カタナが驚く。
そこにいたはずの瀕死のユーリの身体が、いつの間にか消えている。
床に大量の血痕のみが残っている。
「代理ってどういうことなんですか、ユーリお姉様」
マユリの問いに、お姉様と呼ばれた彼女は苦笑する。
「妹なのか、お姉様なのかはともかく……男の私は、ハーレムを築いたのですね」
「……男の、私?」
駆けつけたセスレが、ロングソードを白い異形達に向けながら問いただす。
「簡単に説明するなら、私は平行宇宙で女性として産まれたユーリです。冒険者等級はSの準B級、『
「平行宇宙の、ユーリさん……?」
呟いたジャンを見て、
「はい。ちょっと殺しすぎてしまいましたので、物騒な二つ名ばかりですが」
そう言って、
シロミミズリュウモドキを倒そうと、聖騎士や教会兵達が多くの死者を出しながら懸命に奮戦している。
「……ゴキブリが多いようですね」
彼女がそう告げた瞬間、シロミミズリュウモドキや白い異形達、その周辺で戦っていた聖騎士と教会兵達の動きが遅くなった。
ばたりばたりと聖騎士と教会兵達が倒れていき、シロミミズリュウモドキは織津江大志から逃げ出した時以上の必死さで逃走しようとし、そのまま前のめりに倒れ伏した。
ぷるぷるとした、柔らかそうな謎の質感をしていた皮膚が物凄い勢いで乾燥し、かつ凍り付いていく。見るも無惨に変わり果て、シロミミズリュウモドキと白い異形達は動かなくなった。
「い、一体何が……」
意味不明な出来事ばかりで、リリィが混乱した。
「あの辺一帯に、少々冷たい風を吹かせました。非物質的な存在の流れではなく、物質的な存在の流れを直接当てたに過ぎません。魔法ではないのですが、魔法と説明した方が早そうです」
「「「まっ、魔法!?」」」
魔法と聞いて、全員が驚く。
シロミミズリュウモドキを中心に仕切りを作り、その内部に宇宙背景放射の流れを当てた。
宇宙背景放射は絶対温度で2.7
やろうと思えばユーリもできたが、周囲を巻き込むからやらなかった。
たったそれだけの違いだ。
「ど、どうして、兵士達を巻き込んだのですか」
レピアが、震えながら尋ねた。
白い異形達と共に倒れた兵士達は、一目でわかる程度には全員死んでいる。
「女性として産まれたという説明が余計でしたね。ハサマール家も、セルヨーネ家も、バーピィチピット聖王国をはじめとした各国の上層部も、そして聖教会関係者も、大体丸ごと皆殺しにしたのが私です」
「「大体丸ごと……」」
「「皆殺し……」」
呆然とする皆の前に、怪我をした腕を押さえながらセイがやってきた。
引き攣った笑顔で、セイは
「ぼくも、マユリちゃんも、リリィちゃんも、レピアさんも、大司教様も、カタナちゃんも、オーク帝国も、レッドキャップも、ハルピュイアも、マーフォークも、みんなみんな、殺したんだよね?」
「あらためまして……」
「Sの準B級、
弱肉強食、強度の男尊女卑、気を抜けば美人女性は襲われる世界。
そんな世界に、戦う力を持った美少女として生まれてしまったとしたら。
見た目はユーリちゃんだけど、中身は全然ユーリちゃんじゃなかった。
人類派とか亜人派とか共存派とか、そういう分類の枠外の存在だった。
ご安心下さいもなにも、全然安心できなかった。
優しくて、笑顔が良くて、強くて格好いいんだけどどことなくポンコツで、そこがまたなんとも味わいがあって好きで、心の底から愛してる。みんなの旦那様たるユーリにとにかく無事でいてほしい、できれば一秒でも早く帰還してほしいと、ユーリの嫁達は願った。
モンスター・スタンピードは、ユーリが言ったようにドラゴン達が白い化け物共を一掃して終わった。アイギスの壁が一部崩壊したが、機能損失まではいかなかった。
アーク大司教の怪我は軽いものではなかったが、命に別状は無かった。
アイギス損壊の危機は、なんとか脱することができた。
* * *
「そういえば、嘆きの街のヒュドラはどうしたのですか?」
『妹のユーリ』の冒険者証はユーリの部屋にあったので、
ジャンが『妹のユーリ』について何か質問したそうにしていたが、疑問は全て封殺された。
とりあえず、嘆きの街に行こう。
そういうことになった。